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友達を作るのが致命的に下手くそ

「このようにお邪魔して置いて、ボクがお願いしたいことと言いますと。調べてほしいことがあるんです」


 ナナセと名乗る男が、背筋を真っ直ぐのばしながら、キンシと言う名の少女に要求をする。


「調べてほしい。とは、つまり、調査をしてほしいということになるのでしょうか?」


 出来得る限りの敵対意識を継続しようと、そう心の内で決め込んでいたのにもかかわらず。


 実際に頼みごとを声に、言葉にされてみると。

 キンシはつい条件反射的に、内容の追及をせずにはいられないでいる。


「内容としては、ごく単純ですよ」


 ナナセはゆっくりと口を動かしている。

 それは相手の会話能力に合わせてあげるだとか、その様に大人びた心遣いなどではなく。


 自分の言語能力で相手の認識に齟齬が起きないよう、どうにかこうにか。

 いまいち自身の言葉に、自信が持てないと言った感じでしかない。


「調べてほしいことと言うのは……──」


 ゆっくりとした声の後、少しだけの呼吸の次に発せられようとしている。


 しかし言葉は少女のもとに届くことはなく。


「ii--ii. い」


 彼と彼女の間に、晴天の霹靂(へきれき)よろしく電子的な音が割り込んできた。


「飲料を、飲料を」


 見上げると、袖の長い割烹着をまるで生れ落ちた瞬間から、今日に至るまでずっと身にまとってたかのような。


 それ程に、自然さを装った雰囲気で。


「ああ、えっと……トゥーイ、ありがとう」


 湯飲みに淹れられた温かい飲料を運んできた、トゥーイと言う名の青年にキンシが短く礼を伝える。


「ああ、これは嬉しいな」


 深い茶色をしたちゃぶ台の上に置かれた、安っぽい造りの湯飲みに満たされている飲料。

 明るい緑色の、ホカホカと湯気が立ちのぼっている。


 ナナセは早速それに手を伸ばし、入れ物から直接手の平に温度を感じ。

 そっと持ち上げ、フチに唇を押し付ければ口の中に、あまり濃度の無い植物の味が広がる。


「外が少し寒かったので、温かい飲み物が体に嬉しいですよ」


 薄い香りを楽しむ様子も見せないままに、ナナセはただ水分を体のなかに受け入れている。


「……」


 キンシは体をほとんど動かさないままに。ジッと、男の様子を観察している。


「ん?」


 少女の視線、それ自体には最初から気付いていながら。しかしナナセはあえて、そこで初めて反応らしきものを表面に浮上させる。


「どうしたかな? まさかボクがこのまま、飲み物に混ぜたお薬でぐっすり眠る、だとか。そんな展開を望んでいる、のかな?」


 ナナセの口ぶりは軽いままで、しかし声に出した予想の物々しさそのものが誤魔化しきれるはずもなく。


 自分の後方で、おそらく魔女の体が再び同様に動いている。

 キンシはその音を耳でしっかりと聞き取っていた。


「そんな、その様な悪趣味はいたしませんよ」


 どこまでが冗談なのか、他人の心情を推し量ろうとは思わない。


 キンシはとりあえず相手の語調に合わせて、いつものお得意の、へらへらとした態度で返答をする。


「仮にあなたが想定するようなことを実行するとしても、僕ならもっと上品な方法を考えます。ましてや魔法ならともかく、口に入れるものにそのような愚行……。とても僕には出来ません」


