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電話口のどうしようもなさ

 会話もそこそこに、そんな事よりも、とキンシの左腕が再び怪物の方へと戻されている。


「お話し中、すいません」


 キンシは一応形式的な謝罪を男性陣に送りながら、行動はあくまでも自分自身の疑問点に関する事柄に中心点を置いていた。


「ですが、これをちょっと見てほしいのです」


「んん? なんです」


 キンシへ気軽そうに返事をしているのは、ハリと言う名前の若い魔法使いであった。


 多少話題がそれようとも、疑問点に関する興味が削減されることは無かった。

 同じく魔法使いである少女の意向に沿うようにして、ハリは少しだけ身を屈めて彼女の腕の先にあるものへ視線を降ろしている。


 そこでは先ほどと同じように、キンシが怪物の死体を少しだけ持ち上げている。

 そして、持ち上げられたそこには足、と思わしき部分が力なく、意思もないままに地面の上に転げ落ちていた。


「この……足のように見えて実は足でもなんでもない、これなんですが」


 キンシは先ほどの彼らの議題をあえて引用しながら、自身が見つけた違和感に関する本題を口にしている。


「見てください、ここに大きな傷痕がいくつか見受けられるのです」


 キンシがそう主張している。

 それに返事をするようにして、少女の右隣に立っていたメイが息をはきながら目の焦点を合わせようとした。


「あら」


 そうして、メイはキンシが伝えていようとしていたものを、そこでようやく実際に視認していた。


「ほんとうね、この怪物さん、足? がかたっぽ無いわ」


 メイが端的に説明をしている。

 幼い魔女がそう述べているとおりに、怪物の足の名残と思わしき器官が欠損していた。


 普通に考えてみて、人間を基準として考えたとしても、本当ならば左右対称に二つ揃っていなければならないはずのそれが無かった。


 片方だけ欠落している、その部分を見下ろしながらハリが簡単な意見を舌の上に用意している。


「なにか、なにかしらの飛び道具と思わしきもので撃ち抜かれた、かと思われますね」


 相手は、このもう二度とこの世界で動くことの無い怪物は飛行能力を有していた。

 はるか上空に望める空中庭園をパクパクと、ムシャムシャと、食い荒らすことの出来る程度。そのぐらいの高度を望めるほどには、空を飛ぶことの出来る力をその身に宿していた。


