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落ちているものを食べてはいけません

「古城のお仕事に関してのご説明を……、とその前に」


もののついでのように、ハリは目線をメイの方にチラリと向ける。


「まずは、少し怪物についてのお話でもしましょう」


どうやらハリは、メイがこの灰笛(はいふえ)という名前の地方都市で暮らし始めて日が浅いこと。

その事をはやくに予想しているらしい。


メイがなにかを言おうとして、しかし言い始めるよりも先に口をつぐんでいる。


そんな風にして、魔女が相手側から情報を受け取ろうとしている。


その挙動をキンシという少女は、視界の右側辺りにみとめている。


彼女らがひそやかに動きをみせている。


それを正面に確認した、ハリは間をおくこともなく怪物についての話をし始める。


「怪物、この世界においてそう呼ばれている生き物にはですね、それ独特の気配というものがあるのです」


いつもの正体を掴ませようとしない言葉遣いとは異なり、ハリは平坦なリズムのなかで怪物のことを話している。


「それがつまりは見気(みき)という……、いわば怪物の出現予測として計測することができるのですよ」


「そう、そういうものなの、かしら?」


ハリのシンプルな説明に、メイはあまり合点のいかぬ様子で首を軽くかしげている。


「そういうものなのですよ、おじょうさん」


魔女の、どう見ても幼女のそれとしか思えぬ挙動を目にしつつ、ハリはすみやかに続きを語っている。


「そして、その計測もまた我々の……、僕の働いている職場の業務内容に含まれているのですよ」


ハリが語っている職場というのは、つまり古城と呼ばれる建造物のことを指している。

それは魔術師という職業ないし、それらの関係性に属する人々の、いわば拠点のようなもの。


そして何より、魔法使いにとってはおおよそにおいて、限りなく同業者に近しいこと。

類似性は時として少々の混乱を、そして対抗意識を芽生えさせる要素足りえること。


それらの事実が既知の情報として、彼と彼女の意識に無音で通りすぎていった。


そのあとに、ほんの少しの沈黙のあとで一番に口を開いていたのはキンシであった。


「古城ご自慢の観測装置で予測した、怪物の発現情報、ですか」


相手の提案、そこに明記されている情報の内容。

キンシはそれらを自身の身体で発音しながら、そうすることで提案の価値を吟味するかのようにしている。


舌を動かし、あごの骨を上下させる。


段階を意識的に踏む。

そしてキンシは、現時点で自身が用意できる意見を声にだす。


「提案は、そうですね……とても魅力的としか言えませんね」


特に深読みをする必要もないほどには、キンシはハリからの条件を受け入れる姿勢をみせようとしていた。


「キンシちゃん……」


メイが意外さのなかで、パッとひらめくように目線を左に向けている。


彼女はてっきりキンシが、この魔法少女が迷いのようなものをみせるのかと、どこか期待めいた予想をたてていた。


というのも、メイにはこの場所に訪れる前の、相手を目にしていない時のキンシの様子を知っている。


なので、メイは少女の素直さを意外におもう。


そして、それとほぼ同時に、この魔女は魔法使いについてのことへ思考を至らせようとしている。


「なにも疑問を抱くことはございませんね」


魔女が考えごとをしている、その隣でキンシが机の向こう側の彼へ会話をしようとしていた。


「僕のような魔法使いには、怪物の肉を()られる可能性は、それが例えへそのゴマひとかけらだとしても、喉から腕を伸ばして獲得したいもの。でしょう」


キンシはまるで誰かに語りかけるように、自身の要素について話をしている。


少女か述べている、そこにはなんら比喩的な表現は含まれてはいない。

言葉の通り、魔法使いは怪物の肉を求めている。


「呪いの一種、副作用……とでも言うべきなのでしょうね」


少女と似たような言葉遣い、同じようなリズムで、ハリも魔法使いについて、つまりは自分の事についてを話している。


「ボクたち……、我々魔法使いの(やから)は、常人とは比するまでもなく上質な魔力の実行を可能とする」


ハリは会話文の流れから、ひとりでに論文のような語り口へと移行している。


「それは一重に、その肉体に刻み付けた協力な魔力変化を原因とする」


そんな感じの事を言いながら、ハリは自身の左腕のあたりに指を這わせている。


「感情における劇的な変化。とりわけ人間の意識、心と呼ばれる機能と隣接した、肉体の変化とされている」


そこまで語った、その時点でハリはシャツの袖を大きくまくり、自らの左腕を空気中にさらしている。


隠していたものを失った、男性の肌に他人の目線があてがわれる。


彼の、ハリの左腕。そこには大きく広く、そしてとても深そうな呪いが刻み付けられていた。


それはおよそ人間の皮膚としての熱を有しておらず、輝きと透明度はさながら水晶のよう。


と、そこまで考えて、彼の腕を見たメイはすぐに「それ」と類似するものを頭のなかに検索している。


そうして、そんな魔女が紅色の瞳をみたび左へと向ける。


視線を向けられている魔法使いら。

そのうちの一人である、キンシが両の指を机の上に、体の前に置くようにして移動させている。


動く少女の体。

