追いつかない技術に目を潰される
踊りの派手さ大通りを占拠するほどの範囲と勢い。
祭り、フェスティバル、カーニバルのごとき質量がルーフの思考を圧迫していた。
それらの質量、重さをルーフが炭酸の抜けたコーラを飲み下すようにやり過ごしている。
そのすぐ後ろ、ルーフが使っている車椅子のハンドルを操作しているハリがのんびりとしたリズムで話し続けている。
「とは言うものの……、ただ単に、単純に古城の様子を見学するのも、なんだか味気ないですよねー」
「……いやぁ? そんなことも無いんじゃないか?」
適当な同意でもしておけばよかった。
頭でこそそれらしい理解を呈していながらも、やはりと言うべきか、体はどうにも上手い具合にはたらいてはくれそうになかった。
発した言葉はすでに空間を振動させてしまっている。
せめてもう少し音量を控えておけばよかったと。ハリが耳を傾けている気配を背後に、ルーフは速やかな後悔を苦々しく口の中に憶えている。
時すでに遅し。定型的な言い回しを頭の中でテキトーに転がしながら、ルーフはせめて自身の主張を相手に伝えるだけの気力を振り絞ろうとした。
「俺にとっては、あの古城がどんな建物で、どんな目的を持った集まりなのか。それすらもまだ把握できていないんだ」
思ったままのこと、ルーフはただ自分の状況をそのまま伝えているにすぎなかった。
だが、ハリの方はまるで素晴らしい意見を一個与えられたかのごとく、目が覚めたかのような声音をルーフに聞こえるように発している。
「なるほど! それはそれは、一理ありますね」
「……かなり今更だと思うんだがな」
ルーフは自身の認識の遅さ、状況をまるで把握できていない自分の無知具合に自虐じみた台詞を吐きかけている。
しかしながら、ここでも当然のことのようにハリはルーフの言葉、発した台詞を別方向に解釈していたらしい。
「そうですよねえ、もうそろそろきちんとした説明をするべきでしょうね」
それこそ他人事のような台詞運びをしている。
しかしながら、同時にルーフはこの若い男の魔法使いが、ただの言い訳としてその提案を用意したわけではないこと。
そのことを、そこはかとなく意識の中で察知できてしまっていた。
説明をするべきだ。
だとすれば、これから何をするのだろうか。
考える。
だが少年が確かなイメージを抱くよりも先に、ハリは少年の座る車椅子のハンドルにこめる方向性を確実に固定していった。
「そうとなれば、決まれば、善は急げのはりぃあっぷ、です」
とても下手くそな横文字のようなものを使っている。
ハリの足音が背中から、背もたれを通過してルーフの耳に届いてきていた。
もう一度問いかけようとした。
しかし実際に質問文を舌の上に作成するよりも先に、ルーフの意識、心と思わしき部分へ灰笛における方向感覚のようなものが起動しようとしていた。
ここしばらくの間に少年が灰笛、その名前を持つ地方都市で過ごしてきた。
日々の記憶の累積が、もしかすると一種の土地勘のようなものを生み出すに至ったのだろうか。
そう思おうとした。
期待のようなものは、しかしながら他でもないルーフ自身の心によって、決まりごとのように否定されることになる。
進むべき場所決まっていた。
情報は聴覚に聞かされている。
ルーフとハリ。
魔術師になる予定の少年と、すでに魔法使いである男は灰笛の中心部分を担う、古城という名の組織、建物へと歩を進めていた。
車輪が回る。
移動と言うものは文章の上でこそたった二文字、四角いマスを二個ほど埋める程度の影響力しかない。
些細でささやかな、短い言葉でしかない。
だが、文字でこそ簡単に済まされる事象でありながら、それを現実に実行するとなると事情が何もかも、丸ごとすべて変わってくる。
「って、そんなの移動にかぎった話じゃないか…………」
使用している車椅子の移動権を他人に預けたままで、ルーフは暇つぶしに考えた持論を形にすると同時に握り潰している。
そんな風に、少年が謎の独り言をつぶやいている。
周囲には人間が沢山いた。
そして、それ以外のおおむね人間に深く関わっている事物、例えば車であったりまちを彩る電子ディスプレイであったり。
それらの事象が織り成す喧騒に満ち溢れていた。
地方都市の平日は今日も騒々しい。
だからこそ、ルーフは自分一人程度の言葉など簡単に周囲へ、空気のなかへとまぎれて誤魔化せられる。
そう思い込んでいた、期待していたと言っても差し支えは無い。
だからこそ、故に少年の言葉はもれなくハリの耳に届いてしまっていた。
「そうですよねえ。ボクもこうして、あらためて徒歩でまちのなかを移動するなんて、いったい何時ぶりのことなんでしょうか?」
ハリは感慨深そうにしている。
感想を言いながら、ハリはする必要のないカウントを口の中でもごもごと重ねようとしていた。
そんな風に、若い魔法使いが数字を無駄に確認しようとしている。
しかし彼が具体的な数字を思い出すよりも先に、ルーフは急ぎ話題を別の方向に動かす必要性に駆られていた。
