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調べないでおきたかったことの数々

 トゥーイが魔法を使っていると、そこへ裸足の柔らかな足音が聞こえてきた。

 青年は目線を変えずに頭部の聴覚器官、柴犬の様に整った三角形の、その部分だけで方角を捉えている。


 そして青年の近くにたたずんでいたメイは、彼より少し遅れたアクションで足音の方へ目線を向けていた。


「相変わらずトゥーイさんの魔法は、デザインが率直すぎますよ」


 少女の声が排水溝の中に響き渡る。

 メイが目線を左側に映すと、そこにはいつの間にやら浴室から出てきていたキンシの姿がある。


 体表に着いた体液を洗い流すと言うだけなのだから、大した時間がかかるはずもなかったという事はそれなりに予想できる。


 とは言うものの、しかしながらそれ以上に気にすべき事柄が目の前に展開されている。


「きゃあ! キンシちゃん」 少女の姿を見たメイが驚きに悲鳴を一つ上げる。


「なんて格好であるいてるの!」


 トゥーイの魔法から目を逸らしたくなる程度には、メイはキンシの姿格好に注目をせずにはいられないでいる。

 なんと言ってもキンシは動体にバスタオル一枚を巻きつけただけの、解放感と言う言葉を使用することすら躊躇われるほどに開放感のある格好をしているのであった。


「いえ、その、体を拭こうとしたらいきなり爆発音のようなものが聞こえてきましたから」


 キンシはバスタオルがずり落ちないよう手で胸元を抑えながら、とりあえず自分のなりに関しての言い訳を供述しようとしている。


「どこかで誰かがポン菓子でも焼いているのかなと、たまらずお風呂場から飛び出してきたのですよ」


 なるほど、理由としてはそれなりにもっともらしい。

 メイがとりあえず出で立ちに関しての経緯を理解した所で、キンシの目線はそんな魔女の姿を通過してトゥーイの方を、彼が使用している魔法の方へと注目をしようとしている。


「ですが、ここには圧力釜は存在していないようです」


 キンシはほぼ裸のような格好でトゥーイの方へと近付く。

 少女の湿った裸足が地面と触れ合い、ヒタリヒタリとひそやかな音を連続させている。


 トゥーイの背後へと寄り、身を屈めて彼の手の中にあるものを、クラゲの様に柔らかい触手を広げる魔法を見つめている。


「トゥーイさんの魔法だったんですね」


 右の手でバスタオルを押さえつけながら、キンシは膝を折り曲げてトゥーイの魔法に顔を寄せる。


「あんなに大きな音を出したということは……、また過程を無視した作り方をしたようですね?」


 キンシはトゥーイと並ぶ、互いに寄り添うようにしながらキンシはさらに青年の魔法へと顔を寄せている。


「そういうやり方は危ないからやめてくださいって、何度言ったら分かるのですか?」


 ほとんど四つん這いに近しい格好になりながら、キンシはトゥーイに叱責の言葉を伝えている。


 どうやら青年の魔法、その使い方はあまりよろしくないものであったらしい。

 キンシの言葉からメイは、自身が青年の魔法に対して抱いた魔法に関するイメージ、不気味と思った感覚の根拠へ項目を書き足している。


 キンシはさらにトゥーイを叱咤しようとしている。

 だがその行動とは裏腹に、少女の表情はいたって落ちついたものでしかない。


「いつかキツつめの跳ね返りがきても、もう僕は相手をしてあげませんからね?」


 少しだけ昔を思い出すように目線を遠くにした後に、キンシはその緑色の瞳で再度魔法へと注目している。


「まあ、トゥーイさんが好きなようにするのならば、僕はそれだけで充分ですけれどね」


 口でこそ彼の身を気遣い、労わるような言葉を遣っていながら、結局のところキンシの好奇心は魔法かそれに類する現象にだけ集約されているらしかった。 


「とはいえ、即興でここまでの物を作り上げられるのは素直に感心してしまいそうです」


 とても開放感のある格好のままですらすらと語り続けているキンシに、トゥーイがようやく返事と思わしきものを用意し始めている。


「それは間違いないことです、私は賞賛を限定的に受け取りたいと望む」


 その頃合いになってトゥーイはようやく意識を軽く開放させて、他人との会話に参加できるほどの余裕を取り戻せていた。


 彼はキンシの声がする方を、少女の姿を見やり、そして急いで目線を自らの手先へと戻す。


 トゥーイの動作など露知らずと、キンシはさらに彼の魔法へと顔を近付けている。


 格好はもはや完全にうつぶせに近しいものへと変わっている。

 表情から読み取れる興奮具合からは、自身がいま身につけているバスタオルの不安定さすらも、まるごと忘却していそうな危険性が感じられた。


 様子を少し離れた所で見ている、メイがそろそろたまらずにキンシへ再びの注意喚起をしていた。


「ねえ、キンシちゃん……?」 まずは何を指摘するべきかメイには少し考える必要があった。


「えっと、そんなに顔を近づけたらあぶないわよ」


 メイがそう指摘しているとおりに、キンシはすでに実行されている魔法に口づけでもするのではないかと、そう危惧したくなるほどには顔を接近させ過ぎていた。


