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わたしの赤い体液で履歴を綴り変えよう

 ルーフという名前の少年が疑問を抱いていた。


「このまち……灰笛の秘密ってどういう事なんだよ?」


 まさかこれ以上この奇妙奇天烈、奇々怪々な土地に秘密と呼ぶに値する何かが隠されているのか。

 期待を通り越して恐れのようなものを抱きつつある。


 そんな少年に対して、エミルという名前の男の魔術師はあっけらかんとした様子で、単純な受け答えだけをしていた。


「何も不安に思う事なんてねえよ。ただ歩いて、そこで見たものをそのまま受け止めればいい。今のところは、君にはそれが最大かつ最良の一手になるはずだ」


 少年のことをそんな風に予想している。


 魔術師たちが期待をしている。





 ……そこから時は異なれども、土地は同じものとして考えることにする。

 灰笛のとある場所、魔法使いの事務所にて、オーギという名の若い人間が後輩に疑問をぶつけていた。


「その情報、ホントに信頼できるんだよな?」


 疑問を口にしながら、オーギは目線を下に向けながら疑問の対象の名前を呼んでいる。


「なあ、キンシよ」


 キンシと、そう名前を呼ばれた。

 オーギにとって後輩にあたる魔法使いは、頭に生えている聴覚器官をピクリと反応させている。


 キンシがオーギに返事をする。


「その辺は、実を言うと僕にもよく分かっていないんですよ」


 少女のように高く涼やかな声が、キンシの頬を撫でる風と共にオーギの元へと届けられている。

 若い魔法使いたち、彼らの周りには事務所の屋上に吹く風が満たされている。


 魔法使いたち、彼らは今一応は事務所にその身を存在させていた。


 彼らのやりとりを聞いている、そこにメイと言う名前の魔女が疑問を呈していた。


「お仕事のおはなしをするのはいいけれど……なんでいつも屋上でしたがるのかしら?」


 最初こそ普通に事務所の内側、室内で会話をしていた魔法使いたちであった。

 だが、気が付いたころにはその体は窓の外、屋根の上に移動していたのである。


 とくに逆らう予定もなく、何となく彼らの後を追いかけていた、メイがひとりで疑問を抱いている。


 魔法使いらと同じように、メイの身体も屋上に吹きすさぶ雨風にあおられている。


 雨粒に身体を濡らさないように、メイはその身を雨合羽(あまがっぱ)に包んでいる。

 透き通るビニール素材をそのままポンチョにしたかのような、裾の辺りに黄色いラインをあしらったシンプルな雨合羽である。


 そうした雨具をしっかりと着込んでいながらも、メイはその下に生えている春日(かすか)(体に鳥の特徴を宿した者のことを指す)特有の、柔らかな羽毛をブワワと膨らませている。


