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空に落ちるは黒猫のキューティクル

 よくよく考える必要も無いほどに、少し考えて見れば魔法使いの提案はどうにも要領を得ないものであった。


 抱いた疑問、メイがそれについて質問をする。


「ねえキンシちゃん、魔法陣をさがすってどういこと?」


 考え付いたことをそのまま質問文にしている手前、かなりアバウトな文章になってしまった事は否めない。


 だがキンシにしてみればそれだけの言葉で、己の行動についての疑問点であることをすぐに把握することが出来ていたらしい。


 メイの質問に答える。


「そのまま、僕の眼をつかってこの建物、土地を守る機構を検索するのですよ」


 そう言いながら、キンシは一旦眼鏡を外している。

 円形をした二つのレンズがついているフレームが、キンシの細い指につままれて空中にさらされていた。


「もしかすると、怪物さんが魔法陣を狙ってたむろをしているかもしれませんからね。念のため、やっておいて損はない、はず……です」


 自分の観測にあまり自信を持てないでいる。

 眼鏡を外したキンシの眼が、空間を把握するためにまぶたをキュッと細めていた。


 魔法少女の眼。

 左右にそれぞれ色、というよりかは質感そのものが異なっている。


 右目がメイの方を見やる。


「どこにあるかも分からないので、ここは三人それぞれに別れて、手分けして検索を行いましょうか」


 キンシ的には検索の人ではできるだけ多く、可能な限り広範囲、が最も好ましいとされるらしい。


「ええ、いいわよ……」


 提案は、少なくともメイにしてみればそこまで悪いものとは思えそうになかった。

 というよりは、特に思考を働かせるまでもなく自然と受け入れられるものでしかない。


 だがその考えはあくまでもメイ一人、彼女個人に限定された思考と判断であった。

 メイが懸念していたのはトゥーイについて。


「でも……、勝手にうごいて大丈夫なのかしら?」


 メイが首を傾げながら質問をしている。

 幼い体の魔女が気にしているのは、先輩や取引相手に無断で行動を起こして良いものか。その事に次いでであった。


 疑問の対象になった、トゥーイと名前を呼ばれた青年がメイの方を見る。

 彼女の紅色をした瞳と、彼の明るい紫色をした虹彩がしばしの間ぶつかる。


 やがてトゥーイがメイと同じように、まるでつられるかのようにして首を傾げている。


 その体制のままで、トゥーイは首元に巻き付絵けてある発声補助装置を使って、幼い魔女に返事を用意している。


「否定する。君が心配することはなにも無い」


 否定文だった。

 心配には及ばないという、その表明を青年は魔女に伝えている。


 そう言う訳で、彼らは三人それぞれで魔法陣をさがしていた。

 ただ、見つけ次第すぐに連絡が取れるように、ある程度の距離感を保ちながら探索をすることにしていた。


「ほんとうに大丈夫かしら……?」


 依然として不安が胸の内を去ってくれない。

 メイを右隣に連れ添いながら、キンシが意識的に明るい声を発しているのが聞こえてきた。


「大丈夫ですって。これも立派なお仕事内容、お勤めのうちの一つ、です」


 言い訳のような話を、キンシはあたかも免罪符のようにひらひらとひらめかせている。

 それぞれに抱く感情を異ならせていても、足取りだけは律儀にそろえつつ、彼らは複合施設の一階にあるカフェテリアに移動していた。


 そこはいわゆる解放感たっぷりの、現代的な設計がなされた、広く一般的に居心地が確保された空間であった。


 カフェのとある場所、とある席に一旦腰を落ちつかせながら、キンシ等は机の上で顔を突き付けあわせている。


「それで、検索ってぐたいてきにはなにをするつもりなの?」


 メイは自分の身体にとっては若干大きすぎる机と椅子にかじりつくようにして、魔法使いらの行動に興味と共に疑問を大きく表していた。


 幼い体の魔女に質問をされた。

 魔法使いであるキンシは、早くも得意げな様子でこれからの簡単な行動についてを解説しようとしていた。


「魔法陣をさがすためには、やはり同じ魔法陣でせめ込むのが正攻法というべきでしょう」


 つまりはどういう事のなのか。

 メイはそれ以上魔法少女に情報の獲得は期待できそうにないと、できる限り早めに諦めをつけている。


 諦めた、そのすぐ後にメイはよすがを頼るようにして、紅色の目線をトゥーイの方に向けている。


 助け舟でも求めようとしていたのだろうか。

 メイは行動の内に隠された刹那の空白の中で、自身の行動を客観視する試みを作動させていた。


 なにも最初からキンシに、魔法少女に納得のいく答えを得られるだなんて、さすがにそこまでの楽観的展望は期待してなどいなかった。


 ゆえにメイはどこか救いでも求めるかのような感覚で青年の方へと、トゥーイを見ようとしていた。


 だからこそ、メイはトゥーイが机の上で一枚の画用紙を広げているのを見て、なにか化かされたかのような衝撃を覚えそうになっていた。


「なにを、しているの?」


 画用紙、紙の一枚に集中をしている。

 メイが自分の隣に座っているトゥーイに質問を投げかけようとした。


