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現代的な危機感が限度に達する

 魔法少女は、最終的には空を飛んでその場から逃げようとしていたらしい。


「ちょっと、その言い方は曲解が多いな」


 ルーフが考えた内容を、エミルは壁に寄りかかりながら軽く否定している。


「彼女は確かにあの現場で……、というか、オレら側にしてみればほぼ完全に無関係だったからな。余分なこと、余計なことから離れようとするのは、当然のこと……」


 エミルはそう言いかけて、ふと言葉を考え直している。


「いや……、それ以上に、あの子はオレが現場に着く前に、怪物と戦っていたんだ。そりゃあ、疲れもするさ」


 過去のこと、他人のことを想像しながら、エミルは静かな声色で出来事を話し続けている。


 彼の話。

 今日も今日とて灰笛(はいふえ)という名の地方都市にて、古城という名の組織で魔術師として働いてきた。


 家の主たるエミルは、客人として預かっているルーフという名前の少年に、遭遇した出来事を教えようとしているのであった。


 アゲハ・エミルなる名前の魔術師の元に、ルーフが保護という形で身を預けるようになってから、しばらくの時間が経過した。


 新しい環境に慣れるような、そんな時間も気概もなく、ルーフは己の義足が完成するまでの日取りをただ凡庸に過ごす……。


 ……。

 ……、なんてことは無かった。


 正直、少しばかり、と言うよりかはかなり、ルーフはそういった展開を期待していた。


 いや、なにも引きこもってただひたすらに自己嫌悪と鬱々を累積させる生活を望んでいたわけではない。


 とは言うものの、まさかこの身で他人とコミュニケーションをとる機会を与えられるとは。

 この家、アゲハ家に寝泊まりしてから、ここに暮らしているエミルとミナモの夫婦二人の対応はとても丁寧で、優しかった。


 まるで、親しい親戚か近所の子供をあずかるかのように、彼らはルーフに食事と寝所と、それ以上の生活環境を整えてくれていた。


 それは喜ばしいことであった。

 喜ぶべきことであった。少なくとも、自分のような存在にとっては。


 ルーフはそう自己判断をしている。

 少年は、少年なりに自己の立ち位置を把握しているつもりだった。


 少年が無言の中で自分の立ち位置を計ろうとしている。


 そのすぐ横。

 家の廊下、明るい茶色をしたフローリングの床が細長く伸びている。


 エミルとルーフは、廊下の途中で会話をしているのであった。


 時刻は(うま)の刻を半ば過ぎ去ろうとしている。

 比較的遅めと思われる就寝時間に差し掛かった。

 だがこの夫婦は睡眠をルーフ一人だけに勧め、自分らは各々にするべき作業へと移ろうとしていた。


 ミナモは、自宅内にある工房にこもっている。


「採寸は済んだし、まずは全体のイメージをつかまんとね」


 と、そんなことを言いながら、ミナモは工房の中で過去の作品から参考になりそうな物をピックアップしようとしている。


 調べものに長く時間をかけている。

 ルーフは彼女を待ちながら、あてがわれた寝室で大人しくしようとしていた。


 その所で、エミルに呼び止められた。

 彼は入浴の後に歯磨きをして、ルーフと同じくすでに就寝に向けた準備を終えているようであった。


 廊下で少年を呼び止めたまま、エミルは世間話のような雰囲気を継続させている。


「それにしても驚いたよ。彼女、空を飛ぶのがとても上手いんだね」


 エミルが感嘆のようなものを言葉にしている。


「…………?」ルーフは一瞬、男の言葉が誰のことを指しているのか理解できなかった。


 しかし、特に思考を働かせる必要も無く、ルーフはすぐに魔法少女のことを想像していた。


 思い浮かべて、少年はほぼ反射的に不愉快そうな表情を浮かべている。


 エミルはそれを見て、わずかながらに面白そうな笑みを作り、そのまま魔法少女の話をし続けた。


「オレらが駆け付けた頃にはすでに怪物も倒してくれてたし、魔力鉱物も売ってくれるわで、今日は彼女にすごく世話になったなあ」


 まるで音読をするかのようにして、エミルは妙に発音よく魔法少女について語っている。

 そして、そのまま目線を意味ありげにルーフの方へと滑らせている。


「そういえば、少年とあの少女は知り合い? 関係者? なんだよな」


「別に…………、そんなんじゃねえし」


「あ、じゃあもしかして友達? まさか、ガールフレンド……」


「違えよ?!」


 ルーフが機敏に反応をしているのを見て、エミルはいよいよ愉快さを深めていた。


「いやすまん、冗談だ」


 おふざけに少年が気分を害している、それを見てエミルは少しだけ申し訳なさそうにしていた。


「そうだよな、君の大切な人はすでに決まりきっているんだったな」


「…………」


 エミルが語っている内容を、ルーフはまだ挑発の延長線上だと思いそうになっている。

 そうして警戒心を抱くことで、少年は話題に浮上しかけた「彼女」存在を意識から外そうと試みていた。


 だが、彼が期待した結果はいつまでも訪れることは無かった。


 一度でも意識に、心に彼女の「妹」の存在を認めた、その時点でルーフはイメージの従僕と成り果てるしかなかった。


 少年が独り心情に囚われている。


 それを傍目に、エミルは笑みの気配をわずかに残した口元で今日の出来事を簡単にまとめていた。


