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あらわれた春と君の気配に怯える

 増幅される魔法使いの肉体。

 それは、何も体の組織が急激に増えているという訳ではなかった。


 ルーフは魔法使いを、ハリを遠目で観察しながら、彼の髪の毛が一気に伸びているのを目で確認していた。


 まるで一か所に溜められていた水が開放されたかのように、ハリの髪の毛が重力に従うようにして存在を体にくまなく落とし込んでいる。


 伸びた髪の毛、毛髪と思わしきそれらの重さを肌に感じながら、ハリはムクリと顔をあげていた。

 上半身、首の動きに合わせて伸びた髪の毛が動きを与えられる。


 サラサラと流れ落ちる。

 それは黒色をしているようで、しかし時々どことなく異なる色合いが見え隠れしている。


 もしかすると表面だけが黒で、その内側に別の色、いわゆるインナーカラーという髪染めの技法の一つのようなものが含まれているのではないか。


 考えようとしたが、しかしルーフはそれ以上に気にすべき事項を目の当たりにしていた。


 ハリが屋根の上から体を離す。

 それは跳躍であり、魔力によって増幅された跳躍能力が彼の体をしばしの無重力に(いざな)っている。


 浮遊などではない、銃口から放たれた弾丸のように、ハリはその身を怪物の側面に再び接近させている。


 攻撃をするつもりなのだろう。

 この場所、この戦闘の場面に出会わせた人間であれば、魔法使いの次なる行動など簡単に想像することが可能であった。


 そして、予測された内容は当然のことのように怪物にも共通している事項でしかなかった。


 無遠慮に、なりふり構わず急接近してくる魔法使いの姿を、怪物の上半身が視覚能力の内に認めている。

 自身の肉体を傷つけようとしている存在、刃の輝き。

 対面させられた、怪物は当然のことながら逃避行為を働かせようとしていた。


 今までの緩慢かつ、どこか雄大ささえ感じさせた動作はすっかり失われようとしていた。

 残されたのはただひたすらに、真っ直ぐに自分の生命を守ろうとする基本的な機能だけだった。


 単純な行為をしようとしている。 

 怪物の悲痛なる主張を、しかしながらモティマという名の魔術師はそれを許そうとはしなかった。


 言葉を必要としない程の単純さの中で、魔術師は全身を以て魔法陣に「逃がすな!」を命令していた。


 命令文を受け取った、作者の意向の通りに魔方陣は己に与えられた機能、義務を忠実に遂行する。


 それこそが、行為そのものがこの身における最大限の存在証明であるかのように、魔法陣はさらに強く怪物の肉を拘束していた。


「???? ???? ????」


 動きたくても動けない、怪物は自らの状況を上手く理解できないままで、ただ動揺だけをその身に揺らしている。


 まるで魔法陣という方法そのものを存じ上げぬかのような、そんな狼狽が見てとれる。

 のは、傍観していたルーフの視点が勝手に作り上げたイメージに過ぎなかった。


 いずれにしても、動けない対象に魔法使いが起こすアクションは限定されていた。


 エミルの発砲した謎の弾によって魔力を増幅させられた、ハリという名前の魔法使いは左手に武器を握りしめる。


 両側の足を前に軽くつきだし、それを素早く後ろに戻す。

 遠心力のようなものを、ハリは手に持つ刃に乗せている。


 刃の部分が怪物の肉に触れた。

 だが損傷の強さは実際の刀身による影響をはるかに超えていた。


 増幅させられた魔力。

 エミルの銃の口から発射された魔力の弾を受け止めた、ハリは与えられた力の分の作業を実行する。


 回転する刃。

 輝きは他者を傷つけるという願望よりかは、どちらかというとチェーンソーなどの実用的な攻撃力の面が強かった。


 刃が肉を再び噛む。

 ハリは感触を腕に感じながら、肌の反発を通り抜け、肉の硬さを打ち破る。


 骨の感触を味わうよりも先に、怪物の肉体はハリの刀によって二つに切り裂かれていた。


 刃のひと撫では大きい。

 武器の持ち主であるハリがイメージした内容に従うように、怪物の上半身を下半身から剥奪させていた。


 怪物が悲鳴をあげる。


「!!!! !!!! !!!!」


 もちろん痛みによる悲鳴には変わりなかった。

 だがルーフはその声を耳にして、どことなく爽快感のような印象を抱きそうになっていた。


 感覚に根拠はなく、本当の意味で直感の中の世界観でしかなかった。

 なんにせよ、怪物の体は上と下でそれぞれ別のものとして分裂してしまっていた。


 そこからの変化は、まさに目まぐるしいものだった。

 素早すぎる、前触れと呼べるものは何一つとして見受けられそうになかった。


 それこそ、この場における傍観者でもあるルーフであっても変化にすべて気付けたとは言い難かった。

 モアの一言。


「ああ、分裂したものが、それぞれの個性を……──」


 ポツリと呟いている。

 乾燥のような台詞に対して、返事を用意することが出来たのはルーフの声ではなかった。


「ああ、そうだな」


 低い大人の声、少女に返事をしていたのはエミルという名前の、男の魔術師であった。


「無理やり同化させられていた部分が無くなれば、もう少しマシになるはずだがな……」


