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当たる側が加わる

 そして、トゥーイは白い包みの底へ煙草を、赤々とした光を放つ熱源を押し付けていた。


 煙草の先端、紙と葉が熱源と共にその身を消費している。

 まだまだたくさんの、新鮮な煙を吐きだしている。


 そんな先端をトゥーイは特にためらうことも無く、まるで行為そのものが必然的で、必要性そのものであるかのように実行している。


 事実、魔法使いらにとっては、そうしなければならない理由は充分に存在していたのだろう。


 ジジ、ジジ……、


 と何かが焦げるような、そんな反応の音がわずかに空気を振動させる。


 においが漂ってきた。

 それは抜け落ちた髪の毛の一本を火で燃やしたかのような、違和感の強い気配を有していた。


 においは一過性のものではなかった。

 時間の経過、秒針が右に傾き続けるにつれて、その気配は段々と濃く深いものへと姿を変えつつある。


 やがてそれらがさして時間を有することも、また疑いようも無いほどに、人間の意識にとって不快なものとして認められる。


 その頃合いには、すでに白い塊は完全に赤々とした炎に全体を覆われていた。


「きゃあ?」


 メイと言う名前の幼い魔女が、あまりの勢いに思わずちいさく悲鳴をあげている。

 彼女の驚愕もそれなりに納得できるもので、白い塊はそれはもうとんでもない勢いで燃えていたのである。


 熱を与えられた瞬間から、その全身を炎に包んでいる。

 アルコール燃料を含ませた高級ちり紙に着火したライターを近付けたら、ちょうど似たような現象がみられるのではないだろうか。


 とにかく、白い煙によって構成された袋は大いに燃え盛っていた。

 製作者であるトゥーイが運んできた火種によって煙の袋は、内側に怪物の死体を搭載した袋は、その身を赤とオレンジの炎に預けている。


 ごうごうと燃え盛る。


「…………」


 トゥーイは虚空に漂うそれを左手に携えながら、唇をジッと閉じたままで炎の塊をそっと下に運んでいる。


 青年の手に誘導される赤とオレンジは、一見して自由奔放にその舌で空気を舐めとっているようだった。

 しかし、実際のところは所詮炎もまた魔法使いによる人工物の域を超えることは無かった。


 青年の手の内にだけ限定されている熱の塊。

 その目の覚めるような色彩を彼の手の内に青年は、トゥーイは炎を地面の近くに安置させようとしている。


 炎の底面、カゲロウのように揺らめく温度が地面とかすかに触れ合っている。

 熱の塊が置かれた地面、そこはちょうどトゥーイがプリントアウトされた魔法陣を染み込ませた場所の、中心点にあたる位置であった。


 魔法陣の中心に炎の玉を置いた。


 どうやらそこが、本来あるべき定位置にあたるらしかった。


 炎はしばらくの間だけ燃えていた。

 そしてこの世界に存在しているおおよその可燃性の物質と同じように、時間の経過と共に燃料を使い果たそうとしていた。


 炎が火に変わり、やがては線香の明かりのようにわずかなものへと変わろうとしていた。


 その頃には、赤色とオレンジ色に包まれていた全体が、その正体を露わにしていた。


「仕上がりましたかね?」


 明るい声音で問いかけているのは、キンシと言う名前の魔法使いの少女であった。


 少女はなにか素晴らしいものが出来上がったことを期待しているかのように、眼鏡の奥にある明るい緑色の瞳をキラキラと輝かせている。


 もう待ちきれないと言った様子で、キンシはまだ煙を大量に吐きだしているその場所へと指を伸ばしている。


「あっ、キンシちゃん!」


 モクモクと音もなく燻っているそこに、少女の裸の左指が吸い込まれていく。

 その様子を見て、メイが思わず悲鳴のような声を発している。


「ダメよ、そんなところをさわったら、いけないわ……」


 注意をしようとしたところで、しかしながらメイの声はとぎれることになった。


 というのも、魔女が憂いを抱いた事柄は現実には起こり得なかったからであった。


 つい先ほどまで煌々と燃え盛っていたその場所。 

 キンシは特にためらいも無く、そこに左の手を伸ばし触れていた。


 まだまだ多量の熱源を残しているであろう。

 事実、燃えカスと思わしき塊にはまだところどころ炎の残滓が見てとれていた。


 チロチロと、赤とオレンジの舌が先端を揺らめかせている。


「ほら、ご覧くださいませお嬢さん」


 しかしながら、キンシはそれらの障害などまるでお構いなしと言った風にしている。


 熱に触れている左手は、ノーダメージと言い切れるほどの安心さは含まれていない。

 とはいえ、呪いを受けた左手では、人間の皮膚が持つ特有の柔らかさが許されていないその場所は、実際に熱のダメージをいくらか受け付けていないようにも見てとれた。


 キンシは引き続き、左手の中にある「それ」をメイへと見せつけようとしている。


「抽出魔術式によってこし出されたものが、こちらになります」


 三分で方をつける調理番組のように、キンシは朗らかな様子で「収穫」した物をメイに見せようとしている。


「そう、……なの」


 曲がりなりにも戦闘の果てに得た収穫物が、今まさに目の前に明示されているのである。

 もっと相応しい感想、感動の言葉を用意することだって出来たはずだった。


 だが、それでもメイは得られた物よりも、それよりも魔法少女の手の安否について考えずにはいられないでいた。


