リミックスを爆音で流す
怪物は空中庭園を食べていた。
食べながら、その咥内からは止めどなく声のようなものが発せられている。
「(^○tttt^) aaa (^ttttt○^)eeeeeee (ttttt^○ ^)」
それが感情表現によるものなのか、人間にはとても判別したすることはできそうになかった。
声はどこまでも生理的なものでしかない。
それ事態に大きな目的を含ませることはなく、あくまでも口を開いている。
ただそれだけの事でしかない。
口を開いている、だから声が出ている。
それだけの事、そんな音色が空中を振動させる。
そして空のした、地面の上にいる魔法使いらがそれを耳に受け止めていた。
怪物を見上げている。
魔法使いの内のひとり、キンシという名前の少女がぽつりと呟く。
「上に群体が固まっていますね」
少女は早くも魔法使いとして、自らの職務を全うすることをこの場面の前提としているらしい。
「魔法を使って、とんで、それで倒す……。こんな感じでよろしいはずです」
キンシは上を見ながら、口のなかでもごもごと計画を、怪物を殺すための計画を考えている。
だが、考えているとちゅうで、
「ですが……、しかしながら、ですよ……」
何事かを思い悩むようにして、キンシがぶつぶつと言いよどんでいる。
視線の向きを少しだけ下げている。
そうすることで表情に陰りがさしている、そんな魔法少女に魔女が問いを投げかけていた。
「どうしたの? キンシちゃん」
怪物を目の前にして、どこか気がかりがあるような態度をみせている。
魔女は少女の様子に違和感を覚えながら、疑問のなかで首をかるく傾けている。
「ああ、メイさん」
ジッと紅色の瞳を向けている、そんな魔女の名前を呼びながら、キンシは彼女にうっすらとした困惑を簡単に伝えていた。
「まさかこんなところで、いきなり怪物の案件に出くわすとは願ってもみなかったので、色々と細々な不都合があるのですよ」
様々な不安要素を、キンシは早口言葉のように並べたてている。
「事務所に相談しない案件を独断で判断するのは、安心的に不安がいかんせん……」
そのようなことを言っている。
要約すると、個人で怪物を退治するのには、それだけでなかなかに利益に関する問題が生じる、とのこと。
「小むずかしいのね」
ささっと語り終えた少女の右隣で、メイがため息のように呟く。
「ええ、小難しいのです」
呟いている幼い体の魔女の、左側でキンシも呟いている。
しかしながら、キンシの方の声音にはあまり暗さや、然るべき憂いなどはすでに感じられそうになかった。
「ああ、でも、そういう難しいことは後で、余裕がある時にでも考えれば良いのです。それでよろしいのです」
少しだけなげやりに、言い訳をするように、キンシは言葉を言い終えるよりも先に左腕を横にかざしている。
「今はとりあえず、とにもかくにも、目の前の天敵を殺してさしあげましょう」
少女がそう主張し、そうしていながら気管支は呼吸を繰り返す。
そうすることによって少女の、肉体の左側に深々と刻みつけられた呪いが、鈍い光と共に発動をし始めている。
人間らしい皮膚を失った、水晶のように鈍く透き通る左腕と左手。
そこに空気の流れがかすかに生まれる。
いくらかの湿り気を帯びている、渦の後に少女の指には一本の武器が握りしめられていた。
キンシという名前を持つ、魔法使いの少女は発動させた武器を、槍のように長いそれを腕のなかでクルリと回転させる。
そして、キンシは自分の武器を携えて、早速魔法使いとして怪物のもとに向かおうとした。
と、そのところでキンシの少し後ろでかるい感嘆の声があがるのが聞こえてきた。
「へえ、それがナナキさんの魔法道具ですか」
キンシが、少女を含めた数人の人間が声のした方、ハリのいる場所へと視線を移動させる。
そこではハリが、自分のことをそう名乗る若い男性の魔法使いが、キンシと似たように左手を宙にかざしているのが見えた。
