魔法パーティーしかご用意できません
トゥーイがキンシになにを提案したのか、正しいところはメイにはあずかり知らぬことであった。
気が付いたころには、キンシの手には謎のドリンクが握りしめられていた。
「いわゆる忖度、つまりは譲歩ですね」
キンシは何やら小難しげな言い回しを使いつつ、少しだけ不満げな表情を頬に湛えながら、それでも唇は素直にドリンク(飲料)に差し込まれた太めのストローを咥えている。
ちゅうちゅうと謎の飲料、濃密な色合いをした液体が小さな容器に満たされている。
容器の底には、両生類の卵に似た細かな謎の球体がいくつも沈んでいる。
キンシは太めのストローでそれらを吸い込み、モチリモチリと奥歯で黒く柔らかいそれらを噛みしめるように味わっていた。
「ああ、やはり糖分と水分を補給すると、トゥーイさんの怪文法もスムーズに解読することが可能となりますね」
栄養分と水分を同時に補給できたことに単純な喜びを主張している。
そんな少女の隣で、トゥーイが無表情で何ごとかを伝えるために発音をしていた。
「あなたはあなたを支配することに誤解をしている、それを発現することは推奨されない」
やはり唇はジッと固く閉じられたまま、トゥーイはその異様に白い頬を動かすこともなく、ただ機械から機械的な音声だけを発している。
「前方に望む顧客対象にある程度の柔軟性が期待できる。としても、そのように混雑を来している、並ぶことを機会に店舗がキノコへと彼に成長する」
彼の首元に巻きつけられた発声補助装置は、金属質な輝きを反射しながら電子的な音声によって空気を振動させている。
その言葉は、おそらく元々はきちんとした意味や理由を有していたのだろう。
しかし言葉として、人間が実行するコミュニケーション能力としての役割を発揮できているとは、とてもじゃないが言えそうになかった。
「ええと……?」
やはりと言うべきか、メイが青年の怪文法に戸惑っていると、キンシがストローから唇を離して保釈をいれてきた。
「大型ファストフードチェーン店は非常に、馬鹿馬鹿しいくらいに混んでいるので、ですので代わりに最近はもう流行が斜陽に傾きつつあるこの甘い飲料で今は我慢してほしい。とのことです」
一応彼の、つまりはトゥーイの名誉のために解説をすると、この言語能力の不具合は彼の使用している音声補助装置の不具合が主な原因となっている。
首元に巻きつけている金属の輪のような機械、とある事情によって発声機能ないし言語能力を喪失したトゥーイは、その道具を使うことによって音声の代替え品を使用していた。
のだが、しかし。
「……ねえ、トゥ」
少しのあいだトゥーイの首元を見上げた後に、メイは意を決するようにして彼に質問をしていた。
「その機械? もうすこしきちんと動くように、たとえば……修理したりだとかは、できないのかしら?」
メイは首を傾げることをせずに、これはあくまでも指摘でしかないことを務めて意識ながら、言葉をを舌の上に乗せていた。
これは問いと言うよりかは、むしろ要求に近しい意味を持っていた。
例えばトゥーイが、
「…………。否定的意見を用意する、提案に拒否反応を示すことが最善と虚構する」
このように言葉を発した。
そのすぐ後に、
「トゥーイさん、メイさんにそのようなわがままを言ってもしょうがないでしょう」
キンシが気楽そうに身内の謎の、怪文法をすらすらと翻訳してくれている。
この場合は良いのである、YESでしかないのである。
そうだとして、メイが心配をしているのは違う場合、異なる可能性についての話であった。
「そうやって、キンシちゃんがちかくで翻訳をしてくれたら、私にだってあるていど理解することはできるけど……」
「ああ……、なるほど」
そこまで進んだところでキンシはメイが言わんとしていることを、それとなく理解していたらしい。
少女が抱いた想像は、青年の方でもおおよそ同様とされる思考を共有していた。
二人が理解をしているのを目で確認しながら、メイは引き続き主張をする。
「もしも、なにかお仕事のとちゅうで、私たちとキンシちゃんがはぐれてしまった時に、わるいけど私は……トゥの言葉を理解できるじしんがあんまりないのよ」
メイはぽつぽつと呟くようにしている。
そうしていながら、前々から溜めこんでいたであろう意見、不満に類するものを静かに吐きだしつつ、その足はゆったりとあてどなく前へと進ませている。
フラフラとさ迷うようにしている、メイの白いうしろ姿を追いかけるようにキンシも足を動かしていた。
「なるほど、その観点は思えばあまり考えたことがございませんでしたね」
キンシはさながら意表を突かれたように、納得のうなずきの音をふむふむと若干大げさ気味に復唱している。
後ろで少女がいかにもな様子で感情を動かしている。
その気配を背後に感じながら、メイはむしろその反応に信じ難いものを覚えそうになっていた。
「考えたことがなかったって……。今までにはなればなれになったこととか、一度もなかったの?」
メイはほんの一瞬だけこの若い魔法使いらが、自身をふざけておちょくっているものだと、そう思い込んでいた。
