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皮脂に気持ち悪さが滲む

 新たに現れた人物、若い男性にたいして、一番早くにアクションをしたのは、


「………!」


 意外にもトゥーイであった。


 彼は自らに生えている聴覚器官、柴犬のような形をした白い耳をピコン、と反応させている。

 それは青年にとっての感情表現の一つ。主に驚きを、喜ばしい出来事に対して使用されるリアクションの形であった。


「トゥーイさん?」


 あからさまな感情表現をしている青年に、キンシが珍しいものを見るかのような視線を送っている。


 魔法使いの少女がひとり、かすかに戸惑っている。


 しかしながら少女の感情などお構いなしに、別の反応が空間に発生しようとしていた。


「おや? おやおや?」


 若干調子を外すかのように、ハリが新たなる登場人物に感情を示している。


「これはこれは、エミルの旦那ではありませんか」


 ハリに名前を呼ばれた、エミルという名前の男性が右の手を軽く上にあげて簡単な会釈をしている。


「どうも、な」


 そうして、エミルは挙げた右腕を元の位置に戻す。

 動作のついでに、彼はその深い青色をした瞳ですぐさま魔法少女たちを見やっている。


「それにしても、意外な人物に出会ったな」


 驚きを意味する言葉を遣いながら、しかしてエミルの表情は落ち着きはらったものであった。


 エミルの反応を見つつ、ハリがまたしても驚きをひとつ呟こうとしている。


「おや、エミルさんともお知り合いだったのですか」


 今しがたエリーゼに対して抱いたものと、大体同じようなこと。

 それを繰り返そうとした所で、ハリの言葉をエミルがさえぎっている。


「おい……、その辺の事情に関してはこの前会議で報告しただろうが……」


「そうっスねエミル先輩」彼の意見にエリーゼが賛同をする。


「ついでになんスけど、その指摘もついさっきうちが先にしておきましたぁ」


 後輩女性の通告に、エミルは短いながらも若干深めの溜め息を吐きだしている。


「はあ……、まあ、それに関してはまた別の問題、だな」


 そして、彼はすぐに議題を本来あるべき場所へと進めようとしていた。


「我々がここに呼びだされた理由、……は、どうやら君たちがすでに片付けてくれたようだね」


 エミルは一から十までを聞かずとも、その視線を魔法少女らが立っている方へと向けている。


「まずは、危険生物を駆除してくれたことを感謝します。お疲れ様でした」


 戦いを終えた人物に対して、エミルは丁寧な態度の中でお辞儀をひとつしている。


「あざーっス」


 彼が、先輩である魔術師が礼を伝えているのに合わせるように、エリーゼも体を前に倒している。


 彼らの態度を見て魔法少女は、キンシはどのような反応をすべきか迷い、戸惑いだけを繰り返している。


 すると、そこにハリの明るい声音が空間を塗り重ねるように伸びてきていた。


「いやあ、そんなご丁寧にねぎらわなくてもよろしいんですよ?」


 へらりへらりと、ハリは魔術師たちに軽く手を振っている。

 そんな魔法使いに対して、エミルが眉間に軽くしわを寄せている。


「だれもテメエなんぞに礼を伝えちゃいねえよ、寝言は枕の上で言いやがれ」


 雑な言葉をかけながら、そんなことよりもと、エミルは引き続き魔法少女連中に話しかけている。


「さて、後からのこのことやってきたヤツらがこんなことを、戦ってくれた君たちに質問するのは、とても気がひけるんだが……」


 エミルは明白に言葉を濁しながら、しかしてその青い視線は一定の安定力を保ったままにしている。


 先ほどの彼の行動を習うつもりはなくとも、キンシは相手の求る内容をそれとなく、そこはかとなく察しようとしている。


「ええ、そうですね、収穫したものをご確認しなくてはいけませんね」


 キンシは合点をするかのようにして、体の向きをパッとメイの方に向けている。


「お嬢さん、さきほど渡した宝石を……」


 言葉で全て伝えることをせずに、キンシは視線をメイの手元に注いでいる。


 魔法少女の、新緑のような色をした瞳がジッと見つめてきている。

 視線の中で、メイは思い出したかのように自身の左手に携えていた物を前に突き出していた。


 魔術師たちの目線が、幼い魔女の小さな白い手、その内側に握りしめられていた物へと注がれている。


 注目のなか、魔女の手のなか。

 そこでほのかに黄色を帯びた金属質の六面体が外界の光をなめらかに反射している。


 たった今、まさにその宝石の正体に気付いたと言わんばかりに、エリーゼががばっと姿勢を低くしている。


「ふぅん? これは……黄鉄鉱(パイライト)を模した魔力鉱物ですねぇ?」


 エリーゼは魔女の視線と合わせるようにして、腰を大きく傾けている。

 そうしながら、マスカラに塗り重ねられた長いまつ毛が、貴族の使う扇子のようにゆったりとした上下を繰り返している。


 そうして、エリーゼはやがて腰を元の位置に戻し、宝石に関する評価を下している。


「なるほどぉ、いうなれば、とりたてて特別なことは何もない、どこにでもある石ってかんじ?」


 総評を聞いた、メイはつい反射的に落胆のようなものを覚えそうになった。


「やっぱり、リンゴじゃないのね」


 静かに呟いた、メイの言葉にエリーゼが少しだけ意外そうに口を開いていた。


「あれぇ? メイちゃんって実は魔法使いだったりするの? そんな風には見えないけどぉ」


 彼女が勘違いしそうになっていることを、メイは慌てて訂正しようとしている。


「ううん、私は魔法使いじゃなくて、その……」


 言いかけたところで、メイは一寸思いとどまる。

 相手は曲がりなりにも「あの出来事」に深く関わった人物である。


 いまさら、全部をを丁寧に説明する必要も無いのではないか?


