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FC音源でリアルなステップを踏もう

 スオリノが、自身がアルバイト先についての情報を語っている。


「えっと……所在地とか、敷地の広さとかですかね?」


 彼は情報の取捨選択を隣に座っている魔法使い、ハリにゆだねる格好をとっている。


 依頼主に確認事項を渡された。

 ハリは特に考えを巡らせる様子もなく、自分の望べき要項を相手に伝えていた。


「ああ、いえ、そこまで具体的なものはいりません。もっとアバウトに、抽象的に……スオリノさんが考えるその場所のイメージを伝えてくだされば充分です」


 ハリとしては譲歩をしているつもりなのだろうか。

 逆に難易度が高くなった要求に、しかしながらスオリノは特に困惑するでもなく、とりあえずは相手に合わせた要項を言葉の上に並べていた。


 しばらくして。


 とりあえず程度に布巾などで清めた机の上。

 そこにハリは机の上に道具を一しきり用意し終えていた。


 つい先ほどまで昼の所持行為を行っていたばかりの机。

 その場所に若い魔法使いは自らの仕事道具、その一部を展開させている。


 おおかた中身を消費し終えたラーメンのどんぶりを、安全な程度に隅に押しやる。

 そうして若干強引ながらも作り上げたスペースに、ハリはまず紙を一枚セットしていた。


 それはB4サイズの、少し大きめの用紙だった。

 長方形のそれを自分から見て縦長の長方形になるよう、ハリは机の上で速やかに微調整を終えている。


 納得の行く位置に文鎮のようなものを置いて、ハリは机の上に用紙を固定させていた。

 ピン、と伸ばされている、用紙はそれなりに質の高いものであるらしかった。


 あまり日常生活では見たことの無い。

 少なくともルーフ個人の感覚では、こういったタイプの用紙は見慣れぬものでしかなかった。


 紙の後にハリは、当然のこととしてペンを用意している。

 鞄の中から取り出した、道具は右と左でそれぞれ一つずつ握られていた。


 左手にあるのはペンで、それは筆の部分が銀色のとがった金属になっている。

 そしてもう片方にあるものが、分厚いガラスの底をゴトリ、と机の表面に小さく衝突していた。


 黒色の蓋と、黒色に染まったガラス瓶の中身。

 インクであること、道具はそれだけであったらしい。


 その三つを目にして、ルーフはようやく道具の数々が何に類されるものなのかを理解していた。


「マンガでも、描くつもりなのか?」


 スオリノに若干影響されて、ルーフもまた文節をあえて丁寧にする発音を使ってしまっている。


 少年からの問いかけに対し、ハリは完全なる同意はしなかった。


「いいえ、ここで漫画を描く理由はございません」


 否定をしている。

 それと同時に、言葉の外側でそれが漫画のための画材であることを、ハリはルーフへ暗に認めていた。


 漫画を描くための道具、それをでき得る限りシンプルかつ簡素にしたもの。

 それを携えて、ハリは机の上で早速作業に取りかかっていた。


 まずは芯の柔らかめな鉛筆でざっと円形を記す。

 そして縁から一つずつ枠を埋めていくように文字列、のような模様のような、文様の下書きを描き加えていった。


 手際は早く、手慣れた安心感を存分に感じさせる速度を安定的に保ち続けていた。


 下書きを終えた、ハリはすぐに下書きの上に清書を実行している、


 金属のつけペンが、開け放たれたインク瓶の中身に触れる。

 ピチャリ、水分が異物に触れ合う音色がかすかに空気を振動させる。


 瓶の縁で余分な液を拭いとり、黒色に濡れた先端で紙を削るようにしている。

 ガリガリと、ペンの黒い鋭さが削る音色と共に白紙へ色を、模様を、意味を与えていく。


 数分ほど時間を有した。


 無事に完成をした。

 ハリが深々とした溜め息を、だがとても充実と充足のいく内容に染み入るような歓喜を覚えている。


「どうでしょう! どうでしょう?」


 ハリが限界まで膨らませた風船ばり、眼鏡の奥の瞳を期待と不安にキラキラと輝かせている。


 一つの作業を終えた、魔法使いが願望のような質量の多さを持った視線を依頼主に、スオリノの方に向けている。


 しかし。


「……あ? 終わったの」


 魔法使いのはりきり具合とは双極を為すかのように、スオリノの方はあくまでも平坦なテンションだけを、あたかも普通そうに継続させているにすぎなかった。


 テンションの低さも当然のことで、スオリノはハリが作業をしている間にスマートフォンで何ごとかを、電子画面に入力していたのである。


 それはすなわち、魔法使いの作業に注目をしていたのがルーフ一人だけに限定している、そのことを意味していた。


 俯瞰をするようにして、魔法使いとそうでない人間の様子を机の向こう側から見ていた。

 スオリノの無関心具合に、ルーフはただの他人として半分か、あるいはそれよりかは少し多い程度には同意をすることが出来ていた。


 別に魔法を使えるかそうでないかに関係なく、一切合財興味の無い他人がまち中で絵を描いている。

 その姿に興味を持てる人が居るか、居ないか。


 無駄にこの世界に多い人間の数で、二分にしか出来ない判断基準の数の内に、このシカつのが生えた彼が属している。


 その事になんの疑問があろうか。

