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未来ですら待ってくれそうにない

 メイが何をするつもりなのか?


 その答えはしかして、わざわざ言葉で確かめる必要性も無いほどには分かりきっていることではあった。


 キンシは幼い魔女の行動を理解するよりも先に、自分の体が彼女の細腕によって前へと引っ張られていることに気付かされている。


「うわ、うわわっ?」


 魔法によって重力は軽減されている。

 決して褒められたものではないド下手くその、バッタもんもはなはだしい魔法によって、中途半端に地面から浮遊していた。


 そんなキンシの空いている手を、メイはおもむろに掴もうとしていた。


 メイの、春日(かすか)という名の鳥類の特徴を宿した人種特有の、フワフワとした羽毛に包まれた細い腕がキンシの手に触れていた。


 彼女の手はこんな状況でも、頭上で魔法使いと怪物が殺しあいをしている、そんな状況であってもあまり汗をかいておらず、適温よりもいくらかひんやりと冷たさがあった。


 手入れをし忘れて、伸び気味の爪の先端がキンシの汗ばんだ手の平の隙間を軽く引っ掻いている。


 鋭い痛みがしめった皮膚に伝わった。

 そう思っていた、その頃にはすでにメイの足は走行のための準備を整えていた。


 靴の底がコツコツと地面に触れあう。

 ローヒールのパンプスは子供用に丸みを帯びた、可愛らしいデザインがなされている。


 着せ替え人形が履いているのをそのまま現実に持ちだしてきたかのような、おもちゃのような靴が地面の上を軽やかに駆けている。


 走りながら、メイの腕はキンシの右手を握りしめたままとなっている。


 指先の圧力を変えないよう意識をしながら、メイは肺の中に大きく多く空気を吸い込もうとした。


 空気中の酸素やその他の要素が彼女の体内に満たされた。

 メイが姿勢を低くする。


 すると、彼女の腰回りに発現しようとしていた魔力要素、鳥類の羽根のような形をした変化が、さらなる実体感を得ようとしている。


 骨格はより強固に、肉は瑞々しく、羽根の一枚は柔らかい生命力を帯びる。


「……っ」


 メイは息を短く吐いて、そしてもう一度深く喉のなか、腹部の内側まで空気を吸い込んだ。


 体が風船のように丸く、パンパンに膨らむような気がした。


 頭の中によぎった錯覚は、確証も無いままにすぐさま消えて無くなる。

 それよりも先に、メイは魔力によって発生させた翼を完全に展開させた。


 翼の末端、長い羽根の先端のそれぞれが空気を撫でる。

 白い色を持つ細やかな体毛の密集は、一つ一つがすべて飛行能力を得るための形状を保とうとしている。


 広げた翼が上下に激しく躍動する。

 バサリバサリ、と、二枚の翼には確かな質量の気配を有している。


 左右対称に動く翼の動き、それによってメイの周辺へ気流の変化が生じはじめる。 


 渦巻く空気の流れ、激しさは動きが重なるほどに増幅されていく。

 増えた空気の重さの失わないように、メイは翼の激しさをさらに増していく。


 やがてそれらは一つの気流となり、流れる景色と頬にぶつかる風の重さ、その中でメイは全身に一つの確信を獲得していた。


 彼女の翼が激しく動いている。


 その音を聞きながら、キンシは走るメイの体がフワリ、と宙に浮かび上がるのを腕の先に見ていた。


 重力に逆らう方法を見出した。

 あとはもう、決まりきったかのように事が進んでいる。


 あっという間に翼は飛行能力を発揮している。

 バサリバサリ、とメイが翼を使って上昇をしている。


 それに合わせて、メイに手を握りしめられていたキンシの体も、風が吹きすさぶ空の上へと引き上げられていた。


「飛んでます! すごいです、メイさん!」


 まるで引率をされた幼児のように興奮しきっている。

 キンシの重さ、魔法によって軽減された重力を腕に感じながら、メイが少しだけ後ろを振り向いている。


「楽しそうにしているところわるいけれど、いまはお仕事の途中、でしょ?」


 翼を激しく動かしながら、メイは自身の体力が持つあいだに素早く本来の用事を果たすことをキンシに求めていた。


 空気が白い翼によって激しくかき乱される。

 ごうごうとした風の流れを耳に受け止めながら、キンシはメイの言葉に素早くうなずきを返している。


「ええ、分かっていますとも。ここまでのご引率、感謝します」


 肯定と例の言葉だけを簡単に伝え、キンシはメイの手をそっと離している。


 空気中にひとりさらされたキンシの体は、しかして重力に従うことをせずに、魔法によって生み出された飛行能力をかろうじて発揮しようとしていた。


「ここまでくれば、あとはお茶の子さいさい! です」


 口先だけは元気いっぱいに、キンシは左手に携えていた武器をあらためて握り直している。


 メイはそんな魔法少女の様子に、一抹の不安を覚えそうになっていた。

 だが彼女が不安の要素を実際に言葉にするよりも先に、キンシは怪物の群れに向かって前進をしていた。


 爪先から足の付け根、腹部の下半分を大きく波打たせ、時計の振り子のような要領で体を揺らす。

 そうすることによって、キンシの体を包む魔的(まてき)要素に流れが生まれる。


 キンシは魔法を使って前へと進もうとする。

 そうしていながら、頭の中ではつい先ほどの光景、メイの白い翼の姿を思い浮かべている。


