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薙ぎ払うためにバーナーを買おう

 いまさら、今になって自己紹介をする意味がどこにあったのだろうか。


 魔法使いの少女が暮らす住居の室内、一室の内側に置いて疑問を抱く物が一人か、あるいはせめて二人ぐらいは存在をしていたのだろうか。


 しかしそれらの、安易に予測できる戸惑いなどまるでお構いなしに。

 ハリと言う名前の男性、本日最初、一番目に魔法少女の自宅に来訪した人物。

 若い人間の姿をした彼は、あくまでも自身のペースだけを尊重するかのようにして、その唇にはなんとも素敵そうな笑顔ばかりを浮上させているようであった。


「いやあ、いやはや、なんだかすみませんね」


 にやにやと調子の良さそうな笑みを浮かべながら、ハリは果たして何についての謝罪を口にしているのだろうか。


 ちょうど彼の目線が向けられている方向から、背後の位置に佇んでいるメイと言う名前の魔女が疑問を抱きかける。


 だが彼女が想起しかけた疑問は、実のところすでに彼女の腕の中にたっぷりと含まれている事でしかない。

 椿の花と似た色をした瞳の、彼女の春日(かすか)(羽毛と翼のある人間の種類のこと)特有の柔らかな羽毛に包まれた腕の中。


 蚕の繭のような色をした羽毛にまみれつつ。

 メイの腕の中には、本日二番目の客人に貰ったばかりのクッキー入り袋が満載されている。


 ハリはその左手に、椿の魔女が山ほど携えている物品とおおよそ同様のもの。

 中身に橙色の小粒な円形をした小麦、及びその他の食品の気配を感じ取れる、クッキーの数枚が内包されているかいないか。


 ハリが持っている袋はすでに中身を消失させている。

 かつて存在していたものたちは彼の口内、喉の粘膜を降下して腹部の内層、消化器官に丸々消化をし尽くされんとしている。


 最初の客人が三分と跨がぬ内に、本来は息の運命をたどるはずであった食品を消化の名の元に消費している。


「フム……」

 

 その様子を眺めながら。

 二番目の客人である男性。シグレという名の異形の姿をした彼が興味深そうに、空気を両生類じみた舌の上で静かに転がしている。


「ナんというか、ナんというかアレだわね。手前としては、チョっとした助けを求めるつもりだったんだけれど……」


 シグレは色の白いどら焼きの様な頭部を微かに傾け、たった今目の前で自らの持参品が消費されている。その様子を、なんとも奇妙そうに観察するばかりであった。


「コの様子だと、マジに今日中に全部食べ尽くされちゃいそうだわね」


 シグレは、人間の声を持ちながら、その肉体はおよそ人間らしさとは遠くかけ離れている。

 なんともこの世の常識から逸脱した形態をしている、その造形をあえて既存の常識に当てはめるとして。

 強いて言えば、彼の姿はまさしくウーパールーパー。を、ちょっとした洗濯籠程度に拡大させて、申し訳程度の人間性を付着させたかのような。


 そんな見た目をしている、シグレの黒いビードロの玉の様な瞳がハリのいる方向へと向けられている。


 目線は確かにハリを捉えていた。

 だが方角はほとんど固定されることなく、イモリが蠢く幼虫を本能のままに探し求めるかのようにして。目が向けられる先は、次の瞬間にはすでに別の場所へと移動させられている。


「ナあ、キンシのお嬢ちゃんよ」


 シグレは見知った相手、この部屋の主とされている少女の名前と思わしき単語を声に出している。


「手前はキミ以上に健啖家なお人を、ココ最近で久しぶりに見た気がするよ」


 そう言いながら、シグレはほとんど感情の読み取れるはずのない眼球に、それでも確かに実感できる程度の好奇心を露わにさせている。


 異形の姿を持った彼に問いかけられた。

 彼の注目に誘導される形で、室内にいる人間の視点がキンシと名前を呼ばれた少女に注目される。


 少女が、キンシが見られていることに気付いたのは、しかしてワンテンポ遅れた時間の中であった。


 その理由として、彼女もまた袋の中身に意識を、集中力を捧げていたからであった。


「んぐ、ん?」

 丁度のタイミングだったらしく、キンシの口の中には最後の一欠けらが小麦粉と、その他の素材の香りを口内に発散させている所であった。


「えっと、その、なんですか?」


 じっと目を向けられていることに関して、キンシは思い当ることが何も無いようであった。

 だからこそ、魔法少女は他人からの集中線に戸惑いを抱かずにはいられないでいる。


「そんな、皆さん僕のことをじっと見つめて。えっと、何でしょうか……、あ! このクッキー美味しいですね」


 キンシはなぜか自発的にはぐらかすかのような素振りを作り、たった今からにしたばかりの小さなビニール袋をふらふらと指の間に掲げている。


「何でしょうか、小麦の素朴な味の向こう側、生け垣を一つ通り抜けた所に謎の魅力が隠されているような感じで。何でしょうね? ハンバーグの横の甘い野菜みたいな味がしました」


