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食べてしまいたいほどには固執している

 冷静に考えた所で、自分が普通に見える訳がないと自己判断を下していた。


 そんな風にルーフが自己についての考察をしている。

 そのすぐ後ろで、ハリは少年の座る車椅子をゆったりと押している。


 ハリの、若い魔法使いの足音が一定のリズムを繰り返している。

 音を背後に、ルーフは考えかけた思考を振り払うついでに彼へと、引き続き疑問を投げかけている。


「アパートは、アレを放っておいたら何かヤバい事になるんじゃないか?」


 ルーフは言いながら頭の中でイメージを、まだ全然新鮮味を失っていない光景を思い浮かべている。


 少年に問いかけられた、ハリは少しの間だけ考えを巡らせた後に、すぐに合点がいったかのような声を唇からこぼしていた。


「それに関しては大丈夫です。あとは、古城の魔術師さんたちが丁寧かつ的確な対処をしてくださることでしょう」


「なんか……他人事だな」


 思いついたことを特にためらうことも無く、そのまま言葉にしてしまっている。

 るーふは自身の口の軽さに意外さを覚えつつ、しかしながらそれ以上に、魔法使いからの供述に疑問の色をさらに深めていた。


「そんないい加減で、いいのか?」


 それこそ自分に言う権利は無かった。

 単純に立場的には、自分こそ紛れもなく他人、無関係でしかない。


 と、そう頭では理解しているつもりだった。

 とは言うものの、思考をそのまま行動に実行できるかどうかは残念ながら全くの別問題でしかなかった。


 考えたことを止める理由も思いつかなかった。

 ルーフは結局そのまま、思いついただけの質問を唇の先に用意していた。


「部屋のなかは水にまみれているし、アレを放置したらそれこそ大変なことになりそうなんだが」


 ルーフの、少年の質問を耳に受け止めた。

 ハリは溜め息のような呼吸をひとつ。

 少し考えるような素振りを作ったあとに、解答と思わしき返事を用意している。


「ご心配には及びませんよ。ああ、いえ……全くの無問題と表現すれば、それこそただの嘘八百になってしまいますが」


 前置きのような口上をひとつ。

 ハリは特に隠匿の気配を見せることなく、ただ事実を質問者に伝えていた。


「ですが核の無くなった空間は、いずれにしても、いつかは消えていなくなってしまうものなのですよ」


「ふうん……へぇ」


 そういうものなのかと。

 曖昧に納得しようとした。ルーフの頭の中でアパートの一室が、大量の水に包まれていた空間がすぐに思い出されていた。


 質問は一つ解決された。

 だが全ての疑問が解きほぐされたとは、とてもじゃないが言えそうになかった。


「いや、聞きたいことはそんなんじゃなくて、だな」


「なんです? 知りたいことがあるのなら、ボクが知っている範囲でぜひともお答えしてみせましょう」


 ハリがなんとも調子の良いことをぬかしている。

 だがルーフは、今は魔法使いの波長に同調をすることにしていた。


「じゃあ……」あまり沈黙を置くこともせずに、思考に命ぜられるがままに舌を、唇を動かす。


「人間が怪獣になるって、つまりはどういう事なんだ?」


「おお、いきなり核心をつっつきまわす問いかけ。さすがですね」


 皮肉にしか聞こえない前程を作りながら、しかしてハリは疑問に難なく答えを呈している。


「なに、そのままの意味ですよ。言葉通りの意味で、人間は誰しも怪獣になれる素質を有しているのです」


 当たり前の事実を言いながら、ハリは車椅子のハンドルを右に切っている。

 ルーフの体重を預けたままで、車輪はあまり広さの無い曲がりくねった道をの上を進んでいる。


 ハリの説明は、その後に少しだけ補足がされた。


「正しくは、身体に魔力を使用することが出来る素質を持った人間に、ことさら多く可能性がある。と言うのが、現状発覚している症例の一つ。に、なりますけどね」


 車が二台横切れるか、そうでないか、そのぐらいの狭さがある道路の端を進む。

 ハリはすでに知っている事象を思い出すかのようにして、「怪獣」がどのようなものであるかを語っていた。


「炎症とか、あとは……傷が治った後にちょっと皮膚が盛り上がったりする、アレと同じようなものだと思ってください」


「その両者は、ぜんぜん別物だと思うんだが…………?」


 ルーフの疑問をあえて無視するような格好で、ハリは相手に構うことなく説明を続行している。


「本来体内で循環されるべき魔力が、エネルギーが溢れたり、あるいは体内で腐食などおこしたり、だとか……。ともかく、本来正しく運用されるべき力がズレをおこしたりして、そして、それに何の解決も見出されなかった。その場合には──」