 与えられた器官を全力で駆使し、周辺の力の流れを丸ごと変えてしまう。

 翼によって生み出された気流、その姿をキンシは強くイメージした。


 自分の体の周りで、変化を与える要素がおのが意思で生み出されようとしている。

 想像した光景が、魔法少女の魔力にある程度の安定感を与えていた。


 キンシは空中で体を軽く屈折させる。


 でんぐり返りをうつかのような要領で、回転がキンシの体に新たな力の流れを加えている。


 体を激しく動かしながら、キンシの瞳は怪物の体に狙いを定め続けていた。


 びゅうびゅうと空気が体の表面を流れ、渦を巻く気配が肌を覆う。

 キンシは唇をきゅっと固く結ぶ。

 腕に力を込める、そして槍の穂先を怪物めがけて深々と刺しこんだ。


 ザシュリ、穂先に備え付けられた刃の切っ先が、するどく深く怪物の肉に突き刺さった。


 キンシに捕らえられた、怪物の一体が体内に侵入した異物に対し痛覚を、それに則った生理的な鳴き声を発している。


「????? ??? ??? ?? / eqeqeqeqqeqeqeqeqeqeeeqeq」


 それが痛覚にもとづいたものであることは、確かめようも無いほどに明確であった。


「irqeqeqeqえrrえくぇqrqrwq」


 当然のことのように、肉体に槍が刺さった怪物はジタバタと暴れ狂っている。


 (たこ)のように薄い肉、ひし形を横長に広げ湾曲させたかのような造形をしている。

 キンシは怪物の飛行器官の片割れにブーツの裏を密着させながら、荒れ狂う肉体から振り落とされないように歯を食い縛っている。


「う、ぎぎ……っ」


 怪物のひれのような飛行器官が上下に激しく動いている。

 その動きに翻弄されつつ、キンシは槍の柄を握りしめるのに必死になっている。


 魔法少女のそんな懸命さなど知るよしもなく、怪物の一体はただひたすらに己の肉に侵入した異物を排除する、ただそれだけに意識を集中させている。


 基本的かつ根本的な防衛本能は、単純明快ながらも絶大な行動能力を有してる。

 力の強さは、流石に怪物然としているのだろう。

 キンシ一人の腕力では、たとえ魔法の力を借り入れたとしても対応できる範囲には限界があった。


 槍の柄を握りしめる、キンシのなけなしの腕力を否定するかのようにして、怪物のひれが更なる上下運動を起こそうとした。


 だが少女の腕力が限界をむかえようとした、それよりも先に怪物の体表に別の異物が出没していた。


「大丈夫ですか? しっかりしてください」


「大丈夫」の部分に形容しがたいイントネーションを含ませている。 

 若い男性の声がした、キンシが目線を上にあげると、そこにはハリが立っていた。


「こんな所で、こんな相手にへばっていたら、この先が大変ですよ?」


 まるでハイキングの途中でへばった新人に激励を送るようにして、ハリと言う名前の若い魔法使いはキンシに笑顔を向けている。 


「ほらほら、早いところ心臓を破らないと、相手を無駄に苦しめてはなりませんよ」


 そんな風にして、ハリはもっともらしい意見をキンシに送っている。


 ハリは怪物の上に長靴(ブーツ)の底を密着させながら、なんてこともなさそうに、平然とした様子で怪物の体表に立っている。


 グラグラと怪物の体が動くと同時に、ハリの足場も絶え間なく狂暴な不安定さを発揮している。


 ただでさえキンシが這いつくばるような格好で、そうすることでようやく怪物の体にすがり付くことができいる。

 それ程には安心がいちじるしく欠落している。

 そのような環境下においても、ハリはまるで昼下がりのうららかな公園を歩いているかのような、そんな平常さを保っている。


 ジタバタと暴れ狂っている怪物の上を、ハリはまるでスキップでもするかのような軽々しさで、平伏しきっているキンシの元に近付いている。


 とても気楽そうにしている、とてもじゃないがたった今怪物との戦闘を繰り広げているようには見えない。

 そんな魔法使いを見て、キンシが搾りだすようにしてようやく声を発している。


「ハリさんこそ……どうして、そんなに楽しそうに……?」


 言葉をすべて言い終えるよりも先に、キンシの握力はついに限界をむかえようとしていた。


 中途半端に途切れた少女の言葉に、ハリは縦長の動向を少しだけまるく広げている。


「そんな、楽しいだなんて……」


 彼の言葉もまた、確かな形を得ることも無いままに空中に溶かされている。

 言いかけたものを、きちんと言いなおそうとして、しかしハリは軽くかぶりだけを振る。


「いえ、こんなことはどうでもいいんですよ」


 ハリは短縮した後悔を舌の上に転がすと、その眼鏡の奥にある翡翠のような色をした虹彩をつい、と上に向けている。


「カワイ子ちゃんをいじめると、あとが怖いから」


 そうしてハリはニッと唇を横に開いている。


 あまり大きさの無い唇の赤さが、彼の血色の悪い肌へ妙に印象深く映えている。

 柔らかい肉の隙間から白い歯がのぞいている。


 かすかに鋭さのある、その白い硬さの上へ、唐突に陰りが走った。


 影は人間の形をしていた、大きさ的には青年約一名分はあった。


 魔法使いたちが上を見上げる。


「あ……」


 キンシがあまり驚いた様子もなさそうに、赤い唇から吐息のような声だした。

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