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鍵穴を探そう

 まさかこの瞬間まで、このキンシと言う魔法使いの少女は本来の目的を忘却していたのではあるまいか。


 室内のどこかしら、主に客人そのものであるハリを中心にして、キンシに対するささやかな猜疑心が発芽をしていた。

 ような気がする。


 だが、それらの他人が抱いた感情はキンシになんら意味を為さなかったらしく。


「さあ、さあさあ!」


 まさにたった今天命を、それこそ虹色に光り輝くステンドグラス越しに承ったと言わんばかりに。

 キンシは右の指にからのクッキー袋を携えたままの格好で、まさしく我が物顔で本まみれの室内を、一つの目的に向かって進み始めている。


「お待たせしました、すみませんでした」


 キンシはあたかも調子よく、口先だけのスナック感覚に軽い謝罪を口の上に並べながら。

 そそくさと進む、靴を履いていない足はハリのいるちゃぶ台の方へと向かう。


 五秒と駆けぬうちにたどり着く、キンシは深い茶色をしたちゃぶ台を挟んで、ハリの向かい側にそっと腰を下ろしている。


「さあ、お話をしましょうか」


 もそもそと足を微かにうごめかせて、キンシが正座のポジションを整えながら。

 その目線は真っ直ぐ向かい側、客人であるハリの方へと固定されようとしている。


「えっと……、本日はどの様なご用件でしょうか?」


 キンシは口に意識的な笑顔を作っている。


 その表情を見た、客人であるハリの方もまた気分を切り替えようとした。

 

「……あ、そうです」


 そうであるからこそ、ハリの方も持っていた空の袋を何処に処理しようとかと。

 考えあぐねていた。その所でハリの向かい側に更なる声色が、新品のゴムボールのように飛び跳ねてきていた。


「忘れてはいけない事がありました」


 ハリが声のする方を、キンシの方へと視線を戻している。


 そこでは当然のことながら少女が一人、なんとも行儀の良さそうに正座を作っているのが見える。

 ただ先ほどとは異なっているのが、少女が身につけている上着の胸ぐらに手を深々と突っ込んでいることであった。


「えっと、ちゃんとここにありますよね……?」


 キンシはひそひそと囁くように自問自答をする。

 自らの胸元に深々と突き入れられた左腕は、ムグムグと無造作に外部から秘められている中身を無造作に探り入れている。


 何を探しているのだろうか?

 いや、それよりは、この状況で今すぐにでも探さないといけないものが、はたして何であるのだろうか?


 疑問がハリの脳味噌の中で、新年のコマのようにくるくると回転を起こしている。


 新参者、新鮮な視線にしてみれば少女の行動が何を意味するのか、まるで見当もつきそうにない。

 しかし既知の間柄にしてみれば、特に感情を動かすような事柄でもなかったらしい。


 やがてキンシが上着の内側から、若干ながら体温によってぬくみを帯びているそれを取り出した。

 そのときであっても、室内に置いてアクションを起こしていたのは、ハリ一人だけであったように思われる。


「それは……」


 少女がどこか自信ありげに取り出した、一つの物品に関してハリが短くコメントをしている。


「時計に見えますね」


 金色に周囲の光を反射している、それは懐中時計のような道具に見えている。


「その通りです、これは時計です」


 もしかすると? 懐中時計のように見えているそれが謎の、いかにも魔的な機能を有しているのではないか。

 ハリは疑いを抱きかけた、だがそれよりも先に持ち主であるキンシから同意の言葉が返されていた。


「これは、また……」

 

 さて、時計を見せられて自分はどうすべきなのか?


 ハリは考えようとした。

 だがこの問いは納得の行く答えを得られないとこも、彼には安易に想像できている。


「ステキな……お高そうな一品でございますね……」


 結局彼が発せられていたのは、いかにもそれっぽく無難な見解と思わしきものばかり。


 実際じみた話、その時計は決して安っぽいものではないことは確かであった。

 時計は円く蓋付きのものであって、金属質の表面に刻まれている細やかな模様は、もうそれだけでかなり手間暇がかかっていそうな気配がある。


小洒落(こじゃれ)ているというか、なんとうか」


 少なくともその辺の雑貨屋に、紙幣一枚感覚で投げ売りされているような気軽さは想起できそうにない。


 謎の刻印が刻まれているそれ。

 正体が何であるかは気になる所ではあるが、しかし生まれかけた好奇心は現実の前にあまりにも無力であった。


「それで、その金時計で何を……」


 これだけ意味深、意味ありげに見せつけてくるということは? 