「ねえキンシちゃん、ては大丈夫なの?」


 いよいよ堪えきれなくなって、メイはキンシの左手をそっと下から包み込むようにしていた。


 少女の手と幼女の手が触れ合っている。

 思った以上に熱くない、と、メイは密接する皮膚に意外性を見出している。


 魔法少女の左手。

 呪いによって皮膚が、感覚器官とされる肉の一部が大きく変質している。


 熱を受け止めていたはずのそこは、相変わらず水晶の原石のようにひんやりとした質感と透明さだけを放っている。


「どうしたんです? お嬢さん」


 手の甲だけをさわさわと触っている。

 魔女の様子に、キンシが瞳の中に不思議そうな感情を浮かべていた。


「僕なんかの手よりも、ほら……ちゃんと宝石を見てさしあげてください」


 そんなことを言いながら、キンシは左手をそのまま前へ、メイの胸元へと差し出そうとしている。


 魔法少女が魔女に要求をしている。

 その頃合いにはすでに炎の気配は希薄なものへと変わり、熱源も終わりを迎えようとしていた。


 炎の残り香は無い。

 ついさっきまで鼻孔を刺激いたしたであろう、たんぱく質の焦げ落ちるような臭気は跡形も無く消え去っていた。


 何もにおわない。

 まるで最初からそんなものは存在などしていなかったかのように、キンシの手の中にある「それ」は、残骸は無臭だけを空気中に放っていた。


 それも当然のことであった。

 何故なら残されたそれは、外見からして有機物としての臭いを有しているような物質ではなかったからだ。


「どうです、お嬢さん」


 待てども待てども魔女が反応を示さないのをみて、キンシは彼女に目線を合わせるように膝を地面につけている。


「これで、よく見えるでしょう?」


 どうやらこの魔法少女は、いまだに魔女が収穫に興味を抱けるものだと、そう信じ込んでいるらしかった。


 そうまで信頼をおける、その物体がどのようなものなのか。

 まったくもって興味が持てなかったと言えば、それはそれで嘘になる。


 せっかく目線を合わせてくれた。その優しさに身をゆだねる形として、メイはようやく少女の手の中にあるもの。

 怪物の肉から、魔法陣とその他諸々の魔術式を使用して()し出した。


 それを目にしている。


 見て、改めてメイは首を傾げていた。


「これは、なあに?」


 疑問を抱いている、魔女の様子に構うことなく、キンシは手の中のそれを彼女の手の平へと預けている。


 ころりと転がった。

 それは鉱物のような質感と重さを保っている。


 水晶や紫水晶(アメジスト)のような透明度はほとんどない。

 鉱石というよりかは鉱物に近しい、まるで金属のような光沢と輝きを放っている。


 六面体をいくつも重ね合せたかのような形状をしている。

 結晶体の姿はそこはかとなく人工物のような気配を匂わせつつ、だが規則性はあくまでも自然物としての原則なルールに従ったものでしかない。


「どうです、お嬢さん」


 キンシが再びメイに問いかけている。


「美しいでしょう?」


 まるで品定めをするかのような口調を作っている。

 実際、それが魔法使いらの求める収穫物であることは、メイにも既知の事柄であった。


「そうねえ」手の中の四角い立体の連なりを眺めまわしながら、メイはようやっと感想を述べている。


「まるで、黄金のようね」


 魔女がそう呟いている。

 するとその言葉に反応を、反論をする声が彼女の左後ろ側から響いてきた。


「いえいえ、それは間違いですよお嬢さん」


 メイはてっきり目の前の魔法少女が口を開いたものだと、そう思い込みかけた。

 だが認識はすぐさま改められる。

 声音はあからさまに成人の、男性の低さとかすれ具合を持ちあわせていからだ。


「それは黄金ではありません、おそらく……黄鉄鉱に類する魔力鉱物であると考えられます」


 振り向けば、そこにはハリが人差し指をピンと上に向けているのが見えた。

 彼の話に返事をするようにして、メイは得た情報を頭の中で整理している。


黄鉄鉱(パイライト)……硫酸のざいりょうにつかわれていた鉱物ね」


 呟くようにして、既存の物質の話を記憶の中から思い出している。

 そうしていながら、メイは魔法使いの述べた内容で引っかかる点をピックアップしていた。


「でも、魔力鉱物っていうことは、ほんもののパイライトとはちがう……、のよね?」


「ええ、その通りです」


 これに返事をしたのはハリではなく、キンシであった。

 若干の目まぐるしさを覚えつつ、メイは目線を前に戻している。


 魔女に見つめられながら、キンシは視線を彼女の手の内にあるそれへと固定させている。


「魔力鉱物は基本的に、既存の鉱物と同じような性質を持ってこの世界に固定されるのです」


 早口気味に説明をしながら、キンシは一旦言葉を区切り口で呼吸をする。

 そうして、瞬きのあとに薄く笑みを浮かべる。


「今回は、このような形を選んでくださったようですね。いやはや、まことに有難いことです」


 誰かに感謝をするような台詞を、だが直接的な礼を伝えることはしていない。

 そうして、キンシは目線をメイの方に向けている。


「りんごが採れなかったことは、残念ですが……」


 期待を外したかのように、キンシはあからさまに肩を落とした素振りを作っている。

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