何なんだろうと苛立つ
結局魔法使いは、魔法使いの少女であるキンシは利益を、鐘を優先する選択をしていた。
ようするに。
「まいどあり、です」
キンシは自分の手で倒した怪物から得た宝石を、おのずから魔術師たちに売り渡すことにしていた。
「はい、どうもありがとうな」
キンシの手から宝石を受け取った、エミルという名前の魔術師が少女に向けて軽く笑いかけている。
「こちらの魔力鉱物は、「古城」が責任をもって預からせてもらう」
エミルは右の手へ、キンシから黄鉄鉱のような魔力鉱物を受け取っている。
そうして、彼は後輩の魔術師にチラッと目配せをしている。
「エリーゼ」
「はぁーい、はいはい」
先輩魔術師から簡単な命令をされた、エリーゼという名の若い魔術師が軽快そうに返事をしている。
彼女は唇を動かすと同時に、右の腕をそっと前に差し出している。
ほっそりと柔らかそうな手の平を地面に向ける。空気にかるい流れが生まれ、あたたかさと冷たさが重なり合う。
ちょっとした変化。
その後に、エリーゼの手元には一点の鞄が発現させられていた。
鞄はとても頑丈像な作りをしている。
銀色の細い溝が幾つも横に走っている装甲、それはちょうどアタッシュケースとよく似た外観をしている。
魔法、いや……この場合はやはり魔術になるのだろう。
それらの手段を使用して取り出したケースを、エリーゼはスムーズな動作で開いている。
二枚貝のように開けられた、ケースの中には黒っぽい色をした緩衝材、と思わしきスポンジのような素材が敷き詰められている。
エリーゼが開いている、ケースの中へエミルは受け取った宝石をそっと置いている。
ケースの中に置かれた、宝石は微かな重みを緩衝材の柔らかさに沈み込ませている。
エリーゼがパチン、とケースをしっかりと施錠している。
やり取りの途中を意識しながら、エミルは柔和そうな表情を継続させている。
「さて、これで取引は一応ながら成立した、とこになるのかな」
エミルは僅かに頼りなさげな雰囲気を漂わせながら、しかし、それ以上に目の前の取引相手とのやり取りを最優先させている。
「ともあれ、この……宝石への報酬は可能な限り早く、君のところの魔法事務所に送金させてもらう。ので……」
勘定等々の話をしながら、エミルがキンシにそっと視線を落としている。
「まずは、所属している事務所の連絡先か、それに値する何かを教えてくれないかな?」
エミルが仕事の連絡先を聞いている。
質問を耳にした、キンシは子猫のような黒い耳をピクッと動かす。
「え? あ、はい」
反射的に、簡単そうな返事だけを用意した。
しかし、少女はその次の言葉を上手く発せられないでいる。
「えと、えっと……」あたふたとしながら、キンシは視線を右に左に向けている。
「連絡先、連絡先……はなんでしたっけ」
「キンシちゃん……」
慌てている魔法少女に、メイと言う名前の魔女がすこし怪しむような視線を送っている。
「もしかして、事務所の電話番号、わすれたの……?」
「いえ? いえいえ! いいえ! 決してそんなことは……っ」
魔女の紅色をした瞳が、疑いの気配をジッと向けている。
目線に、キンシは見事なまでに狼狽えた様子を全身に浮上させている。
思考が抑えきれず、心のブレがそのまま身体にも浸食している。
そうして、体を無駄に動かしている。
すると、物理的な振動に少女の脳味噌が単純な反応をみせていた。
「あ! そうです、スマフォにちゃんと登録してありました。これで大丈夫です」
至極当たり前のことを、キンシはあたかも妙案を思いついたかのようにしている。
そんな少女の様子を、メイとトゥーイが呆れ気味に眺めている。
やりとりを傍観しながら、エミルの方でも若干混和気味にしていた。
「あー……っと。じゃあ、そのスマートフォンに登録してある場所に、送金をさせてもらうとして……」
エミルが勘定についての話を済まそうとしている。
話はそれで終わるものかと、キンシはそう思い込んでいた。
だが、少女の当ては少しばかり外れていたらしかった。
「さて、本題はここからだな……」
エミルが何気なく呟いている。
それは、今までのやり取り以上に、彼らには重大な役割が与えらえている、その事実を暗に表現している言葉であった。
その証拠というように、エミルは途端に表情に固く暗い感情を浮上させている。
「人命に直接的な被害が出なかったことは、今回の最大の幸運と呼べる。だが、問題はそれだけに済まされそうにないな」
魔法少女に向けていた丁寧な対応とは打って変わり、エミルは硬質な態度の中で目線を上に向けている。
若い男性魔術師が、その海のように深い青色をした瞳で見上げている。
そこには、ほんの三十分近く前までには魔法使いらが、怪物と戦いを繰り広げたばかりの空間が広がっている。
今、そこには何もなかった、
虚空だけが広がりを見せている、それは当然のことで、何故なら戦いはすでに終わりを迎えていたのである。
となれば、少なくとも魔法使いにとっては、その空間にそれ以上の価値を見出す必要性も無かった。
少なくとも、魔法使いにはそれだけで充分であった。
