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キミと話すのはとっても疲れる

 ルーフはモアに対してなおも質問文をぶつけようと、試みが幾つか胸の内に漂っていた。

 のだが、しかし少年はすぐさま己の行動意欲をおのずから握り潰すことにしている。


 気になることは、あまりにも多すぎる。

 多すぎて、いちいちピックアップをする気力すらも湧いてこない程である。


 考えるだけで面倒くさいことを、よりにもよってこのような往来でチャレンジする義理も条理も何もなし、と。


 ルーフは溜め息を一つ吐き出している。


「おや」そこへ、すかさずモアがスマートフォン片手に彼の様子を覗き込んでいる。


「どうしたのかしらね? このナイスガイは。センチメンタルに溜め息なんて吐き出しちゃって」


 それまで物腰柔らかな微笑みを保っていた、モアはその色の薄い唇にニヤニヤと小さじ一杯分の嫌味を加えている。


「そんなナーバスなお顔をしていたら、待ちゆくナウでヤングな娘さんはみんな道の途中で足を止めたくなっちゃうわよ」


「何をアホみたいなこと()うとんのや…………」


 やたらにつらつらと止めどなく語りかけてくる。

 ルーフは目の前に立っている少女に辟易としたものを抱きかけた所で、しかし感情が確かな形を獲得するよりも先に、一つ予想を手早く組み立てている。


「…………もしかして、俺があんまりにも酷いツラしとるもんだから、慰めようとしてるのか?」


 あくまでも希望的観測に過ぎない。

 と言うのも、こう言った考えに至る根拠と呼べるものは、一応ながらルーフの脳内にも用意することが出来ている。


「用事でもない限り、お前が俺に話しかけようとするってことも、なんつうか…………考えられないっつうか」


 自虐的な事を言うだけの明確な根拠がある訳ではない。

 ただなんとなく、の直観だけでルーフは少女の心情へ想像力を働かせている。


 果たして述べあげた内容が正解であったのか、そうでないのか。

 答えはルーフのあずかり知らぬ領域の出来事でしかなく、仮に回答が存在するとして、今の彼にとってはさしたる重要性がある訳でもなかった。


 心情はこの場合には大切ではなく、であれば聞くべき内容を選ぶ必要があると。

 ルーフは考えた後で、目線をモアの瞳が在る方向へと向けている。


 ルーフの琥珀色をした瞳と、モアの水色をした虹彩がしばしの空間において直線状に結ばれる。


 線が確かな存在感を獲得する、繋がりを途絶えさせることもしないままに、モアは平坦な声音で考察についての回答を舌の上に乗せている。


「つまりは、あたしがわざわざルーフ君に会いに行くために、スマホ片手にテクテクとここまでやって来たと? そう言いたいのね」


 まさかルーフが述べたことを、クソ丁寧に一つずつ順を追って解説でもするつもりなのだろうか。

 

