命を食べる命を潰してしまいましょう
魔力によって重力を削りに削った。
魔法少女であるキンシの体は、その腕の中にあるメイと言う名前の幼い体を持った魔女ごと上に昇っていた。
最初の跳躍の勢いが失われようとした時点で、キンシは近くに生えているビルの側面に爪先をトン、と接着させた。
ブーツの硬い爪先が壁に触れる、削減された重力と体重が壁の衝突によって更なる上昇力をキンシの体に与えていた。
建物の屋根にたどり着いた、キンシがメイの体をそっと屋上の底面に降ろしている。
すると、彼女らの元に大きな影が通り過ぎていた。
空を見上げると、上空にて二つの飛行物体が彼女らの上を通り過ぎようとしていた。
一つはビルで、大量の魔力鉱物と基軸にした浮遊建造物が決められたルートをゆったりと進んでいる。
そして、大きな無機物に沿うようにして魚のような怪物が、エラやヒレをのっそりと揺らしながら空中を泳ぐように移動していた。
目や口に雨粒が侵入してくるのもかまわずに、メイが浮遊するそれぞれへ驚きを口にしている。
「おおきい……! もしかして、今日は……アレのお相手をするのかしら?」
メイが何気なく口にした予想を、キンシは驚いたように慌てて否定を用意していた。
「いえいえ、いいえ?! まさか、あんなご大層なもの、僕の技量では身に余るどころか容量オーバーでだ熱暴走、大爆発ですよ!」
とりあえず許容範囲外であることを主張しながら、キンシはメイの視線を空とは別の方向に誘導させようとしていた。
「僕が、僕たちがお相手をする方がお待ちしているのは、あっちの方角にある建物、地点です」
そう言いながら、キンシは屋根のフチに立って指を在る方向に固定させている。
少女の指先が向かっている、先端を真っ直ぐ追いかけてみる。
そこには、大きな白い観覧車がそびえ立っていた。
建物の規模としては大して派手さがあるわけではない、周りのビルに圧迫されそうな感覚の中でその観覧車は存在していた。
「まあ、かわいい観覧車」
遠目に確認した、メイが思ったままの感想をまず口にしている。
魔女のコメントに、オーギが溜め息交じりの返答を後ろから投げかけていた。
「カワイイだけならエエんやけどな」
振り向けば、オーギが同じように屋根の上に昇ってきているのが見える。
キンシのように身体から直接重力を削る方法ではなく、オーギは自らの魔法道具を使いながら単純な飛行能力を発動させていた。
「確かに、このメモの通りに進むとしたらあそこが最終目的地になるわな」
中身に薬類や香料を大量に詰め込んだ木箱。
内側の魔的な要素を消費しながら、オーギは箱を使って空を飛びつつメモ書きに再三目を通している。
オーギはどうにも、依然として情報へ信頼を寄せられないでいるらしい。
先輩魔法使いがメモに記された内容に疑いの目を向けている。
視線が落とし込まれている、すぐ近くでキンシはあえて明るめの声音を意識して使用していた。
「思った以上に分かりやすい場所で助かったじゃありませんか。これでもしも、知る人ぞ知る謎の透明お屋敷だとかに発言予測があてがわれていたら、僕らはきっと、目的地にたどり着く前に迷って、途方に暮れていたに違いありません」
もしもの話を、あたかも本当の出来事のように語っている。
後輩魔法使いの与太話もそこそこに、オーギはその身を早くに現場へと運ぼうとしていた。
「なんにせよ、あの複合施設にヤツらが現れるかもしれへんってことで、間違いないんやな?」
オーギはそう言いながら、魔法の薬箱の推進力を複合施設の方へとかたむけていた。
「え、このまま空のうえをすすむつもり?」
当たり前のように空を飛ぼうとしている。
魔法使いの後ろを追いかけるようにしている、メイにキンシがまた一つ確認事項を伝えていた。
「よろしければ、目的地まであと少しだけお運びしてさしあげましょうか?」
優しさを最大限に演出しようとしている。
メイはキンシの、魔法少女の気遣いをそれとなく察している。
察して、把握したうえでメイは少女の申し出を断っていた。
「うんん……べつに、いらないわ、大丈夫よ」
「ええ?! なんでですか。ここから空を飛んで移動するのは、それなりに、そこそこ疲れてしまいますよ?」
もっともらしい意見を並べている。
だが、どうにもメイは魔法少女の提案を受け入れられないでいる。
というのも、魔法少女の手つきがどうにもこうにも、なんとも形容しがたいほどのイヤらしさがにじみでているからであった。
まるで、このまま体をあずけたら羽毛の一つやひと塊や、指で好き放題にもてあそばれてしまいそうな気配があった。
「うん、大丈夫、なにも心配ないわ」
このまま少女の「イヤらしい」魔の手が伸びるよりも先に、メイは身を屈めて腰の辺りに意識を巡らしている。
温かさと冷たさが触れ合う、空気に流れが生まれた後。
メイの身体、腰の辺りに大きな翼が発生していた。
翼は白色に輝いている、魔力によって構築された羽根は実体感が少なく透き通っている。
