最低な言い訳を考えている
まるで子供のような所作を作っている。
そんなトゥーイに、キンシとりあえず曖昧な笑みだけを返していた。
「初期設定、ですか……」
青年が発した言葉を口の中で飴玉のように転がしながら、キンシ簡単な説明だけを唇で話している。
「いえ、これはただ単に、その……ハリさんの呼び方がかっこいいな、と、そう思っただけでして」
「あら、そうだったの」
キンシの話した理由に、メイは相槌を打つように反応をみせていた。
「まあ、私も呼びかたなんてなんでも良かったのだけれど」
理由を把握したところで、メイは早くも次の疑問点を頭の中に思い浮かべている。
「それはそれとして。ねえ、トゥ」
メイは左手にキンシの指を絡ませた格好のままで、トゥーイに話しかけている。
「あなた、また装置の具合? 様子? がおかしいわよ」
メイは、幼い体の魔女はそう言いながら、キンシの手を握る指の力をほんの少しだけ強めている。
魔女は、どうやら青年の様子に少なからず怯えのようなものを覚えているらしかった。
それも、まあ、納得のいくものだと。キンシは彼女の爪の硬さを皮膚に感じながら、それとなく想像している。
最近自分らと生活を、居を共にし始めた魔女にとっては、今のところ例の怪文法しか耳に聞いたことが無かったのである。
それだけの事情を考えてみて、キンシは出来るだけ簡素に事情を説明する必要性を抱いていた。
「なにも怯えることはありませんよ、お嬢さん。実を言うと、こんな感じの話し方がトゥーイさんの本来の話し方でして、ですね」
「あら、そうなの」
魔法使いの少女と魔女が、青年ひとりの様子にひそやかな世間話を繰り広げている。
その間、たいして距離を空けていない地点にて、別の魔法使いが会話を一つ終わらせようとしていた。
「と、いうわけで」
長めに話してほんのりと疲労の色を滲ませているのは、ハリという名前の若い魔法使いであった。
「せっかくなけなしの休みを消費して、有意義なほりでーを過ごそうと思っていたのに、まさか本番さんがいきなり向こうからやってくるとは、誰が予想できましたか」
事情説明をし終えた端から、ハリは目の前にいる女性魔術師に文句のようなものを伝えようとしている。
彼の話を聞いている魔術師、エリーゼという名の若い女性は訳知り顔でうなずきを繰り返している。
「そうなんスかぁ、大変っしたねぇー」
特に共感を働かせようともせずに、エリーゼはあくまでも説明だけを情報として受け付けようとしていた。
エリーゼのそこはかとない雑な態度に、ハリは分かりやすく気分を害したようにしていた。
「そこはもう少し、「お疲れ様でした、大変でしたね、ご苦労様です」的な? そんな心遣いを働かせるべきでしょう?」
ハリが信じられないものを見るような目線を向けている。
しかしながら、エリーゼの方も魔法使いの態度などまるでお構いなしと言った風であった。
「ねぎらいなら、それこそウチらがして欲しいところっスよぉ」
魔法使いの主張をさらりと受け流すように、エリーゼは右手で自身の毛先を軽くいじくっている。
「わざわざはりきって出動したのに、いざ到着したらその辺の魔法使いに獲物を横取りされたんスよ?」
エリーゼはそこで一旦言葉を区切り、毛先から指を離す。
と、その瞬間に明るい茶髪だった彼女の髪色が、瞬時に紅葉のような鮮やかさへと色を変えていた。
「もう! 激おこっスよぉ」
それが怒りを表すための、彼女にとっての手段の一つであるらしい。
そのことを理解する、だがそれ以上に驚きを隠せない人物が約一名いた。
「わあ、すごいですね!」
すっとんきょうな声を発しているのは、キンシの体ひとつであった。
およそ場面に相応しくない、それこそエリーゼが最初にメガホンで発した大声に引けを取らぬほどの声量であった。
当然のことながらエリーゼとハリは会話を中断し、その目線を魔法少女の方に移動させている。
人々に注目を浴びている。
しかしながらキンシはそんな環境などお構いなしと、自身が目にした事象についての感動を抑えきれないでいる。
「見てくださいお嬢さん、あの体質変化は間違いなく鋳鈴が持ち得る変態能力でありますよ」
目にも止まらぬかのような、キンシはそんな速さで一気に語っている。
彼女の様子に戸惑いつつも、メイは耳にした単語を追いかけようとしている。
「しゅりん? へんたい……?」
とくに前触れもなく、次々と登場してきた新しい単語たち。
メイはその意味を理解するために、指をキンシの手からはなし、頬杖をつくような格好を作っている。
幼い魔女が未知の言葉に戸惑っている。
そこに、話題の中心に引き揚げられたエリーゼ本人がスタスタと近付いてきている。
「あなた達は……」
まるでたった今、この瞬間に魔法少女らの存在を認識し始めたかのように。
エリーゼはたまたま自分たちの近くにいた、魔法使いと思わしき人物らに、まずは探るような目線を送っている。
「……あれぇ?」
だが、疑いの色はすぐに解消されていた。
「あれぇー?! おひさしぶりじゃない」
記憶に合点がついた瞬間に、エリーゼは膨らんだイメージをそのまま表現するかのように声を張り上げていた。