とはいうものの、しかしながら、そんなものは所詮魔法使いだけの価値基準でしかない。
魔術師にとっては、問題の最もたる本質はその先に広がりを見せていた。
つまりは虚空のさらに上側、「空中庭園」と呼ばれている、まちのランドマークが存在をしている。
魔術師の一人、エミルがそれに視線を捧げながら、口元に忌々しそうな気配を滲ませていた。
「あー……、ありゃあ、なかなかにヒドいな……」
エミルが暗い声でそう表現している。
彼が言っている、視線と言葉を追いかけるようにして、キンシも視線を上に移動させる。
見上げた先にはやはり空中庭園があった。
全体的に、おおむね楕円形のような形状をしている。
と、ここで曖昧な表現をしたがるのは、空中庭園の形がいくばかりか崩れているからであった。
キンシがその理由を話している。
「怪物さんの群れが、あそこをすごい勢いで食べていましたからね……」
実際に目にしたものを、キンシは他人事として簡単に説明している。
どうでもいい風に語っている。
だが魔術師にとって、それは重大な事件の一つであるらしかった。
「すごいっスねぇ、先輩」
エリーゼが、先輩魔術師と同じように上を向きながら、呑気そうな声で被害を確かめている。
「アレを治すだけでも、もらった黄鉄鉱が一瞬で跡形もなくパァになりそうっスねぇ」
声の調子はゆったりとしていながらも、彼女はあくまでも現実的な被害と損害についてを語っているらしかった。
「これは、また先輩の報告書の塔が高くなっちゃいますねぇ」
エリーゼは予想をしながら、愉快そうな目線を先輩魔術師へと向けている。
後輩魔術師の態度に、エミルは若干苛立ちのようなものを瞳に滲ませる。
だが感情を実際に表現する事よりも、それよりも彼はやるべき事柄を早く実行したがっているようであった。
「なんにせよ、これから急ピッチで修復作業の手配をしないとな。本部への要請を頼む」
「はいはーい」
エミルが連ねて指示を出している。
それを聞いて、エリーゼがアタッシュケースを左手に、右手でジャケットの中に忍ばせておいたスマートフォンを取り出している。
後輩魔術師が電話口で本部、つまりは魔術師たちの本拠地である「古城」へ要請等々を伝えている。
行動を目と耳で確認した。
そうして、エミルは改めて魔法使いらと向き合っている。
「さて、と……」
陰りを見せていた表情へ、若干の無理をしながら明るさを再び灯そうとしている。
しかしながら、彼は表情を完璧に演出する事よりも、その身にはもっと優先すべき事柄を意識していた。
「そういう訳で、オレ達はこれから町の被害を修復する作業に移ることになる。なんだが……──」
これからのアクションを手短に説明する。
その後に、フッと言葉を区切って魔法使いらに目配せをしている。
「あー……それで、ここからは君たちの専門外ということになるから、後はどうか各々で、自己で判断しながらの行動を頼みたい」
要約すれば「好きにしてくれ」、そこに大さじ一杯の深読みと一つまみの曲解を加えれば、「お前らの出番はもう無い」ということになるのだろうか。
キンシは、次の行動をどうするか、少しのあいだ頭の中で考えようとしている。
魔法少女が無言で頭を動かしている。
そのすぐ近くで、少女とは別の魔法使いが明朗そうな声を発しているのが聞こえた。
「なるほど! そういうことなら」ハリという名前の魔法使いは、まるで良いことを知ったかのようにして口角をニッと上にあげている。
「ボクはこれから、休日の途中を楽しむことにします。ええ、そうでした、ボクはほりでーの途中だったんですよ」
そんなことを言いながら、ハリは左の手を頭に。
しばらく何もないところを探っている。
動きを見て、エミルが溜め息気味にジャケットの懐からあるものを取り出していた。
「探しているのは、これか?」
エミルがハリに差し出している、それは赤い色をしたベレー帽の方なものであった。
「ああ、ありがとうございます」
ハリが素直にそれを受け取ろうとした。
しかし、エミルは彼の手が伸ばされる寸前で、帽子をさっと上にあげている。
「と、その前に、お前はオレ等に付き合ってもらう」
「はい、……はい?」
一瞬何のことを言っているのか。ハリが理解できないでいると、エミルが笑顔を浮かべて彼に命令を下していた。
「お前は「古城」の所属だからな、こっちの都合に付き合ってもらおうか」
「え、ええ?!」
突然の休日返上を命ぜられた。
ハリは一拍言葉を止め、そしてすぐに反論を用意していた。
「そんな、せっかく久しぶりにふりーの時間が過ごせると思ったのに……」
色々と申し立てをしようとしている。
だが、ハリの言葉は魔術師にはあまり意味を為さなかったようであった。
ハリは困窮する。
逃げ場がないことを早くに悟る。ハリは、せめてもの反抗として魔法少女らに助けのようなものを求めようとした。
だが、目線を向けたそこに少女らはいなかった。
「あれ?」とハリが少女の姿を探る。
右に、左に。
地面の上を眺めまわしても、どこにもいない。
いなくなった。
と考えると同時に、魔法使いであるハリは目線を上に向けていた。




