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本能で踊ろう燃えて灰になるまで

 緑色の中に黄色、金色のようなものが混ざっている。

 半分だけ混ざっていると言えば、そう形容しても何ら問題は無いと思われる。


 だが問題なのはその色の配合の仕方であった。

 割合が同行の話を省いてもっと単純な話をするならば、緑色の中にまるで三日月のように金色が混ざっていた。


 上弦(じょうげん)の月……をもっと極端にしたものと言えばよいのだろうか?

 細い線を上に、瞳孔の下側にそって黄色の割合が増えていく。


 月の輪の文様、片目の戦国武将が兜にでかでかとあつらえていそうな……。

 とにかく、月のような黄色がハリの緑色の虹彩のなかで異質な輝きを放っていた。


 左目がジッと見つめている。

 その先で、魔法使いは怪物の死体にとある部分を見出していた。


 ハリが身を屈めて、怪物の死体にそっと手をそえている。


 モティマが、その動作を見て魔法使いに質問をする。


「その辺りか?」


 問いかけにはただの確認事項の要素以上に、期待めいた気配を強く滲ませている。

 まるで心臓が見つかったことに、何かしらの恐るべき事態が遠のいたかのような、そんな現実逃避の気配を感じた。


 感覚は、もしかすると自分だけの思い込みに過ぎなかったかもしれない。

 魔術師の感情の動きに納得のいく根拠を作り出せないルーフが、ひとりで勝手に想像へ決着をつけようとしている。


 その間に、魔法使いは怪物の死体に決定的な行為をしていた。


「この辺り、ですね」


 左目をかっぴらいたままで、ハリは左手に一振りの道具を取り出していた。

 それは大きな刀のような姿をしている。


 というか、つい先ほどの戦闘場面で怪物の肉を切り刻んだ、使いたての武器そのものであった。


「……デカくねえか?」


 ルーフが自然と疑問を口にしてしまっている。

 言葉を発した時点で、ルーフは自分の身体がいつの間にか魔術師と魔法使いのすぐ近くに移動させられている事に気付いている。


 当然距離を詰めれば、たとえ独り言であったとしても声はきちんと他者に届いてしまう。

 ルーフの何気ない疑問を耳にした、まず最初にハリの聴覚器官がピクリと反応を示していた。


 黒い三角海苔まき握り飯のような、あるいは黒い体毛を持つ成猫のような、そんな形状をしている聴覚器官がルーフの意見を受け止めている。


 言葉を聞いた、ハリは事実をたった今思い出したかのようにわざとらしいアクションを起こしていた。


「おお、そうですね、そうです。王様……ルーフ君の言うとおりです」


 大げさな返事の後に、ハリは左手に持つ武器に意識を巡らせている。


 空気の流れがかすかに生まれる。

 わずかな光の後に、ハリの持つ武器の大きさが瞬時に変えられていた。


 といってもそこに何も特別な事など存在していなかった。

 ただ大きさを変えたに過ぎない。

 刀はあっという間に家庭用包丁か、あるいはキャンプ用の便利なナイフほどに大きさを変更させられていた。


 小さくなった刃を、ハリは怪物の死体の一部にそっとあてがっている。


 刃物が触れている。

 ハリ本人の手によって切り刻まれた怪物の肉、かつては獲物を求めて開閉していた口がある方。


 断たれた肉に刃が沈み込む。

 ブツブツリと肉の連結、細胞それぞれの繋がりが金属の鋭さに断絶される、音色がしばらくの間空間に連続させられた。


 やがて、赤くかすかな粘度のある血液にまみれた指先、真っ赤に染められたそこに肉のひと塊が獲得させられていた。


 赤々と艶めく、それは丸いゼラチン質の塊のようで、しかし完全な球体とはまた様子をかなり異ならせている。


 肉の塊、生命力そのもの、基本的な命の形をルーフはその赤い肉に見出しそうになっている。

 というのも赤い肉が、まるで本物の生き物の心臓のようにドクドクと脈を打っているからであった。


 鼓動は定期的かつ安定的なリズムを繰り返し続けている。


 ドクン……ドクン……。

 不思議なことに、鼓動を捧げるための肉体は既に存在していないにもかかわらず、その肉はまだ生命の気配を強く現実に香り立たせていた。


「それが……?」


 ルーフが口にしようとした言葉を、しかしてモアは待ちきれないように早い言葉で覆いかぶ去るようにしている。


「彼方のモノの心臓ね」


 少年と少女がそう表現している。

 それぞれに色の異なる視線の最果てにて、心臓として機能を働かせていた器官、内臓が次第にその鼓動の回数をゆったりとしたものに変えようとしている。


 死にかけている。ルーフはそう考える。

 あるいはもうすでに、とうの昔に心臓の生命活動は終わりを約束されていたにすぎなかった。


 鼓動がゆったりとしたものに変わろうとしている。

 それと同時に、ルーフの鼻腔が途端に不快感の強い感覚を脳に主張し始めていた。


「……ッ?!」


 それこそまさに一瞬の出来事で、こっちの方こそ本当の意味で錯覚にすぎなかったのではないか。

 ルーフはそう思い込もうとした、だが上手く思考を働かせられないでいる。


 におい、限界まで鮮度を欠落させた魚の肉、血液や骨が発する腐臭のようなもの。

 それが怪物の、動きを止めようとしている心臓から濃密かつ濃厚に漂ってきていた。


 腐臭にルーフが顔をしかめている。

 反応をよそに、魔法使いは手にしている心臓のひと塊を魔術師の方に差し出している。