 手を伸ばして、その体に触れようとした。

 寸前で、机の向こう側から彼女の動きを止める腕の一本が伸ばされていた。


 それはキンシの腕であった。

 丁度トゥーイと向い合せになる位置関係から、魔法少女は机の向こう側に座っている魔女の行動をやんわりと抑えようとしていた。


「メイさん、大丈夫ですから」


 どうやら魔法使いはメイの様子、行動に不安定な雰囲気を読み取っていたらしい。

 メイ本人にしてみれば、べつになにも不安に思うことなどなかった。


 とはいうものの、もしかすると魔女自身が意識している以上に、彼女は青年の行動に不安のようなものを強く抱いていたのかもしれなかった。


 魔女が、メイがそのことを認めようとしている。


 彼女らの密なるやり取りの密集。

 その間に、トゥーイは早くも画用紙に描く予定をある程度決定していた。


 懐から一本のペンを、そして腰の辺りに備え付けてある鎖の一本、その端にぶら下げられている道具を机の上においている。


 ペンは筆のような先端を持っている。

 ペン先の柔らかさと持ち手の硬さが机に触れ合っている。


 そして鎖の方、先端に取り付けらえている器具、ひし形を立体的にしたかのようなそれ。

 器具の先端の方に開けられた空洞、トゥーイはそこにペンの先を沈み込ませていた。


 赤ん坊の毛髪のように柔らかく細い筆先の密集が、容器の中に溜めこまれていた「何か」、液体のようなものを吸い込んでいく。


 充分に浸透させた、筆先をトゥーイは迷いの無い動作で紙に押し付けていた。


 そこでメイははじめて気づいていたのだが、どうやら紙にはあらかじめ下書きのようなもの、柔らかい鉛筆らしきもので大まかに描く予定の線が描かれているらしかった。


 自分自身で作ったであろう、下書きに従いながらトゥーイはさらさらと紙の上にとある模様を作成し終えていた。


 描き終えた。

 それを見たメイは、一瞬描かれたものを風景画家なにかかと思いそうになった。


 用意されている色は白と黒しかないため、メイは風景画であると安直に判断した自分の認識にかるく驚きを覚えそうになっていた。


 水墨画のようなものだと思えば、割と分かりやすくなるだろうか。

 しかし想像を巡らせている間には、メイはすでに紙の上に描かれたそれが魔法陣の一つであると理解していた。


 作り上げた魔法陣を、ルーフはまるで道具の一つのように、速やかに机の上へ用意していた鎖の方にあてがっている。


 と、次に起きた変化もまた描く筆の速さと同じく、なめらかで速やかなものであった。

 トゥーイの筆の速さほど軽やかなをキチンと目に、視覚器官に確認することが出来たかどうかは、少なくともメイには革新的な者は言えそうになかった。


 いずれにせよ、紙の上に描かれていた白黒の魔法陣が鎖の先端、ひし形か♦(ダイヤ)のような形状をした器具に吸い込まれた……。


 ……いや、転写されたと言った方がより正しいか。

 ともあれ、器具が魔法陣の存在を吸い込んでいったのが、確かに現実に起きた現象であった。


 ダイヤの周りを取り巻く魔法陣は、夜中の遠目にかすむ街灯のような光を発している。


 魔法陣を帯びた、鎖の器具をトゥーイは手に携える。

 ダイヤの器具を下に垂らしながら、トゥーイは魔法陣を帯びた道具を携帯しつつ椅子から立ち上がっている。


「…………」


「トゥーイ、トゥ?」


 無言のままひとりでにいずこかへと向かおうとしている。

 メイが、そしてキンシが慌てて青年の後を追いかけようとしていた。


「何がおきているのかしら?」


 メイがキンシに質問をしている。

 幼い魔女は、とにもかくにも魔法使いの青年の行動がまるで理解できないでいた。


 魔女の戸惑いに対し、キンシがどこまでものほほんとした様子で受け答えをしている。


「見ての通り、トゥーイさんは魔法陣を使って、この場所の魔法陣を探し当てようとしているのですよ」


 当然のことのように、ただ当たり前の事実を説明している。

 

 だが、たったそれだけの言葉でメイが、この状況に何一つとして理解を得られていない魔女が納得を結び付けられるとは思えなかった。


 疑問符を大量に浮上させている。

 キンシはメイの、その赤い瞳を視界の下側に認めながらさらに補足を行っている。


「そうですね、もっと分かりやすい言い方をするならば、類は友を呼ぶってお話になりますでしょうか?」


 質問に、疑問に答えている状況でありながら、キンシの語りは逆にメイに問いかけているような気配を帯びていた。


「魔法陣を探すためには、ここはやはり同じ魔法陣でお相手をするべきなのですよ!」


「そう、……なのかしら?」


「ええ、そうなのです」


「……、そうなの」


 疑問は底なしではあったものの、しかしメイはこれ以上追及をすることをしなかった。


 諦めようとしている。

 何故なら、この世界における魔法というものは得てして、他者の理解を得られるかどうかのギリギリのと瀬戸際をせめる行い。


 行動、そこに自分の理解がいたるとは、希望しても実現できるような内容ではないのである。

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