 本日の灰笛(はいふえ)の天気は昨日と同じ雨、今日も今日とてコンクリートは水に暗く染められ、アスファルトのくぼみに雨水が柔らかく累積している。


 風が強く吹いた。

 風圧は魔法使いの事務所である屋根にも届き、魔法使いと、そして彼らの様子を見ている魔女にも圧力をかけている。


 風にあおられた。


「きゃ」


 魔女が、メイが風の強さに体を少し揺らしている。

 倒れるほどのことではないにしても、確かに彼女の体に負担をかけている。


 圧力の存在に、メイの体を守るようにして青年の体が彼女に覆いかぶさるようにしていた。


 メイが青年の顔を見上げ、彼の名前を口にしている。


「トゥーイ……」


 トゥーイと名前を呼ばれた、青年は魔女の呼び声に直接的な返事をしようとはしなかった。

 出来なかった、と表現する方が青年にとっては正しい言い方になるだろうか。


 トゥーイは音声を発することをせずに、ただメイの体を風雨から守るような動作だけを現実に示していた。


 彼の大きな手、メイの体一つ程度ならば片手で半分ほど覆い尽くせてしまえる。

 硬く骨ばった指の感触を背中に感じながら、メイは他人の気配を体に感じながら諦めたように小さく溜め息を吐いている。


 魔女が一人であきらめを作っている。


 そのすぐ近くで、魔法使いたちは引き続き今回の事象についての相談事を続行していた。


 オーギが再びキンシの方を見ている。


「それで、その情報が本当に信頼できる根拠はどこにあるってんだよ?」


 彼が後輩である魔法使いに心配をしている。

 その内容とは、少女が持ち寄ってきた怪物の発言予測地域についてであった。


 先輩である魔法使いに再び問われた。

 キンシが少し考えるようにして、左の人差し指を唇にそっとあてがっている。


 雨と風は魔法使いたちの身体も平等に濡らし、揺らしている。


 キンシの身につけている雨具。

 フードに空けられた聴覚器官のための空洞、この場合は子猫の耳のような形に合わせた布の余分が、少女の意思に従ってピコピコとうごめいていた。


 子猫のような耳をフードで覆っている、キンシが人差し指をそっと唇から離している。

 ある程度の事由を取り戻した唇が、相手の様子を探るような速度で言葉を発していた。


「根拠に関しては、これ以上僕から言えることはなにもございませんよ」


 ここで虚構を演出しても仕方がないと、キンシは自身に与えられた情報をもう再上映のように繰り返している。


「ハリさんが……、僕たちと同じ魔法使いである彼が与えた情報であること。僕らは、それに信頼をして行動を起こすしかないのです」


 大して責任感も無いような言葉を、キンシはさも大切な事柄のように、宣言をするかのような素振りで先輩に伝えている。


 そんな後輩魔法使いである少女から渡されたメモ、情報が記されたそれをオーギは改めて視界の内に落とし込んでいる。


「それで、ここに書いてある地点にヤツらが現れるかもしれないって話か……」


 メモを見ながら、オーギはそこに記されている内容を半信半疑で受け止めようとしている。

 オーギの暗い茶色をした瞳が見ている、メモにはとある所在地があまりきれいとは言えぬ筆跡で書きこまれていた。


「その場所のこと、オーギさんはなにかご存じなのでしょうか?」


 もれなく情報の発信源であるはずのキンシが、なんとも頼りなさげな質問文を投げかけている。


 後輩である少女の様子に深くは追及をすることをしない。

 オーギはそれよりも、メモに書かれている地点について思考を働かせようとしていた。


「知っているもなにも……」


 記されている内容に、オーギはすぐにイメージを結び付けていた。


「ここって……古城の魔術師が担当している区域だろ?」


 考えた後で、オーギは情報の内容を信じ難いものであるという素振りを作っている。


 若い魔法使いが若干オーバーともとれるリアクションを表している。

 その様子を見て、メイが思わずつられるようにして彼らの近くに体を移動させていた。


 歩み寄る途中で、メイが柔らかな唇から質問文を発している。


「担当? 区域? それと、お城の魔術師さんがどう関係してくるのかしら?」


 主張しようとしている意見がどの様な意味を有しているのか。

 理解できないことを、メイは包み隠さず素直に疑問へ変換している。


 幼い体の魔女からの疑問に、先に答えを返しているのはキンシの声であった。


「この灰笛(はいふえ)には古城っていう名前の……魔術師さんの大きなグループがあることは、メイさんもすでにご存じでしょう?」


 魔法使いの少女が説明している。

 それはすなわち、この灰笛(はいふえ)という名前を持つ地方都市に存在している事情の一つを意味していた。


 怪物から普通の人々を守るのが魔術師の仕事内容であること。

 故に、古城には怪物の出現を予測できる機構が存在していること。


 そして今日、いま魔法使いたちの手の中にあるメモが、その古城の機構によって記された予測区域であった。


 もっと簡単な言い方をすれば、怪物が現れるかもしれない場所を古城から教えてもらった。という事になる。


 オーギにしてみれば、まずその事実こそが信じ難いものであるらしかった。


「古城のヤツらだぜ? よりにもよってあいつらが、自分のところテリトリーをおれ達に預けると思うかよ?」


 彼が言いたいことはつまり、魔術師たちが何の見返りもなしに怪物……、自らの獲物を譲るマネをするかどうか。

 その辺について、この若い魔法使いは強い疑いを抱いているのであった。


 それに対する後輩魔法使い、キンシの反論もまた不安を高める要素でしかなく。


「ですが……ハリさんが直接教えてくれたことですし、ここは信じないとどうしようもないですよ?」


 飽くまでも他人任せな態度を、キンシはこれからの行動の指針にしようとしている。


「それに、そのへんの話題に関しては事務所のお偉いさん方ですでに受諾された、はずではなかったのですか?」


「それは、そうなんだが」


 キンシの追及に、オーギが苦いものを噛み潰したかのような表情を作っている。


 ここで少女が言っている「お偉いさん方」というのは、すなわち彼らの所属している事務所を管理している人々であり、もっとざっくばらんに考えれば直属の上司にあたる人々のことを指している。


 新参者かつ格下であるキンシ本人は事務所の会合に参加していなかったため、その辺の事情に関してはオーギの方がより子細なことを知っている。


 キンシに追及をされた、オーギが目を逸らしながら事実を口にしている。


「確かに、おれだって何も頭ごなしに古城のヤツらを疑いたいわけじゃないんだが……」


 すでに決まりきったことを、しかしオーギは諦めきれないようにしている。

 そんな先輩魔法使いの様子を見ながら、キンシが場の空気を変えるかのような勢いで言葉を発していた。


「いずれにせよ、せっかく僕らに案件を譲ってもらえたのです。ここは、とにかく目の前の問題を丁寧に解くことにしましょうよ」


 先輩魔法使いであるオーギを置いて、キンシは相談事の場面にしていた屋上から移動をしようとしている。


 

 そうしていながら、また場面が変わる。

 魔法使いたちは事務所から移動し、目的地へと向かうために地下鉄に乗車していた。


 ガタンゴトン、車輪の振動が内部に存在する人間たちの体に共鳴し、揺らしている。


 メイがキンシの方を見上げる。


「それで、これからその場所に向かうのよね?」


 幼い体の魔女が見上げている。

 その先で、魔法使いの少女が彼女の意見に同意をしていた。


「ええ、ハリさんに教えてもらった場所……ルーチデソーレ灰笛(はいふえ)がそこにはあるはずです」

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