 そして、ルーフが彼とは反対側のグループに足を泥のように突っ込んでしまっている。


 その事に、なんの疑問も無いのだろう。

 ルーフは諦めるように、目線をハリの作った魔法陣に落とし込んでいる。


 ルーフは紙の上のそれを見る。


 それはいかにも魔法陣然とした一品であった。

 均整のとれた円形、その内側に緻密な文字と模様が描きこまれている。


「はーあ……」


 ハリが二回目の深い溜め息を吐きだしている。


 依頼主の関心があまり濃いものではないこと。

 そのことを判断した、しかしながらハリは特に相手に対して気分を害する様子を見せようとはしなかった。


「予想以上に時間がかかってしまいましたね。完成度と締め切りとの相談も含めて、もっとスムーズな作画が求められます」


「誰と何を勝負してんだよ」


 ルーフがツッコミとも言えぬ単純な疑問を抱いている。

 だがハリはそれに明確な答えを用意しようとはせずに、それよりも、完成した品を依頼主に提出していた。


「こんな感じでよろしいでしょうかね?」


 ハリに、若い魔法使いが確認をする。



 店を出て、スオリノがルーフ等とは別の方向に「サヨナラ」と去って行った。


 その後ろ姿を眺める名残も特になく、ルーフとハリは来た道を再び戻って行っている。

 沈黙に身を預ける予定もないままに、ルーフはただ思いつくがままの言葉を質問文にしている。


「あの魔法陣が、どうしてその石ほどの価値になるんだろうな?」


 疑問を口にしながらルーフは指の中にある石を、シカの角が生えた一般人の男性から渡された魔力鉱物を眺めまわしている。


 人差し指と親指の間につまめてしまえる。

 小さな粒はとても軽い、せいぜい河原に落ちている砂利の一欠けら程度の存在感しかない。


 というか、実際に今道路のその辺にこの石をテキトーに投げたとして、もう一度見つけ出せるかどうか。

 ルーフが自分で想像した仮定に勝手な否定文をくっつけている。


 そのすぐ後ろで、ハリはルーフの車椅子のハンドルを来たときと同じような速度で操作していた。


 ルーフの質問に、ハリがゆったりとした口調で返事をしている。


「向こうさんが頼んだ内容、そのままですよ。あれを使うことで、怪物がある限定された空間に近づかなくなるように、したり、しなかったりするんです」


 ハリはなんて事もなさそうに、ただ当たり前の事情をルーフに伝えていた。


 魔法使いが述べている内容に、ルーフはにわかに信じられないと言った様子で言葉を返している。


「あんなので、本当に怪物の予防になるのか?」


 どうにかして想像しようとしたが、しかし思いつくすべてがどうにも上手く現実感を獲得してくれそうになかった。


 魔法陣と銘打ってはいるものの、所詮はただのイラストレーション、二次元、紙切れとインクのにじみでしかないのである。

 そんなものであんな……、あのような超常的な存在を予防することが出来るのだろうか。


 ルーフが疑問を、それはやがて猜疑に色を変えようとしている。


 少年の抱く感情を、ハリはしかしてあくまでも自分のペースの中での説明だけを続けていた。


「もちろん、ただ魔法陣っぽいモノを用意するだけでは意味がありませんよ。ファミリーレストランの給仕じゃないんですから、世の中そんなに上手くことは運ばれません」


 いまいち分かりにくい表現を使いつつ、ハリは歩きながら少年に魔法についてのことを教えている。


「魔法というものはですね、人間の眼球が必要になるのですよ」


「眼球、目玉を材料にでもするんか?」


「いいえ、それではただの魔法薬の調合になってしまいます」


 両者の違いがまず分からないし、それに、何のためらいも無く人体実験を肯定している。

 そんな魔法使いに対し、しかしてルーフは今ここで深くは追求しようとはしなかった。


 そんな事よりも、気にすべき内容はすでに目の前に釣り餌のごとく用意されているのである。


「人に見られることで、魔法になるって、そう言いたいのか?」


 かなり少ない言葉の色々。

 限定された情報の領域から、ルーフは考え得る選択肢のうちの一つで唇を動かしている。


「そうですね……、ええ、そうです。つまりのところは、そういうことになります」


 否定をしない、誤魔化すこともしない。

 はっきりと肯定した。そのままで、ハリは魔法についてを語り続ける。


「魔法には、実のところ個人の意見、つまりは意識はあまり重要ではないのです。まずもって大切なのは他人の目、他の誰かが自分の作ったものを見る。その行程なのですよ」


 かなり説明口調になっている。

 ルーフは魔法使いの声を聞きながら、自信の思考でそこに含まれている情報を適当に選んでいる。


「人様に見てもらうこと。……が、魔法の条件」


 少し間をおく。

 ルーフは後ろの魔法使いが自分の意見に否定をする、その動作を期待する。


 だが、まてども少年が期待する展開は訪れなかった。


 次に何を言うべきか、少年が考えようとした。


 その所で、目の前に何か……「何か」が大量に迫ってくる気配があった。


「…………、?」


 言葉を考えようとしていた、ルーフの思考がそこで一時停止される。


 そして、見た先には……。


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