 ああなると言うのか。

 ルーフは今しがた見たばかりの事象を思い出そうとした。


 だが少年が記憶に再生しようとしたことよりも、ハリはもっと別の事象を脳裏に浮かべているらしかった。


「それこそ、王様……ルーフ君が暴れに暴れた、あの時みたいな事態になったりならなかったり」


 言い終えそうになったところで、「個人差ですね」とハリはおまけのように付け加えていた。


「個人差……」後を引く言葉を追いかける、そのついでにルーフは魔法使いが抱いている印象の正体を、そこでようやく合致させていた。


「暴れたっつうか、俺としては……あの時はただひたすらに夢中だったていうか…………」


 かつて起きた事件、自分がまきこまれた事象について。

 それこそルーフは他人事めいた、客観的視点を言葉の先に演出しようとしていた。


 だが、少年の意向をさえぎるようにして、ハリが車椅子のハンドルをかすかに揺らしている。


「ですがルーフ君、あの変化は紛れもなくあなた自身が選んだこと──」


 言いかけた所で、彼らは横断歩道の真ん前まで辿り着いていた。


 信号は赤色を明滅させている。

 車は道路の上をせわしなく走っている。どうやら小道を抜けて、大通りに出てきたらしい。


「まだ聞きたいことはありますか?」


 ハリがルーフに確認をしている。


 それに対してルーフが口を開こうとした。

 だがすぐに少年は口をつぐみ、そして発しかけた言葉を飲み込みつつ、代わりに別の用件だけを肉声へと変換していた。


「あー、じゃあ……この辺の歴史について…………」


 とりあえずそう口にしてみたものの、ルーフは自らが発した質問文のつまらなさに早くも呆れを覚えそうになっていた。


 だが、少年の心情など関係なしに、ハリはあくまでもやる気に満ち溢れた様子で言葉を繰り出していた。


「説明しませんでしたっけ? とはいえ、ボクも正直この辺りの土地勘はあまりないのですけれども」


 言いながら、ハリが視線を左右にわざとらしく動かしている。

 その音が雨音に混じってルーフの耳に届いてきた。


「この辺りは、昔に起きた大戦による戦火を運よく逃れた地域なんですよ。ひどい空襲があって、その時にこの灰笛(はいふえ)も……何も残らないレベルで燃やし尽くされたそうです」


 相変わらずリズムの狂った話し方をしていながらも、しかしていつものように要領を得ない、ふざけたような雰囲気は感じられない。


 勘定を希薄にした音程。

 機会に内蔵された音声案内のように、ハリはこのまちの歴史についてを少年に語っている。


「それで、燃やされた区域には本当になにも残らなかった。ので、戦後の開発で発達した魔力鉱物を取り込んだ建造物が、それこそ乱立の勢いで建設されたのです」


「ああ、それが……あのとんでもないまちの風景に繋がるのか」


「ええ、歴史の果てがあの場所です」


 ハリとルーフは同じ風景を頭のなかに、だがそれぞれに異なる感情と心象をイメージしていた。

 ハリが再びルーフに確認をしている。


「なかなかいいまちでしょう? 少なくともボクはそう思っていますが」


「そう……だろうか? どうなんだろうな」


 曖昧な答えしか返せないでいる。

 そんなルーフを他所に、ハリは視線を上に向けながら感慨深そうに呟いている。


「ともあれ、そういった事情も込みで、ここいらは開発の手が届かなかった昔ながらの風景、建物、道が残されていたのですよ」


 締めくくりながら、彼らの体はすでに話に上がった古い道を通り過ぎようとしていた。


 ハリが、もう一度声の調子を取り戻している。


「さあ、まだ道のりは長いですよ。もっと質疑応答でもしますか? それとも謝罪会見? あるいは気まずい沈黙?」


「…………」


 本音を言えば最後のそれを選びたかった。

 だがここで沈黙に甘んじてはいけない。

 そう、ルーフの内側に潜むなけなしの社会的な理性がそう訴えかけ手いるのも、それなりにきちんと聞こえてしまっていた。


「ところで、だ」


「はい、なんでしょう」


「俺たちはこれから、今からどこに向かおうとしているんだ?」


 いつの間にやら、昔の雰囲気を残す風景は終わりに差し掛かろうとしていた。

 その代わり、という訳でもなく、あくまでもまちの中の地続きな光景として継続されている。


 いわゆる現代的な……。

 魔力エネルギーと科学的根拠を、大さじ何倍かも判らぬほどに取り込み、余すことなく文化の内に浸透させた。そんな現代の風景、そのものと言っていいほどには普通の光景。


 この場所。

 空を飛ぶ車やビルの姿も、現在に生きている灰笛(はいふえ)の人々には、普通の光景でしかないのだろう。


 それはそれとして、胸の内に広がる安心めいた生温かさが消えぬ内に、温度の途中でルーフは自身の状況を把握することにしていた。


 問いかけられた、というよりかはむしろ、確認の方が表現としては近しいのかもしれない。

 少年の声に、ハリはやはりいつもの調子で合いの手を入れるかのように返答をしている。


「それはもちろん、古城に向かっているのですよ」


 理由を求めるよりも先に、少年が口を開くよりも先にハリは事情だけを話している。


「社会見学の続き、現状この灰笛(はいふえ)で一番権力を持っている魔術師の集まり。その本拠地に向かっているのですよ」


「…………、……なして?」


 単純に理由が分からなかった。

 苛立ったり、怒りを抱いたり、あるいは呆れるでもよかったのかもしれない。


 だが、ルーフは上手く感情を作り出すことが出来ないでいた。

 ただ、意味不明だけが頭の上で踊り狂っているだけであった。

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