 エミルは予想を、願望に近しい内容を静かに唇に発している。


 言葉が意味しているのは、怪物の上半身と下半身がそれぞれに異なる性質を持っていること。

 つまりは怪物の半分ともう半分が元々は別の個体で、それらがどこぞの人間の手によって無理やりくっ付けられたものであること。


 それら魔術師たちの予想を証明するかのように、二つに分かたれた怪物の体が、それぞれで別個の行動を起こし始めていた。


 まず最初に下半身、ハチかアリなどの昆虫の腹部を模した造形をしている。その部分が、モゾモゾと傷口の奥に隠れようとしていた。


「あ、下半分が逃げるぞ!」


 ルーフが思わずそう叫んでいるのは、怪物の下半分だったそれが傷、すわなち発生源である空間の奥に逃げ隠れを計ろうとしているからであった。


 ルーフは自分には何も出来ないことを、頭でこそ重々理解している。

 だからこそ、無責任な観客席のように怪物の行動をいちいちアナウンスせずにはいられなかったのであった。


 少年が思わず実況をしている。

 その右隣あたりで、エミルという名前の魔術師が淡々と解説の補足のようなものを口に発しているのが聞こえていた。


「後ろ半分だけでも逃避の意思が見えた。それだけで、オレが茶々を入れた意味があるってもんだ」


 静かに呟いている、その言葉は他者に向けられたものではなく、エミル本人をどうにか安心させるための言い訳のような響きを有していた。


 若い魔術師がそう願っている。

 視線の向こうで、彼よりも年の数が多い魔術師が作業に没頭しているのが見える。


 年上の魔術師、モティマという名の人物が再び右腕を天にかざしている。

 目線はしっかりと怪物に、上半身だけがこの世界に残された対象をとらえ続けていた。


「……ッ!」


 モティマが短く深く、瞬発的な速度において体内に多量の空気を取り込む。

 空気の冷たさが肉の内側に組み込まれ、冷えていた存在を肉の、血液の熱が溶かしていく。


 温度差の中、モティマは最後の気合のように全身へ力を込める。


 自らが作成した魔法陣に命令を下す。

 命令を受け取った、魔法陣が作者の言葉に従って結束をより強固なものへと変えていった。


 ちょうど怪物の上半身と下半身の辺りを固定していた、それぞれの(くさび)が再び怪物の肉を模索し、実体を空間に固定しようとする。


 怪物の上半身、電信柱程度の太さと幾つかの関節を有している。

 重たい下半身から解放された上半分。比較的軽さのある部分が枷を外されたかのようにしばしの事由を楽しんでいた。


「aa ああああ aa ああああ」


 どことなく鼻歌のような音色を小さな口から発している。

 このまま放っておけば、どこか別の場所へ泳ぐように去ってしまいそうな、そんな気配があった。


 逃げようとする、この世界に存在し続けようとする。

 怪物の意思、それを魔術師たちは許さなかった。


 モティマの命令を受け取った、魔法陣が再びその姿を変形させながら怪物肉体を捉えている。

 同じように固定をしている、ただ今回は対象がだいぶ小さくなっているため、それぞれの陣が一回で確実に獲物を捕縛することは出来なかった。


 四つに分裂した魔法陣の内、今回怪物の姿を実際に捉えたのは二つだけだった。

 空振りに終わったもう二つ、だが魔術師はもう命令文を発しようとはしなかった。


 あとの行動は、魔法使いにすべて任せるのが魔術師たちの見解であるらしかった。


 誰かが叫ぶ。


「ハリ!」


 それはエミルの声……のような気がした。

 聞いていたルーフがあまり自信が持てなかったのは、なぜかその声音にモティマのイメージを発生させていたからであった。


 両者に共通事項はほとんど見受けられないのに、どうして連想してしまったのだろうか?


 少年が理由を考えようとする。

 その間に、魔法使いはすでに行動を現実に起こしていた。


 自らについて呼ばれた、ハリという名前の魔法使いが自分の武器を強く握りしめる。


 魔法使いは空を飛んでいた。

 飛びながら、その体を怪物の上半身めがけて落そうとしている。


 落ちる魔法使いの身体、目線は怪物の肉体を見続けている。

 刹那、短い瞬間に彼の左目が黄色い閃光のような輝きをキラリとはなった。


 稲光のような速さで魔法使いは、ハリは武器の切っ先を怪物の肉体に沈み込ませている。


 そこは怪物の口がある所、そこより幾らかだけ胴体に近しい部分。

 ちょうど形が少しばかり似ているヘビを頭の中に想像したとして、頭部が終わりを迎えるほどの部分。


 その辺りに、ハリは自らの武器を深々と沈み込ませた。


 今度は誰の補助も、誰かに魔力を補充させてもらう必要性も無かった。

 魔力ならばまだまだたくさんあると、ハリは言葉で表現するまでもなく、伸び晒した頭髪の輝きにてそれを無言のうちに表現しつくしていた。


 彼の、若い魔法使いの黒い髪の毛が空気にあおられる。

 黒色の中にかすかな明るい色が見え隠れする、髪の毛のふるえ。


 湿った揺らめきの下、彼の手先で武器が怪物の胴体を両断させていた。


 途端に、中身に隠されていた決定的な核……、「心臓」にあたる器官が破壊されていた。

 血液が大量に飛び散る、赤い飛沫が都市を雨と共に濡らした。

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