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困ったらとりあえず神様のせいにしておこう

キスミーキスミー

 その瞬間において、ルーフの眼球に移るすべての光景がスローモーションになっていた。

 

 自分の身に降りかかっている事柄であるにも関わらず、ルーフはどこか他人行儀じみた客観的視点から束の間の無重力旅行を味わっていた。


 感覚と感情を置き去りにしたまま、体中が重力に侵食される。

 魔法使いによって放たれた動力は、割かしすぐ早くに落下の力に飲み込まれた。


 しかしそれでも、その若き腕力は余計なお世話だと文句を言いたくなるほどにルーフの体をとある一点、柔らかく黒々とねっとりとしている肉の重なり合いへと一切の迷いなどなく導いていった。


 ぱりぱりと、かさぶたを剥がしたかのような湿り気のある音がルーフの耳に届いた頃。

 その頃にはすでに、もはや彼の体は夏の午後と同じくらいの温度を含んだデロンデロンの暗闇へと、ハンドボールのシュートよろしく突っ込まれ。

 

 そしてゴクリごっくんといかにも美味しそうに飲み込まれていった。


「よし! 今だ!」


 再び武器を構えなおした若き魔法使いであるキンシの、瑞々しいやる気に満ち溢れた叫び声を耳にしながら、男性たちは豪雨の日の暴れ川よりも激しく広大に、深々とした嘆きと憐れみをその身に氾濫させた。


 嗚呼、嗚呼、ああ、嗚呼!

 

 なんという暴挙! なんと惨たらしいことを! それでもテメエは人の心を持った人間か!

 このヤロウ、人でなし! バカ! アホ! 考え無しのマヌケ!

  

 つまりのところようするに、キンシはなんとメイを助け出すためにとりあえずルーフを犠牲にしてみるという作戦を選んだのだった。


 ルーフというそれなりの大きさがある生餌を見つけ注目し、相手がそれを夢中で喰らい吸収している間に作られるであろう動作の隙間。

 その間に武器を携え急所であるガラス球に接近、少年お一人様を捕食中に武器で急所を集中攻撃!


 そしてメイさんを救出! 以上!

 めでたし! めでたし!


 これが、たったこれだけがキンシの考案した、そして誰にも意見を求めることなく独断で実行した作戦のおおよそな全容であった。


 果てしなく、嵐の日の海原よりも果てしなく無謀で、ド素人が長々と書き連ねた三文小説よりもお粗末な、作戦という言葉を使うことすらおこがましいキンシの急ごしらえな作戦。


 しかし時の運というものは悲劇的に笑えるほどに気まぐれなものらしい。

 そのとき彼らに微笑んだのが空に浮かぶ女王でも、海の底の女神でも、地平の彼方にポツンと突っ立っている孤独な神でも。

 

 いずれの誰か、あるいは誰でもないにしても、何にせよなにかしらの超現象的な偶然が微笑んだのは間違いないことだった。 


  要するにキンシのおっ立てたその場しのぎな作戦は、とりあえずギリギリのところで成功に近い範囲に収めることができていた。

 

 最初のよりもずっと、肉も骨も皮も沢山ある獲物を喉に突っ込まれた怪物は、どのような感情を抱いていたのかはさすがに判別できなくとも、間違いなくその動きを鈍らせることに成功していた。


 まったく、いくらライブ感覚の策とはいえ、赤点ギリギリもいい所である。


 とにかく、キンシはすかさず怪物へ決定的な攻撃を与えるための行動に移った。


 姿勢を低くして全身に更なる緊張感をみなぎらせる。

 ゴム製の分厚い素材で作られた長靴の内側、ピリピリと痺れている指で強く地面を蹴った。


 魔力的な作用が働き、キンシは鉄砲玉の如き勢いで怪物のガラス玉に襲いかかる。


「………っ!」


 吐息の音が互いに聞こえるほどの距離まで接近し、キンシは早く深く空気を吸い込む。


「???1u」


 捕食真っ最中の身でありながらも怪物はキンシの気配を感じ取っていた。

 

 しかし体を思うように動かせないのか、その足取りには若干の曇りが見て取れ、三本しかないアンバランスな四肢、もとい三肢をカクンカクンとぎこちなさそうに絡み合わせていた。


 今だ、こうなってしまったら今しかない。

 キンシは追い詰めるように心の中で叫んだ。


 怪物が自らの肉体によって構成された難解な三本足のパズルを解き明かすより先に、キンシは武器を強く握りしめて振りかざした。


 まず最初に、

 石突きに当たる部分で怪物のガラス玉を一切の遠慮も許さぬ腕力によって殴打した。


 腕や爪やその他の体の一部、本来あってしかるべき防御を失った怪物は、為す術もなくされるがままにキンシの攻撃をその身に受けた。


 頭蓋骨が破壊されたかのような、湿り気のある破裂音が鳴り響く。


 びりりびりりと、硬い物に殴り掛かったことによって震動した武器が、キンシの皮ふに伝わり骨を揺らした。


 その水っぽい震えにおののきながらも、躊躇いなど許すことなくキンシは武器でガラス玉を殴り続けた。


 回を重ねるごとに湿り気を失っていった殴打音は、やがて堅牢かつ柔軟すぎる防御に守られていたはずのガラス玉にささやかな、しかし痛々しいあかぎれのようなひび割れを発生させる。


 日に照らされた蜘蛛の糸のような傷口、それを確認するとキンシは武器をくるりと持ち替えた。


「ふ!」


 穂先に備え付けられている奇妙な、安定した色彩を保たずキラキラと輝きを放つ奇怪な模様が刻み込まれた刃物を傷口へと刺し込んだ。


 柔らかいものがびりびりと裂かれる、悲惨な音を彼らは耳にする。

ファーストキスは鉄の味。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 冒頭。 カメラの倍速をゼロより…… →通常が1倍速。ゼロ以下ならば逆再生になるのでは?
2020/02/06 20:51 退会済み
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