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素敵なBGМで誤魔化そう

 自虐的な働きをする事によって、果たしてメイは相手側に何を期待していたというのだろうか?


 よもや、よりにもよって同情心かなにか、同情を誘う効能でも期待していたというのだろうか。

 もしそうだとしたら、椿の魔女の期待は空虚どころの話では済まされないものには違いなかった。


「そうですよねえ、そうかもしれませんよねえ」


 表面上だけでもしんみりとした素振りを作っている。

 メイに向けて、嫌にノンビリとした声音を繰り出しているのは、ハリと言う名前の男性一人であった。


「思った以上に元気そうにしていたものですから、もしかするともう……あの場所から出たいとも思わないのかもしれませんね」


 ハリは明朗なる言い回しをしている。

 

 もしかするとこの彼は、まさか自分を止めどなく動揺させるためにこの様な事をぬかしているのだろうかと。

 メイはそう思い込もうとした、したがったのは、ハリの様子があまりにも平然としていること。


 それはさながら、これから小さく無垢な子供に聖誕祭のプレゼントボックスを与えるかのような。

 それぐらいの純粋さ、純真無垢にはまるで悪意を予測することなどできそうにない。


 意味不明、だだそれだけがメイの内層に熱をもたらしている。

 つい先ほど、今しがたまで奴は自分に情報を与えること。そうすることで、取引に優位性を持たせようとしていた。


 そのはずではなかったのだろうか?

 熱が確かな感情の衣服を纏うよりも先に、メイはどうにかして彼の内情を把握しようと、試みを張り巡らせようとした。


 いくつか浮かんだ考えの内、果てにやがてメイは一つの解答への道を望む。


「そうでした……これはボクが考えを至らせられないことでした」


 残念無念と、そんな素振りを作りながらハリはその緑玉の瞳に諦めを滲ませている。


 諦観は達観めいている。

 それが意味するところはすなわち、彼自身にしてみてもその「少年」に何も期待をしていない。


 ただそれだけのこと、それ以上の意味など無い。


 ハリは、自らをそう名乗る男性は、少年に一種の絶望を抱いているのであった。


「目覚めたときから、ボクはひとつ考え続けていたことがありました……」


 それ以上言葉を続けられることもせず、黙りこくってしまった彼女たちを見やり。

 ハリはちゃぶ台に軽く身を預けながら、楕円形のレンズをした眼鏡の奥の瞳を此処ではないところ。


 何処かへ、時間さえもこえた遠くの彼方へと差し向けている。


「ええ、そうです。ボクは症状から一旦の回復をした彼と面会をしたのです。それは仕事の関係でした、なんと言っても、ボクもまた彼の顛末に関しては一抹の責任がありますからね」


 いけしゃあしゃあと、限りなく事実と大きく異なっている供述を並べ立てている。


 反論をするべきなのだろうか、もしかしたらハリ自身もそれを期待していたのかもしれない。


 もしそうだとしたら、よりにもよって相手側の動きに合わせる必要も、義理も何も無い。

 彼女、とりわけ魔女の方は強く意識の内に無言を貫いている。


 意図の上の計算尽くと思い込もうとした。

 しかしメイは脳裏の片隅に、冷たい客観性をほぼ同時に作り上げている。


 ただ考えられなかっただけではないのか、相手の不可解さに動揺をしているだけ。

 もしかすると、自分は怯えているのではないだろうか。


 予測をする、瞬き一つを実行する余裕もないままに、いつしかそれは恐怖心へと姿を変えようとしていた。


 椿色の紅い瞳をした、魔女がうなじの辺りに粘つく汗を滲ませていた。


 その左隣で、しかしながら彼女の動揺など露知らずと。


「そうなんですか、そうだったんですね」


 のほほんとしたリズムで感嘆符を唇に浮かべている。

 それは魔法少女の姿をしていて。

 キンシと言う名前のそれはどうにも、どうしようもない程には会話の体を続行させているに過ぎない。


「彼は元気そうでしたか?」


 キンシがハリに質問をしている。


 問いかけ自然さそのもので、それは一重に少女自身もまた「少年」に何ら関心を持てないこと。

 それだけの理由しか持ち合せていない。


 メイは安易に想像を至らせている。

 穏やかな音色は、ついつい魔女の心にも平常心を回帰させようとする。

 それ程には魅力的で、甘い響きにメイは誘われそうになっている。


 しかし、とメイは強く心を固くする必要性に駆られている。

 

 今は、今この時だけは、この身を委ねている場合ではないのだ。


 思わず左斜め上に向けたままとなっていた目線を、メイは唇を硬直させながら元の位置に戻す。


「ダメよ、キンシちゃん」


 前を向きながら、眼球の向かう先を男性に固定させながら。

 メイは言葉の先を、自分の隣にいるはずの魔法少女へと矛先を据える。


「それは取引の内容にはいっているから、むやみやたらに聞いちゃハリさんに失礼じゃない」


 果たして自分は上手く笑顔を作れているだろうか。

 願いは虚しく、それでもせめて作り物でも何でもいいので、どうか内層の動揺だけは悟られるものかと。


 メイはせめてもの展望すらも胸の内にしまい込む。

 

 どうしてこんなにも冷静でいられるのか、メイは己の心情すら把握できなくなっている。

 その様子を客観的に眺めていた。


「そんな、これくらいのことは遠慮しなくてもいいですのに」

 