 口元には笑顔を浮かべたまま。

 しかし視線まで嘘を演出できるほどに、それほどに己の精神が成熟していないこと。


 それもまた逆らいようのない事実であると、キンシ本人が自覚している。


「心配するようなことはありません。ここは魔法使いの図書館、訪れた愚者を卑下にしてはならない。と、言うのは、前任の館長が口を酸っぱくして主張していたことでしてね」


 しかし嘘ぐらいならいくらでもつけると、ベラベラと調子の良いことばかりを口にしながら。


 キンシはほとんど音もたてないままに、少しだけ温度の下がった湯飲みに手を伸ばした。


 つるりとした表面に唇が触れる。

 舌の上に液体の、ほとんど混じり気の無い滑らかさが触れる。


「愚者をもてなす、か。魔法使い以外には通用しない言葉ですね」


 少女の喉の奥に液体が流し込まれる。毒でも何でもない、特に大した意味の無い飲食物として体に、肉体の一部に取り込まれていく。


 その様子をじっと、重厚なゴーグルのレンズ越しに見守っている。

 ナナセはもう一度、慎重に口を開き始める。


「いや、失礼。つい変なことを言ってしまいました」


 長く筋張った指で湯飲みを包み込む、間に挟まれた温度を確かめるようにナナセは視線を落としている。


「駄目ですね、可愛い女の子を前にすると、どうしても気分が舞い上がっちゃうもので」


 それこそ調子の良いことであると。

 解っていながらも、キンシは言われ慣れていない台詞に心臓が跳ね上がるのを抑えきれないでいる。


「話を戻しましょうか」


 喉の奥は、肉体的な意味では潤いが足りているはずなのに。

 何故かキンシの体には先ほどから、ぴりぴりと焦げ付く様な緊迫感が胸のあちこちに生じている。


「そうですね。と言っても、ボクから頼みたいことは、先ほど申し上げた通り」


「調べてほしいことがある、でしたっけ」


 キンシは両手でそっと湯飲みを置いて、そこから指を離さないままに男と目線を交わす。


「内容を聞く前に、そうですね……僕からも一つ、先に申しあげることがあります」


 ちょうど二人とも、そろって机の上に両手を乗せている格好になっている。

 そのことには気づかないままに、ナナセが少女の声に反応して少し首を傾ける。


「いえね、内容を質問しておいてなんですが。しかし、やはり考えて見れば内容、依頼の意味以前に考えるべきこと」


 自分に視線が向けられている、状態が変化しないうちにキンシは手早く要項を伝えた。


「依頼内容に関して、それに一体どのような事情が含まれていようとも。まず最初に確認しなくてはならないのは、僕はあくまでも魔法使いである。その事なんですよ」


 主張したいことの旨が上手く伝わらなかったのか、ナナセは湯飲みを掴んだまま沈黙を保っている。


「いえ、いえいえ。依頼を断りたいだとか、その様なことは、決してございませんよ?」


 少し本心を(さら)け出しすぎたか。


 正直依頼なんてもの受け付けたくない。どうして、何で自分が? よりにもよってメイに非道な暴行を加えた、悪逆な糞野郎の。


 そもそもこんな休日に、よりにもよってこの男が個人的な依頼事をしにくるなんて。

 だとか。


 何で自分が、正直で素直な本音を言えば、このまま回れ右をしてお帰り願いたい。


「そんなことは、決して言いたいわけじゃあ、ありませんよ」


 キンシは嘘をつきながら。はたして、先輩の魔法使いならばこういう時、どの様な対応をするのだろうか。あるはずの無い、嘘の予想を空虚に積み上げている。


「いえ、いえね? もちろんご要望には誠心誠意をもって、お答えしたいと思いますよ? なんと言っても……──」


 なんといっても、そう、今のところの判断で考えて見れば、これは単に個人からの依頼。


 魔法使いに頼みごとをして、行為と結果にあわせて報酬を与える。


 これはこの国において、ことさら灰笛と言う名の都市のあちこちで行われている。少し古風なやり取りの、そのうちの一つでしかない。


「いえね? 嬉しいんですよ? まさかあなたのような人に、僕のような新米出来たてホヤンホヤン魔法使いに、まさかあなたのような──」


 そうなのである、とキンシは頭の中で言い訳を繰り返している。


 いつの間にか湯飲みから手を離して、口元には微かな笑みを浮かべている。


 ナナセの、「ナナセ」と自らを自称する。

 灰笛と言う名の都市において、エリートの枠組みに位置する。


「嬉しいと、そう……」


 にやにやと笑っている、男の視線にさらされている少女が、そこでようやく湯飲みから手を離している。


「言いたくない、否定したい気持ちはよく……。ようく、わかるよ」


 少女がついに耐え切れなくなる、その頃合いをちょうど良く見計らって。


「ふむ……なるほど、なるほど。これは結構、実に結構」


 彼女の沈黙を縫うように、ナナセが空虚に明るい声音を使っていた。


「はて、都市のウワサに聞く愚者のための図書館があると。そう聞いていたが……、やっぱりウワサは所詮ウワサだったな」


 唇の端を上に曲げたまま、ナナセはいかにも低めの声で少女に話しかける。


「実物は意外とつまらない、面白くない。……常識人ぶった真面目のくずかごちゃんでしかなかった、か」


 ナナセがじっとこちらを見ている。


 それが挑発の意味を為していると、キンシ本人が気付く。


 それよりも早くに、先んじて青年がひとり動き始めている。


「あ」


「うわ?」


 先に反応したのは、位置的にキンシの向かい側にいたナナセの方が先だったのは。


 果たして必然的と呼べたのだろうか?


 キンシが少し遅れて驚いている。その視線の先に一人の男性が、割烹着姿の青年に首を圧迫されている。


「トゥーさん!」


 客人の前であることも忘れて。……いや、客人であるナナセの事は、間違いなく意識のど真ん中に居座り続けてはいるものの。


「な、何しているんですか? 止めなさい! 手を離して!」


 いつの間にか移動をしている。どうせ魔法的な何かを使ったには間違いない、ナナセの首を片手でギリギリと締め上げている。


 キンシにそう言われるや否や。

 命令されたトゥーイは、巨木の梢のように固定していた腕を、特に躊躇うそぶりも見せずいとも簡単に解放していた。


「げほ、げほ」


 さすがにいきなり首を絞められるとは、思ってもみなかったのか。


 うずくまっているナナセ。


「だ、だだだっ。大丈夫ですか?」


 キンシがすかさず、上着の中に忍ばせていたハンカチを差し出そうとして。


「あー、ああ……、いやいや、大丈夫……ご心配には及ばないよ」


 差し出された、清潔そうに畳まれている布を受け取らないままに。

 余り大丈夫そうではない感じの、ナナセが少しだけ青白い顔つきで笑っていた。


「まさか……ちょっと小馬鹿にしただけで、ここまでの勢いでシメられるとは……。いやはや」


 力なく首を上に向けている。


 傍から見れば、いきなりの暴力に戸惑っている淑女にしか見えそうにない。


「相変わらずだね、君は。本当に、若い時となんら変わっていない」


 しかし、視線に含まれている鋭さ。


「………」


 粗暴ながら、確実に相手への攻撃意識を、刃物の先端のような鋭利さを固定している。


 キンシは三秒か、あるいはそれ以上。

 彼らの間に走る緊張感に、ただただ圧倒されているばかりであった。

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