まるで太鼓の音色のように、エリーゼは矢継ぎ早に魔法少女らに話しかけていた。
「どれくらいぶりぃ? この前の事件から、まだそんなに日が経っていないから……」
一方的に話題を進行させながら、エリーゼは右の片手で日にちを数えるような素振りを作っている。
そんな魔術師の様子に、魔法使いであるキンシらが面を食らったようにしている。
すると、魔術師の後ろ側からハリが意外そうな顔をのぞかせているのが見えた。
「あれ、エリーゼちゃんはこの方々とお知り合いだったのですか?」
古城で仕事を共にしている魔術師と、個人的な依頼をしようとした魔法使いの意外なつながりを予感した。
ハリが珍しく、心の底からの驚きを瞳の中に浮かべている。
「ああ、それはですねぇ──」
そんな魔法使いに、エリーゼは適切かつ適量な事情説明をしている。
かつて起きた事件、兄妹がこの灰笛という名前を持つ土地に訪れたあらまし。
その顛末、そこに自分らがどの様に関わってきたか。
エリーゼは主に自身の、つまりは魔術師側の事情を主体とした説明を行っていた。
「それで、当方は結局ぅ今後怪獣に変身する危険性がある個体を保護し、経過を観察することになったんですよぉ」
エリーゼは語りを終えながら、その指はまたしても毛先に触れている。
毛先に触れている、爪はネイルアートによって色鮮やかにツヤツヤと輝いている。
整えられたそこが触れている。
「あ……」
メイはまたしてもエリーゼの毛髪の色が変わっていくのを、その目で確認していた。
幼い魔女が見つめている。
その先で、エリーゼの毛先は早くも元の明るい茶色に戻っていた。
髪の毛の色を自由に変えながら、エリーゼは身内の魔法使いに文句を呈している。
「その辺の事情については、この前古城での会議で報告し合ったはずっス……」
そこまで言いかけたところで、エリーゼはふと、自分に向けられた視線を感じ取っていた。
「って、さっきからなんなんスか? うちのことをジッとにらんで」
「え、いえべつに、にらんでなんか……」
彼女の視線にメイが慌てたようにしている。
魔女の動揺は警戒心よりも、また魔術師の髪色が変化するのではないかという、期待の方が割合を多く占めていた。
疑いの色を向けてもなお、幼い彼女が自分から目線を逸らそうとしないことに、エリーゼがわずかに怪訝そうにしている。
彼女らが牽制のようなものを繰り広げている。
そこに、キンシの声音が間延びした雰囲気をまといながら滑りこんできた。
「お嬢さんはですね、エリーゼさんの鋳鈴としての変態能力に見惚れていただけなんですよ」
自信満々に主張をしている。
魔法少女の言葉に戸惑っているのは、なにもメイだけに限定されていたわけではなかった。
「ええ、そんなことでぇ?」
相手の反応に、エリーゼもまた困惑をしているようであった。
「うちのはただの、虫の生態を真似っこしているってだけなんスけどねぇ」
張合いもなく、しぼんだ風船のような声色を使っている。
魔術師の様子が大人しくなった。
その隙を狙うかのようにして、メイはすかさずキンシに質問をしようとしていた。
「ねえキンシちゃん、その”しゅりん”ってなんなの……?」
しかしながら、魔女の質問に先に答えたのはトゥーイの音声であった。
「鋳鈴とは、人類を分類する概念において一つの項目とされるもののことである。身体に昆虫類の特徴を宿している。完全変態をする昆虫がその大多数を占めている、肉食類は少数。当該とされる人物の場合は……」
「蝶っスよ、うちはアゲハ蝶っス」
電子辞書のような語りを、さえぎるようにしたのはエリーゼ本人の声であった。
見れば、彼女はトゥーイの語りに対して、いくばかりかの羞恥心のようなものを覚えているらしかった。
「なんつーかぁ、自分の種類のことをそうやって丁寧に説明されると、ビミョーな気持ちになるっスね」
やり取りもそこそこに、エリーゼは急いで話題を元の位置へ戻そうとしているようであった。
「そんなことよりも! うちらはなにも世間話をしに来たってワケじゃないんスよ」
声の調子を変えるついでに、エリーゼは本来の役目を会話の表舞台に引きずり上げている。
「危険生命は、すでにあんた方が倒してくれた。それは間違いないんスよね?」
それまでに得た情報をまとめながら、エリーゼは何かを求めるように視線を巡らせている。
「そうとなるとぉ? 死体がどこかに転がっているはずなんスけど……」
戦闘に参加できなかった分、せめて獲物の正体だけでも目にしておこうとしている。
エリーゼが周囲に目を配り、それでも目的のものを見つけられないでいる。
「ああ、それは、」
魔術師が困っているのを見て、キンシが事実を一つ伝えようとした。
だが、魔法少女が口を開こうとした、その所で彼女は自分たちに近付いてくる人影がまた一人現れていたことに気付いている。
真っ直ぐ、迷いのない足取りでこちら側に近付いてきている。
それはスーツに身を包んだ大人で、男性と思わしきシルエットが遅くもなく、早いとも言えない速度で歩いてきた。
そうして、スーツ姿にくすんだ金髪の男性は口を開いている。
「おや、随分と見慣れた顔がそろっているな」




