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イベントに弱々しい

 ここで言われる「りんご」なる物質が、怪物の心臓から作りだされる魔力鉱物の一種であることをメイは知っていた。


 既知の事実、その上でメイは首を傾げてキンシに質問をしている。


「リンゴは、採れるときと採れないときが、あるのかしら」


 幼い魔女にそう質問をされた。

 キンシという名前の魔法少女は、彼女の問いかけにいくばかりか居心地を悪そうにしている。


「確立に関しては、ですね、なんというべきなのでしょうか……」


 口籠っている魔法使いの少女。

 そこに、彼女のよどみへ直接冷や水を撒くようにして、ハリが質疑応答に介入をしてきた。


心臓(ハート)の収穫率は、そっくりそのまま魔法使いの技量に繋がっているんですよ!」


 ハリは特に悪びれる様子もなく、とりたてて悪意もなさそうに、ただありのままの事実を伝えている。

 つまりは、キンシの狩り方がいたらなかった、少女の魔法使いとしての未熟具合が収穫の不十分に直結している。


 それらの事柄をハリは皆まで言うまでもなく、あっけらかんとした笑顔の中で余すことなく表現している。

 それと同時に話を耳にしたメイは、一から十までの全てを確認するまでもなく、彼らの語らんとした内容を把握してしまっていた。


「うう……」キンシがあからさまに気分を落とし、うなだれるように肩をシュンと下げている。


「せめて、もう少しきちんとした儀式を、手順を踏んでいれば、僕だって……」


 声のトーンは低空飛行のまま、それでも少女は懸命に自分への弁解をしようとしている。


 だが、魔法少女が期待した試みはハリのかしわ手ひとつで、簡単に遮られることになった。


「そんなことよりも、今は戦闘が無事に終わったことを祝いましょう、寿(ことほ)ぎましょう」


 過ぎ去った事実にいつまでも執着するわけにはいかないと、そう主張するかのようにしている。

 だが、実際にハリ自身がそこまで思考を働かせていたかどうかは、結局のところ本人以外には誰にもわからない。


 とはいえ、今回の場合においてメイは彼の意見に賛成を表明していた。


「そうね、そうよね、みんなケガが……なくて……」


 身の安全と安心を確かめようとして、しかしメイは断言が出来ないことに形容しがたい気持ちを抱いている。


 幼い魔女が、その紅色をした瞳を虚空へ中途半端にただよわせている。


 えもいわれぬ静かさが、生温かいそよ風のように魔法使いらのあいだを通り抜けていった。


 次に誰が話すべきか。

 魔法使いたちが決めかねていると、そこに別の介入者が現れていた。


「そおぉぉぉーこっ、のっっ!! どさんぴん共!」


 天を割り地を裂き、世界中のサギかカラスのどちらかを皆殺しにしてしまいそうな。

 そんな、女の叫びが魔法使いらの佇む空間をビリリ、ビリリと振動させていた。


「おわあ?!」


 びっくり仰天と、肩を大きく震わせているのはハリの姿であった。

 ハリは翡翠色をした虹彩を激しく伸縮させつつ、瞳孔の暗闇はビー玉のようにまん丸く見開かれている。


 その右隣の辺りで、メイもまた突然登場した大声に豆鉄砲を食らったかのような痺れを覚えていた。


 ただ、魔女の場合は単純な生理反応としての驚きよりも、それよりも、往来で大声を出して威嚇する女の存在に対するいぶかしさを持っている。

 それはそのまま、まだ見ぬ彼女に対しての早急なる不快感に直接つながっていた。


「だれなの……?」


 メイは羽毛の少ない眉間のあたりに小さく短いしわを寄せながら、声の主を探そうとしている。


 視線を右に左に、そしてもう一度右に。


 一回見落としそうになったのは奇声……、もとい叫び声をあげたであろう人物、その最有力とされる人影が以外にも普通であったこと。


 普通。

 それこそ朝の通勤電車つり革に掴まりながら、スマートフォンをスライド操作していたとしても気付きそうにない。

 彼女の姿、いでたちはそれらの日常風景に、なんら違和感なく溶け込めることが出来たに違いなかった。


 そんな感じの、スーツを着た人の姿が真っ直ぐこちらに近付いてきている。


 メイはみがまえている。

 普通そうな姿をした、上下をシンプルなレディーススーツで揃えている、若い女性が近付いてきている。


 魔女が警戒心を抱いている。

 紅色の目線がジッと向けられている。


 その先で、スーツ姿の女性も相手の正体を視界に認めていた。


「あら? アナタは」


 さきに声を発したのは女性の方。

 彼女とほぼ同時に、メイも対象を把握しはじめていた。


 女性がおおきな声でメイの名前を呼んでいる。


「カハヅ・メイさんじゃない、おひさしぶりぃー」


 声の大きさを控えることも無く、女性は嫌にハッキリとした口調でメイのことを見下ろしている。


 若い女性。

 毛先をヘアアイロンで有線電話のコードのように巻きつけ、赤色の口紅がギンギンと映える口元に、不敵そうな笑みを浮かべている。


 メイが女性の、魔術師であると考えられる彼女の名前を呼ぼうとした。


 だが、魔女が実際に口を開くよりも先に、彼女の左隣でそろりとした声音が前へと伸ばされていた。


「そういうあなたは、エリーゼさんではありませんか」


 平坦な声を発してたのはキンシの唇であった。


 メイが首を左に、そこにたたずんでいる魔法少女の顔を見上げている。


