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本日の目玉トピックをドブに捨てる

 戦闘が終わった。

 その途端に周囲へ人々が戻ってきた。


 と、そのようにルーフが錯覚しようとしているのは、ただ単に今までずっと同じ空間に居続けていたゆえの感覚の麻痺に過ぎないのだろうか。


 そんなことをルーフが主張しようとした。

 言葉を受け止めた、モアという名前の少女が静かに彼へ反論を用意していた。


「気のせいよ」


 少女はそれだけの否定文の後に、そんなことよりもと、次の行動を推奨するような動きを全身でそれとなく表現している。


「とりあえず、あたしたちは業者さんの邪魔になるから……ちょっと横にはけていましょうか?」


 少女がそう主張している。

 その理由は、当然のことながら戦闘場面の終わりに深く関係している事項であった。


 戦闘場面。

 つまりは現実の空間に発現した怪物を此処から駆除する、そう言った目的のために展開された戦闘の場面。


 それはすでに、数分程前に人間たちの手によって終了を迎えていた。


 戦闘に参加していた人間の内の一人、モティマという名前の魔術師が真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。


「モア」


 モティマは、まず最初に少女の方に目線を集中させている。


「ここは危ないから、早く安全なところに避難しなさい」


「はあい」


 自分の身を心配してくれている。

 大人の魔術師の言葉に、モアは自身の頭髪をさわりながら返事をしていた。


 少女の白い指に絡め取られている、明るい金髪が柔らかそうに揺れているのが見える。


 少女が同意を示しているのを確認した、モティマはその瞳の中に安心の気配をうっすらと滲ませている。


 彼と彼女のやりとりをすぐ近くで眺めていた。

 ルーフはまさに他人事のように、交わされた言葉に余分な疑問を抱きそうになっていた。


 危ないとは? 魔術師は確かにそう言っていた。

 これ以上危ないことがあるのだろうか、ルーフは疑問に思う。


 怪物との戦闘はすでに終わりを迎えている。少なくとも、怪物の口に身体が喰われる心配は過ぎ去ったことになる。


 ルーフは疑問符を頭の中で芽吹かせながら、のっそりとした動作で視線を彼らのいるところとは別の場所に移動させている。


 あまり時間をかけることをせずに、ルーフの視線はとある空間へぼんやりと固定されていた。


 少年が見上げている。

 そこは傷と呼ばれる魔力の変化、現象が起きていたばかりの空間であり、そして怪物がこの世界に現れようとしていた空間そのものでもあった。


 いま、その場所は複数のモノたちによってしばしの包囲陣が結ばれようとしていた。


 モノ、というのは当然魔術師を中心としている。

 例えばモティマと共にまちの監視を行っていた者や、それ以外に緊急の要請で集まった魔術師などもここにて作業を行っている。


 分かりやすく人間の形をしている、外見上はこの灰笛(はいふえ)という名前の地方都市に暮らす普通の人間としか表現しようがない。


 もしかすると魔術師の他に、魔法使いなども混ざっているかもしれない。

 傷という魔力要素の変化の補修をしている、人々の中にルーフは魔法使いの姿を探そうとしていた。


 視線を巡らせようとした。

 だが視界の中で、ルーフの目の前に大きな人の影が立ち塞がっていた。


「もしもし? 聞こえているか?」


 それはモティマの姿であった。

 どうやら彼は先ほどからずっとルーフに話しかけていたらしく、いつまで経っても返答を用意しない少年に若干の疑いの気配を向けていた。


「自分の声が聞こえているか、まずその確認から必要か……」


「あ、いや……いいや? ちゃんと聞こえてますって」


 話しかけられていたことに気付けなかった、ルーフは慌ててモティマの姿を視界に、認識の中心に抑えるようにしていた。


 あらためて、ルーフは目の前の魔術師の姿を視認する。


 見ているなかで、どうやらこの魔術師は最初に抱いた印象よりかは幾らか年齢に深みを持っていることを把握していた。


 背の低さと声の高さで、何となく勝手に若々しい印象を抱いていた。

 だがこうして目の前で、会話というコミュニケーションをとっていると、ルーフは目の前の男がすでに中年を通り過ぎた雰囲気を有していることに気付かされる。


 子供の時代は遠くの(かすみ)に、青年時代も遥か昔に通り過ぎた。

 中年時代にそれなりの深みを重ねようとしている。


 具体的な数字、年齢として考えるとすれば、四十代の後半に差し掛かろうとしているのではないか。

 白髪の割合が多い頭部を見上げている。


 そうしていると、そこに生えている彼の小さな円形をした聴覚器官がピクリ、と動いているのが子細に観察することが出来た。


 モティマが怪訝そうな視線をルーフに落とし込んでいる。


「どうした? 自分の顔に何か付着しているのか?」


 問いかけにまともな応答もしようとしない。

 ルーフという名前の少年に、モティマがそろそろいい加減に疑いの色を深めようとしていた。


 探るような視線をルーフの方に落とし込みながら、モティマは確認の動作をモアに求めようとしている。


