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カーラジオの音量を上げて

 ルーフは視線を上に向ける。

 そこには古城の、古城の内部にあるこの空間の天井が広がっていた。


 天井はやはりルーフがよく知っている、例えば人間が生活をするための住居などとは、当然のことながら全く趣向が異なっていた。


 いつだったか、テレビで海外の宗教的施設を探索するという名目の番組が放映されていた。

 その時に紹介された、教会(チャーチ)の天井に似ていると、ルーフは自身が保有する記憶の中から手頃な画像をチョイスしている。


 ちょうど中心部分にあたる所に、スプーンですくい取ったかのようなへこみが作られている。

 底の浅い椀を逆さにしたかのような、へこみには格子のような模様が刻まれた大きなガラス板がはめ込まれていた。


 ガラスは微かに白く濁っている。

 向こう側にある空を辛うじて望める程度、空から落ちてくる雨粒がひっきりなしにガラスの表面を留まりようもなく濡らし続けていた。


 水に濡れたガラスが、液体の流れごと外界の光を吸い込み、通過した気配が天井の下に広がる空間をほのかに照らしている。


 光は弱々しく、頼りないものでしかなかった。

 そのはずなのに、どうしてこんなにも心が安らぐのだろうか?


 ルーフは疑問に思う。

 抱いた感情、感想はもしかすると外面にまで現れていたのかもしれない。


 いつの間にか自分が鳥のように首を傾げていることを、ルーフは行為の後に、斜めになっている視界の中でようやく把握していた。


 そんな風にしてルーフが古城の内層に見惚れている。


 そのすぐ近くで、少年を他所に二人の男女がこんな会話を繰り広げていた。


「だめじゃないですか」


 女の方、少女程の見た目をした彼女に話しかけている。

 ハリという名前の若い男の魔法使いが、少女に諌めるような言葉をおくっていた。


「いくら身体(からだ)の調子が良いからとはいえ、一人であんな所をほっつき歩いていたら、なにが起きるか分かったものではありませんよ」


 ハリはいつになく真剣な調子で、その深い緑色をした虹彩をジッと少女の方に向けている。


 魔法使いの目。

 眠子(ねむこ)という名のネコ科に似た特徴を体に宿している人種、それ特有の横に伸縮する瞳孔が、視線を真っ直ぐ少女に固定させていた。


 ハリの目、カッターナイフで縦に切り裂いたかのような形をした(あな)に見つめられている。


 少女は、モアという名前の彼女は、左の指で自らのもみあげをそっと撫でつけている。


「大丈夫よ」


 魔法使いの心配に対して、まずは簡単かつ短い否定文を用意している。

 そうしていながら、モアは陶磁器のように白い指で己の毛髪、白みがかった長い金髪をサラサラといじくっている。


「言ったでしょ? 今日は身体(からだ)の調子がとても良いの。いつもよりはね? それなのに、せっかくのチャンスをお家でただ大人しく、ジッとしているなんてもったいないじゃない?」


 弁明と思わしき内容を、モアはむしろハリに丁寧に説得をするかのような語り口でおこなっている。


「ただの動作チェックのついでよ。それに、このスケッチブックもちゃんと描いてあげないと、可哀想じゃない」


 そんなことを言いながら、モアは右の腕にあるスケッチブックを少し上に掲げる。

 少女の長袖に包まれた細腕、そこにはスケッチブックが二冊携えられていた。


 一冊はモア本人の所有物。

 そしてもう片方は、ルーフの持ち物から預かった新品同様のそれであった。


 二揃いある、モアはその内の自身の所有物の方を手元に移動させ、なめらかな動作でページを繰っている。


 さらさらとめくられるページ。

 そのほとんどには、白と黒色で構成されたイラストと思わしきものが描きこまれているのが確認できた。


 イラスト……いや、この場合は写生(スケッチ)と呼ぶのが正しいか。


 いくつかの、自らの作品を通り過ぎた。

 その後、ページの最先端でモアは指先の操作を停止させている。


 そこはまだなにも描かれていない、空白、新品まっさらのページであった。


 モアがそのページを開いたままで、体の向きをハリのいる方向からそらしている。


「なんにしても、なんの連絡もなしに遠出をすることは、ありえないんだから。なにより、あなたがわざわざあたしの心配をする必要性も、ないんじゃないかしら?」


 言い含めるような口調はそのままに、モアはそれ以上魔法使いを相手にするつもりも、どうやら無いようであった。


 コツ、と艶やかな黒をしたパンプスが靴音を短く、かろやかに奏でている。


 回れ右をするようにして、モアはハリという名前の魔法使いが居ない方角を向いている。


 その目が覚めるような明るい青色の瞳が見ている。

 そこにはやはりというべきか、古城という名の建造物を構成している石材の密集、集合体が存在をしている。


 しかし、ルーフが先ほどまでぼんやりと眺めていた部分とそことでは、いわゆる雰囲気というものがまるで異なっている。


 材料の共通性は当然のこととして、モアが顔を向けているそこには壁は見受けられなかった。

 ざっくりとした表現をするとしたら、テラスのようなおもむきを感じなくもない。


 無論、温かな家庭に用意されるであろうそれと、たった今目の前に広がっている重苦しい石材とでは、読んで字のごとく意味合いが違ってくる。


 そんな、古城に開け放たれたテラスのような空間。

 モアはそこに腰を落ち着かせようとしている。


 というのも、いきなりレースやらフリルやらが多用されている衣服をそのまま地べたにさらけ出した訳では、決してなかった。


 モアはきちんと椅子に、座るための器具を使おうとしていた。


 道具そのものを、どこから出したかというと。


「よいしょ」


 重たい物を持ち上げるときの台詞を、その後にモアは手に持っていた雨傘をもう一度開いていた。


 屋内で、ある程度雨をしのげる場所で、またどうして傘なんかを広げているのだろうか?

