黒歴史ポエムを車輪で踏み潰してしまおう
ともあれ、トゥーイは魔法陣を使ってこの建物、複合施設に隠された魔法陣、つまりはこの区画を保護している結界の在りかを探そうとしていたのである。
先を行く青年の後を追いかけるようにして、キンシとメイが足並みをそれとなくそろえている。
メイがキンシに質問をする。
「でも、あんなすぐによういした魔法陣なんかで、このばしょのバリアをかんたんに見つけられるものなのかしら?」
メイが、幼い体の魔女が不安そうにつぶやいている。
それは今日の、今回の魔法使いらの仕事にこの土地を保護している魔法陣が深く関係している。
関係性によって、今日の仕事内容が変わるかもしれない。
と、そう言ったいかにも理性的な判断基準からくるものもあった。
つまりは、魔法陣の様子によって自分たちの都合も変わってくるのではないか?
万が一にでもよい方に変われば、それはそれで是とすることが出来る。
だが、もしも悪い方に変わったとしたら?
メイにしてみれば、どちらかというと後者の方に強い予想、期待めいたものを抱きそうになっている。
悪いことばかりを考えてしまう、のは、一種の不安と強迫観念にすぎないと、そのことは重々承知はしている。
それでも幼い魔女はこれからの展開、怪物を相手にしなくてはならない状況に恐れを抱かずにはいられないでいた。
魔女があまりにも不安そうに、心理的不安がそのまま身体にダメージを与えているかのような、そんな痛みを想起させる表情を浮かべていた。
それを見かねてか、魔女の左隣に歩いている魔法使いの少女、キンシが彼女に向けて励ましのような言葉をおくっている。
「そこまで不安に思うことはありませんよ、お嬢さん」
キンシはメイのことを呼びながら、まるで実際に彼女の不安を視界に認めたかのような言葉遣いをしている。
「あの人の……、トゥーイさんの索敵能力は割と、それなりに? 優れているのです。ですから、きっとそんなに時間を必要とせずに、すぐに目的の場所を見つけられるでしょう!」
そう、高らかに宣言をしている。
魔法少女にしてみれば、少しでもメイに安心感をもたらそうとした言葉のつもりだったのだろう。
だが少女の言葉は魔女に確かな効能を果たしたとは、とても断言できそうになかった。
「そう……」
余計に不安要素が増えそうになっている。
しかしメイはそれをあえて言葉にすることをしなかった。
「そう、よね」
否定をする訳でもなく、いまはぬるい同意だけを口先に用意している。
そうすることで、本当のところは実際にメイ自身もキンシの求めている安心が得られていた。
事実を彼女たちが確認する。
それよりも先に、トゥーイの体が別の場所に移動することを望んでいた。
「…………」
一旦足を止めて、トゥーイは無言の中で後方の近くにいる魔法少女と魔女の方へと振り返っている。
ジッと、紫苑の花弁と同じ色をした瞳が彼女たちを見つめている。
視線に気づいた、キンシがトゥーイの意向をすぐに読み取っていた。
「ああ、上に昇りたいんですね。エレベーターかエスカレーターにでも乗りましょうか」
思考を予想しながら、キンシは続けて実行すべき行動を言葉の上に示している。
普段はコミュニケーションを不得手としている少女も、青年のこととなると途端に滑らかな予備動作を用意することが出来ている。
それはひとえに少女に取って青年が、すでに日常の一部に組み込まれているからなのだろうと、メイは少女の隣で想像をめぐらせている。
魔女がイメージを働かせている。
その間に彼らはその体を施設の上層、つまりは一階よりさらに上の階へと足を運んでいた。
エレベーターを使っている、理由としてはたまたま近くにあった移動手段であり、特にそれ以外乗り湯が見つけられなかったからであった。
自動で動く段差にしばし身をあずけながら、トゥーイは上層を真っ直ぐ目指そうとしている。
「…………」
二階を通り過ぎて、すぐに三階へと向かう段差に足をかけている。
黒色をした自動の階段が彼らの体を三階へと運び終えていた。
そこで、トゥーイは首元に巻きつけてある発声補助装置で少女たちに言葉を発している。
「提案をする。ここで停止をする」
止まる、といった意味だけを伝えようとしている。
場所は施設の三階。
そこは他の階、空間と同じようにいくつかの施設によって構成されている空間であった。
平日の昼間、人気に関しては少ないと言えるのだろう。
灰笛で生きてきたキンシにはまばらに見えるし、かと言ってメイにしてみれば充分に繁盛している、と考えられる。
つまりは個人差がある、なんとも微妙な人の多さであった。
いくつかの施設。
ディスク貸し出しを専門にしたチェーン店や、無人自動預金口座(ATM)の列が並ぶスペース。
それらをやり過ごした、やがて彼らはとある場所へと導かれていた。
「…………」
トゥーイが無言で視線を下に、自らの手元に落としている。
そこでは魔法のための道具である鎖、そしてそこに付属させた魔法陣の白と黒の輝きが見てとれる。
