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バカなことをぬかしやがって

 全くの、確かな記憶の中では確実に全くの初対面である子供に、まるで十年ぶりの再会の如く深い感動と親切を向けられたメイは、苦しげな息を堪えながら脳内にぼんやりと疑問符を満たしていった。


「どうして………」


 重力に頼りながら視線を落とし、兄とそう大して変わらぬ年齢だと思われる子供の顔、鼻頭の辺りを凝視して質問をする。


「どうして、私をたすけてくれたの? あんな──」


 彼女は苦しげに息を吐く。


「あんな、あなたまで死ぬかもしれなかったのに」


 言葉と共に眼球に湛えられていた涙が瞼から零れ、彼女の顔の側面を滑り落ちていく。


 その落下はまるで、自分の命が助けられたことについて好ましく思っていない。

 およそポジティブとは言い難い、否定的で消極的な香りがそこはかとなく漂っている、ような気がした。


 理由はよく解らぬ、しかし存在感の強い暗闇。

 

 すっかり消耗しきっている彼女の血液色をした瞳に、感情によるコーティングがなされていない剥き出しの眼球の奥に、夜より暗い黒が潜んでいるのをキンシはゴーグル越しにしっかりと視認した。


 だからこそ、彼女には多少無理があっても明度の高い言葉を差し上げなくては。

 キンシは強迫的に決心する。


 キンシは問いかけてくる彼女に向け、高々と肉の少ない胸を張り上げる。


「助けられたことについて理由を求めるのは後回しにしましょう、もっとゆっくり元気になってから考えるべきです」


 空気によって膨らんだ胸から、キンシは次々と調子の良い言葉を繰り出す。


「それに貴女を助ける理由、助けたい理由なんて僕にはありませんよ。有ったとしても貴女に納得していただけるようないい感じの言葉も思いつきませんし……」


 言っている途中でキンシは段々と自分でも何が言いたいのかわからなくなってくる。

 何かを言おうとして何も言えず、舌がもつれてきたキンシはくるくると目を回す。


「えっと、えーっと?」


 自分より巨大で強大な怪物相手にはあんなにも自信満々で笑えるのに、幼女一人にはしどろもどろに挙動不審になる。


 メイは目の前の子供の正体がいよいよ判らなくなってきていた。

 この子はいったい何者?


 メイの疑問に答えるつもりなどさらさらないにしても、偶然としてキンシは自分のことを改めて主張した。

 

「とにかく! 僕は誰に何を言われようとも貴女を助けたかったんです。

 何故なら」


 何故なら、


「何故なら、僕は魔法使いだから。人を助けるためなら、何だって出来るんですよ」


 魔法使いはいかにも自信満々に高らかと宣言する。

 メイはキョトンと目を丸くしてその言葉を黙って聞く。

 

 …………。

 0.5秒の沈黙。


 その後に、


「なぁにが! 魔法使いだああっ!」


 炎のような激しさでルーフがキンシに向けて怒鳴った。


  突然な男性の大声に彼女たちは驚き、呆然と声がする方に顔を向ける。


「くそったれえぇぇー……! ふざけんなよおォォォー………!」


 そこには怪物の肉体からいつの間にか、無事に復帰しているルーフの姿があった。


 死体の肉汁と唾液に髪を服を、体中のありとあらゆるあちこちをギトギトに濡らしている少年。

 

 彼はまさしく怒髪天といった感じに、怒りの感情を眼球にみなぎらせていた。


 地球に侵略してきた巨大怪獣のごとき激しさで怪物の死体から立ち上がり、憤怒の鼻息を噴出しながらまっすぐ魔法使いのことを睨む。


 まるで縄張り争いを起こそうとしている犬のような気迫で、ルーフはじっとキンシと名乗る魔法使いのことを凝視し、そのままの激情を保ったまま移動を開始する。


 ずんずんと、途中で怪物の残骸に足を取られバランスを崩しつつも、雄々しく力強く怪物の体を乗り越え、

 そして牙を剝いてキンシに詰め寄った。


「てめえ! よくも……っ、よくも俺をこのバケモンの餌にしやがったな!」


 気管に入り込んでいた液体にむせ込みながらも、ルーフははっきりとした怒りをキンシに示した。


「確かによおっ……、俺はメイをこのバケモンから奪い取るためなら何でもしてやるって、そんな感じのことを言ったけどなあ。

 だけどよお! いくらなんでもいきなり生餌にするか? 普通!」


 唐突に激烈な感情を真っ直ぐにぶつけられたキンシは一瞬たじろぎ、ほんの少しの間気まずそうにして、そして最後に冷静さを装ってルーフをなだめることにチャレンジしようとした。


「まあまあまあ、落ち着いてください仮面君。いくらなんでも餌だなんて、そんなことを考えていたわけではありませんよ」


 若き魔法使いはそこでなぜか自信ありげに胸を張る。


「僕は貴方を餌にしたわけではありません、生け贄にしただけです!」


「ほぼ同義だろうがあっ!」


 怒りの余りルーフは若干捻くれた言い回しで声を盛大に荒げた。

 

 音を張り上げる喉の奥が、怪物の体液と混ざり合い赤々とテカるのが見えている。


 これは冗談で済みそうにないと察したキンシは、怪物と戦っていた時以上の緊張感を走らせながら、何とか目の前にいる少年の心を落ち着かせようと弁明を重ねる。


「ですから落ち着いてください仮面君。なんの相談もなしにいきなり生け贄にしたことは謝りますから、そんなに怒らないで……」


 いきり立つ猛獣を懸命になだめる獣使いのように、左側だけを手袋で覆っている両手を宙で泳がせる。


 その様子は完全に、次の言葉をどうすればよいのか迷い困窮しきっているという感じであった。


 

  これはまたまた……、別の意味で大変なことになりそうだぞ。


 遠巻きに様子をうかがっていたヒエオラ店長殿はキンシに同情しつつ、しかしルーフという名前の少年の言い分もかみ分けられて。

 はたしてどうしたものかと、会話のタイミングをおろおろと窺っていた。

ほらほらそこのお嬢さん。

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