叫べよ少年、全てはたった一人のかけがえのない幼女のために
身が落ちる
怪物に関する予想外の事柄に、ルーフは思わず仮面の奥の瞳を大きく見開いた。
「ガラス玉って……、あのクソでかい球体のことか?」
ぽっかりと口を開け、宇宙人を発見した幼子のような動作で怪物の肉体、そのとある一部分を指さす。
少年の柔らかい、やや伸び気味の爪の先は怪物の体の一部と言い表すには違和感のある、どちらかと言えば肉芽組織に似ている盛り上がりへと、真っ直ぐ向けられている。
丸く艶やかに、いかにも人間の体を構成しているどれか、いずれかの何かと酷似していそうな、ほんのりと温かそうな赤みのある色彩。
しかし同時に、その球体はどうしようもないほど人間とは、少年の知っている哺乳類とは決定的に異なる、およそ生物らしくない硬質さを醸し出していた。
つまりの所、キンシが使う「ガラス玉」。その言葉が神話に登場してくる神々並みの理不尽さで一つの、魚っぽい体を持った怪物の体に食い込んでいる。
いや、取り込まれている……、組み込まれている、の方が正しいのか?
「あんなバカデカい所に急所って……」
あんなの、遠くから弾丸で打ち抜いてしまえば一発で破壊できそうなものだが。
ルーフの呆れ気味な言葉に、キンシはさらなる補足をする。
「大きい所に、と言うよりはあのガラス玉そのものが急所ですね。あそこさえ破壊できれば、おそらくメイさんもすぐさま救出できるでしょう」
つまりは、あの大きい大きいガラス玉さえ破壊できれば。
ルーフの中で結論が生み出される。
そうとわかったならば。
そう思うや否やルーフの体は行動を開始していた。
力強く地面を蹴り、何の予備動作もなく一目散に怪物の元へと駆け出す。
背後からルーフの赤色が強い毛髪、うねうねと波打っている後頭部へと投げかけられた、
「あ! ちょっと待ってください! まだ──」
キンシの続きが予期できる制止の言葉など、まるで聞き入れようともしなかった。
そもそもルーフの頭の中、その思考の大部分はずっと妹のただ一人のことしか考えておらず、正直怪物の生態等々の情報などうでもいいと思っていた。
キンシの口から発せられるこの町、灰笛の奇妙奇天烈摩訶不思議な生態系のことに、一切の興味がなかったというのは嘘になる。
のだが、今は自分の下らない好奇心など引き千切れた輪ゴムよりも価値がない、意味がなかった。
そんな事よりも、そんな事よりも!
妹が、妹が!
自分の傍に妹がいない、この現実にルーフはこれ以上耐えられそうになかった。
ルーフから発せられる激しい足音に怪物の皮がグネグネと反応し、四本の足がのっそりと稼働を開始し始める。
彼は暴走の勢いを出来るだけ損なわぬよう気を配りながら、一旦姿勢を低くして地面をまさぐった。
何か、何か、椅子でも机でもいい、何か使えるものは。
望みにそくした目ぼしい物品を拾い上げることは、出来そうになかった。
少年は一秒、その瞬間の内に脳内で盛大なる舌打ちをした後、仕方なしに大きめの石を拾い上げた。
その石は、交通事故と言う名の爆発の際に破壊された、飲食店施設を構成していたであろう壁の一部。 つまりは瓦礫だった。
ごつごつと粉っぽい、温度のない無機質な塊。
ルーフはそれを指で固定し、走行が生み出す体全体の力の流れをそのまま込めるような勢いで、腕を大きく振って怪物のガラス玉に投げつけた。
「うおおおおおっ!」
肉体が起こした行動、肉の躍動から少し遅れて、少年の耳に己の怒号じみた叫び声が届いた。
眠りに囁く。




