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ここに閉じこもっていよう

 やむに止まれぬ事情というものもあるものだと。

 これもまた、たしか祖父が言っていた言葉であることをルーフは思考の片隅で思い出している。


「戸籍関係における書類的な関係性を説明すると、オレとあの叔父さんは全くもって血縁上の関係性をもっていない」


 そう、口で説明をしているのはエミルと言う名前の男で。


 ルーフの記憶が正しければ、情報に不具合やら不都合でもない限りは、このくすんだ金髪をもつ男は古城…………。

 すなわち、灰笛(はいふえ)と言う名前の都市において、魔術師たちの中心部となる組織。


 団体、集合体、あるいは集団。

 そこにおいて、このエミルと言う名前の男はその中でも重要な位置に組する。

 言ってしまえば、上位に値する存在に属している。

 

 はず、だった、記憶が正しければ。


「あんたは確か…………」ルーフは己の中に累積する情報に整合性を求めるかのように、探るかのようにして言葉を慎重そうに動かしている。


「この古城の、支配者さんの血縁関係じゃなかったんかいな?」


 今まで聞いた話。

 少なくともルーフがこの古城……………という名の、魔力関係を専門とした治療および収容施設に収監された。

 ここしばらく、数日のうちに得た事実と認識。


 そのはずであったのだが、しかしてルーフは今まさに獲得していたはずの認識を捨て去らなければならない。

 投棄への予感を肌で感じていた。


「血がつながっているか、そうでないかって話なら」ルーフの質問にエミルが答える。


「そういった話なら、オレはこの城にまるで関係のない人間……。と、言うことに……なるんだろうか?」


 どうにも歯切れが悪い、ルーフがエミルの様子に疑いめいたものを抱いている。

 そうしていると、少年の様子を察知したエミルがさらに言い分を進めていた。


「いろいろと事情があってね、オレは昔、まだほーんの小さかった頃に──」


 後ろ側にいるルーフの方を見やり、エミルは右の親指と人差し指を摘まむように、「ほーんの」に当たる小ささをジェスチャーで視覚的に見せている。


「ちょっとしたプロジェクト? というものが立ち上がって。結局それは失敗に終わったんやけど。まあ、そのためにオレが白羽の矢に立たされて。計画が終わった後も、なんとか温情で此処においてもらっているというか」