 であれば、この怪物がいつかの過去に身体を欠損した時もまた、空を飛んでいたことが大いに予想される。

 そして、魔法なり魔術なり何なり、空でも飛ばない限りは天高くを滑空するこの怪物に、欠損を起こせられる攻撃方法もかなり限られてくる。


 可能性は限りなく存在しているが、ある程度簡単かつ率直、安直に予想できる範囲での常識的な方法だけを手軽に想像してみた。


 その結果を、特に迷う素振りもなくハリが言葉へと変換している。


「おそらく、今こうしてボクらがこの個体と戦いをするよりも以前に、どこかで、誰かが、この怪物とある種の戦闘行為をしたことが考えられますね」


 ハリが仮説を作りながら、その翡翠のような色をした目線をついと、トゥーイの方へと差し向けている。


「飛び道具で怪物に立ち向かおうだなんて、そんな殊勝なことを考える人なんて、この灰笛(はいふえ)であっても人数が限られてきますよね?」


 ハリはそんな質問文を口にしながら、言葉の外側で同意のようなものをトゥーイに求めようとしている。


 濃い緑色の目線がジッと見ている、トゥーイはそれに分かりやすい反応を示そうとはしなかった。


「…………」


 もう先ほどのような饒舌さを発揮することはせずに、トゥーイはまたいつもの無表情と静けさだけを口元に許している。


 青年の沈黙。

 その合間を縫うようにして、キンシが疑問の声を一つあげていた。


「ということは、ここに発現をするよりも以前に、どこかで僕らと同じような人間に遭遇していた。ということになるのでしょうかね?」


「そうだね、そういうことになりますね」


 キンシが考えた要約に対して、ハリがのんびりとした声音で同意と同調を表していた。


「おそらく長い筒状をした火器……と思わしき魔法武器によって、五発ほどの弾をぶち込まれた。それによって足の部分を欠損させられたのでしょう」


 ハリはキンシの想像に補足を加えるようにして、自らが考えられるおおよその事を次々と言葉に発している。


 彼の言葉に返事をするようにして、キンシがぽつぽつとイメージを思い浮かばせようとしている。


「怪物さんはこのダメージを回復させるために、わざわざ空中庭園を襲おうとしたのでしょうか?」


 キンシが、魔法使いの少女が考えようとした。

 その事柄に合わせるようにして、少女の右隣に立っていたメイが更なる問いを空間に投げだしている。


「そういえば……けっきょくこの一体だけをのこして、他にたくさんあつまっていた怪物さんたちは、どこかに消えちゃったわね」


 メイがそう語っているのは、現在魔法使いらの前に転がっている死体とは別の個体の事。

 死体と同じような形をしていた、群れのようなものを形成していた怪物の数々の事を指摘しているらしかった。


 彼女の「消えちゃった」と言う表現には、あまり比喩的な表現が含まれてはいない。

 それなりにそのままの意味で、怪物の群れは消えてしまったのである。


 流石にマジックのように跡形も無く、といえるほどの分かりやすさがあった訳ではない。


 例えば、キンシがひとつにとどめを刺した瞬間にその身を透明にさせて、破片と共に空気中へ溶けて言ったモノもいた。

 かと思えば、透明にならず実体を保ったまま、いずこへと逃れるように飛んでいった個体も幾つか確認できていた。


 そういう風にして、たくさん存在していたはずの怪物たちは、あっという間にその群体を跡形も無く解体させていたのであった。


 その光景を眺めていた、メイは頭の中でそれを思い出しながら首を小さく傾げている。


「なんだかまるで、このひとつがあの群れをあやつっていたみたい、だったわね」


 まさか、ありえるはずの無いことを考えながら、メイが曖昧な笑みを口元に浮かべている。


 だが幼い魔女がたてようとした仮説に、キンシはいたって真面目そうな様子で思考を働かせていた。


「ありえなくは、ないですね」


 魔女がまさか、といった面持ちで紅色の視線を向けている。

 その先で、キンシは静かに唇を人差し指で圧迫していた。


花虫(はなむし)のような下層に属している個体でもない限り、怪物と言うものは基本群れを成して行動することはありませんからね」


「そうなの?」


「ええ、そういうものなのです。プランクトンはいっきにいっぱい生まれて、やがては動ける怪物に食べられる、をひたすら繰り返しています」


 ここでキンシが例え話に使っているのは、怪物の種類の一つのことである。

 動物とは性質を異ならせている。動物より遥かに生き物として基本的な位置に属する、プランクトンのような浮遊生物のことを指している。


 そしてそれら、浮遊生物を栄養源としているモノの仲間、上の階層に属しているモノたち。


 それがたった今魔法使いらの手によって殺された、目の前に転がっている死体に該当されるグループであった。


 キンシが怪物についての話をしている。


「生存のための必要性でもない限りは、彼らは集団によって形成されるコミュニケーションを求めたりはしないのです。なぜなら、個体で独りだけでも、充分に生き残れるくらいに強いですからね」


 むしろ、そもそもこの世界において怪物に命の危険を与えられるものがどれほど存在しているのだろうか。

 メイは考えようとした、だが想像できる範囲はかなり限られていた。


 幼い魔女が、それなりに懸命に想像力を稼働させようとしている。


 その横で、魔法使いたちはそろそろ事を終着へと向かわせようとしていた。


「しかしながら、それはそれとして、早くお片付けをしないといけませんよ」


 ハリが少し慌てた素振りを口調ににじませている。


「でないと、あまり喜ばしくないものが、ここに集まってきてしまいます……」


 そう言いながら、彼が眼鏡の奥にある目線をまた周辺に巡らせている。


 またしても周辺のギャラリーに皮肉めいた感情を向けているのかと、メイは瞬間そう思いこもうとした。

 しかし魔女の抱いた予想は、どうやら今回は不正解のようであった。


 というのも、魔法使いの彼が主張した違和感について、彼女もまたそこはかとなく肌に感じ取っていたからであった。


「そういえば、たしかに……さっきからずっと、体になにかがまとわりついているような……?」


 メイは皮ふに生えている白い羽毛を少し膨らませながら、右の片手で羽虫をはらうかのような動作をしている。


 錯覚か気のせいか、メイはてっきり自身の心理状態がそういった不快感を呼び覚まし、作り上げているものだと、そう思い込もうとしていた。


 だが、魔女が期待した展開は近くにいる魔法使いたちに、すぐさま否定されることになった。


「死体のにおいにつられて、うわさのプランクトンたちが集まってこられたようです」


 キンシが他人事のようにして、状況を簡単に話している。

 その顔は平坦とした様子でありながら、しかして顔面にはとても無視できそうにないほどに多量の「何か」が付着をしていた。


「うわあ?! キンシちゃん」


 メイが驚いたような声を発している。

 それにキンシが返事をする。


「どうしたのです、えっと……お嬢さん」


 少女が少し口ごもっている。

 だがメイの方は、その様子に気づく余裕を持てないままでいた。


 何故なら、少女の顔面がその違和感と思わしき物体によって、大量かつ多量に覆い尽くされようとしているからであった。


「キンシちゃん!」


 周辺に集まろうとしている「それら」が何ものであるか。

 そのことを考えるよりも先に、メイは少女の顔面を覆いかけている異常事態を、あわてて指で払いのけようとしている。


 幼い魔女の、白樺の枝のような指がキンシの肌に、左眼窩がある部分へそっと触れている。


 ちょうど少女の義眼が、赤くまるい琥珀のような宝石で作られた偽物の眼がある。

 そこに、プランクトンと思わしき違和感が大量に集まっていた。


 その様子はまるで花の蜜に群がる蜂の群れのように見える。

 また、あるいは死臭に惹きつけられたニクバエのような、最も基本的たりうる生存本能を掻き立てられるような、そんな気配を持っていた。

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