「えっと……とにかく、ここを抜けたら古城に着くんだろ?」
今度はあえて意図的に大きな声を使いながら、ルーフは現在において接近している地点についての話題を選んでいる。
近付いてきている、と言うよりかは彼らの方が一方的に歩み寄っているに過ぎない。
古城はあくまでも同じ地点にあり続けている、建物としての役割を地面の上に固定しているだけであった。
ルーフはできる限り自然さを装うつもりで、あえてハリの言葉に同調するかのような言葉を口先に用意している。
「えっと、いつもはこんな風に歩いて向かうことはしないのか?」
まるで久しぶりに会った知人の近況を聞くかのような、世間話のようなリズムを作っている。
そうすることによって、逆に違和感が増していることにルーフ本人はまだ気づいていない。
しかし少年が異なる感覚に発覚を至らせる、それよりは先にハリは話題の転換を難なく受け入れていた。
「そうですねえ、いつもは移動機関を使ったり……そうでなければ自分で飛んでいったりがフツー、ですかね?」
ハリはまるで誰かに一つずつ、事項を確認するようにしている。
疑問符が余韻を残している内に、ルーフはそのまま相手の言葉を考察する姿勢にチェンジすることにしていた。
ここで彼が、魔法使いが語っている移動機関はおそらくバスだとか電車だとか、あるいは車かもしれない。
そこに飛行能力の有無は関係ないとして、しかしながら後者の方、自分で飛ぶとはどういう事だろうか。
考えようとした、しかし答えは何の障害もないまま、すぐさま合点のいくものが用意できていた。
「ああ、魔法使いだから、そりゃ空も飛ぶか」
「ええ、魔法使いなので空を飛びます」
話はそれで終わる。
また、しばらくの沈黙。
まだ目的地である古城には、徒歩では十五分かそれ以上はかかりそうであった。
その程度の位置にて、ハリが再びルーフの後頭部の辺りに会話を投げかけていた。
「ああ、そう言えばなんですけども」
「んあ? 何すか?」
少し放心気味になっていたルーフの意識に、再び他者の言葉が小石のように投げ込まれる。
気の抜けた返事に合わせて、ハリは今度は自分から少年に質問をしている。
「王様、じゃなくてルーフくんは今、現在、アゲハさん家にお世話になっているんでしたっけ?」
「えっと、ああ……うん、そういう事になる、な」
固有名詞が何を意味するのか。
あまりファミリーネームに親しんでこなかった、ルーフはイメージを結び付けるのに少しだけ時間を要した。
ほんの少しだけ考えた後に、ルーフは一人、ではなく二人ほどの人間の姿を頭の中に思い浮かべている。
イメージに浮上させた男女の姿。
ハリもまた同じ像を抱きながら、しかして口にする言葉は少年の意図しない部分をひたすらに追及しようとしていた。
「お二方、お元気でしたか? いやあ、ここ最近は仕事が立て込んでいて、プライベートで顔を合わせる機会がめっきりぽっきり減ってしまいましたよ」
なんとも年長者らしい、大人じみた会話をしている。
ルーフはまず単純にそんな感想を抱いた。
そのすぐ後に、会話文の流れをくみながらルーフの方でも返事を喉元、そして舌の上へと用意している。
「あんたと……エミルさんはその、いわゆる友人関係にあたるんだよな?」
何か信じられないものを確かめるような、そんな口ぶりになってしまう。
その理由としてはまずルーフ自身にそういった関係性が足りていないこと。そして、少年自身がその事項を独りで勝手に、ハリと言う名前の人物に共通させていた。
ある種の思い込みを抱いていた。
そんな少年をよそに、ハリは特に何の問題もなさそうに、ただ事実だけを彼に教えていた。
「そう……ですね、そういう感じになりますね」
自分のことを話そうとすると、途端に声色が普通っぽい雰囲気を持ち始める。
そういった性質にルーフが気付き始めている。
古城にはまだ着きそうにない。
その間に、ハリは自分に関係する人物たちの事を話している。
「かく言うボクも、アゲハさんのところには色々と……、それはもう色々とお世話になったものです」
言葉だけだとどうにも怪しげな雰囲気を感じさせる。
とは言うものの、しかしながら声色はあくまでも穏やかそのものといった感じでしかなかった。
「もう、何年くらい前になりますかね。ずっと昔の出来事のような、そうでないような」
「ふうん……」
テキトーな相槌を打とうとした、その所でルーフは思わず違和感に気付いてしまっている。
「……って、ゆーてあんたも大して年とっとらんだろ、まだ若造じゃないか?」
より若造に近しい、と言うよりかはまだガキの類すらも脱し切れていない。
そんな少年からの追及。
それにたいし、しかしながらハリは特に気分を害するような素振りもみせなかった。
「そうなんです」適当な返事を用意するだけ。
その後。
「ああ、そう言えば、なんですけれど」
ハリは話題から別の要素を思い出したかのように、明るい声音を喉元から空気の中に振動させていた。