 メイの椿のように紅色をした瞳に指摘をされた、そこでキンシはようやく自身の姿を客観視することをしていた。


「ああ、これはその……」


 途端にキンシの意識を羞恥心が覆い尽くす、しかしながら少女が抱くそれと魔女の感覚はかなりかけ離れたものでもあった。


「ほら、僕は目が悪いのでこうして、眼鏡をかけていないときはぐぐっと近付かないとちゃんと見えないのです」


 事情を簡単に説明しているが、しかしその弁明はメイが求めている意向とはまるで方向性が異なっているものであった。


「ううん、そうじゃない、そっちじゃなくて、そんな肌面積のおおいかっこうで……──」


 彼女らがそれぞれに認識を譲り合い、同一の形を静かさの中で求めようと試みている。


 そんな声音を頭上に認めていながら、トゥーイは指の中にある刺胞動物(しほうどうぶつ)のような魔法によって、怪物の死体を回収し続けていた。


 展開された色鮮やかな触手は次々と怪物の肉、もう動かなくなり冷たくなったそれへを撫でている。

 魔法の手が触れた所から、怪物の死肉が幽かなる光を放ち音も無いままに欠片となって分解させられていく。


 その様子は腐敗や腐食とは大きく異なっている、それこそまさに魔法によって生み出された触手が、動かなくなった肉を緩やかに舐めて、食べて消化しているも見えなくはない。


 果たしてこれは何をしているのか、何が起きているというのか。


 メイはキンシの腕を軽く引きながら、まずは少女をあられもない体勢からぬけ出させるよう誘導しつつ、しかしながらその唇は付近で起きている事象への疑問を発していた。


「ねえキンシちゃん」


「はい、何でしょうかメイさん」


 メイに導かれるような格好でキンシは体を起こしつつ、だいぶ下がりかけていたバスタオルをそっと整えている。


 急いでまともな衣服を着せなければ風邪をひいてしまう、メイはそんな危惧を抱きながらも興味の手を抑えきれないままでいた。


「トゥは、彼はいま怪物さん……だったものになにをしているのかしら?」


 そう言いながら、メイは白い指先でトゥーイの手元の方を指し示している。


 魔女から質問された、キンシはそれに対して何事もなさそう解答を用意していた。


「これはですね、怪物から「水」……すなわち魔力を抽出しているところなんですよ」


 キンシは一瞬だけ魔法使い特有の言葉遣いをしかけて、しかしすぐにこの世界における一般的な言い回しへに素早く変換をしている。


「魔力を抽出?」 少女の解説に対してメイが首をかしげる。


「それって、んんと……どういうことなの?」


 言葉や単語のそれぞれの意味から、メイはどうにかして自身の意識へ納得できそうなイメージを作りだそうとした。


 しかしそれは上手くできそうにも無かった。

 なんと言っても文章が対象とするもの、つまりは「魔力」というものがどのようなものであるのか、実のところメイには確固たる像を持っていなかった。


「抽出、って魔力をしぼって出して、あつめるってこと……なのよね」


「そうですね、そのとおり、ザッツライトです」


 言われた内容を反復しているにすぎないのだが、キンシはメイに対してまるで素晴らしい解答を導き出したかのような、オーバーなリアクションをとっている。


「さすが、ご理解が早いですね」


 過剰なる賞賛をぬかしながら、キンシは滑らかな口調で魔法についての説明を続行している。


「怪物の肉体は魔力がたくさん……、というよりは体そのものが魔力で作られているんですけど……」


 具体的な説明をするために、キンシは怪物の生態についての具体的な話を試そうとしていたが、しかし試みはすぐさま失敗へと移行していた。


「うーん、要するにですね、怪物の体をカラカラにかわくまで絞って結晶にするんですよ」


「うん、んん? うーん……」


 要約をしたところで、不理解具合がさらなる深みを増しただけにすぎなかった。


 メイが脳内に増幅する不理解に唸っている。


 想像と認識の違いに彼女らが悩んでいる、そこへトゥーイの魔法が終了への動作を開始させる気配を発していた。


 つい先程までそれなりに広く展開させられていたはずの触手が、気がつけばその範囲をかなり縮小させている。


 それぞれの先端が集約させられている、まるで植物の蕾の様になっているそれの下では、抽出させられていた怪物の死体が……──。


「あら?」


 メイが思わず呆けるような声を出している。

 驚く理由と原因であるはずの怪物の死体、それがどこにも存在していなかったのである。


 消えた、と短絡的に決めつければ確かに分かりやすい。

 それ以外に言い様がないのは明らかではあるが、しかし表現と現象があまりにも現実的とは言えそうになかった。


「どこに消えてしまったのかしら……」


 忽然(こつぜん)と消えてしまった、メイは今までの思考を瞬間的に忘れ去りながら、死体が転がっていたはずの場所を眺めまわしている。


 突然と思わしき事態に椿の魔女が戸惑い、意味不明に頭を悩ませている。


 そんな彼女の左後ろの辺りから、キンシがのんびりとした声音で消えたなにかのことを話していた。


「無事に採取できたようですね、よかった、よかった」

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