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無敵の空中要塞も墜落しちゃいそう

 曖昧な、言葉に形容することの出来ない感覚は、この際事実にはあまり関係がなかった。


 なんにせよ建物に近づかなければ話は始まりすら迎えられずに、先に無意味な死を迎えてしまうのである。


 という訳で、魔法使いたちは複合施設の内側に入ろうとしていた。


 キンシが左右を見ながら、不安な事項を呟いている。


「えっと……? 入り口はどこになるんでしょうか?」


 建物のエントランスホールの辺りで、キンシはぼんやりとした表情で疑問を言葉にしている。

 魔法使いの少女が疑問にしている、その内容をメイが首を傾げて追及をしていた。


「どこって……、あのおおきな自動ドアがそうなんじゃないかしら?」


 もしかすると相手が、キンシが本気で出入り口の存在に気付いていない可能性を考慮する。

 そうしていながら、メイはやんわりと出入り口の在りかを魔法少女に教える素振りを作っている。


 しかし、幼い体の魔女の気遣いはとりあえず無事に空振りに終わることとなった。


 魔女の勘違いを訂正したのはキンシではなく、その少女の先輩にあたるオーギという名の若い魔法使いであった。


「ああ、おれ等が探しているのはお客人用のとこじゃなくて、業務用? 裏方に空けられた出入り口になるな」


「ああ、なるほどね……」


 思い込みを正された恥ずかしさもそこそこに。

 それ以上に、メイは彼らの探索についての疑問へと意識を移行していた。


 正面玄関ではなく、裏口を探そうとしている。


 本当ならばお客としてこの場所に来たかったと、メイが心の中でこっそりそう考えている。


 すると、魔法使いらの一考に向けて呼び声を投げかける存在が遠くから聞こえてきていた。


「ぉーぃ」


 まちの喧騒にほとんどが紛れ込んでしまっている。

 曲がりなりにもこの辺りは灰笛(はいふえ)の中心街にあたる場所であるがゆえに、人の往来はそれなりにあった。


 騒がしい場所の中で、しかしてキンシの聴覚器官は敏感に対象の人物の声を鼓膜にキャッチしていた。


「もしもーし!」


 対象の人物はかなり声を張り上げているようだった。

 そうでもしないと周りの音に、まちの環境が発する音色に自分の声が隠されてしまうからだった。


 対象の人物、おそらくはこの巨大な複合施設の関係者と思わしき人物。

 中年時代をそれなりに噛みしめた、そこそこにフォーマルないで立ちの男性がキンシ等の元に近づいてきていた。


「やあやあ、君たちが? その……」


 ある程度、視界が確保できる程度に接近をした。

 施設の関係者である男性は、とりあえずは魔法使いらのいでたちをざっと観察していた。


 上から下をジロリジロリと。

 この場所に予定されていたはずの人物でないことを、関係者の男性は言葉よりも先におおよその把握をしようとしている。


 短い、だが確かな質量をもった観察の眼球を動かし終えた。

 関係者が再び口を動かしている。


「あー……その、君たち? が、予約しておいた駆除の業者かな?」


 最初の一瞬だけに展開されていた丁寧さが、あっという間に半分ほど削減されている。


 警戒心を抱かれている。

 キンシは関係者である彼の様子を見て、同じように言葉の外側で無言の内に相手の状況を予想していた。


 警戒をしている。

 関係者はとりあえずとして、一行の中で一番信頼のおけるような人物に近づいて話を開始しようとした。


「えっと、自分はこういうものでして──。ですので、そちらの証明書をお願いできますか?」


 関係者が話している、その人物はトゥーイの姿であった。


「あ……」


 キンシの体に突発的な危機感が走った。


 どうして彼を選んだのだろうか。

 関係者の行動について、キンシは強い疑問を抱きそうになる。


 だが抱いた感覚はすぐに、それらしい理由と共に見当を結び付けていた。


 関係者はただ単に、この一行の中で一番年上である青年に話しかけたにすぎなかったのである。


 たとえ彼が、触れれば溶けてしまいそうなほどに色素が足りない姿だとしても。

 たとえ彼が、和服の上に長袖の作業着へ袖を通した、なんともアンバランスなファッションセンスをしていたとしても。


 関係者はとにかく、この若々しさに暴力的なまでに支配され尽くしている、子供っぽい一行の中で一番大人に近しい外見をした青年に確認をしたかったのかもしれない。


 そうすることで、関係者は少しでも安心をしたかったはずである。


 安心を求めている声に反応して、トゥーイが誰の制止を受け止めることなく返事をしていた。


「同意します」


「……はい?」


 関係者が戸惑っている。

 だが相手の混迷を置き去りにして、トゥーイは首元の発声補助装置から引き続き電子的な受け答えだけを続行させていた。


「同意します。わたしたちは確定的に駆除のカンパニーで適用されました」


「……」


 はたして関係者の沈黙が何を対象としているのだろうか。

 トゥーイの言葉遣いか、あるいはそもそも人間の体にしか見えない彼から、いかにも読み上げソフトのそれにしか聞こえぬ電子音が発せられたことについてなのか。