くもりガラスのような輝きを放つ、左右にそろえた翼をメイは大きく展開させる。
一回、二回、翼が羽ばたく。
空気がかき混ぜられる。
風の流れが生まれ、メイは腰に発現させた翼を激しく動かしながら屋根の上を走る。
助走をつけた、その後にメイの白く小さな体は翼によって空中を飛んでいた。
「おさきに行ってるわねえー」
「あ、はい、はい?」
まるで、いや……まさに魔の手から逃れるように翼を広げている。
キンシはメイの姿を追いかけるようにして屋根の上、そして外側へと足を踏み出そうとしていた。
いざ虚空に身をゆだねようとした。
その所で、キンシはふと後ろに目線を映している。
「……と、そうだ、トゥーイさん」
目線を後ろに向けて、キンシは自らの背後に佇んでいた青年の名前を呼んでいた。
魔法使いたちの気配を後ろに感じながら、メイは翼をつかって前へと進んでいる。
翼の調子は良好でありながら、魔女の表情には強い陰りが見てとれていた。
先に進んでいたオーギがメイの羽ばたきを耳にして、薬箱の推進力を若干緩ませている。
並走するようにして、若い魔法使いと幼い魔女が隣り合ってまちの空を飛んでいた。
オーギがメイに問いかけている。
「どうした、表情暗いぜ?」
箱の中で悠々とあぐらをかいている。
オーギからの問いかけに対し、メイは曖昧な返事だけを唇に発していた。
「べつに、なんでもありませんわ」
あえてかしこまった口ぶりを作ってしまう。
そうすることで余計に動揺を相手に悟られてしまうことを、メイは意識の内で確かに予想していた。
むしろ相手に追及の余地を、あえて見せつけているという解釈もできなくはなかった。
魔女の思惑を知ってか知らずか。
いずれにしてもオーギはただ目の前の問題、仕事内容にだけ意識を働かせている素振りだけを見せていた。
魔女のつれない様子に、オーギはそれ以上追及をすることをしなかった。
「まあ、何でもエエんやけども……」
それよりもオーギは視線を後方に、後を追いかけているはずの後輩たちの方へと目線を動かしている。
若い魔法使いが見ている先。
そこではキンシとトゥーイが、前方を行く二人を慌てて追いかけようとしている姿が確認できた。
キンシがトゥーイに呼びかけてながら、空を飛ぶように移動してくる気配が段々と近付いてきている。
「首、苦しくないですか?」
キンシが、おそらくはトゥーイに確認をしている。
魔法使いの少女の問いに、トゥーイという名前の青年がいつもの電子音で受け答えをしていた。
「問題ない」
たったそれだけの言葉。
しかし少女と青年の間柄には、それだけの言語で事足りているらしかった。
声が段々と近付いてくるのを聴覚器官に認めている。
メイは翼の動きを継続させたままで、目線を後ろに向けている。
飛びながら振り向いた。
「まあ」
後ろの空を見て、そしてメイは光景におどろいていた。
「まあまあ、アレはなにかしら……?」
あえてアバウトな表現の仕方をせずにはいられないでいる。
魔女が見ている後ろ側、そこでは青年の魔法使いが魔法少女の手にしている鎖に繋がれていた。
もっと具体的な表現をするとして、トゥーイの首元に巻きつけている音声補助装置、そこに鎖を巻きつけるようにしている。
そうして繋がれた体を、キンシが鎖のもう一つの端を手に取りながら重力削減の魔法を二人同時に発動させているのであった。
……このように理屈っぽい説明をすれば少しでもマシになるかと、メイは誰に対してでもなく自分自身に期待めいたものを抱こうとした。
だが試みは、当たり前のように失敗におわりそうだった。
「なかなかにヒドい光景よ? ふたりとも」
メイはいったん前進するのを止めている。
まちの上空で止まり、翼をホバリングするように動かしている。
魔女の翼の動きに合わせてオーギも箱の推進力を下に、その場に身体を固定できるように動作を少しだけ工夫していた。
動きを止めた両名に追いつく形で、キンシとトゥーイが遅れ気味に追いついていた。
追いつかせるようにした、とも言える。
単にこれからともに仕事をする同業者を置いてけぼりにしたくない、という親切心も含まれてはいた。
とは言うものの、本音を言えば少女に首輪でつながれながら空を飛ぶ青年と距離を詰めたくない、という心持ちも無きにしも非ず、ではあった。
オーギが軽くからかう様にして、後輩二人の様子を客観的に言葉へ変換している。
「犬っころが朝の爽やかな時間に散歩しています、てきな感じだぜお二人さんよ」
先輩魔法使いの茶化すような言葉。
少女と青年は同じ言葉を受け止めていながら、両者でそれぞれに異なるリアクションを起こしていた。
「…………」
青年、トゥーイという名前の彼はムッとした表情で沈黙を作っている。
血色の少ない、雪をそのまま肉に張り付けたかのような皮膚が、眉間の辺りに不満げなしわを深々と作っている。
青年は先輩魔法使いに苛立ちを覚えている。
であれば、魔法少女の方はちょうど青年の心理とは反対を行く表情をそこに作りだしていた。