 ルーフは危惧しかけたが、しかしその不安は無事杞憂に終わることとなった。


「やめてくださいよ、気持ち悪い」


 その声音はどこまでも明るかった。

 新品で取り換えたばかりの蛍光灯の白く爽やかな、そんな輝きを想起させる。

 そんな明るい声色を唇に奏でながら、モアは少年の意見を真っ向からことごとく否定していた。


「あたしが君にそこまでの行為を持っていると思うのならば、それはとてつもない勘違いだわ。思い違いも甚だしくて、思わずさぶいぼができちゃいそう!」


 ひとしきり否定文を述べた後に、小さく「……そんな訳ないけどね」と呟いたような、そうでないような。

 声が聞こえたような気がしたが、しかしその辺の是非もまたさしたる問題でもなさそうであった。


 そんな事よりも、と。少女はさらに言葉を続行させている。


「ともあれ、今回に限ってはちゃんと、キチンとした偶然の産物として、あたしと君は今日この瞬間に出会ってしまっているのよ」


 モアはそうして論を結ぶ、その顔には達成感を隠そうともしていなかった。


 フフン、と小さな鼻の穴から空気を吹き出している。

 呼吸の気配を見上げながら、ルーフはやはりもう一度溜め息を吐きださずにはいられないでいる。


「それじゃあ、お前はここで一体何をやっているんだよ…………」


 心の内側にほのかな痛みを感じる。

 これはもしかすると期待が外れた喪失感によるものなのか、あるいはただ単に目の前の青い瞳をした少女に苛立ちを覚えているにすぎないのか。


 判別をつけることもしないままに、ルーフは三度モアに向けて事情の聴衆を行おうとしていた。


 それは意図的なものとはあまり呼べず、とにかくこのまま中途半端に会話が終ることが(しゃく)でしかなかった。


 だかこそルーフは、この時だけは相手から明確な回答が返ってくるものだとは思っていなかった。

 期待をすることが出来なかった、どうせまたテキトーなはぐらかしでもされるのだろうと予想していた。


 しかし、結局のところまたしても少年の予想は見当違いに外れることになった。


「資料集めよ」モアがシンプルに答えている。


「あたしを雇ってる人が急に町の風景を集めて来いって」


「資料? 雇っている人?」


 ようやくまともな質疑応答が展開されようとしている。

 予感に感慨めいたものを抱こうとした、だがそれ以上にルーフの目はもっと別の要素に気を取られている。


「ちょっとまて、お前…………その」


 色々と気になることはあれども、まずは冷静に事例を頭の中で整理することが必要とされていた。


「お前って確か、あの古城の関係者だったよな」


 そう言いながら、ルーフは右の指で空気を撫でながらとある方角を指し示す。


 そこには彼がエミルの案内に従って今の今まで下ってきた丘、その頂上にそびえ立つ古城が風景として当たり前のようにそびえ立っている。


 その古城は灰笛(はいふえ)の中心部で、そこはこの都市において古くから魔術師やその他の魔的な事柄を管轄してきた組織でもある。


 今目の前にいる明るい金髪と水色の瞳をした少女は確か、ルーフは自らの記憶を頼りに既知の事柄を丁寧に思い出そうとしている。


「たしかあの古城の昔からの管理人だとか、そんな感じの話を聞いたんだが」


 確実なことを言えないのは、記憶に明確さが足りていないにすぎないからであって。

 ルーフは前髪にの上から額を撫で付けつつ、以前に聞いたはずの話をどうにかして無意識の波から発掘しようと試みている。


 いかんせん人のうわさ話、信憑性の無さはネット上に流布するデマ情報並みに類を為している。


「何だったか、今時信じられないくらいの眉唾レベルの家庭事情があるんだろ?」


 考えているばかりでは一向に解答など得られるはずもないと。

 ついには堪えきれなくなったかのようにして、ルーフは目の前にいる少女に確認をしていた。


「お前はあの古城の跡取りで、だから…………」


 そんな重要人物が、どうしてこんな往来で使い走りなどをさせられているのだろうか。

 疑問が具体的な形状を取得した、あとは喉の肉を振動させて音声に変換するだけ。


 動作の気配はあまりにも分かりやすいものであった。

 だから、少年がちゃんと唇を動かすよりも先にモアが先手を打つことも、それ自体はなんら難しいことでもなかった。


 だが事実の明確さが、今はただ偶然にしては出来過ぎた予定調和を錯覚させずにはいられないでいる。


