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君の墓標に呪いを掘ろう

どうにも他人行儀な雰囲気が多すぎる。

というのは何も、ルーフがこのエミルという名前の男との間柄に関して抱いた不満というわけではない。


エミルそのもの、男単体にフォーカスした場合に、彼はいつもどこかしらよそよそしいものを作りたがる。


それは傾向と呼ばれるもので、幾つか男の話に耳を傾けているうちにルーフが勝手に考えたこと、とも言える。


自分にあまり興味が持てない。自己愛が欠落している、と表現すれといささか過剰な面が増えてしまうか。


だがそれ以外にうまく言い表せるものも思い付きそうにない。


ルーフはバスに揺られながら目線を右斜め上へ、エミルの顔面があるはずの空間へと滑らせている。


そこには当然の事ながら彼の表情があり、一通り会話も終えた彼らの間には必然的な沈黙だけが広がりを見せていた。


お互い空間において人間が二人以上存在した場合に、そこには必ず会話などのコミュニケーションを実行しなくてはならないだとか。

つまりはおしゃべりだとか、会話好きだとか、他人に緊張感を抱かないだとか。

以上の要素何てものは一切合切持ち合わせていない。


要するに静かな人で、ちょっと悪く言えば暗い人間、なのであった。


「……」


「…………」


他人と話すことに必要性を、今のところまだ見出だせていないルーフにしてみれば、この沈黙もそれなりに心地よいものでしかなかった。


依然として目的地は不明瞭のまま。

だがこんなにも心を平然とさせているのも、やはり近くにいる他人、エミルの表情が明るいものであるからだった。


明るい、今にも恒星のごとくさんさんと、とまでは流石にいかなくとも。

しかしてやはり、男の表情には明確なる暗さは含まれていないように見える。


向かうべくところ、確か……なんと言っていただろうか。


ルーフは浅い部分にあるはずの記憶を、どうにもうまい具合に思い出すことができなくなっている。


少年が頭をひそかに動かしている。


彼の神経細胞にひらめきが、そのかすかな電流と相乗するかのようして、バスが動きを止めていた。


「うわッ?」


停止は予想外で、車内全体にかかる力の流れにルーフはとっさに車椅子の車輪を握りしめていた。


それはルーフだけに限定されたものでもなく、バス車内のあちこちから不満げな衣擦れの音が囁かれている。


「なんだ?」


バスが完全にタイヤの動きを止めたあと、ルーフは車椅子の車輪を握ったままで、周辺に目線を巡らせている。


車窓の向こう側はすでに流れを止めている。


止まった風景、窓にポツポツと雨水が丸く付着する。

静か、今のところは静謐さが継続されている。


「…………、もう着いたのか?」


状況にすがるかのようにして、ルーフはひとり希望的観測を舌の上にのせている。


話したのは少年ひとりだけ、不安を抱く感情もまた彼ひとりだけ限られていた。


「いいや」エミルがルーフに返事をしている。少年がここでは他人の言葉など必要としていなかった、と言うことをしっかりと自覚しながら。


それでもエミルは彼に事実を、なんの面白味もない現実だけを伝えている。


「まだだ、ここはバス停ですらない」


エミルがそう言っている。

であれば、なぜバスはこんな道の途中で停止をしているのだろうか。


ルーフが理由について考えようとした、だがそれよりも早くにバスの方から乗客に向けて、こんな感じのアナウンスが。


「ただいま前方にて敵性生物との接触の危険性が発生しました。当バスはしばらく運行が困難なものになります。お客様には非常にお手数をおかけしますが、混雑の予防のために個人での対策をお願い致します」


車内アナウンスならではの、読経のような独特の平坦とした声色がルーフの鼓膜を振動させる。


それがどの様な意味を有しているのか、ルーフが一人理由を考えようとした矢先にはすでにバス車内にて行動が次々と発生をしていた。


 あるものはため息交じりに、若干苛立った気配を滲ませながら。またあるものは不安げに瞳を揺らしながら、どうにかして身の安全を誰かに約束してほしそうに唇を動かしながら。