 などと、魔女がひとりで色々なことを迷っている。

 その間に、すでにエリーゼはその身を彼女から離し、先輩魔術師に何事かを相談しようとしていた。


「さってぇー、どうします先輩? 宝石としての価値はともかく、一応古城に持ち帰っておきますかぁ?」


 特に声を潜めようともせずに、エリーゼは先輩であるエミルに宝石の扱いについての意見を求めている。


 後輩魔術師の、アイラインが濃く映える目元に見上げられながら、エミルは相談された内容について考えを巡らせている。


「そうだな……、ちょうど中央の管理コンピューターのバッテリーが怪しかった、ような……気がするから──」


 そんな感じに、それなりに若々しい外見をした魔術師たちが相談事を繰り広げている。


 その間に魔法使いらの方でも、ものはついでと言わんばかりに内緒の話を展開させようとしていた。


「ところで、です……」


 ヒソヒソと話しかけようとしているのは、ハリの声であった。


 彼の空気漏れのような音声に反応して、キンシはまず耳を、そして順番を追うように首を右に向けている。


 見上げれば、ハリがどことなく居心地の悪そうな表情を作っていた。


「今日の会合に関しては、どうかあの方々にはご内密にお願いしたいのです……」


「あの方々?」


 彼の頼みをキンシはすぐに理解することが出来なかった。


 軽く頭を働かせる、そして視線をハリの向こう側にいる魔術師の二人に向ける。


「ああ、そうですね」


 そうして、キンシはようやく彼が頼もうとしていることを理解する。


 納得した上で、しかしながらキンシは相手の要求に上手く答えられそうにないことを、言葉よりも先に予感していた。


「そうなると、ですよ? お二人にどの様な嘘をつくべきなのでしょうか?」


 依頼の内容を内密にしてほしい。

 頼みごととしては至極まっとう、いかにも普通の内容といえよう。


 とはいうものの、その内容を正確に実行できるかどうかは、少なくとも魔法少女にとっては別問題であった。


  キンシがひとり、嘘をつくべきかそうでないか、それを悩んでいる。

 すると、少女の左隣でメイが彼女の沈黙をフォローするかのように口を動かしていた。


「なにも、むずかしいことはかんがえなくていいのよ。私、私たちとナナセさんは、今日たまたまおやすみの日がかさなって、そして、たまたまここで怪物さんにであった」


 幼い魔女の、小さく膨らむ唇から虚偽の内容が唱えられている。


「おお……」彼女の舌の巧みさにキンシが感心をしている。


 そんな風にして、魔女の提案が魔法使いらのあいだで無言のうちに決議されようとしている。


 その間にも、魔術師たちの方でも一つの議論が結ばれていたようであった。


「じゃあ、そういう感じでぇ」


 エリーゼがことさら大きくハッキリとした声色で、話の終わりをその身に受け入れようとしている。


 若い魔術師である彼女が溜め息のようなものを軽くはきだしている。

 後輩の動作を背後に、エミルは再三魔法少女らの方へと向き合っていた。


「あー……。すみませんが、そちらの魔力鉱物を譲ってはもらえないだろうか?」


 エミルはかなり慎重そうな態度と所作で、魔法使いらが所持している物品を要求している。


 魔術師側の要求。

 それは魔法使い、ないしキンシにとって意外なものであった。


「え? これを、欲しいのですか?」


 信じられない事実を目の前にしたかのように、キンシは左の指でメイの手の中にある宝石を指さしている。


「資産的にも、レア度的にも、凡庸なものでしかない、そのはずなんですが……」


 まるで謙遜をするようにしている。

 キンシは、まさか自分の収穫が古城の魔術師に受け入れらるとは、思ってもみなかったらしい。


 突然の出来事に少女が戸惑っている。


 要求は、少なくとも拒否するようなことでもなかった。

 むしろ、己が勝ち得た獲物に、「古城」という公的な組織からの報酬が提案されているのである。


 魔法使いであるのならば。灰笛(はいふえ)に暮らしている、人間社会にて普通の日常生活を意識している生き物ならば、断る理由など何処にも存在していなかった。


 考えようとして、答えを上手く見つけられないでいる。

 そうして、キンシは助けを求めるように、すこし潤み気味の瞳をトゥーイの方に向けている。


 どうしましょう?


 キンシは無言でトゥーイに質問をした。


「…………」


 だがトゥーイは、あくまでもその身に沈黙だけを継続させていた。

 少女と同じように、言葉を使おうとはせずに、


「君に任せるよ」的な、そんな雰囲気だけを少女に、少女だけに表現していた。

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