 すらすらと語る後に、エミルは最後に一つ要素を添えている。


「そこで、オレが大人になるまでの名付け親みたいなことをしてくれたのが、昨日の魔法陣の叔父さんってワケで──」


 そこまで語り終えた。

 だがエミルは少年の目線に、相手が何を求めているかについてをおおよそ把握してしまっていた。


「気になる所は、そこじゃないって感じやな」


 エミルに指摘をされた、ルーフは途端慌てたように口元をまごつかせる。


「別に…………そんなことは」


 挙動そのものがすでに解答となっていることにも気づかぬまま、ルーフはどうにかして己の心情を誤魔化そうとしている。


 試みはやはり虚しいものでしかなく、それ以上に少年の心情はエミルにとって幾らか過剰なほどに共感できてしまえるものでもあった。


「確かになあ、怪しい集団だとかよお分からん計画だとか……、ちょうど少年がこの間対峙したばっかの事件と似ていそうな部分が多いよな」


 他人事のように話をしている。

 実際エミルにしてみればルーフが先日体験した様々な事柄は、所詮は自分以外の他人が経験した内容にすぎないのだろう。


 それはそれで間違いないとして、しかしルーフは記憶が掘り起こされたかどうか以上に、自身が「それ」に触れられても何も感じていない。ということに違和感を覚えている。


「そうなんだろうか…………? そういうことになるんだろうか」


「あれ、そうでもないんかいな?」


 思った以上に反応が薄かったこと。

 しかしエミルはそのことにとりたてて気分を動かされたという程の事でもないようであった。


「随分と気丈がしっかりしとるんやな、流石最近の若いコは強いわ」


 お決まりの文句を口に並べている。

 ルーフはそこへ例文じみた反論を。


 用意しかけた所で、しかし少年はそれ以上に己の内側にある好奇心について、先に把握をしようとしている。


「計画って、…………何をされたんですか?」


 またしても己の記憶を基準としていながら、ルーフは恐る恐るエミルに質問をしている。


 自分の経験を基準として見れば、もしかするとかなりヤバめの領域に踏み入っているのではないだろうか。


 ルーフは言葉のすぐ後ろで後悔じみたものを抱きかけたが、しかしすでに音声は空気を振動させてしまっている。


 それに、少年が不安に思うような反応をエミルが見せることはしなかった。

 男はあくまでも平坦とした様子で、その深い青色をした瞳で遠くの方を見やっている。


「特に、何かをされたということでもないんだよ」

 前を気を一つ、エミルと言う名前の男は自分の過去についての話を少しだけ。


「妹と結婚して、そして子供を作るために。そのための種馬として、オレに白羽の矢が立たされた。それだけの話……──」


「んんんんー?」


 話をするだけなら簡単で、思い出すだけならタダでも出来る。

 しかし内容はお気軽さとはまるで釣り合っていない、与えられた内容の濃さにルーフは瞬間的爆発力並みの胸やけをきたしていた。


「今、いま? なんて」


 聞き逃せない事柄を耳にした、そう自覚していながら同時に、ルーフはこれ以上男の話を聞いてはいけないと。

 直感めいたもの、虫の知らせとでも言うべきなのだろうか。

 ともあれ、聞きたくないという欲求もまた思考の一部分を占めていることは確かであった。


 これ以上は知ってはならない、理解はすでに辿り着いている。

 そうであるにもかかわらず、どうして自分は耳を塞ぐことをしないのだろうか。


 ルーフは自分自身に疑問を抱く。

 だが体は、耳は他人の言葉を聞き続けている。たったそれだけの事実は変わらず、要素はそのまま現実に引き継がれている。


「妹さんってのは、すでにキミも一度か二度くらいは会っている人なんだが」


 相手側の同様な予想の範疇であったに違いない。

 しかし本人にしてみれば、内容における重要性はもっと別の所にあるらしい。


 エミルが質問めいた目線をジッとこちら側に向けている、ルーフはそれを確認しながら。

 考える必要も無い程に、男が求めるところの解答をすぐさま用意していた。


「モア…………だったか」


 ルーフの頭の中で明るい青色をした瞳が、ポニーテールにまとめた目の覚めるような金髪がひらめいている。


「ええ、あの人と…………?」


 情報が密集をし過ぎていて、ルーフはどうにかして頭の中でそれを整理するのに精一杯となっている。

 色々な事柄が思考と言う形を取って、少年の頭の中を駆け巡る。


 考える、考えた後。

 ルーフはやがて、再び唇を動かしていた。


「なんつうか、その…………」


 何を言うつもりなのだろうか、彼らはそれぞれに期待をしていたのかもしれない。


「結構そっくりだから、本物の兄妹かと思っていたよ」


 しかしながら、実際の話はどうにも単純で下らないものでしかなかった。


 エミルが笑う。


「そうか、そんな風に言われたのは君で……」


 言いかけた所で、言葉は中途半端な形で姿を失う。


「いや、まあ……オレの話はどうでもいいんだよ」


 すでに終わった内容を詳しく語るつもりなど無いと。

 エミルは突拍子もないままに話の流れを変えていた。


「まあ、色々とあって、オレはすでにこの古城にとっては用済みってことになる訳で。でも、それでも魔術師と言う役割の中で、一人の従業員としてこうして働かせてもらっている」


 簡単な事情説明をしている。

 そうするということは、これからの展開にそれが必要であることを暗に示唆しているのだろうか。


 情報に胃もたれを起こしているなかで、ルーフはどうにか今後の物事に予想を組み立てようとしている。


 だが考えようとしてみたところで、もたらされたばかりの衝撃をやり過ごすためには、まだまだ時間を必要としていた。


 そういった心情もまた、エミルにしてみれば想像の範疇でしかないのだろうか。

 ルーフは予想をしようとした所で、しかしすぐに自らの判断を自発的に否定している。


 男にしてみれば、事をそんなに小難しいものにするつもりなど無かったのだろう。

 ただこれからの事情の前置きとして、どうしても内容を伝えなくてはならない必要性があった。


 ただそれだけにすぎないのだろうと、ルーフはそう予想を結んでいる。


「という訳で、今日は君にとって記念すべき日になるワケなんやけども」


 実際エミルは先ほどの過去語りなど前座にすぎないというかの如く、その声音はあくまでも明朗に。

 話題の中心に座すべきなのは少年ただ一人であると、そう信じきる素振りだけを表側に見せている。


「退院ですよ、退院。少年、君がもしも酒類やら煙草の一つや二つでも嗜んでいたら、ちょっとひとっ走りコンビニで購入せしめるところだったんだが」


 まるで人生の門出のように話している。

 だがルーフはどうにもその点に関しては、男の態度に同調をすることが出来ないでいる。


「俺は酒は嫌いだし、煙草はもっと嫌いだよ…………」


 子供っぽい否定文を口から吐き出しながら、ルーフは続けて否定文を喉元に浮上させている。


「退院と言うか、放逐っていうんじゃないのか、こういうのって」


 言うだけ言うとしても、どうしても愚痴っぽくなってしまうのは、もう致し方ないことにするしかないと。


 ルーフは自らに諦めを一つ付着させている。

 今日はそういうこと、つまりは少年が古城から「退院」をする日。ということになるのであった。


「本当に申し訳なく思っているよ」


 少年の語調からどの様な感情を予想したのだろうか。

 エミルは同情をするかのような、いかにも優しげな笑顔を青い瞳の上に浮かばせている。


「本当はもっと、きちんとした対処をすべきなんだろうけれども」


 果たして言い分の対象としているところが何であるのか。

 ハッキリとさせないままで、エミルは先んじて条件だけを少年に明記しよとしていた。


「その代わりに、こちら側としてもアフターケア用の場所を用意しているからさ」


 そしてエミルは、その目線を古城の外側、昨日と同じエントランスホールの外側へと向けている。


「城の外側、オレが暮らしているマイホームへとご招待しようと。そう思っているのさ」

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