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鞘の内見を研ごう

 誰かと同じく建物の内側、場所は美術館の資料閲覧コーナー。


どこかしらの少年と同じように、キンシと言う名前の魔法少女も他人に対する困惑に心の内側を圧迫されつつあった。


 キンシがその新緑の色をした瞳で注目をしている。

 直線状の向こう側では、ハリと言う名前の若い男性が机の上に一冊の本、画集をそっと設置していた。


「どうですか、みなさん」


 ハリはまるい机の向かい側に座る閲覧者たちに向けて、自らの手元にある画集の一冊についての解説を、丁寧な口調で開始しようとしている。


「美しいでしょう? この作者は主に風景画を中心とした創作活動をおこなった人として有名でしてね」


そのようなことを言いながら、ハリは聴衆に手元への注目を勧めてきている。


「はあ、」


キンシはあいまいな返事だけをしながら、とりあえずは男性に勧められるままに彼の手元へ、画集へと視線を落としている。


ハリの白アスパラガスのような指が示している。

開かれたページにはカラーで印刷された、絵画の縮小版が四角く掲載されている。


そこに注目をしてみる。

確かに、ハリが述べているとおり、その絵は風景画の一枚のように見える。


どこかのまち、見たことのない建物の数々、キンシの知らない場所を描写している。


絵はまるで写真のような、光景を見た眼球の記憶をそのまま切って糊で張り付けたかのような、そんな精密さがある。


まるで本物のような偽物、限りなく本物のに近い偽物。


しかしキンシは、その絵に実物としての生々しさ、生臭さを見いだせないでいる。


何故なのだろうか。

キンシは時間に急かされるようにして、自分の感想についての理由を探ろうとする。


ジッと目線を固定して、しばらく観察を行ってみる。


見続けて、そうしているとキンシは次第に絵と自分の距離が、しかるべき遠さが段々と失われていくような、そんな錯覚を覚えそうになる。


もしかすると、実際にキンシはじりじりと顔を絵に、画集のページに接近させていたのかもしれない。


しかしながら、少女は決定的な距離感を得るよりも先に、その目線を元の位置へ。

つまりは机の向こう側、ハリの顔がある方へと戻してしまっていた。


「よく分かりませんね、僕には」


キンシはできるだけ短い言葉で、絵に対する不理解をハリに伝えようとした。


「残念ですけど、僕は絵のことはさっぱりさっぱり、なんです」


キンシは、あたかも残念そうな心持ちを演出しようとしている。

しかしその面持ちには、まるで執着心というものは感じられそうになかった。


一種の晴れやかささえ感じさせる。

そんな少女の感想を受け止めて、ハリがほんの少しだけ首を右側にコクリと傾けている。


「なるほどね、それはそれで、仕方のないことだね」


少女と同じように、彼は彼の方で自身に納得を貼り付けようとさているらしい。


しかしながらこの場合における諦めの悪さも、どうやらハリが一段上を飛んでいたらしい。


「じゃあ、もっと写実的表現が分かりやすい作品をだね……!」


引き続き作品紹介をしようとしている。


だがハリが次の言葉を、その指が別のページを開く、それよりも先にキンシが唇を素早く動かしていた。


「絵のことなんてどうでもいいんですよ、ハリさん」


相手のタイミングなど知ったことではないと、キンシは意図的な強引さのなかで話の流れを無理やり変えようとする。


「僕がききたいのはそんな話ではなくて……」


キンシはきもち一歩ほど前に、机の方へ、ハリがいる方へと身体を寄せている。


「どうして」


空気を吸い込んで、キンシはハリに質問をする。


「どうして、あんなに話しかけても返事をしてくれなかったんですか」


「いいえ、いいえ……、そこじゃないでしょう?」


しかして、少女の疑問は魔女の一声によってすぐさま否定されていた。


「魔法使いとしての、お仕事の内容について、きょうはそれをこの人にききに来たんでしょう?」


そんなふうに、メイという名前の魔女は隣に座る魔法少女に言い聞かせている。


その目線、口紅のような色をした瞳は主に少女に固定されている。

しかしそれと同時に彼女の意識は、絶え間なく机の向こう側、ハリがいる方角へと向けられていた。


どうにも要領の得ない、信頼のおけないキンシの代わりに、メイが本来の議題を唇に発している。


「んんと……、きょうは私たちに話したいことがあるから、わざわざ、こんなとこまで呼びよせたのよね?」


メイは「わざわざ」の部分をことさら意識的に発音しながら、自陣における認識の整合性を相手側に確認しようとする。


「そうですね」


メイに質問をされた、ハリは彼女の問いに対してまずは短く、適切な同意を簡単に示している。


「カハヅさん? でしたっけ。あなたのおっしゃる通りです」


ハリはメイのファミリーネームを口にしながら、今日の、この場面に対する意味合いを再確認している。


「本日は、ぜひともあなた方にお教えしたい、耳よりの情報をご用意したのですよ」


本来の目的であるはずの用事。

それをハリは、あたかもたった今思い出したかのように目を丸くしている。