 ハリが小さく驚いたような声を発している。

 どうやら予想以上に、少なくとも取引に応じれるほどには魔女が平静を確保できたことが、彼にとっては想定外に入るらしかった。


「ボクがそちらに提供したいことは、実を言うと彼……、つまりはルーフさんの近況報告を主体としたものではなかったのですが」


 臨機応変に相手側と調子を合わせようとする。

 

 ハリの供述に反応をしたのは、そこでもやはりキンシがタイミングを先に向かえていた。


「なんだ、先日の事件に関することですと、第一に題材に上がるのは彼をおいて他にないと思うのですけれど?」


 内情を説明するにはあまりにもシンプルすぎていながら、しかし疑問を伝える手段としてはおおよそ的確の範疇に属していると思われる。


 キンシと同じく、メイもまた言葉の後に唇を閉じて相手側の返答を待機している。


 視線が注目する、その場所でハリはちゃぶ台の上で左右の指を組み合わせながら。

 無駄に血色の良い唇をそっと、密やかに丁寧に動かしながら言葉を紡ぎだしている。


「いえいえ、その見解はあまり正しいとは言えませんよ? えっと……」

 名前を呼ぼうとして、しかしハリはただ少女の顔を不安定に眺めている。


「キンシです、僕の名前はキンシです」


「ああ、そうでした、そうでした」


 簡単な確認作業のすぐ後に。

 ハリは開示できる分の情報を、ショートケーキを切り分けるかのようにして、求めるところへと提供している。


「それはつまりですね、少年の……いわゆる所の健康状態も当然のことながら。監視対象たる要素を充分に含んではいます。ですが──」


灰笛(はいふえ)の古城……、魔術師側としては、もっと別の題材が決められている」


 ハリの言葉へ先手を打つ要領で。

 メイが静かに予想を言葉に変換している。


 椿の魔女が述べる内容を、ハリはあえて否定や肯定をすることをしないままに、説明だけを続行していた。


「ええ、そうです。あなた達が「彼」について、どれほどの重要性を見出しているかは計り知れないものであるのでしょうけれども」

 ハリはそれらしい前置きを一つ、連続した音の線上に解釈を添付させている。


「しかしそれもまた、結局は個人の感想にすぎないのですよ」


 ハリが感情の否定について語っている。


 彼の言葉に対して、メイは密やかに心臓を昂ぶらせながら、口先だけは彼の供述に強く集中だけをしていた。


「魔術師たちは、お兄さま……。彼の肉体ではなく、もっと別のところに焦点をあてている。ということかしら?」


 メイの予測に対しても、ハリはやはりいまいち要領を得ない素振りだけしか見せようとしない。


 先の事件、ちょっとした大騒ぎ。

 とりあえずは、一組の男女の運命と、約一名の男性の生命に一旦の終わりをもたらした。


 出来事に関する顛末は、他でもないこの場にいる全員がその大体を既知の事実としている。


 今更語ることもないと、その事を証明するかのようにキンシは前振りも忘却したまま瞳の奥に輝きをひらめかせていた。


「と、いいますと! 後に残されているのは一人しかいません」


 記憶を頼りに一人の女性の姿を思い出している。


 少女が名前を叫ぼうとした。




 


 少年が名前を叫ぼうとした。


「待ってください」


 しかしその動きはハリの左手、健康な皮膚がほとんど残されていない、透明な輝きに包まれたそれに阻まれている。


「落ち着いてくださいよ王様、結論はまだまだ先のお話、話が早すぎます」


 ハリは伸ばした五本の指の先、自らの肉の向こう側に見える少年の姿を視界に認めている。


「それより、ボクはもっと別にあなたにお聞きしたいことがあるのですよ?」


 机、食卓をはさんだ向かい側に座る少年の言葉をさえぎる。

 そうしてまで、ハリはどうやら彼に確認をしたい事柄があるらしい。


「そんな事よりも、ですよ。どんな気分なんです?」


「…………なにが?」


「ほら、「ルーフ」として、ナウでヤングな娘さんたちの話題の中心になる。その気分をですね、ぜひともボクにお教え下さればと」


「…………はあ?」


 一体何を聞いてくると思えば。

 ルーフと名前を呼ばれていた、少年は驚愕と同時に落胆めいたものを抱いている。


「下らねえ! とんでもなく下らないこと聞いてんじゃねえよ」


 声を荒げずにはいられないでいる。

 ルーフの狼狽に対し、ハリはやはりのんびりとした様子で「シー……」と唇の隙間から前歯を覗かせている。


「そんな大きな声を出さないで、周りの人が……主にボクがものすごく驚いてしまいます」


 またしても冗談めかした事でもぬかしているのかと。

 

 ルーフはそう思い込もうとして。

 しかしハリの頭部に生えている三角形の黒い聴覚器官が、冷めたクレープのようにへたっているのを認め、とりあえずは要求の一つを無理やりにでも飲み下すことにしている。


「と、結構お話が長くなってしまいましたね」


 果たしてどれほどの時間が経過したのだろうか。

 ハリは時間を確認することもしないままに、その嫌に明るい緑色の瞳はルーフの方を見続けている。


「それで、どこまでお話しましたっけ。ねえ、王様?」

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