その左側の腕には男性と、ハリという名前の魔法使いと同じような透明さが含まれている。


「そういえば」


キンシが少しの姿勢を変えているのを見て、ハリもまた座る腰の位置を軽く調整している。


「ナナキさんと、ボクの呪いは形が少し似ていますね」


もぞもぞとしながら、ハリはなんて事もなさそうに、自身と少女との類似性を並べている。


気軽な様子で指摘をされた、キンシはその声に反応するように聴覚器官をピクリ、と動かしている。


「似ている部分は、なにもそれだけではないと思われます」


キンシはそう言いながら、動いた耳へと指を伸ばしている。


「ほら、ここもよく似ているでしょう?」


キンシがそう主張している。

その手のなかで少女の聴覚器官、子猫が持つそれのように柔らかな三角形をしているものがピクピクとしている。


少女の主張をきいた、ハリの耳もまた彼女と同じような動作をしている。


ハリの聴覚器官もまた、当然のことのように黒い三角形を有している。


せいぜい少女との相違を認めようとするならば、彼のそれは子猫ほどの弱々しさはなく、どちらかと言えば成猫の力強さを持っていた。


「そういえば、ボクと君は似たような形が多いですね」


ハリは普段の口調、会話文らしい話し方に戻されている。


「なんだったかなあ? 自分の種類なんて、そんな真剣に考えたこともないですよ」


そうして、予想していなかった範囲からの指摘に、ハリが若干の困惑をみせている。


と、そこへ別の音声が彼らのもとに届けられていた。


「種族名を検索、希望を入力してください」


途端に机の上にいる人々が声のする方へ、トゥーイという名前の青年へと注目している。


合計三人分の瞳に注目されながら、


「…………」


しかしてトゥーイは表情を動かすこともなく、その口元にはまるで何事もなかったかのように沈黙だけが残されている。


聴衆がそれぞれに異なれども、共通して困惑を心に浮かべている。


そのなかでも、ハリはマイペースを演出した口ぶりで沈黙を切り離している。


「相変わらず、ですね」


ハリはトゥーイに話しかけている。


声音はのんびりとしている、それと同時に彼は青年に対して、個人的な感想を思い浮かべようとしている。


「そのへんてこりんな話し方、まだ解決にいたっていないのですね?」


ハリはそんな風にしてトゥーイに質問をしている。


「…………」


トゥーイの方は、一貫して言語によるコミュニケーションは期待できそうにない。


とは言うものの、その不動の具合から青年が少なくとも気分を害することもしていない、ということも読み取れる。


「あの……」


一度生まれた疑問点に我慢を与えることもなく、キンシはひとつ気になる点を口にしようとしている。


「気になっていたんですけど、お二人って……──」


机をはさんで、それぞれの側に座る男性二人に目線を向ける。


そしてキンシが文章を喉の奥から発しようとした。


だが、結果的に少女の問いは彼らにしっかりと届いたとは言えそうになかった。


なぜなら、彼女の密やかな音量を遥かに越える勢いで、いずこから電子的な警告音が鳴り響いてきたからである。



ピンポンパンピン♪


ピンポンパンピン♪


鉄琴にとてもよく似た音色が何回か連続する。


よもやこんな、まちのど真ん中の美術館で打楽器を演奏するような奇特な人は流石にいるまい。

と、すぐに判別したメイは、しかしながらその音が何事であるかまでは把握できないでいた。


「な、なに? ケータイの音?」


メイは慌てた様子で首の無期を左右に、音の発信源を見つけだそうとしている。


しかし、魔女のそのような検索は、残念ながら彼女の望むべき答えを得ることはなかった。


というのも音の発信源は、個人だけに限定されたものではなかったのである。


警告音はこの空間、資料閲覧コーナーのあちらこちらから鳴り響いていた。


やがてメイが、いくらか冷静さをとりもどした。

その頃には彼女も音色が複数……、あるいはこの場所にあるほとんどの通信機から発せられていることに気づいている。


魔女が突然の出来事に驚いている。


感情の揺れ動き、それと同様に彼女のとなりに座るキンシも大きくアクションをしていた。


「警報……!」


あからさまに非常事態であるにも関わらず、キンシはいまだに室内における静寂の規則を尊守しようとしていた。


しゅうしゅう、と唇から空気漏れのような声を発しつつ、はじけるように机から体を離している。


「怪物が……この近くに発現しました……!」


声音は密かに。

しかしながらキンシの、魔法使いである少女のその新緑のような瞳は、現れた自称に対する興奮にらんらんとしている。


目的地も知らないままに、魔法少女は怪物がいるところへと、ただひたすらに走り出さんばかりとなっている。


そんな少女の後を追いかけるようにして、男性の声音が彼女の後頭部に柔らかくぶつかる。


「仕事ですか」


キンシが振り向くと、そこにはちょうど立ち上がろうとしているハリの姿が見えた。


「ちょうどいい、丁度が良い、ですね」


ハリはそんなことを言いながら、自分以外の魔法使いに提案をひとつしている。


「戦闘を、しにいきましょうか」

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