 それらのどれもが、皆一様に起きた現実を受け入れている。


 彼らがどやどやと、バス車内からの移動を図ろうとしている。


「さて」人々が開かれたバスの扉から規則正しく排出されている、その様子を見やりながらエミルがルーフに笑いかけていた。


「少年、君はどうする?」


 そうやって話しかけている、ルーフはエミルに対してすぐに返事を用意することが出来なかった。


「? どうする、とは」


 質問の意図が読めない、と言うよりはそもそもの問題としてこの状況こそ、ルーフにとっては意味不明以外の何ものでもなかった。


 自らの行動を判断するよりも先に、それよりもルーフは今ここで、これから何が起ころうとしているのか。


 その事を知りたがっている、少年の期待した部分がどれほど伝わったかは判別できない。

 いずれにしても、ルーフの表情などお構いなしにエミルは早急に次の行動を起こしていた。


「あー……まあ、なんでもいいか。とりあえず自分の身の安全だけは、頑張って確保してくれや」


 言い様、聞き様によってはそれが一番困難を極めそうな。

 そんな伝言の後に、エミルの体はルーフがいる場所から離れている。


 スタスタと二本の足はバスの車内を進む、革靴に包まれた爪先は扉の外側には向けられていなかった。


 であれば、男はこれからどこに向かおうとしているのだろうか。


 ルーフは首を左側に向けたままでエミルの姿が車内の前方、バスの運転席が在る方角へと移動しているのを見ていた。


「もし、もしもし?」


 エミルがバスの運転席に向けて話しかけている。

 ルーフがいる位置からでは、運転席にいる人物の子細な表情までは観察できそうにない。


 とはいえ、わざわざ視覚的情報を求めるまでもなく、運転手がいきなり現れた青い瞳の男に警戒心を抱くことは想像に難くないことであった。


 疑うという点においてはルーフにも共通をしていた。

 エミルこれから何をしようとしているのだろうか。不理解だけに身を突き動かされて少年は男の後を追いかけるように、バスの運転席が在る方向へと車いすの車輪を回している。


 座席と座席の間に許された、あまり広さの許されていないスペースの中を進む。

 エミルらがいる場所へと距離を詰める。そうすると彼らの会話が中途半端でありながらも、一応音としての形を伴ってルーフへと届いてきていた。


「ああ、そうでしたか。あなたは古城の……」


 そんなことを言っているのはバスの運転手だと思われる。

 ルーフ自身がかなり動揺しているゆえか、声音だけではそれが動揺をしてるのか、そうでないのか。

 それどころか、声の持ち主が男であるか女であるか、あるいはそれ以外の何かであるかどうかさえも判別することが出来なかった。


 とはいうものの、耳に来た言葉はそれなりに説明的機能を果たしている。

 「古城」と言う単語一つから、ルーフの脳内にてイメージが連続を起こす。


 つまりは、エミルは自らが魔術師であることを主張したのである。

 どうしてそんな事を、わざわざ他人に教える必要性があったのか?


 理由はいくつか存在をしているのだろう。

 しかしその大体は、やはり怪物についての話が中心となる、それ以外に考えられようもなかった。


 バスと怪物、二つの要素は余りにも性質が異なっているもの。

 一回や二回見た程度ではまるで関連性が見つけられそうにない。


 しかしながら、ルーフ個人がどの様に不満を抱いたところで、結局のところその二つが衝突事故を起こす事もまたこの場所、灰笛(はいふえ)にしてみればなんてこともない出来事でしかないのだろう。


 不同意な心持ちを抱えているのはバスの運転手も同様であったらしい。

 しかし内容としてはまるで異なっている、運転手の方は起きた事故そのものよりも、いきなり目の前に出現した男。つまりはエミルの正体を把握するのに、強く集中を割いているようであった。


「しかしながらお客様、こちらとしてもいきなりその話を信じるというのもまた難しいと言いますか……」


 運転手はあからさまに困惑し、その中には依然として警戒の色もちゃんと残されている。


 確かに、とルーフは想像を一つ考える。

 ただでさえ仕事中に人喰い怪物と遭遇してしまったこともさることながら、さらにそこへちょうど古城付きの魔術師が現れるとは。


 完成度の高すぎる偶然は、よほど状況が切羽詰ってでもいない限りは虚偽を疑うことも否めないだろう。


 運転手がそのような事をエミルに伝えながら、もしかするとその手にはすでに通信機が。

 もっと別の、例えばバス会社と連携した別の魔術ないし魔法組合。つまりは、少なくとも目の前にいるくすんだ金髪の男よりかは、いくらかは信頼のおける対象に頼る。


 方法としてはそれでも充分に安全と言える、むしろ業務的な役割としてはその方が正しさに近いのだろう。


 しかしそこで「はい、そうですか」と引き下がるほどには、どうやらエミルと言う男も素直ではなかったらしい。


「そうですね……」


 何に対しての同意をしたのだろうか、エミルはそう短く呟いた後に、おもむろにジャケットの内側をゴソゴソとまさぐっている。


 まるで映画の中の登場人物がとてもよろしくない何かを持ちだすかのような、そんな動作に警戒心を抱いたのはルーフただ一人だけ。


 少年の動揺など露知らずに、エミルの運転手の間に差し出されたのは赤い、赤い……。


「…………リンゴ?」


 近くで見ない限りは確かなことは言えそうにない。

 しかし色合いもさることながら、見れば見るほどにそれは林檎の形ととてもよく似ている。


「現物で証明するなんて、まるで……魔法使いみたいなマネだけどな」


 自嘲をするかのようにしてエミルが笑っている。

 笑う理由がどこにあるのかルーフにはまるで分からなかったし、それ以上に運転手側でも男が述べるところは、必要最低限の分で事足りていたらしい。


「分かりました、この現場は貴方にお任せします」


「ええ、任せてください」


 運転手が現場、事故の顛末を預けた。

 それを受け取ったエミルは笑顔を口元に浮かべ、右手の中のリンゴを軽く見下ろす。


「出来るだけ迅速に、怪物への対処をしてみせましょう」


 赤色に見える表面、その艶やかさが男の青い瞳に映り込む。

 

 赤色と青色が同じ空間に在りながら、それらは決して交わることをしなかった。

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