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酷く無価値なものなのである

 武器は金属質な輝きを持ち、滑らかに整えられた表面が通路に吊り下げられたランプからの光を反射して、ユラユラと音も無く表面に光を反射させている。


 形状から予測できる攻撃方法を考えて、想像してみれば、やはりキンシの手の中に握られているそれは槍ということになるのだろう。


 メイは少し離れた所からキンシを、今まさに怪物と戦わんとしている魔法少女の姿を、一かけらも見逃さないようにジッと観察し続けている。


 キンシは武器を握りしめている、槍のように見えるそれは例えば騎馬戦などで使われるようなものとは、また種類を異ならせている。


 目測で把握できる長さとしては、その武器はせいぜいキンシの身長と同じ位かそれより少し長め、その程度の全長しか与えられていない。


 短めの槍は全体の殆どを金属によって構成されている。

 その中でもやはり注目すべきなのは、穂先と思わしき部分に鋭く光る刃の部分。


 そこはあたかも槍らしく鋭角なる刃が備え付けられている。

 あそこに敵の肉を刺突したり、薙ぎ払うという効能が期待されているのだろう。


 槍の先端と言う認識だけに限定すれば、せいぜい武器としての役割だけに注目するだけで済まされる。


 しかしメイはキンシの使用する武器の形にもっと別の観点を、かなり記憶に新しい情報から検索が椿の魔女の唇を突き動かしていた。


「あれはペンかしら?」


「これはペンです」彼女の質問に答えていたのはトゥーイからの音声であった。


 魔法使いの青年と魔女の幼女がやり取りをした通り、魔法少女が左手に携えている武器はまさに、つい先程まで小さなペンととてもよく似た形状をしていた。


 あれは確か万年筆だったかしら、とメイは閉じた唇の内側で己へと問いかけている。

 魔女の眼球の奥で瞬間的に記憶が再上映される。


 そこではまだ怪物との戦闘が開始されていない、キンシがまだ怪物に()まれながら右手に文房具を取り出しただけの状態だった。


 そこで少女の手の中に握られていたのは、とりあえず見た目だけの情報に指定するとすれば、世界の何処にでも存在していそうなごく普通の万年筆のようだった。


 何か特別なことがあっただろうか? ああ、そう言えば蓋が無かったような。

 メイは無理やりにでも情景から普通性を見出そうとしている自身の動きを、今は努めて抑える必要性に駆られている。


 ともあれ、魔女が記憶している万年筆の姿と、今現在にキンシと言う名前の魔法少女が携える武器はかなり強い類似性を持っていた。


 具体的にどこが似ていると言えば、やはり特筆すべきなのは槍の穂先にあたる部分があげられる。


 鋭く硬そうな、そこはまさに万年筆においてのペン先にあたる場所ととてもよく似ている、と言うよりはまったくもって同じと言えた。


 それこそ何か都合の良い魔法なり何なりでも使って、その辺のペンの先端を大きく拡大したらあんな感じになるのではないか。

 そんな感じの先端が、その槍のような武器に備え付けられているのであった。


 穂先にはまだ注目すべき事柄が、例えば微かに刃の腹にみえる刻印が何を意味するのか。


 色々と気になる事柄は多く、状況が許してさえくれればメイはもっと観察の手を展開させたい所である。


 そう、状況が許せばの話。

 今はそんな場合ではないということはメイに限らず、少なくともこの場面にいる人間の殆どが誰に確かめるまでもなく充分に理解していることであった。


 武器を持った魔法少女、キンシが眼鏡の奥でまばたきを一つする。


 少女の動きに合わせるかのように、彼女と対峙をしている敵、黒い触手を伸ばすか異物が躍動を開始した。


 ヒュウンッ。

 空気を切り裂く音がまた一つ響く。


 怪物が触手の一本を地面へと叩き付けたのだ。

 それは怪物にとっての防衛本能の一つ。


 花虫(はなむし)と呼称される種類のこの怪物は、この世界の食物連鎖ヒエラルキーの下層に位置するが故に、その身を自動的に保護する機能が備わっている。


 動作は生物的なブレやムラがなく、機能のリズムはどこか機械的な平坦さと精密さを感じさせるものがある。


 怪物が触手を振り回して身を守り続けている。

 躍動によって周辺の空気は切り裂かれ掻き乱されている、それは最早小規模な渦や台風と類似する横暴さが含まれていた。


 ブンブンと荒れ狂う植物型の怪物を前にして、キンシは目線をジッと固定したまま、唇はぶつぶつと何事かを静かに呟いている。


「……グ……、次、いや、もっと後か?」


 唇の動き、あるいは空気の音にまぎれて届く音の欠片。

 そこからキンシは攻撃の手を頭の中で想像しているようだった。


 考えていることは魔法少女にだけ限定されている、方法を信じられるのもまた少女一人に限定されていた。


 限られた、ひどく狭苦しい世界。

 息がつまるような感覚、喉元の筋肉が硬直をして圧迫感を覚えている。

 汗はあまり出ていないような気がする、むしろ肌の表面には冷風に当てられているかのような爽やかささえ覚えている。


 存在するはずのない冷たさが漏出する汗を撫で、雫となる前に溶かして消し去っている。


 体温が次々と奪われる。

 このまま熱が失われれば、やがては心臓に灯る熱量さえも掻き消されるのではないか。


