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現在進行形の恐怖心

 その話はどうやら、ルーフと言う名前の少年にとってどうにも既視感。いや、この場合は聞き覚えがある、と言った方が事実に正しいのだろうか。


 いずれにしても、ルーフの戸惑いなどまるでお構いなしと。

 ハリと言う名前の、年齢的には若いうちに入るのだろうが、しかしどうにも外見的な活力に瑞々しさが欠けている。


 ハリはあまり大きくない唇を動かし、語ろうとしている内容の続きを音声として相手に伝えていた。


「その日も、ええそうでした………その日もいつも通りの雨でした」


 

 ハリは玄関を、とても玄関とは呼べそうにない、どちらかといえば玄関と言うよりも、巨大なマンホールの金属質で分厚い一枚と呼ぶにふさわしい。


 固さを目の前にして、ハリはまず最初の迷いを抱かずにはいられないでいた。



 ──え? ノックぐらい普通にしやがれって?

  よしてください王様、ボクはあなたのように大胆不敵マナー不足を出来るほどには果敢になれないのですよ。──


 

 少年からの指摘はともかく、話は続く。


 ハリは玄関先とも呼べそうにない、崖の側面で海風にあおられながら、左側に中途半端な握り拳を作ったままで。

 波にあおられる昆布、あるいはワカメのようにその体を空間に漂わせていた。


 ああ、どうしたものか。

 ハリは悩まざるを得なかった。


 このままひたすらに海風に晒されたままで、何ものも得ることなく、ただこの寝ぐせまみれの白髪交じりの髪の毛が塩分でべたべたになる。


 現実に身を任せるべきか。

 いや、任せた方が良さそうである。


 ハリは潔く諦めようとした。




 ──……え? それでこの話は終わるかだって? 

いや、むしろ今すぐにでも終われ、終了しろと?

 やだなあ、王様。お話はまだ始まったばかりでございますよ。黙って聞いていてください──。


 少年の苛立ちなどお構いなしと、話はまだ続く。


 それどころか新しい展開を迎えようとしている。


 まさに回れ右をしようとしていた、ハリの右斜め後ろの辺りから小さな人間の気配が聞こえてきた。


 ハリが振り返る。

 そこには小さな、小さな体をした春日(かすか)の魔女が立っていた。



──あ、王様? 春日(かすか)って分かります? 体がまるで鳥さんみたいにふわふわな人たちの事なんですけれど。

 え? ンなこと知ってるに決まってる? 下らない確認してないで、はやく続きを話せと。──


 

 少年の要求通りに話は続く。


 ハリは目線を下の方に。

 そして春日(かすか)の魔女はハリの事を見上げている。


 ハリは彼女の名前を知っていた。

 彼女の名前はメイと言う、記憶が確かならばその名前で間違いないはずであった。


 メイはハリの姿を見て、それはもうとてつもなく驚いた様子であった。


 それは無理もない話であった。

 彼女にしてみれば昨日の仕事に由来する、体に蓄積していた疲労感を午前中の比較的爽やかな風の匂いで癒そうと。


 ただそれだけの目的のために、玄関先へと出向いていた。

 その矢先、いきなり目の前に見覚えのある他人がいること。

 決して積極的に招きたいとは、たとえ嘘であってもとてもじゃないが言えそうにない。


 メイと言う名前の魔女にとって、ハリはまさにこの世界において敵性と見なすに値する人物である。


 その事は魔女本人はもちろんのこと、敵意を向けられているハリにも重々承知のことであった。


 だからこそ、といえばそれはあまりにも責任を他人任せにし過ぎているのだろうか。

 だが確かに、ハリはその時魔女から獰猛な獣を目撃したかのような、そんな目線を送られた。


 切っ掛けとしてはあまりにも充分が過ぎている。

 ハリは今度こそ、体を左側にぐるりと回転させて帰路につこうとした。


 だが、それを許さない声がハリの聴覚器官に、確かな音声として空気をフルフルと振動させながら届けられてきた。



──ええ、そうです、そうですとも王様。彼女もまた、あなたと同じような感じで、ボクに同様の内容を伝えてきたのです。──




 流石は兄妹、この世界に置いて最も近しい間柄にいる他人同士、男女の二人と言うに相応しいのだろうか。


 ハリは崖の側面で、顔の半分をほとんど海風に預けて同調をするような格好で。

 だがその眼球、楕円形のレンズの奥にひそむ緑玉の瞳は再び玄関と思わしき出入り口、その隙間から覗く魔女の目線としばしの交錯を執り行っている。


 見つめ合う、それは人間の名の元に肯定的とされるコミュニケーションの温度など、まるで一かけらも感じさせない。


 それは人間としての檻から三歩ほど逸脱した、さながら飢えた獣同士が死肉を狙い合うかのような。

 緊張感に満ち溢れ、それ以外の感情の要素など一切許されない。


 睨み合いと言うほどには激しさがあるという訳では無く、ただ二組の眼球は互いの持ち主が、それぞれに次なる行動を一瞬たりとも見逃さぬように。

 「見る」ことに強く執着をする、球体の視覚器官がほんの一時でも他の存在意義を破棄せんとする。


 ある意味では極限のやり取りは、しかしながら傍から見れば大人と幼子が仲睦まじく見つめ合っているようにしか見えない。


 そう、他人の目がこの場所には必要であったのだ。



──ほら王様、展開素早く新たなるキャラクターの登場でございますよ。

 ストーリ運びに特に意識を働かせて、飽きが来ないよう最善の細心の注意を。

 ええ、そうでしょうとも。ただでさえ無駄に大きめな、アンバーのおめめも見開いて。


 ……ああ、いや。ちゃんと分かってはいますよ、王様は魔女である彼女にしか興味が無いってことを。──


 


