そんな音なんか聞きたくない
さらに薄く
「おらあ!」
キンシが放つ、人間の肉声による雄々しい叫びが怪物に振り落とされる。
ポールダンスよろしく長い棒状の武器に腕を絡ませ、先程までの軽々とした身のこなしとは打って変わった、肉体の重みが添えられた攻撃が怪物の元へと突進していく。
「i,ii11」
すかさず怪物が長い腕をブルンと震わせて、キンシの攻撃を自らの体で受け止める。
黒々とした瑞々しさのある表皮が、刃による刺激によって内部にある筋肉を緊張させ、激しい隆起を生み出した。
怪物の腕の内部から音が鳴る。聞き覚えのある音、肉体の急成長による骨の軋み。
すでに伸びきっている腕の先、人間の老人みたいな形状の指が骨の形を保ったまま、昆虫の足のようににょっきりとさらに伸びて、ガラス玉の上に乗っかっているキンシの姿を捕えようとした。
キンシはガラス玉の上で器用にバランスを保ちつつ、槍を攻撃的に構える。
伸びた指、丸みのある指先がキンシに襲いかかる。
その攻撃から一切目を離すことなく、体のギリギリまで引き寄せ紙一重で回避。
動きに合わせて黒髪がなびき、人差し指一本分のほのかに黄色い白髪がきらめく。
低くなった姿勢の内、そのまま下側から槍が突き上げられる。
奇妙な形状の穂先が指先の丸みと衝突する。
火花のような光が散った。
あの丸くてやわからそうな指先は、どうやら意外にも硬い素材から成っているらしい。
なんてことを考えている場合じゃねえ、とルーフは思った。
そんなクソどうでもいい事よりも、目の前で起きている戦闘にもっと集中力を注がなければ。
とは言うもののおよそ戦闘行為なる経験などなく、ましてや相手が巨大生物ならばなおのこと、ルーフにはキンシの体の流れに目を追いつかせることだけで精いっぱいだった。
そして改めてまじまじと疑問に思う。
サイズが微妙にあっていない上着の下、怪物の指先と渡り合っているあのあまり太くない腕の、一体どこにあのような剛力が含まれているというのか。
何にしても怪物とキンシ、互いの行動、攻防全てにおいて抜身の刃の如く鋭利な意思がみなぎっている。
と、ルーフが感心している間にキンシは三度高々と跳躍し、およそ重力には従順ではない滞空時間の内に右手を大きく振りかざす。
オーディオ機器からイヤホンを無理に外した時のような、鈍い音が鳴った。
「よし! 当たった!」
今度はそれなりの重さがありそうな音をたてて、地面に降り立ったキンシが低めのガッツポーズを作る。
ルーフは音の先、キンシの視線の向こうを見る。
「uuu/ iaii1」
怪物の腕、筋肉の盛り上がりによって構成されている付け根部分に、キンシの武器がぶっすりとぶっ刺さっていた。
キンシは休む間もなく握りしめていた左の拳を開放し、指をぴんと伸ばして怪物がいる方向に掲げる。
コップ一杯分の水がこぼれる音がルーフの鼓膜を震わせる。
そして怪物の肉をぶち抜いていたはずの、元々は手のひらに収まる大きさのスケルトンキーであったはずの槍。
その武器が湯煎したチョコレートのように、ドロリと融解し始めた。
片手で楽ちん。




