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選択は一択しかない

 そんな馬鹿な。

 ルーフは怪物に対して「信じられない! そんな馬鹿な!」と言う気持ちで胸をいっぱいにしている。


「333j33j

3333jjjjjjjjjj3

3

33333jjjjjjjjjj」


 怪物はまだ動いていた。

 その身に合計三発ほどの銃弾、一酸化二水素銃という名称の魔力によって体をブチ抜かれていた。


 しかも三つの内の一発は怪物の頭部、おそらくは頭蓋骨が存在しているであろう部分に命中し、回転力と攻撃力のままにその肉を抉り、破壊し尽くした。


 頭部と言えばもう、ありとあらゆる常識的観念に共通しているように、生き物にとっての最大かつ重大なる弱点である。


 だってほら、あれだ。

 ルーフは考える、古今東西のゾンビを虐殺するゲームでは、頭部の攻撃はハイスコア狙いの指針とも言える。


 虚構の世界におおむね同様とされているように、この世界の生き物にとっても頭は大事のはずであって。

 だから、だからこそルーフは目の前に繰り広げられている光景。


「33q3q3q3j! 3qjjjjj 3q3q3q33qjjjjjjjjjjjjjjjjjjj!」


 動いている怪物、たった今銃弾によって頭部を一つ砕かれたはずのその肉体が、あたかも何事も無かったかのように平然としている。


 とりたてて変化もみられない、少なくとも視認できる意識にしてみれば、健康の延長戦の上を悠々と進み続けていた。


「そんな…………ッ?」ルーフは息を吸おうとして、自分の体がガタガタと震えていることに気付いている。


「まだ生きているなんて」


「そりゃあ、そうさ」


 感嘆符のように呟いていた驚愕の言葉に対して返事か届いてくる、ルーフは不必要なまでに心臓をドキリとさせずにはいられないでいる。


 しかし胸の動悸は一過性のものでしかなく、ルーフは声の主がエミルによるものだと反射的に把握していた。


 つい先程まで怪物との生死を賭けたやり取りを繰り広げていた人間。

 エミルと言う名前の男は、しかし先ほどの行為をまるで感じさせないほどにリラックスをしているようであった。


「脳味噌をぐちゃぐちゃにした程度で、怪物の命が止まるわけがない」


 どうやらエミルはルーフに向けて怪物の生態が何たるかを、まさに目の前にある現物を使用しながら解説しようとしているらしい。


 中枢神経をぐちゃぐちゃにされても生きられる、その理由については無論一刻も早く理由と原因を知りたい所ではある。


 だが、しかしらがらルーフは怪物の事と同様、あるいはそれ以上にエミルの平坦さに異常性を抱きかけていた。


 ほんの数分、数十秒前まで自身も頭蓋骨を爪で抉りとられかけていた。

 そのはずなのに、今となっては相手側の脳味噌がこぼれ落ちるのを淡々と観察している。


「とはいっても、彼らに脳味噌は存在していないといっても差し支えないんだがな」


 ルーフの思考を否定するかのような、そんなタイミングでエミルの右指が怪物の方を示していた。


「あそこにあるのは……なんて言うんかな、脳っぽいものによく似せた模造品。とでも言うべきなんだろうか」


 どこかで仕入れた知識、過去に経験した事柄から引用をするかのように。

 空読みをするかのようなリズムで、エミルはアナウンサーのように丁寧な発音を作っている。


「確かに怪物にしてみてもドタマを壊されるのは大ダメージだが、それでも致命傷に至ることは出来ないんだ」


「だったら」


 語る内容は少なくともエミルにとってはただの言葉、日常の一部でしかないのだろう。

 だからこそ声音は静かなものであって、それ故にルーフの胸の内には静かなる嵐が吹き荒れていた。


「だったらあいつらは一体、何をすれば終わってくれるんだよ?」


 語気を強く荒くしないように、ルーフは自らの言語機能に向けて努めて意識を働きかける必要があった。

 

 どうしてこんなにも苛立つのだろうか、ルーフが理由を克明にするためにはまだ時間がかかりそうだった。

 理解や理由を待っている時間などない、少年は不可解さの中でも何処かに一つ確信めいたものを抱いている。


 あまり時間は残されていない。選択した方法が何であれ、いずれにしてもすでに戦いは終わりを迎えているのである。


 時間と言う存在と概念が背中をひっきりなしに小突いてくる。

 だがその事実に切迫をすることもなく、エミルはどこまでも落ち着いた様子で少年に怪物の事を教えている。


「彼らを……、怪物たちを殺したいのならば、体内に隠された心臓を破壊しなければならないんだ」


「心臓」


 エミルが言った内容に合わせてルーフは咄嗟に自らの胸の真ん中辺り、該当する器官が秘められている部分へ手を伸ばしかけている。


 だが少年の指が衣服ごしに自らのそれに触れるよりも先に、怪物の体が再び活動し始めていた。


「:-):-):-):-):-):-)」


雑に断絶された頭部、だったもの、今はもう首だけしか残されていないその部分を左右に揺らす。


その動作がどうやら己の状況、状態を確認するための動作であるらしいこと。


ルーフがまた一つ新たに怪物についての事柄を知っていた、その時点では怪物の方はこの場からの退散を画策しているようであった。


「\(^^)/」


呼吸を一つ、獣の鼻息に似た湿り気を吐き出した。

次の瞬間には、怪物はいくらか損傷をきたした、だが死ぬほどの事でもない体を三度浮上させている。


まさか、もう一度?