「やはりというべきなのか、ボクの使用するものとよく似ていますね」
そのようなことを言いつつ、次の瞬間にはハリの手のなかにも道具が発動させられている。
少しの空気の音の後、そこに現れたのは一振りの刀……、と思わしき武器であった。
目に見える刀身の長さはざっと七十センチ程だろうか。
ちょうど打刀と同じくらいの、刃は銀色の金属が主に使用されているように見える。
とりたてて特筆すべき特徴もない。
とてもシンプルな造りの刀、鍔が備え付けられていない分、その簡素さにより一層の深度をもたらしている。
「……?」
そんな感じの、刀をみてメイが小さく首をかしげている。
似ている、ハリは魔法少女に向けてそう主張していた。
確かに、この場面から想定してみて、使用のために用意される道具などかなり限定されてくる。
ここに、この場所に今必要とされているもの。
それは、怪物の肉体に傷をつけることが出来るもの。
空の上にいる。
「(゜qqqqqq)))< a<(゜)) )<<( aaaaaaaaa ゜)))<<(゜ aaaaaaaa )))<<」
まるで嵐の前の野鳥の群れのように、怪物たちは興奮しきった様子で空中庭園を食べている。
同族であるはずの空中庭園を食みながら、怪物の群れはその薄いひれのような飛行器官をヒラヒラとはためかせている。
そんな彼らを殺すために、魔法使いたちは本来の予定を一時停止させてまでこの場所にはせ参じたのである。
であれば、やはりハリが携えている刀も少女のそれと等しく、怪物を殺すための道具であることには変わりなかった。
その事実はわざわざ言葉で確認するまでもなく、ほぼ無意識に近しいところで彼らに共通している事項である。
それを前提として、メイは男性魔法使いの持つ刀をもう一度見る。
目でみじかく観察をする、そうして改めてメイは刀と槍の類似性について疑問を抱いていた。
「似ているようには、みえないのだけれど……」
槍と刀はあくまでも、どこまでもそれぞれに、それぞれの形状を現実の上に保っているだけ、ただそれだけのことに過ぎない。
目的以外の類似性は、少なくとも外見の上では確認できそうになかった。
どのみち、その辺の事情に関しては、魔法使いたちは今のところ特に追及するつもりもなかったらしい。
「さて、仕事でもしましょうか」
槍を携えてさらに前に進む、キンシは足で地面を踏みしめている。
靴底、ブーツの分厚い底面が硬く舗装された地面の上を滑る。
ジャリ、とそれぞれが摩擦する音が低く響く。
キンシは武器を握りしめて、もう一歩足を前に。
また摩擦音がするものかと、少女の動きを近くで見ていたメイはそう思い込んでいた。
思おうとしていた、の方が正しいか。
いずれにせよ、魔女の期待した想像は現実に現れなかった。
地面を踏むはずだった、魔法少女の左足は地面に触れることをしなかった。
その代わりと言わんばかりに、ブーツの底は地面とは別の「何か」に触れていた。
何度も見直す必要など無いほどに、その「何か」はただの空気にしか見えなかった。
実体を一切感じさせない透明さ。
たとえ今、この瞬間に魔法少女の靴底に指を挟みこんだとしても、「何か」に触れることは期待できそうにない。
そこには何も見えなかった。
しかし、何もないということもまた、そこに展開されつつある現実に忠実な表現であるとは言えそうになかった。
少女は、キンシは確かにブーツの底で、空気中に含まれる何かしらに触れていた。
キンシは感触を足の裏に、脚部に実感していた。
そこに実感を覚える、そして信頼をこめると同時、同等の意味合いを持たせるために体重を前へと落とし込む。
前に進むために体重を下に落とす。
本来ならば地面に触れるはずだった、キンシの足は引き続き宙に触れたままとなっていた。
片足から重力が失われた、キンシはそれに一つの確信を得ていた。