 自己の内部においては充分に思考を整理したつもりでも、外見にしてみればモゴモゴと口籠っているだけにしか見えなかったであろう。


 しかしこの場合に限定して、少年と少女は見事なまでに共通した思念をその胸に抱いていたらしい。


「OK OK 言いたいことは何となく分かるわよ。そうよね、おかしいわよね」


 あくまでも少年に先手を打つことにこだわりたいらしく、モアは開いた手を胸の辺りで上下させつつ、「so-so(落ち着け)」のジェスチャーを少年に見せている。


「古城の可愛い可愛いお姫様であるはずのあたしが、どうしてこんな小間使いの身に落とされている。その悲劇性! に、ルーフ君は涙をこぼさずにはいられない。なのよね?」


「いや…………そういう訳じゃない。それは違う」


「ありゃ」


 シンクロしかけていた思考は、しかして所詮は束の間の勘違いに過ぎなかったらしい。


「俺が聞きたいのはそこじゃなくて、もっと別の事なんだが」


 それは例えば家庭の事情について。

 叔父について、そして兄とされる男について。


 聞きたいことは山ほどあり、しかしそのどれもが安易に口にするのを(はばか)られる様な。

 そんな気がしてならない、故にルーフは言葉の続きを迷うだけをしている。


 モアが笑顔のままで、固定された表情に困惑の色を表明させている


「うーん? でもあたしが話せることなんて少ないのよ?」


 どうにも話がかみ合わないこと、それはまるで風が吹けば海が荒れるかのように、彼と彼女にはどうすることも出来ない事象でしかない。


 どうにもならない、それはある種の理不尽でもあった。

 合致をしない道理、それでもルーフは自分が不思議と心の内層を穏やかにさせていることに、まず静かなる驚きを覚えていた。


 苛立ちや不具合、不釣合いや差分に戸惑いや煩わしさを抱かないという訳ではない。

 プラスかマイナス、つり合いは圧倒的に後者が割を占めている。


 しかしそれも仕方のないことであると、どうしてこんなにも諦めがつけれてしまえるのだろうか?

 

 …………。答えは明白だった、ルーフはただただこの少女に何一つとして希望を抱けないのである。


 優しげに笑うこの少女は、ルーフと言う名前の少年にとっては余りにも、余りにも無意味な存在でしかなかった。

 理由は今のところ分からない。ともあれ何かしらの事故的な発破でもぶちかまさない限りは、このルーフと言う人間は無関心を訂正することも叶わなさそうであった。


 そういった事柄、事実がはたしてどれほど少女に通用するのだろうか、ルーフは試したくなった。

 確証のための方法は見当もつかない、結果だけを短絡的に求める。


 明るさが足りていない、湿気た誇りの匂いがする欲望が喉の終わりまで込み上げてくる。

 このまま抑制することもなく、傍観をすればどうなるのだろうか。


 期待めいたものを抱く、少年の心内をどれほど把握していたのかは、モア一人だけが知っている秘密の情報であった。


「お仕事については……そうね、ここではヒミツにしようと思うわ」


 結局のところははぐらかす形で終わらせようとしている。

 

「なんでだよ」ルーフがそのまま去ろうとしている少女を呼び止めようとしていた。


「さんざん話しといて、これで終わらすつもりなのか?」


 とりたてて大した理由があった訳ではない。

 ただ何となく、このまま半端に終わらすのも時間を無駄にしたような気がする。


 そういった損得勘定しかなかった。

 少年の琥珀色をした、無機質な輝きしかない目をモアは見やる。


「そう……ねえ」


 立ち去りかけていた足を元の位置に戻す、そしてそこからさらに近付いてくる。


 足を使って自らに接近をする、ルーフはモアの気配を鼻腔に感じながら。

 しかして感覚の主たる部分は、眼球によってもたらされる情報に集中をしていた。


「お時間を取らせてしまったこと、そして写真を無断で撮ってしまったこと。そのお詫びは、キチンとしないといけないわよねえ?」


 疑問形のようなリズムを作っている。

 問いの対象が誰なのか、少年が考えようとしたその矢先に少女は彼にとある物を手渡していた。


「これは……?」


 受け取った、重さがルーフの指の中身に伝わってきていた。

 それは言葉よりも確かな存在感を放つ、とてもシンプルな証明だった。

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