ルーフは身構えてはみたが、行動はとりあえず無事に徒労として終わることとなった。


はばたきは最初の頃よりも弱々しいながらも、怪物の頑強さの前にはさしたる問題でもなかったらしい。


「│││││」


バサバサと、空気を巻き上げて怪物はこの場所からぐんぐんと上昇をする。


黒い爪先、右側に一本だけ残された先端が段々と遠くに去っていく。


やがてその姿が、上空を行く渡り鳥のようにおぼろげになる。


その頃には、エミルの方もようやく一息をつくようになっていた。


「やれやれ、無事に終わってよかったよかった」


乾きかけでまだ数滴ほど血がつたう肌を、エミルは手の甲で雑に拭う。


引き伸ばされた体液の粘性が、男の皮膚に薄い模様を広げていた。


「さて、もっかいバスに乗ろうか」


「ああ」


「あ、料金って払い直しになるんかな?」


「…………さあ?」


分からないことだらけの、そんなルーフに疑問への対応も出来るはずがなかった。



再びのバス車内。

考えるまでもなく、当然のこととして車内はガラガラ。


閑古鳥が、とルーフは故郷の交通事情を当てはめようとしたところで、すぐにその形容を否定している。


なんと言ってもこの場合は非常事態以外の何物でもないのだ。

誰だって余程の事情でもない限りは、怪物に襲撃された乗り物に乗り続けるとは考えない。


それに、と。ルーフはすでに自身の内に保有している情報を検索する。

ここはなんと言っても灰笛、魔術師と魔法使いと、そのほか多数の魔導関係者が暮らしている都市なのである。


なにも地面の上を進むだけが、唯一許された移動手段という訳ではない。


むしろ、こうしてバスが運行しているのは必要不可欠と言うよりかは、ただ必要とされているだけにすぎない。

魔力を使って移動するのは疲れる、かつての人々が徒歩での移動以外を模索した事と動機としては同じようなもの。


自分の肉体を使うのは疲れる、ので頼れる交通機関もまたその必要性を求められている。


そこに強制力は殆どと言っていいほどに含まれていない。

 だからこそバスから簡単に逃げることも出来るし、別に逃げなくてもどうにかなる。

 

 それがこの灰笛(はいふえ)における日常の一幕なのであった。


「よかったな」静まり返る空間にエミルの言葉が寂しく響く。


「ちょっとしたトラブルはあったが……。でもそのお陰で、バスもほぼ貸切状態だぜ?」


 さも素晴らしいことのように扱っている、しかしながらこれに関してルーフはエミルに同意を示すことは出来そうになかった。


「ちょっとした、どころの話じゃねえだろうよ」


 怒りだとか苛立ちだとか、あるいはその他の(マイナス)の感情を喉元に押し込めながら。

 それでもなお、ルーフはエミルを見上げる己の目線に鋭さが含まれていること、隠し切れない感情をどこか俯瞰的に眺めていた。


「今日一日だけですでに何回怪物に遭遇したってんだよ?」


「あー……、数えて二回程度かな?」


 エミルが律儀に回数につての質問を答えている。

 だがルーフの求めるところの内容は、そんな数字による記録などではなかった。


「いくらなんでも。いくらここが灰笛(はいふえ)だからって、普通こんなに怪物に襲われることってあるんか?」


 語調が愚痴っぽくなってしまうのは、やはりルーフ自身の本音として連続する災いに辟易としたもの。

 そして、それ以上に不安を強く抱いていることが関係しているのだろうか。


 少年が自らの心理的状態を持て余している、その右隣でエミルは少しだけ思惟を巡らせているようだった。


 閉じた唇の内側、深い青色をした瞳が此処ではない何処かへと向けられる。

 やがてエミルは、少年に見上げられている格好のままで一つ、彼と情報を共有することを選んでいた。


「あー……そうだな、これはここだけの話にしてほしいんだが……」


 いかにもな前置きを一つ、エミルはひとけのない車内でルーフに向けて話す。


「最近、この灰笛でも怪物に関しての件数が異様に増え始めているんだ」


 エミルが身を屈めて、車いすに座っているルーフの側頭部両側に生えている聴覚器官、耳の穴へと直接届けるように声を発している。


「そもそも、こう言った行動にはしっかりとした処置があるはずだから、少なくともあんな小型のものが普通に侵入してくることは本来ならば限りなくあり得ないはずなんだ」


「そうなのか、そういうものなのか?」


「ああ、そんな感じだ。というより、そういった安全のための機能を作るのもウチの管轄でな」


 古城というものはそんな事もしているのか。

 とルーフは意外をここでは口にすることはせずに、それよりも相手が自身に伝えんとしている事柄を早く耳に入れようとしていた。


 エミルはさらに語る。


「だが、怪物に無断で違法なウイルスを入れている奴らがいるんだ」


 ルーフが見上げる先に男の青い瞳がある。

 そこに浮かぶ感情が、やはり負の側面が強いことを少年が言葉を解さず察知している。


「そんなこと、いったいどこの誰がやっているんだよ?」


 聞くよりも先に、もしかするとすでに自分は答えを知っているような。

 そんな予感を抱いている、ルーフに向けてエミルは事柄を伝えていた。


「”ハルモニア”だったかな? 集団の名前、組織としての名称ははっきり決められてはいない」 


 固有名詞が登場した、言葉の響きをルーフが受け止めると同時にエミルの目線が少年を見下ろしていた。


「それに、この集団は君にとっても無関係ではない。と言うか、むしろ少年が誰よりも当事者だったんだろう?」

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