眼鏡の奥、楕円形の薄いレンズの向こうでハリの瞳孔が、黒く丸く広がりをみせている。


男性の微かな動きを観察しながら、キンシの方でも今度はちゃんと、理屈にそった質問を舌の上に用意している。


「して、その情報とは、いかがなものなのでしょう?」


いかにも堅苦しい口調を作りながら、キンシはハリに問いかける。


まるい机を挟んだ向こう側に座っている。

ハリはキンシの身に付けている眼鏡、丸みをおびた薄いレンズの奥にある瞳を見ていた。


 少女の緑色をした瞳を見つめつつ、ハリは平坦とした声音の中で情報についての事柄を声に発している。


「情報と言うのは、他でもない彼ら……つまり怪物に関係するお話なのですよ」


「ほうほう?」


 ハリがいかにも意味深に提案してきたこと。

 情報の種類、それに関しては実のところキンシ等、つまり招かれた魔法使いと魔女たちにもおおよそ想像がつくことではあった。


 と言うのも、本日ここに呼びだしたハリもまた魔法使いと言う職業に分類されている。

 正確にはキンシとはまた別の種類、所属を異ならせているという違いはある。

 それでもおおよそにおいて少女と男性は、この世界において同様の役割を伴わせて生きている。


 魔法使いが、別の魔法使いに与えられる情報など、大してバリエーションがあるとも考えられそうにない。

 数少ない枠組みの中でも、怪物の話題が主体を占める可能性は十分にあり得ることであった。


 おおよそ予想通りの展開であることに少々の残念さを覚えながら。

 しかしそれ以上に、キンシは話題が怪物についてに動き出そうとしている、その展開に子供のような好奇心を発動させようとしていた。


「怪物について、なにか耳よりの事があるんですね?」


 まるで日曜あさ七時枠にテレビ前で待機をするかのようにして、キンシはハリに向けて動向を広く黒く広げている。


 少女のきらめく表情を正面に認めつつ、ハリはあえて声色の平坦さを変えることなく情報を相手に伝えようとしていた。


「つまりですね、怪物の見気(みき)に関する情報を提供しようという所存なんですよ」


 ハリはそれだけを伝えた後に、会話を一区切りしつつ手元の画集を、開いたままになっていたそれを静かに閉じている。


 パタリ、と紙と紙がぶつかり合う音色が机の上に密かに響き渡る。


 魔法使いらが、「ああ、なるほどその事ね」と納得の色を見せている。


「え?」


 だが一人だけ、メイだけは内容に関して理解を追いつかせられないまま、意味不明の茂みへとおちいらんとしていた。


「ごめんなさい、いまなんて……?」


 耳に慣れない単語が登場していた。

 メイがその事について質問を、しようとした所で果たして会話の流れを断ち切ってもよいものか逡巡している。


 そんな彼女の動揺に、意外にもハリが一番先に気付いていた。


「おや、約一名ほど合点がいっていない方がいらっしゃるようですね?」


 ハリの、翡翠のような色ををした虹彩がジッと見ている。


 メイがそれに思わず恐縮するように、体を緊張させようとしている。

 その辺りで、キンシ等の方でもようやく魔女の不理解を認めていた。


「ああ、これは失態でした、僕から教えるべきでしたね」


 キンシはまず言葉で簡単な謝罪をした後に、すぐさま言葉の意味を補足説明している。


見気(みき)っていうのはですね、ざっくばらんに言えば怪物の気配を意味する単語なんです」


「ふうん……?」


 この世界における怪物に関しての専門用語は数多くある。

 メイは少女の解説を耳に受け止めながら、今夜の自習内容の項目にまた一つ単語を書き加えている。


 そうしていながら、意味を把握した端からメイの意識は素早く話の流れを理解しようとしていた。


「怪物のけはい……、それを今ここで私たちに教えてくれるのかしら?」


 魔女が首を少しかしげながら、相手側の目的を大まかにまとめている。


 彼女の概要に対し、ハリはある程度の同意を素直に送っていた。


「そうですね、ざっとまとめればそう言うことになりますね」


 そう言いながら、ハリは少しの間だけ彼女らの方に目線を固定している。


「でも……」


 そうしていながらすぐに目線を逸らしているハリに、メイは今度は特にためらうことなく別の疑問点を投げかけている。


「怪物さんの気配なんてものを情報としておしえるだなんて、そんなことができるのかしら?」


 問いかけるようにして、メイは相手側の事実を確かめようとしている。


「それってつまり、怪物さんのうごきを天気予報みたいに、あらかじめ予想しなくちゃできないことでしょう?」


 メイが傾けていた首を元に、真っ直ぐの位置に戻していながら、机の向こうの若い男性に質問をし続けている。


 問いは確かに疑問符としての模様を有していながら、同時にこの魔女は抱いた予想に期待のようなものを抱いている。


 そして彼女の期待は、一応は近しい形として叶えられることになった。


「その通り、ザッツライトです」


 メイの言葉を耳に、ハリはキンシと同じような形状の聴覚器官を少しだけ動かして、自陣の情報をもう少しだけ明かそうとした。

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