トゥーイはそれらの中でも、とりわけ魔法陣の明滅に強く意識を働かせていた。
点滅する魔法陣、それは最初に作成した時よりも存在感の強い光を帯びていた。
ラバライトの目を引くカラフルさが発する怪しいそれと似ている、異質な輝きが室内の人工的な光りに満ちた空間の中で存在感を表している。
不安定に揺れる。
ある種の不安を呼び覚ます、光はいずれかの人間をいずこかに誘導させる目的を有していた。
フラフラとした光、それに導かれながらトゥーイは足を運び続ける。
やがて目的の場所にたどり着いた、光はさらに怪しさと明度を高めている。
ついには土地を通り過ぎるほどの勢いを持ち始める。
その頃には、青年の後方から抑止の手がスッと伸ばされていた。
「トゥーイさん」
青年の名前を呼んでいる、それはキンシの声であった。
子供らしい、女にも男にもなりきれていない、すこしだけ掠れた中途の音程がトゥーイの名を呼んでいる。
呼び名に反応した、途端にトゥーイの意識が現実味を強く帯び始める。
いや、受動的な者よりかはもっと能動的な変化と考えるべきなのだろう。
現実の感覚を取り戻した、途端に青年の手元へ別の変化がもたらされていた。
変化の中心、そこには白と黒の魔法陣が存在していた。
過去形のような言い方になっているのは、青年本人が視線を戻した頃にはすでに魔法陣はその実態を喪失させかけていたからであった。
探している途中は確かな光と実体を有していた。
しかし目的地にたどり着いた今、魔法陣は己の役目をすべて終えたかのように形を急速に失おうとしていた。
まるで墨の液を水に溶かしたかのように、魔法陣は円形の中に描かれていた文様ごと、その色素を空間の中に溶かしていた。
やがては全てが溶けて消えてなくなるであろう。
その間に、トゥーイの左側にキンシの体が移動していた。
「ここ、ですかね?」
魔法少女が、自分と同じ魔法使いである青年に質問をしている。
質問文が青年をさらに現実へと呼びもどしている。
けっして意図的な行為ではないにしても、青年にとっては少女の声そのものが今のところこの身を現実につなぎとめている楔そのものであった。
確かに意識が存在している。
感覚を失わないように、トゥーイは無言で首を縦に動かす、同意を少女に表現していた。
少女と青年が居どころを確かめ合っている。
そこにメイが疑問の声を加えていた。
「ここって……?」
疑問符をまず最初に用意する。
そうすることで、メイは少しでも現実に対応できる余裕と余分を演出したかった。
幼い魔女が考える余裕を持たせようとした。
だが彼女の試みは、まったくもって予想できなかった場所からすぐに否定されることになった。
「観覧車だな、外からよく見えたアレだ」
声のする方、若い人間の声音に反応してキンシの聴覚器官がピクリと向きを変えている。
姿を目で確認するよりも先に、キンシは声の正体を言葉の上に察していた。
「オーギさん」
キンシが名前を呼んでいる。
オーギと呼ばれた、少女にとって先輩にあたる若い魔法使いが声を返していた。
「仕事中は先輩と呼べって、何べん言ったら分かるんだよ」
お決まりの返答のようなものを用意している。
しかしキンシは、先輩である魔法使いの声音にいつもと異なる質感、重さが含まれていることを早くに察知していた。
「オーギ先輩……?」
振り返り、体ごと首の向きを変える。
見た先、そこではオーギという名の若い魔法使いが真っ直ぐこちらに、つまりは観覧車がある方向へと進んできているのがすぐに確認することが出来た。
キンシがもう一度、確認のためにオーギの名前を呼んでいる。
「先輩、お話はもう、終わったんですか?」
質問文の中心に置いている。
キンシはすでに、先輩魔法使いが文章の主体になっている行為によって、なにかしらの損害をこうむったことを早くに把握しているようだった。
後輩である少女が心配をしている。
だがオーギはそこに取り合うことをせずに、いまはただ仕事だけに集中をしようとしていた。
「ああ、とりあえずここでやり合う許可は……もらっておいたから」
曖昧な言い方の中で、必要最低限の目的達成だけをオーギは後輩たちに伝えていた。
スタスタと歩み寄り、やがて通り過ぎていく。
オーギはとにかく仕事を続行させようと、急ぎ観覧車の現場短刀に話をつけようとしているらしかった。
彼の後ろ姿を見ながら、メイがキンシへ静かに問いかけている。
「なんだか……、機嫌がわるそうね」
なんとなく抱いた印象からアバウトなイメージを結び付けている。
魔女の予想は、どうやらこの場合にはそれなりのリアリティを獲得していたらしい。
キンシが、メイの予想に補足のようなものを加えている。
「たぶん、担当の方に嫌なことを言われたんでしょう」
キンシはそう言いながら、同情のような視線を先輩魔法使いに差し向けていた。
「この世界には、魔法使いのことをあまり善いものでないと考える、一種のグループのようなものが存在していますから」