「これはこれは、奇遇ですね」


 メイは魔術師の女性への猜疑心(さいぎしん)もそこそこに、キンシが以外にも落ち着いた素振りを作っていることを意外に思っていた。


 魔法少女も知らぬ内に、他人に適切な挨拶を行えるほどのコミュニケーション能力を習得していたのだろうか。

 メイはほんの少しだけ期待した。


 しかし、彼女の期待はすみやかに外れていた。


「奇遇ですね、きぐうですね」


「キンシちゃん……?」


「き、きき、キグウですね」


 キンシは落ち着いてなどいなかった。

 その身は石灰岩よろしく硬直しきり、口元はおぼつかない、舌はもつれにもつれている。


 瞳孔は黒豆のように丸々と見開かれている。

 ちょうど冷蔵庫で冷凍保存したかのように、キンシの顔は無表情と笑みの中間、中途半端な形のまま動きを止めていた。


 いつからダメージを受けていたか? その答えはちょうど魔法少女の目の前に立っていた。


「あれぇ? どうしたの」


 こちこちに固まった魔法少女に、エリーゼという名の女性魔術師が不思議そうな目線を向けている。


「ジッとしちゃって、何? パントマイムの練習?」


 少なくとも表面上に悪意と思わしき感情は確認できそうにない。

 エリーゼはあくまでも悪びれることもなく、ただ相手の無反応に違和感だけを覚えている。


「何でもかんでも、じゃありませんよ」文句を言っているのは男性の声で、エリーゼの視線がキンシから逸らされている。


 彼女が視界に認めている、そこではハリがおくれ馳せながらの反論を呈してるのが見えた。


「いきなり大声を上げて、耳がどっかに吹っ飛ぶかと思いましたよ」


 文句を言いながら、ハリは頭部に生えている黒猫のような聴覚器官をペタリ、と平らにしてみせている。


 それなりに正当性のある反論。

 だがエリーゼの方は、それでも特に謝罪の意を伝えることをしなかった。


「そりゃあ、叫びたくもなるってもんすよぉ」


 エリーゼはハリと話しながら、気だるさとせわしなさを織り交ぜた溜め息を吐きだしている。


「市民の方のご一報から、ガンダッシュで現場に駆けつけたら、大体のことは全部終わっちゃってたんすよぉ。そんなの、テンションダダ下がりにもなりますってぇー」


 エリーゼは自身らがここに現れた、そのあらましを目が覚めるような素早さで解説している。


 そうして、彼女が残念そうに口元をふっくらと膨らませている。


 魔術師の彼女と、魔法使いの彼が滑らかに会話をしている。


 その様子を少しだけ遠巻きに眺めながら、メイがキンシにそっとささやきかけるようにしている。


「そういえば、ここでは怪物さんがあらわれたら普通、古城の魔術師にツウホーをするんだったかしらね」


 確認のついでのようにして、メイは白い指先をそっとキンシの右手に重ねている。

 少女の右手、呪いを受けていない、柔らかい皮膚の感触がメイの硬い爪先と絡みあっている。


 触れている手の平はしっとりと湿っている。

 突発的な緊張に汗腺が敏感に反応していたのだろう。


 だが、その湿り気もすでに外界の空気に乾きつつあった。


「ねえ、キンシちゃん」


 メイが見上げている。

 紅色の視線の先で、キンシが遅れ気味に返事を口にしていた。


「そう、ですね」


 出来るだけ普通を意識しようとして、しかしそれすらも上手くできそうになかった。

 キンシはまるで糊を噛んだかのようにこわばっている舌を、ゆっくりとほぐすように、慎重に動かしている。


 吸って、吐いて。

 気管の内側に空気が通り、肉に滞っていた熱がわずかに冷まされる。


 今度こそ、と、キンシはみたび唇を動かす。


「そうです、お嬢さん」


 短い言葉、それだけでは衝撃からの回復の証明には、あまりにも足りていなかった。


 しかし、その時点ではメイはすでに、魔法少女の体を締め上げる緊張の縄を放任する検討をつけ始めていた。


 話題を逸らすつもりで、メイはキンシの右手を握ったままで彼女に話しかけている。


「ねえキンシちゃん」


「なんです? お嬢さん」


「その、お嬢さんって、なんなの?」


 質問をされた、キンシはメイの方に視線を落としている。


「それは、その……」


 どう答えを用意すべきか、キンシは単純に言葉を見つけられないで、沈黙の中で迷っている。

 すると、またしても会話に介入する者が一人。


「考察される点として、初期設定の変容が最適な説とされる」


 それはトゥーイの音声であった。


 電子的なノイズが含まれている。

 話し方のそれは、現代社会における人間のコミュニケーション方法としては、心持ち多すぎるような気もする。


 とはいえ、一応ながら文法にはそれなりの整合性が含まれているようにも思われる。 


 それぞれに色合いの異なる違和感を抱きながら、メイとキンシが視線を左に向ける。


 そうすると、視線の先に青年がひとり直立しているのが見える。

 トゥーイという名前を持つ青年は、彼女らが居る方向にその目線を静かに固定している。


 彼女らに見守られながら、トゥーイは首元の発声補助装置で話していた。


「説に根拠を求めたい、先生?」


 疑問符のようなリズムを作っている。

 トゥーイは主にキンシを対象として、小鳥のようにコクリと首を傾げる動作を見せていた。 

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