 取り繕いのつもりで発した意見でありながらも、賞賛の内容については紛れも無くキンシ本人の本心が含まれているものであった。


 魔法少女のコメントに対して、シグレもそこでようやく不必要なまでの注目を一時停止させている。


「ナかなかに鋭いコメントだね」


 シグレ自身もまた自らの行動に違和感を覚え始めているらしく、どうにもわざとらしい問答を一つだけ結び付けている。


「セいかいは人参だよ、スりつぶしたもの、ペーストを生地にねり込んだのよ」


 疑問に対する簡単な答えを少女に返した後に、しかしながらシグレは一度抱いた疑問を完全に無視することも出来ないでいた。


「ウん、ウんん? ヤっぱり、ヤっぱりだよなあ?」


 解答をもたらされて納得を味わっているキンシの、眼鏡の奥にある瞳をもっとよく見ようとして。

 シグレは白い小さな足をヒタヒタと動かしながら、魔法少女がいる方向へと距離を詰めている。


「ヤっぱり似ているなあ、キミたち」


 シグレがもみじの若葉のような手を、ぬるぬると白く柔らかそうな、おそらくは顎に当たるらしい部分にそえて。


 目線は二人の人間、室内にいる男女の間を言ったり期待を繰り返している。


 シグレが誰と誰を基準に、そこに類似性を見出しているのか。

 その事に気付いたのは、以外にも第三者からの視点がこの場合に置いて優位性を発揮していたらしい。


「似ているって」

 腕に抱えていた袋の山をちゃぶ台の上に起きながら、シグレの言葉に先んじて動作していたのはメイの声であった。


「その、キンシちゃんと……」


 荷物をすえ置いた安心感と開放感の中で、メイの心理に言葉の続きをためらう意識が落石のように影響をもたらしている。


 言葉に、該当する人名を言語として意味を与えることにためらいを見せている。

 メイと言う名前の、椿の魔女がそうする理由はこの部屋に、彼女と同じ空間内にさも当然とした様子で存在をし続けている。


「ハリの旦那ですよ」


 椿の魔女が言い淀んでいる、彼女の心理的事情などいざ知らずと。

 発言者であるシグレは、さながら自己の発言に最後まで責任を持つ勇猛果敢な弁護士の如く、自身の主張に確実な実体を与え続けていた。


「ネえ? モしかしてキミたちって、ナんかの血縁か親類か身内だったりしないかしらね?」


 要するに血の繋がりがあるのではないか。

 シグレはそう疑っている、その理由はキンシとハリの類似性が主たる原因ではあった。


「そんなまさか!」


 ウーパールーパーじみた姿をした、異形の彼の疑問に今度はキンシの方が解答を言葉に変換させている。


「そんな訳ありませんよ。現時点において……この世界に僕の血縁関係者は生存をしてはいませんから」


 すらすらと、いかにもな否定文を供述の内容としている。


 メイは思わずキンシの方を見やる。もしもここで何も知らぬ、存ぜぬ間柄が彼女らの関係性の主成分であったとしたら。


 おそらくは何も気づかぬままに、言うがままを事実として受け入れられたであろうか。

 メイは予測する、それは空想にすぎなかった。


 つまりの所、椿の魔女は魔法少女の述べた事柄に違和感を覚えていた。

 現時点においてとは、つまりは過去には存在をしていたということで間違いないのではないか。


 重箱の隅をつつき、つつき回して器ごと貫通させるかのような。

 些細な疑問でしかない、メイはそう思い込もうとした。


 魔女は考えようとしなかった。

 これ以上歩を進めれば、それはもうすでに追及でしかない事を、彼女は安易に想像することが出来ていた。


 諦めている、今はそんな事をしている場合ではないと彼女は判断していた。


 魔女の諦めが唇の中で唾液と共に溶かされ、喉の奥へと流し込まれている。

 動作は密やかなものでしかなく、それこそ当然の事としてキンシは彼女の認可を他所事としてしか認識できないでいる。


「そういう訳ですので」


 キンシはごくごく簡単な、シンプルの過剰で空気異常に無味無臭な。

 小麦粉か、薄力粉辺りを噛み続けている方がよっぽど有益な時間を過ごせそうな。


「僕に家族はいません、それに今のところは付加させる予定もありませんよ」


 具合も何もない、何一つとして感じられそうにない自己紹介を適当なところで結んでいる。


 その眼鏡の奥、右側一粒だけの眼球にどの様な感情が見えていたのだろうか。

 

 答えは少女が注目をしている、シグレただ一人だけが判別をすることが出来ている。

 彼は黒い小さな瞳に、アマガエルの腹部のように柔らかい瞼を一回ほど開閉させた後。


「ソうかい」


 彼は、おそらくは何かしらを考えたのだろうか。

 だが内容はさしたる意味を持つことは無かったらしい。


「ソいうことなら、ソうなんだろう」


 シグレは少しの納得の後に。

 その目線は、視界は魔法少女から集中を速やかに移動させている。


「ソれはそれとして。トころでキミ達は何をしているんだい?」


 口をついて出てきた質問は、単純さの中に現状への容赦ない追及がたっぷりと満たされていた。


 そうなのである、と部屋の中の誰かが確かに考えていた。


「ああ、そうでした!」


 発覚は電流のごとし。

 ユリイカが魔法少女の体を、肉と骨、皮膚をしびれさせる。

 

 キンシの緑柱石の色した瞳を、獲物を捕らえた捕食者よろしく輝かせていた。


「忘れかけていたことでした。しかし忘れないことでした、思い出したのです」


 それは嫌に説明じみた口調ではあったが、元気に溢れていることだけは確かであった。


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