「よっ……と」
少しだけ重い荷物を持ち上げるように、キンシは息を吐きだす。
瞬間、少女の肉体の周辺で空気が変化する。
それは固定されたものではなく、動体で、流れるそこには温度はあまりなかった。
血液よりも冷えている、それはまるで滴り落ちる水のような冷たさを有している。
冷たい感覚を身にまといながら、そうして体を動かしている。
少女の体はすでに地面からいくらか乖離を起こしていた。
ふわふわと不安定に宙へ浮いている。
浮遊力を得た、しかしその身には動力と思わしき仕組みは視認できそうにない。
飽くまでも、浮遊力は少女の体から生み出されているようであった。
冷たい空気、生み出された流れが周辺の温度をわずかに奪う。
ひんやりとした感覚に包まれながら、魔法使いの少女、キンシが足を軽くばたつかせている。
「うわ、うわわ……っ」
キンシはバランスを取るようにしている、その顔はかたく緊張をしているようであった。
慌てたように鼻息を吹きながら、平衡を保とうとする体は思うように安定をせずに、時計の振り子のように左右へ揺れ動いている。
「キンシちゃん」
分かりやすく、あからさまに不安定な魔法少女の様子に、メイがそろりと声をかけている。
「大丈夫? ものすごくグラグラしてるわよ」
見たままの、そのままの意味でメイがキンシのことを心配している。
メイが不安用を口にしながら、キンシの方に徒歩ですぐさま歩いて近づいている。
そんな魔女の白く小さな姿を視界のすみに認めつつ、あまり余裕のない様子でぶつぶつと何事かを呟いていた。
「うう……、いきなりの出来事なので、本当になにも準備をしていないんですよ」
「準備?」
メイが不思議そうに首を傾げている。
その横で、キンシは無重力状態にどうにかして体を馴染ませようとしている。
と、そんな彼女らの後方あたりで、別の魔的動作が作動する音が聞こえてきた。
「何をのんびりしているのですか?」
風が薄く吹くような音色と共に伸びてきたのはハリの声音であった。
「急がないと、空中庭園がghibli吹きすさぶ荒野のようになってしまいますよ」
やがては訪れるであろう危機的状況を、ハリはどこか冗談めかすかのように話している。
ハリもまた、当然のことのようにして足の底と地面を離れさせていた。
しかしながら、ハリの様子にはあまり緊張というものが感じられそうになかった。
少なくとも、キンシのように無重力に違和感を抱いてはおらず、その状態はあくまでも自身の動作の内側でしかないようであった。
「まあいいや、準備が整いしだい共同の戦線を組みましょう」
ハリはさらりと協力の意を示している。
それだけを伝えておいて、彼はさらに足を大きく動かしている。
「上で落ち合いましょう!」
その動作は歩行のそれとは大きく異なっている。
身体を波打たせるように、全身の動作を丸ごと動力にしようとしている。
それはさながら水の中で推進力を生み出すための挙動に似ていた。
はるか昔に水中での生活を捨て去った、その肉体に無理やり水中での動作を再生させようとするかのような。
そんな動きをしながらハリは魔法を使う。
魔法を使って、空を飛んで、飛びながらハリは右に持っていた刀を右の手へ持ち替えている。
「先制攻撃、です」
行動を言葉にしながら、ハリは長靴の底で虚空を蹴り上げる。
靴底が触れている。
そこにはやはりと言うべきか、魔法に反応する「何か」が存在していた。
魔法か、あるいは魔術。
およそ魔的とされるであろう、柔らかいはずの要素に体が触れている。
触れた先、感触を肌に味わいながら、ハリは膝を大きく曲げる。
武器を、刀を右手で強く握りしめる。
そして、足で透明で柔らかい、おそらく水のようにひんやりとしているであろう。
「水のようなもの」を強く踏む。
そして上を、怪物を目指して足が「水」を激しく蹴り上げていた。