 止まってしまった後の、意識が断絶させられた感覚が、少女にはどうにも蠱惑的な輝きを持っているような、そんな気がしてならない。


 一種の欲望を抱きかけた、その間にも怪物は防衛をし続けていて、そしてキンシの瞳はそれを見続けていた。


 今だ、と三文字の命令文がキンシの脳内でひらめいていた。


 言葉が意味するところが何であるか、理由を考えるよりも先にキンシと言う少女は直感している。


 この言葉に従うこと。

 それこそ、この気持ちの良い冷たさへより強い快感を与えるための必須条件であると、キンシは誰に聞くまでもなくその事実を知っていた。


 裸足が地面を蹴った。

 キンシの周りでも空気が動く、素早さは怪物の触手とは比べ物にもならない。


 だが少女にとってはその程度の速度だけで充分であった、何も怪物のような優位性を求める必要など無い。


 不思議さも面白さも、何一つとして怪物にはかなわない、その事をキンシは充分に理解しているつもりだった。


 これは確かに勝負である、だが立場の優劣をつけなくとも大丈夫だ。

 ここに求められる結果はどちらかの生命、脳神経によって構成される神経、心臓を巡る血液が喰われるかそうでないか、ただそれだけの事なのである。


 相手を殺せば済む話、であれば出来るだけ早く終わらせた方が良いだろう。


 この冷たさが永遠には続かない事も、ただひたすらに当たり前の事実でしかなかった。


 また、空気が切り裂かれる音が響く。


 怪物が触手を動かしている、しかしキンシの方はそこへ躊躇いも無く足を進ませている。


 傍から見れば子供が謎の静物に、純粋かつ無謀に駆け寄っている(さま)にしか見えなかっただろう。


 事実、少女の動向を見守っていたメイは咄嗟に悲鳴をあげかけていた。

 青年の方は、とりたてて動きを見せていない。


 ともあれ、様々なものに見守られながら怪物とキンシの体が急接近をする。


 と、そこでキンシが足首を素早く操る。


 自分の意思を強く筋肉、骨に働きかける。

 軽やかで速やかなステップが地面の上を駆け回る。


 動作によってキンシの体が怪物の触手の一手を逃れる。

 空振りに終わった怪物の攻撃が、虚空を滑り落ちながらやがて地面へと叩き付けられていた。


 ビタン、触手が床に落ちる音がキンシの聴覚器官へと届けられている。


 その獣のような、子猫のような三角形の黒い耳がピクリとほんの少しだけ後ろに傾く。


 音だけを拾っている、振り向くことはしなかった。

 その音は少女にとって成功の一欠けらであり、まだピースの一片でしかないそれを取りこぼすことは、今この瞬間には絶対に許されない事であった。


 ステップを踏んだ足を元の位置へと、本来あるべき形、もっとも脚力を発揮しやすいであろう位置関係へと素早く戻す。


 武器はまだ手に握られている。

 ならばあとは、やるべきことはただ一つ。


 キンシは呼吸をする、声を発することはしなかった。


 裸足で地面を踏みしめて、上半身に攻撃意識を漲らせる。


 握りしめた左腕を前へと着きだす、それは自分の肉体を動かすこととなんら変わりは無い。


 そこに武器が握りしめられていること、殺すための道具を使っていること、意思や意識は行動に必要とされていなかった。


 仮定の果てに結果がやがて訪れる結果に帰結することに、少女個人の意識は大した意味を求められていなかった。


 だから、キンシはあくまでも左腕を前に突き出しただけであった。

 そこに槍のように鋭い武器が握られていること、その事実はちゃんと知っている。


 だがそれは何も特別な事ではなかった、それを怪物の肉へと突き刺せば、その後に何が起こるかも。

 特別などではない。


 とにかく目的を達成できた、欲望に理由と意味を見出せた、魔法使いとしての役割を終えることが出来た。


 まるでペン先がインクに濡れるかのように、金属で作られた刃が怪物の赤く新鮮な体液に染まっている。


「心臓を、こわせたかしら?」


 確認の声をあげていたのはメイの唇であった。

 不安げに紡いだ文章が他人からの承認を求めていた、それは魔女にもあずかり知らぬ無意識に近しい本能であった。


 故に魔女は答えを求めてはいなかった。

 のだが、しかし彼女の意図はトゥーイの音声によって大きく外されていた。


「はい、それは正解です」


 考えるまでもなく、トゥーイはメイへの返答としてその音声を発しているように見える。


 しかし言葉を耳にしたメイは、青年の発した言葉が自身のぎもんにだけ限定された意味を有している訳ではないと、密かに予想をしていた。


 メイはトゥーイの顔を見上げる。


「…………」


 首元に発声補助装置を巻きつけているトゥーイ。

 彼は本物の方の唇を閉じたままで、その紫苑(しおん)の色をした瞳でキンシを、怪物を殺したばかりの魔法少女の姿を見ていた。


「先生」


 トゥーイが彼女を、キンシを意味する単語を首元の装置から発する。


 その音声に反応して、血液に肌を濡らすキンシが振り向いていた。

 表情には幾らかの疲労感があった。

 だがそれ以上に行動を無事に終えた安息、そしてなにより事態が収束してしまった事への執着心が、なんとも形容しがたい奇妙な彩りを見せていた。

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