思い込もうとしていた、の方がより真実に近しいものであったのだろうか。
いずれにせよ、彼女はさして時間を有することも無く、彼らがただ真実を供述しているに過ぎないことに気付かされていた。
メイが信じがたい事実に直面している。
幼い魔女が未経験の感覚に動揺している、そのすぐ背後でキンシとトゥーイはあくまでも平常心のままで、ありのままの事実を再確認していた。
「思えば、トゥーイさんとは一緒に魔法使いとしての仕事をするようになってから、ほとんどずっと協力関係を続けてきましたね」
しみじみと思い出すようにしてキンシが過去の出来事をを少しだけ、浅い範囲だけに限定して思い返している。
メイは前を向いていたため、後方にいる魔法使いらの詳細な視覚的情報は得られなかった。
ゆえに魔法使いの少女の隣に立っているであろう、同じく魔法使いである青年の表情をメイは確認出来なかった。
しかし目で確認するまでもなく彼女は、魔女である彼女は青年の感情を沈黙の中においてもある程度までは把握できてしまえていた。
「本当に、あなたはその女の子が、よっぽど大事なのね……」
メイはひとり、誰かに向けることも無く虚空へ個人的な見解を発している。
当然のことながら声の音量はごくごく小さなものであって、少なくともキンシの方には彼女の意見は大した意味は得られなかった。
「しかしながら、今はもっと懸念すべき事柄がありますよ」
キンシは意識を浸そうとしていた過去の回想から手早く別れを告げつつ、もっと別の優先するべき事項について考えを働かせようとしている。
「ええそうです、メイさんのおっしゃる通りです。ねえ、トゥーイさん」
もうすでに、早くも飲料をのみ終えようとしているキンシは、ストローで底をすくい取るようにしながら目線を右の方へ。
トゥーイがいる、彼が立って歩いている方を見やり、キンシは直面する問題を手早く彼に向けて説明していた。
「いいかげんその発声装置も、以前のようにちゃんとした機能が使えるように、修繕を依頼しないといけませんね?」
キンシはトゥーイに提案をしながら、ストローで最後の両生類の卵、もとい卵によく似た食品をすくい、唇で一気に吸い上げている。
スポン、と黒い物体が少女の口内へと吸い込まれる。
その音を左側の聴覚器官に認めながら、トゥーイは何かを発生することをしなかった。
そこにあるのは沈黙で、どうやらその静けさもまた青年にとっては自らの感情を表現するための、彼に残された数少ない方法の一つであるらしかった。
少しの間だけ音の無いスペースが彼らの間に広がる。
その後でメイが一番最初にまず溜め息を、不理解と不可解、そして呆れにも似た色あいの呼吸を吐きだそうとした。
そんな魔女の後ろ姿を前方に認めつつ、キンシはやはり彼の感情をある一定の領域まで表現しなおそうとしていた。
「彼の……、トゥーイさんのつかっている装置は、とある人物から譲り受けたものらしいので、ですので正確な使い方だとか修理の仕方だとかは、僕らにはよく分からないのですよ」
そんな言い訳めいた事を話しながら、魔法使いらはいつの間にやら穴の、大きな空中庭園を見上げられる場所から少し離れた所へと足を移動させていた。
メイが、気分を変えるようにして周辺へと視線をかるく巡らせている。
「いろいろとおしゃべりをしていたけれど……、大丈夫なのかしら?」
彼女は、魔女である彼女はその椿のような紅色をした瞳を景色へ、そして後方に着いてきていたキンシの方へと向けている。
彼女に見つめられ、そして確認をされたキンシはすぐさま軽やかなる返答を彼女に伝えていた。
「大丈夫ですよ、道なりに進んで段々と人気の無いところに進めば、そこが目的の場所である」
キンシは説明口調らしき棒読みの後に、
「と、そのようにお客さんも、ハリさんもおっしゃっていましたから」
と、説の根拠をオマケのように付け加えていた。
「そうかしらね」
メイはほんの一瞬だけ少女の軽快な口調に簡単な納得をしようとした。
だが、
「……そうなのかしら?」
その表情はすぐに不安にかげっている。
何ごとについてもまずは不安の要素を抱くのがメイの、魔女である彼女を構成する要素の一つであるらしい。
彼女のそんな感情の要素を知ってか知らずか、仮に知っていたとしてもキンシにとっては、自らをそう名乗る魔法使いにとって、果たしてその要素がどれほど意味を為していただろうか。
「さて、いよいよ猶予は失われてしまいましたよ」
キンシはさして暗さを感じさせることのない音量で、起きているだけの事実を宣言のように言葉にしている。
いざ進まん、とその前に魔法少女の足がまた動きを止めていた。
「?」
同じように首を傾げて疑問を抱く二つの目線のうち、実際に声で問いを投げたのはやはりメイの方であった。
「どうしたの」
彼女らに見つめられながら、キンシは左足を中途半端に前へ突き動かしたままの格好で、少しだけ振り返っていた。
「飲み物の、空の容器はどこに捨てるべきなのでしょうか」
そんなことを言っている。
少女の手には空になった飲料がある。透明な残骸の底にはもうなにも、カエルの卵の一粒ですら残されていなかった。