 中年の魔術師が問いかけるようにしている。

 目線に反応するように、モアが少年の代わりに彼の存在について、そのあらましを簡単に説明している。


「なるほど……な」


 話しをあらかた聞き終えた。

 モティマの様子にとりたてて驚きのようなものは見受けられなかった。


 おそらく彼も、ルーフのことを古城……と呼ばれる魔術師のネットワークですでに知っていたのだろう。


 モティマが、どことなく感慨深そうにルーフの方へ視線を落としている。


「そうかそうか、君がそうなんだな」


 ゆったりとした動作で、モティマは顔を下に傾けている。

 そうすると、頭部の左右両側に生えている見月(みづき)(ネズミの特徴を宿した人間の種類のこと)特有のまるい小さな、肌の色と同じ質感の聴覚器官が揺れている。


 そうして顔をある程度まで接近させられる、そうすることでルーフはようやく相手の外見情報を、冷静なまでに収集することが出来た。


 スーツに身を包む、このフォーマルさはどうやら古城における魔術師の正装、制服のようなものらしい。

 年齢の割には脂肪分が少ないのは、やはり魔法陣の制作と操作にかなりの体力を消費するからなのだろうか。


 いや、そもそも見月(みづき)はネズミの特徴があるため、体が小さい傾向にあるらしいと、そんな話を聞いたことがある。


 ルーフがそう考えていると、別の場所からモティマの名を呼ぶ声が響いてきていた。


「アゲハさん」


 彼のファミリーネームにあたる名称を呼んでいるのは、この場に集められた魔術師の内の一人であった。


 同業者に名を呼ばれた、モティマがあまり低さの無い、むしろ異様なまでに若々しさを感じさせる高い声で返答をしている。


 そうして、魔術師たちが現場にむかおうとしている。

 彼らの動作を見て、ルーフの背後からモアの声がささやくように耳孔を刺激してきた。


「ちょうどいい、丁度の良い機会だと思わない? ねえ、ルーフ君」


「……何がだ?」


 少女の言わんとしていることを大体において予想しながら、しかしルーフはあえて質問の体をわざとらしく作っている。


 質疑応答に答える素振りの中で、モアは提案のようなものを少年に言葉として伝えていた。


「ほら、貴方も魔術師になるために、あの人たちについてきているのでしょう?」


 その言い方にはいくらか、いや、かなり語弊のようなものが含まれている。


 とは言うものの、いまのルーフにはそれを少女に向けて具体的に表現できる方法を持ち合せていなかった。


 そうしてある程度の受動的な態度の中で、ルーフはモアに車椅子の操縦権利をあずけることになった。


 モアと共に近付いた、そこではまず怪物の死体を解体する作業が執り行われようとしていた。


 死体を解体する。

 つまりその肉の塊から最も強い気配を持つ魔力の源、怪物が生命を続けるために活動させていた器官を摘出することだった。


 そう言うと、なんだかとても特別な行為を執り行っているような錯覚を覚えそうになる。

 しかしながら、残念なことに特別な事などなにも無かった。


「要するに、死体から心臓を取り出すのよ」


 ルーフの思考の上に、モアの涼やかな声色が冷や水の一杯のように振りかけられていた。


 声のする方、右の斜め上辺りにルーフは視線を移動させる。

 そこではモアが立っていた。白く滑らかな頬、明るい青色の瞳はずっと同じ方向に固定され続けている。


 少女の目線を追いかけるようにする。

 そうすると自然とルーフは怪物の死体、その解体現場をより子細に観察するようになっていた。


 そこではこんなやりとりが行われている。


「検索を頼めるか……」


 そう言っているのはモティマの声であった。


 彼はどこか緊張の面持ちを作っている。

 それこそ実際に自身が参加していた戦闘場面の一幕以上に、モティマは心臓の摘出に対して強い警戒心と緊張感をその身に覚えているようであった。


 中年の男魔術師の硬い声に返事をするのは、ハリという名前の魔法使いの声であった。


「ええもちろん、そのへんも任せておいてください」


 モティマに、魔術師に頼みごとをされるのがとてつもない名誉であるかのように、ハリは自信ありげに眼鏡を指でクイッと整えている。


 動作のついで、指の動きはそのまま眼鏡のフレームに触れたままにしている。

 そうして、ハリはメガネのレンズの奥にある目をジッと怪物の死体が転がっている地点に向けている。


 ハリが見ている。

 そこは灰笛(はいふえ)という名前の地方都市の地面であり、そして怪物の死体が置かれているアスファルトの上でもあった。


 怪物の死体を見る。

 ハリの目がキラリと輝いた、光の気配をルーフは再び目で確認することになった。


 黄色い閃光のような輝き、それはハリの左目から発せられているものだった。

 光の気配を感じて、ルーフはそこで初めて魔法使いの左目をしっかりと目で確認することになる。


 それは右側と同じような緑色を、一応は確かに含んでいた。

 だが元々の色素以上に、いまは別の色が彼の虹彩を強く支配しようとしていた。


 独占欲の強い色、それは満月のような黄色を持っていた。

 ハリの左目には緑色の他に、黄色と思わしき色素を含んでいたのである。

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