「まあ、そんな訳でオレは黄鉄鉱一粒と、始末書と報告書のをひとやま増やしたって訳で」


「そう、だったんですか」


 それだけの事を言いたかったのだろうか。

 ルーフは少しだけ疑い、身構えた。


 だが、彼がそれ以上言葉を続けようとしないのを判断して、座っている車椅子の車輪を寝室に向けて回そうとしている。


 だが、方向転換をしようとした所で、またしてもエミルはルーフを呼び止めていた。


「おっと、いけない。話したいことはまだあったんだった」


「ええ…………、なんすか」


 移動の途中で何度も呼び止められる。

 少年が明白に迷惑そうにしている。だがエミルはあまり構うこともなく、あくまでも一方的に自らの用件だけを伝えようとしていた。


「義手の制作に関しては、ミナモさんの調子の良し悪しも含めて、まだまだ時間がかかることが見込まれる。そこで、だ」


 おそらく、本来伝えるべき内容はこちらが主体だったのだろう。

 エミルは相手の反応をあえて待つことをせずに、通告のような速度で明日の予定について語っている。


「このままだと暇を持て余し、時間を使い潰し腐ろうとするだろう。そんな君に朗報、明日はちょっと仕事に付き合ってもらいたい」


「え。は……………え?」


 次々と与えられてくる新しい情報。

 ルーフは耳に聞こえるすべてを頭に受け止める。

 だが、とりあえず受け止めるだけで、そこに納得と理解を附属させられるかどうかは、全くの別問題であった。


 ぽかんと、呆けるだけしか出来ないでいる。


 そんな少年の、琥珀色をした瞳を置いてけぼりにして、エミルはさっさと自室に引き下がろうとしていた。


「それじゃあ、また明日。良い夢見ろよ」


 吐き捨てるかのような台詞を、しかしエミルはあくまで優しげな声音を継続させたままルーフに伝える。


 そして、彼は部屋へと戻っていった。

 明日のために眠るのだろう。


 人間は眠るしかない生き物である。


「…………」


 ルーフの意識が今更になって状況を把握し始めていた。

 その時点では、すでに会話の劇は幕を閉じてしまっていた。


 眠るべきだ。

 残された、ルーフの思考は冷静に残された選択肢、実行可能な項目だけを淡々と用意していた。


「…………はあ、寝るか」


 それだけを、独りで呟いた。

 ルーフは、他人の家で眠ることにした。



 と、いう訳で朝である。


「…………」


 ベッドの上で目を覚ました。

 ルーフは白い枕の上で、仰向けに頭蓋骨を預けている。


 真上に見える天井が、目覚めた眼球が今日一日で初めて得られた視覚的情報であった。


 深い板張りのそれを、夢うつつの霞で思い浮かべそうになった。


 だがすぐに視界はクリアさを取り戻す。


 まばたきを数回繰り返す。

 そうすることで眼球に見えたのは、見慣れぬ白い天井であった。


 清潔感のある白色の建材を貼った、天井をルーフは数秒だけ見つめる。

 そうすることで、少年は自分が今どこに存在しているかを改めて理解していた。


 ベッドの上で体を起こす。

 ルーフにあてがわれた寝室は、まさに睡眠を過ごすために用意されたかのような空間と言えた。


 なにも、目も当てられないような劣悪な環境という事では、決してない。

 むしろ、自分のような存在に与えられる環境としては、かなり居心地の良い空間と言えた。


 寝る前のうつらうつらとした眠気に身をゆだね、平坦と眠りに身を預けていた。

 昨日のように生理的な問題が別にあれば、余分なことを考えないで済んだ。


 だがこうして目覚めてしまった。

 十分な睡眠を摂った、体の回復がルーフの心理的不安をご丁寧に再生しようとしていた。


「…………」頭の中で爽快感の欠片もない思考がドロドロと、泥のようにかき混ぜられている。


 自分のことを考えると、どんどんネガティブな方向性に進んでしまいそうになる。

 これはもう止めようもない。目を開けていればいつかは眠くなるように、今のルーフにとっては限りなく基本的な機能になっていた。


「…………はあ」


 ルーフは溜め息を吐く。

 そして、そのついでに深呼吸をした。


 吸って、吐く。

 夜に冷やされた空気の気配が、朝日の白く爽やかな気配に温められようとしている。


 酸素を取り込んだ。

 体はどこまでも機能性に則しながらルーフの脳味噌、そこに詰め込まれている心を完全なる覚醒へと導いていた。


 体を起こし、ベッドから離れようとする。


 一瞬だけ、またいつものように、普通に足を床に着けそうになった。

 だがすぐに思いとどまり、腕でベッドの横に待機させていた車椅子を掴んで操作をした。



 ルーフの寝室、と思わしき部屋の一つ。

 家の住人が使った気配はあまりなく、当然のことのように段ボール等々の雑多なものが置かれている。


 箱の数が大多数を占めている、その隅にルーフの使ったベッドは置かれていた。


 もしかすると、客人の来訪に合わせて無理やり内部を片したのだろうか。

 ルーフは薄暗い廊下を車椅子で進みながら、そんなことを考える。


 どうでもいい事へと思考を巡らせようとしている。

 そうすることで、少しでも憂鬱を解消しようとしていたのであった。

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