 だが語る上で、魔女とは別の彼女、もう一人の女の姿を把握する必要があった。

 それは魔法少女で、ハリと同じ眠子(ねむこ)の種類の人間らしかった。

 少年に対して、眠子(ねむこ)がネコ科の特徴を持った人間であることを簡単に説明したのち。


 話はさらに登場人物を増やすこととなる。


 

 魔法少女の陰に潜むかのようにして、さもその場に存在をしている事を当たり前のように。

 少女の背後には一人の男性がいた、それは青年の姿をしていた。


 魔法少女はキンシと言う名前であることをハリが知ったのは、つい先日のこと。

 かなり最近の出来事であった。


 つまりは、ハリとキンシはまだほとんど面識がある訳ではない。

 なにも脚色する必要も無い程には、男と少女は紛れもなく赤の他人と呼ぶべき間柄でしかない。


 だが、その関係性もあくまでも魔法少女に置いてのみ限定されていること。


 青年の方には、残念ながらそれは適用されなかった。


 ハリと青年、今はトゥーイと呼ばれているらしい青年は知り合いであったのだ。



──といっても、昔に仕事をちょっと手伝ってもらった。と言う関係性で、そこまで仲良しこよしという訳でもなかったんですけれど。

 ……え? ボクが一体何の仕事をしているのかだって?

 まあ、その事に関してはまた後で、おいおいお話しましょうよ。──



 少年の好奇心が思ったように働いてくれない。

 だがハリはその事に対した焦りを覚えることは無く、あくまでもマイペースに話を続けていた。



 ハリとトゥーイがささやかな挨拶を交わしている。

 その後に訪れたのは、なんとも必然的かつ因果律の奴隷じみた、とてつもなく気まずい沈黙ばかりであった。


 当然の展開ではあった。

 理由を考えるまでもない。彼らの間に一体どのようにして素敵な話題を、爽やかな午前中の輝きを損なわない彩りを加えられたというのだろう。


 もとより話題が著しく欠如していることは、まあ、それはそれで避けようのない凶事として、甘んじて受け流すくらいのことは実現できた。


 だが、この物語に登場する彼らを取り巻く環境は、どうやら数少ない救いですら否定せずにはいられならしく。


 精一杯の勇気を振り絞って、先に声を発しようとしたのはハリの方であった。


「えっと、その……えっと」


 果たしてこれはどういうことなのだろうか。

 己の発声機能が上手く働かない、その理由をハリ自身が判別するよりも先に、彼の唇は意識を置いてけぼりにしたままで行動だけを現実に及ぼしている。


「どうも、どうも! 本日は良いお日柄で、とてもよい住宅にお住みでございましょうね」


 ハリは眼鏡の奥の目線をぐるりと、一回転だけ周辺に巡らせている。


 楕円形をした眼鏡の奥、緑玉の色をした瞳が再び元の位置へと空虚なる回帰をしている。


 そこでは相変わらず、住居と思わしき横穴の住人たちが棒立ちだけをしていた。


 無反応を決めこんでくれさえすれば、それで話は何事も無く終わりを迎えるはずだった。

 のだが、しかし、どうやら物語の展開はハリに安息を与えることをしなかったらしい。


「……」


 誰のものとも判らぬ沈黙が、砂糖一つまみほどに虚空へと溶かされる。

 実体も何もない粒子が、空間という名の果ての無い水へ融解される。


「あ」


 もう一度声を発する。

 それは二人の人間によるものであった。


 それぞれが、男と女、大人と子供、まったくもって相対的な位置関係にいるはずの、二人が互いの音声の反響におののいている。


 特に示し合せる必要も無く、彼と彼女はそれぞれが言葉を発しようとした、それだけの事実を簡単に意識することが出来ていた。


「すみません、お先にどうぞ」


 そう言いながら、あたかも紳士的な素振りを作って相手に先制を譲ろうとする。

 愚かしい思考能力で考え付いた、精一杯の策略。


 少なくとも当人にしてみれば、それが今のところ実現できる最大の良策のつもりではあった。


「……」


 しかし現実は願望から遠く剥離している。

 後に残されたのは、それぞれ片栗粉をひたすら噛み続けるかの如き空虚なる譲り合いをしている男と少女。


 彼らの姿を見ていた、図らずして客観的な視点を持つことになった。

 魔女の唇が、満を持して決定的な提案をしていた。




──いやあ、なんだか妙に緊張してしまいましたよ。

 何なのでしょうね? ボク、どうにもあの女の子の前だと変に緊張してしまって。

 あ、もしかして王様もそうなんですか? そうですよねえ、あの子、なんかすごく目が怖いっていうか。


 ん? どうしましたか王様? ボクの事を、ボクの目をじっと見つめて。

 あ! そうでしたね。魔女さんについての事をまだ説明していませんでした。


 ええ、ええ、そんなに急かさないでください。

 きっと、あなたのご期待にそえる展開がお待ちしておりますよ。

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