 ハリの脳内で様々なイメージが、彼の想像力の許す限り静かに頭の中で展開されている。


 やはり何か、魔的な力を秘めた道具なのではないか。

 予想は勢いと留めることなく、しかしハリは努めて沈黙を保つことを意識している。


 仮に相手側が何かしらの行為を予定しているとして、その場合にはやはりこちら側から下手に先手を打つ義理も無いと。


 ハリが身構えている。

 それと同様に、彼からちゃぶ台を一つ挟んだ向かい側に座るキンシも、同じように唇へ沈黙を湛えている。


 黒いようで、ところに寄れば黄色がかった白髪と思わしき色合いが混ざり込んでいる。

 二つの頭が並んでいる。


 やがて、ついに静かさに耐えきれなくなったのは魔法少女の方であった。


「あの、数をお願いできますか?」


 結局は自発的に要望をしてきている。


 だがハリは、魔法少女が何を望んできているのか、その正体を上手く把握できないでいた。


「数える、何を」


 ごくごく短い問答だけをやり取りしている。

 文章の少なさはそのまま、彼らのコミュニケーション能力の至らなさを表明しているように見えてくる。


 それでも、やがては時間をたっぷりと使用すればいつの日か、それなりの形程度なら作れるのだろう。


 可能性はある、しかし今は悠長にそれを待っている余裕もない事も、覆しようのない現実ではあった。


「えっとね、相談にはお時間がきまっているのよ」


 沈黙する彼と彼女の空間に、直接的介入をしてきたのはメイの声音であった。


「ほら、カウンセリングみたいなものと思ってくださいな」


 沈黙に耐えきれなくなった、とでも言えばそれらしい理由になるのだろうか。


 あるいは超個人的なエゴイズム。

 ただ単に、これ以上の時間をハリと共に過ごしたくなかっただけなのかもしれない。


 しかし理由などこの際大した問題でも無しと、メイはいかにも魔女的欲求のおもむくままに唇で言葉を作り上げている。


「一かい五十分でお金は五千今(いま)、よ」


 (いま)とは彼らが暮らしている文化圏の通貨の名前であるのだが、しかしハリの驚愕はほぼ確実に別方向の内容によるものらしかった。


「うひい? 五千今(いま)! そんなにお金とるんですか」


 料金の高さについて文句を言っているらしい。

 カウンセリング料としてはこのぐらいが相場だと、それがメイの判断ではあったのだが。


「ちょっと、メイさん……!」魔女の提案を否定しているのは、時計をかざしたままのキンシの声であった。


「それは多すぎます、桁が一つ分間違っていますよ」


 カネの話をする手前、無駄な行為と分かっていながらもキンシは声を潜めずにはいられないでいる。


「ああ、そうね」時計を持っているキンシに指摘され、メイは速やかに己の間違いを訂正している。


「一かい五十分、五百今(いま)で延長三十分につき百今(いま)追加されるわ」


 キンシが指摘したそのままに、メイと言う名前の魔女はゼロの数を一つ分錯覚していたらしい。


 しかし間違いが正されたところで客人である彼の驚愕が解消されたかと言うと、そういう訳でもなかったらしい。


「安っ、今度は今度でやっす……!」


 ゼロが増えるか増えないか、たったそれだけで彼らは一喜一憂できてしまえる。


 だが、果たしてこれらのやり取りを資本主義の家畜として枠組みできるかどうかは、どうにも審議が問われる所ではある。


「そんな相場を低く設定して大丈夫なんでしょうか?」


 ハリが何故か不安げにしている。

 感情の対象は、果たして魔法少女側に向けられたものなのか。

 あるいは、自身が迂闊に怪しげな場所に相談事を持ち寄ってしまったことに関しての、今更すぎる後悔なのかもしれない。


「大丈夫? 元は取れるの、ハリさんはとても不安で仕方がないよ?」


 言葉の先では優しげな説明口調を作り上げている。

 だがその、眼鏡の奥にある緑玉の瞳は、いよいよ相手側への猜疑が今にも暴発せしめん程に濃密さを増していっている。


 その様子を見て、相手側の感情を読み取っているか、いないか。

 いずれにしても、キンシの態度はやはりあっけらかんとしたものでしかなかった。


「非公式ですからね、こちとらまだプロの名をかたれる程ではございませんから。本来ならば資本をせしめることも許されざること、なんですよ」


 キンシは左手に金時計を持ったままの格好で。

 口ぶりはあくまでものほほんとしている。


 ハリはその台詞を聞いて、ふと思い当たることを即座に口走っていた。


「あ、じゃあもののついでと言うと事で……タダに」


「それは出来ません、絶対に」


 提案は即座に否定されている。

 キンシの口調は、今までの雰囲気からはまるで共通性を感じさせないものであった。


「タダにするのはいけないことなんです、それは絶対にダメですよ」


 キンシは左手に携えている時計を、閉じられた蓋をそっと右側の指で解放しようとしている。

 目線はしばし下に向けられている、無駄に血色の良い唇には微笑みが湛えられていた。


「無料は確かに魅力的です。ですが、ゼロは時として人の心を惑わすのですよ」


 硬い物が小さく炸裂する音が発せられる。

 時計の蓋が開かれた。密封されていた中身には、当然のことながら時計特有の文字盤が組みこまれている。


 白い板の上に、丸みを感じさせる算用数字が十二個並べられている。


 キンシは目線を下に向けたまま、ハリと同じような色をした瞳が「十時」の辺り。

 ゼロの文字へと固定される。


「タダでやる仕事にロクなものは無い。それは自分や他者に関係しない、共通する」


 キンシは語る、口調はどこか空読みの気配を漂わせている。


「対価を求めるからこそ、ひとの怠惰はそうすることで初めてまともに二足歩行ができるようになる」


 言葉を言い終えた後に、キンシは時計を開いたままで目線を客人の方へと戻している。


「……と、これは先代の受け売りなんですけれどね」


 少女は唇に笑顔を作る。

 それが誤魔化すためのものなのか、他人に判別できるかどうかは審判が分かれるところであった。

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