「これを……」


 魔法使い、すなわちハリが魔術師であるモティマに心臓をあずけようとした。

 動きに合わせるようにして、モティマは手元にいつの間にやら用意したカプセルを心臓の方に差し向けている。


 それは、小脇に抱えらえれる程度に小さな水槽のように見える。

 実際、器の中身には水のようなものがたっぷりとたたえられていた。


 液状に柔らかく、透明度の高さを考えて見れば、それはまさに「水」としか例えられようのない物質であった。


 だが同時に、ルーフはその液体を自分の肌に馴染んだ水道水のそれとは大きく異なっていることを、言葉の外側で瞬時に悟っていた。


 というのも、今日のうちですでにルーフはその水槽に満たされているものと似たようなもの、あるいは同様とされる物質を目にしていた。


「結界と同じにおいがする…………?」


 ルーフがくすくすと鼻を擦りながら呟いた。

 その言葉にいの一番に反応したのは、意外にモティマの姿であった。


「おや、君はこの症状をすでに経験しているというのか?」


 流石だ、という視線を向けられそうになっている。

 とっさにルーフは言い逃れをするような、言い訳じみた台詞を次々と口先に用意していた。


「ああ、いえ……ただ、今日の午前に似たようなものを見たってだけであって……」


 沈黙を許さないように、どうにか言葉を継続させようとする。

 だが、焦れば焦るほどに舌はもつれ、結局は中途半端な空白をいくつも空間に発生させてしまっていた。


 少年が動揺をしている。

 しかしながら魔術師にしてみれば、彼の心の変化などはこの場合においてさしたる重要度を持っていなかったらしい。


 いつの間にやら水槽の中に、ハリから受け取った心臓のひと塊が収められている。


 かすかな水の音がポチャン……、と空気を振動させたような気がした。

 音色に確信を抱くよりも先に、ルーフの目は水槽の内側へ収められた心臓、怪物の生命そのものの姿を視界の中に認めていた。


「水」の中におさめられた、心臓は改めてみても人間が持っているそれとは大きく形や質感を異ならせていた。


 血管などの循環器系の複雑さは見受けられそうにない。

 あえてこの世界の生物に例えるとしたら、サメの心臓に似ているかもしれない。


 いつだったか、家で動画サイトをぼんやりと眺めていた時に、サメの心臓の解体映像を見たような気がする。


 曖昧な記憶の中で、ルーフが目の前の事象にそれとなく納得をくっつけようとしている。

 その間には、すでに魔術師は別の行動に意識を移動させようとしていた。


「さて、後は傷の治療をしなくちゃならないんだが」


 やっとのことで一つ片付いた問題の余韻に浸る暇も無いまま、モティマ初日に目の前に転がっている事象への解決策を頭の中に想定しようとしている。


 ここで彼が愚痴っぽくこぼしている「傷」というのは、怪物がこの世界に発現するための出入り口のようなものであること。


 事実を頭の中に思い浮かべる。

 ルーフはそれを修復するのも魔術師の役目であり、仕事内容の内に入っていることを理解の内におさめていた。


 後のことは専門家にでも任せよう。

 ルーフの思考の片隅で、いかにも大人ぶった意見が面倒くさそうに提案をしていた。


 だがルーフ自身が己の欲求に耳を傾けるよりも先に、周辺の人々の方が早くに次の展開を望んでいた。


「それ、……また同じ所に運ぶつもりよね?」


 モアの声が窺うようにしている。

 少女の質問の対象であるモティマの方を、ルーフは言葉に誘導されるようにして見つめていた。


 質問の答えを待つこともせずに、モアが矢継ぎばやに自らの腕をそっとモティマの方に差し出していた。


「どうせ、あともうすぐでお部屋に戻らないといけないもの。だから、そのついでにあたしが、それを彼女のもとに運んでおいてあげるわ」


 根拠、そして意味をキッチリと並べ立てている。

 少女の主張にモティマは一瞬だけ迷いのようなものを瞳によぎらせる。


 だがすぐに「そうか」とだけ、簡単な許可だけをモアに伝えていた。


 少なくとも少女と、そしてモティマの間柄ではそれだけの言葉で充分に理由たりえる要素をクリアしていたのだろう。


 しかして、この場面において最初から最後まで他人事でしかなかったルーフにとっては、彼と彼女が何に納得をしたのかまるで意味が分からなかった。


「あの……」


 ルーフが言葉を発しようとした。

 その時点ですでにモアは少年の後ろに回り込み、少年が使用している車椅子のハンドルを握りしめている。


 モアがさらに続けて提案をする。


「ああ、でもあたしだけじゃあのお部屋の扉を開けることはできないわね……」


 言葉の途中、全ての音を発するとほぼ同時に、モアの明るい青色をした目線はエミルの方を見ていた。

 

 少女の視線に反応した。

 エミルが言葉を用意するより先に、溜め息交じりの同意だけを彼女に差し出していた。


「あー……そうだ、な。オレがその採ったばかりの心臓を運ぶから、モアさんはそこのナイスガイを案内させてやってくれ」


 ルーフの意見を待つことなく、彼と彼女は次の行動へと体を動かしていた。


「社会見学の続きだ、君には我がまち灰笛(はいふえ)の秘密を教えてあげよう」


 エミルがそう言っている。

 楽しそうにしている彼らを見て、ルーフは強い不安によって胸に強い痛みを覚えていた。

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