かえるくんの握り拳
詩を書いていた
はたしてその生き物には表情があるのか、その辺についてはまだキンシから教えてもらわなかったし、今後も興味を抱くことはないような気がする。
だが今だけは、とルーフは願った。
今のこの、怪物の表情と呼べるのかも怪しい筋肉の蠢きが、一体何を意味しているのかぐらいは知りたいと。
そんな知識欲が止めどなく繁殖する風呂場の黒カビのように気持ち悪い、気持ち悪い「表情」らしき行動を怪物はしていた。
成長した片腕、黒々とした肉と血管の隆起に満ち溢れた皮ふが、ずるりと動き出す。
猛烈な成長に若干遅れをとっている骨格がミシリミシリとささやかな悲鳴をあげ、急ごしらえの関節部分がだらりと首を下げる。
人間の、成人男性の手の平と同じ、あるいはそれ以上の大きさがある触手。
形もちょうど大人の人間とそっくりの造形が成されている、しかしなぜかそこはかとなく赤ん坊のような頼りなさもある。
腕が動いてガラス玉から少し離れる。
触手は腕を駆使して、四本の指でしっかりねっとりと石を握りしめている。
五本ではなく四本の、先端にしっとりとした球体が備え付けられている指。
その指がどうしようもなく人間らしくなく、強靭そうな腕部分と合わさって不快な違和感を作り上げていた。
丸い、雨の日の壁とか川沿いの岩とかにへばりつくのに便利そうな指先が、湿った音と共にそのうちに掴んでいた石を離す。
落下する元々は飲食店の一部であった瓦礫はガラス玉に少しだけ、無意味に擦れたあとに空しく地面へと戻っていった。
「uuuu,uuuuuu, 〉 」
やっぱり、とルーフは一人確信していた。
こいつ、絶対俺のことを笑っている。
唇が横長に広がり、真珠のように輝く牙のない歯がその隙間から覗いた。
ルーフははっきりと自覚する。
ただの思い込みだったかもしれない、その方がよっぽど良かったかもしれない。
しかしルーフは思わずにはいられなかった、この怪物は自分のことを見下し嘲り蔑んでいるのだと。
人間であるはずがない、そのはずなのに人間っぽく関節が多い四本の指の骨が屈折する。
水まんじゅうそっくりの握り拳、怪物は関節を軋ませながらそれを高々と掲げ、
そして真っ直ぐに、ルーフの頭部目がけて力いっぱいに振り落した。
鉄製の金槌のように、
年末に鳴り響く鐘のように、
嘔吐する処刑台の刃のように、
怪物の腕がほこりまみれの空気を切り裂いて、地面に突っ立っている小さな赤毛の敵を叩き潰そうとする。
その一歩手前で、
「っ!」
武器が涼やかな音を鳴り響かせて閃いた。
あんまり見ないで。