 関係者が沈黙をしている。

 彼が次に言葉を発するよりも先に、キンシが慌てて両名の間に割りこむようにしていた。


「えっと! えと?! そうです、僕たちがその古城から申請された駆除の業者、で! 間違いありません……」


 できる限り冷静を装いたかった。

 だが理想を具体的に描こうとするほどに、現実は虚しくも望ましい形とは遠く離れた場所へまるで溶けかけの氷の上をスライド移動するように離れていった。


「君は?」


 関係者がその目線をトゥーイから、キンシの両目がある方に移動させている。


 視線には若干の苛立ちが含まれているようだった。

 ようやく待ちあわせにそれらしき人物が現れたと思えば、怪文法やら謎の少女に阻害のようなものを差し向けられた。


 仕事中に余計なことを考えたくない人間としては、関係者の苛立ちも魔法使いには充分に理解、できないことはなかった。


 相手の負の感情を敏感に察知しながら、それでもキンシは懸命に自分の主張を伝達しようとしていた。


「あの、ですから? なので、本当は! 僕たちが……っ」


 かなり音程やリズムを怪しくしている。

 そんな魔法少女の主張を、しかしながら関係者はいまいち信頼できぬと言った様子で、ただためらいだけを表明していた。


「えっと? 君は何かな? 仕事の見学に来た誰かのご子息かな? そうなのかな?」


 疑問符をこれでもかと大量に使用している。

 どうにもこうにも、関係者は何とキンシを普通の子供として扱おうとしているつもりらしい。


 見当違いといえばそれまでで、だが関係者の見識に魔法少女は戸惑うより他は無かった。


 まさか自分をまだ、「普通」の子ども扱いするような人間がいたとは!

 キンシは右と左でそれぞれ色も質感も、というより素材そのものが異なっている眼球をパチパチとしばたかせている。


 魔法使いの少女が驚いている。

 その横で、オーギが場面を転換させるように関係者に声をかけていた。


「あー……っと、こんな所ではなすのもあれやし、もっと別のとこで落ち着きませんかね?」


 いつもの気だるげで少し嫌味ったらしい声色とは大きく異なっている。

 オーギは外面の良さを、いまのこの瞬間を逃さぬように存分に発揮している。


 オーギが声を、明確に分かりやすいコミュニケーション能力を使っている。

 関係者がそれに反応した。


「あ、君も業者、なのかな?」


 どうやら関係者にしてみれば、オーギであってもその辺を歩いている一般市民にしか見えなかったらしい。


 ともあれ、ようやくまともにコミュニケーションをとれる人物を発見した。

 関係者の方でもようやく納得を至らせたのか、自分の元に現れた業者を施設内に受け入れようとしていた。


 エントランスホールがある場所から離れるようにして、関係者は一行を歩きながら案内をしている。

 関係者がチラチラと後ろを見ながら、魔法使いたちについての質問をしていた。


「君たちは、魔術師ではなさそうだね?」


 ニアミスもケアレスミスもなにも無い、正解一直線の追及。


 だがオーギはそれにこころよい返事をすぐには用意しようとはしなかった。


「そう、ですね。少なくとも古城直属の業者ではありませんね」


 下手に嘘をつく必要性も無い。

 かといって、真正直に真実を伝える義理も無しと、オーギはあからさまにオブラートに包んだ言葉で返事をしている。


 彼らの間に張り巡らされている、形容しがたい緊張感。


「……?」


 それにメイが違和感を覚えている。


 見上げている先で、オーギが関係者にこの様な事を説明していた。


「本来ならば古城の系列である魔法使いが向かう予定だったのを、あちらさんの予定がどうのこうの急に変更されたとかで、ウチのほうに依頼が委託された。と、言う訳なんですよ」


 事情を話している。

 オーギの話に、関係者がそれとない返事を用意していた。


「あー……なるほどね、どうりで──」


 言葉の終わりを強引に途絶えさせている。

 それが意識的によるものなのか、そうでないかは関係なしに、声を実際に来た人物は自然と続きの言葉に身構えてしまう。


 そんな話し方をしている。

 それは、メイがあまり好ましいとは思っていない話し方のひとつだった。


 そして、ついでに言えば彼女の祖父と兄がよく使っていた、そんな話し方であった。


 途切れた言葉の後を追いかけないまま、関係者は今回の仕事に関しての話を開始していた。


「それで、敵性生物についての情報なんだが……」


 後ろに向けていた目線を一旦前に戻した。

 前方の安全を確認するためだけにに、目線を魔法使いから逸らしたわけではないらしい。


 と、そう思い込みそうになったのは、メイが彼の動作にまた故郷にいた彼らの姿を連想していたからであった。


 関係者が引き続き敵性物、すなわち怪物についての話をし続けている。


「とはいうものの、こちらとしては実際に奴らの気配が感じられたかどうかについては、意見が分かれているところなんですよ?」


 問いかけるようにしている。

 どうやら関係者は、ここに怪物が現れるであろう話、仮説にあまり信頼をあずけられていないようであった。

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