 ルーフが疑問に思う。


 それと同時、少年の感情と大体同じような速度にて、モアの傘がその形状を大きく派手に変化させていた。


「うわ?!」


 突然の変形にルーフが、まるで足の多い虫にでも遭遇してしまったかのような声を発している。


 少年が驚いている。

 その視線の先でモアの傘は次々と形を変えている。


 カチャカチャ、だとか、ギュンギュン、みたいな音がいくつか重なった。

 その後に、そうたいして時間をかけることもなく、傘はあっという間に傘から小さな座椅子に変形し終えていた。


 それは、とても簡単そうな作りをした椅子であった、

 本格的に腰を落ちつかせることを目的にしていない。川辺で釣りをしたり、映画監督が現地で指揮を執る時に陣取る、あの折り畳み式の持ち運びが容易そうな。

 そんな感じの、あまり座り心地はよくなさそうな椅子であった。


 椅子に座る。

 モアは身体の半分以上を重力に預けると、その後はすっかり集中モードに突入してしまったようであった。


「お嬢さん?」


 一方的に、サッサと自分の世界に入り込んでしまった。

 少女に、ハリが遠慮がちに声をかけ続けている。


「お嬢さん、……モアさん」


 名前を呼んでも、モアは彼をまるで羽虫のようにあしらおうとしている。

 どうやら本当に、本当(マジ)に絵を描くことだけに集中し始めてしまったらしい。


 ジッと動かなくなった少女に、ルーフが車椅子の車輪を回しながら静かに近付いている。


 少年の影が接近してきた。

 それを見た、ハリが彼に向けて「やれやれ」といったジェスチャーを見せていた。


 ハリがルーフに話している。


「すみませんね、ルーフ君。こちらの女性は、ちょっと世間の常識とはずれている部分がございまして」


「ああ、うん……、それは知ってる」


 今更な話題を持ちかけられても、ルーフはどう返事をすべきか迷うより他は無かった。


 そのまま、自分たちはこの気ままな金髪美少女をここに放置する、おいてけぼりにする。

 と、ルーフはてっきりそう思っていた。

 そうしたかった、と言った方がより心に正しいか。


 期待した内容は、やはりルーフの望む形を得られることは無かった。


 ハリが、少女に話しかけていた時の声音のままで、ルーフに一つ提案をしている。


「そうですね……、せっかくなので、ボクたちもここで絵でも描きましょう!」


「…………」


 言っている意味、理由が分からないあまりにしばしの沈黙を許してしまう。


「なんで?」


 ようやく具体的な疑問の文章を用意していた。

 だがその頃には、ルーフの視界でハリはモアと同じようにしてしまっている。


 つまりは魔法使いも、絵を描くための準備に取りかかろうとしているのであった。


 ハリの方も椅子の一脚でも用意するものかと。そうだとしたら、その間に制止をかけるチャンスがあったかもしれない。


 ルーフはせめてもの希望を抱こうとしたが、残念ながらそれすらもいとも容易く崩壊せしめられていた。


「よっこいショートケーキ」


 クソ寒いだじゃれのような掛け声の後に、ハリは椅子にもなににも座ることなく、ただ地面の上に臀部(でんぶ)をあずけている。


 地面の上。

 古城の敷地内、壁や天井と同じような石材が使われている。その場所に、ハリはまるで体育座りのような格好で体を落ちつかせる。


 それと同時に、ハリは持っていたカバンからスケッチブックを、当然のことのようにモアと同じ一冊を手元に取り出していた。


 あのデザイン、メーカーが流行っているのだろうか? それとも定番型みたいなものなのだろうか?


 なんて、下らない、どうでもいい事を考えてしまった。

 その理由はそれなりにはっきりしている。

 モアとハリがおそろいの物品を使っている、その光景がルーフにとってはどうにも奇妙な感覚を抱かせていたのだ。


 しかしながら、そんな個人的な感想は今はどうでもいい、果てしなくどうでもいいのである。

 重要なのは、自分が彼らの行動に疑問を持つこと、ただそれだけに集約されるべきなのである!


 自分自身を叱咤するように、激励するように、ルーフは意を決して少女と男の方に接近をする。


 腕の動きによって、車椅子の車輪が前方に回転する。


 さて、何から追及をすべきだろうか?

 言いたいことは、この短時間だけでも北方の山脈に届くであろう勢いで増えている。


 高々と累積した言葉を、ついに唇に発しようとした。

 その時。

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