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精神的ダメージを目指そう

 理由に関しての話はそれでお終いだと、少なくともハリにしてみれば行動は終わりを迎えていたつもりであったらしい。


「あれ? ボクのターンはすっかり終わりを迎えたものだと思っていたのですが」


「終わってねえよ」


 膳の上に乗せられた器はほぼ空になっている。

 それと相乗をするかのように、ハリは早くもこの場面から言ったんの別れを告げたそうにしている。


 だがそれを許すわけにはいかぬと。

 ルーフは努めて低い声を、一ミリとして似合っていない声色を意識的に演出する必要性があった。


「なにも終っていねえ、回転の一つすらしていねえよ」


 いつになく、こんな些末な問題に限って真剣になれてしまえる。

 語るほどのことではないにしても、一応ながらルーフにも拒否感を抱く道理ぐらいは持ち合せていた。


「よりにもよって、爺さんと妹………そしてあいつの人生をめちゃくちゃにした。奴らが考えた名前で呼ばれて………、それで俺が喜んで返事をする訳がねえだろうが」


 ひとしきり意見を言い終えた後で。

 言葉が終る、その時点でルーフはようやく自分が苛立っている事、感情はすでに怒りへと歩を進めつつある。


 そうしていながら、完全に感情を爆発させられるほどの起因を見出せないでいる。

 

「癪に触るんだよな。大体何だってんだよ、「王様」て………」


 だからなのだろう、ルーフは自己の内層にて静かに判断を結び付ける。

 怒りを抱ける程度の、激しさを現実に捧げられるほどの爆薬を一滴でも用意出来たら。


 そうすれば胸の内に滞っている、凝った寒天の塊のような不快感も消し飛ばせられるのではないか。


「ダサいんだよ、面白くねえんだよ」


 予感はほとんど期待に近しく、故にルーフは思考をひと巡りさせた後に、誰に確認をするまでもなく答えだけを導き出せてしまっている。


「そんなに気にするようなことではありませんよ」


 ハリが返事を用意している、相手側の動きの中でルーフは自分が上手く感情を隠しきれていなかった事。事実を認め、しかしながらそれに関しては、この時点では不思議と不快感を抱くことをしていない。


「名前なんてなんでもいいんですよ、最終的には個人の持ち物でしかありません」


 諦めているのだろうと、ルーフは何度目かの自己判断を下している。


 ルーフは、そういった名前で呼ばれている少年は、琥珀の色をした目線を食堂の机の表面へと向けたままに。


 唇は閉じている、それは拒絶によるものという訳ではなく、単に鼻呼吸を密かに実行している。

 ただそれだけの理由、都合でしかない。


「そうですね……、所有物と言う点として考えて見ると、名前は肉体、生命としての確立の次に与えらえる。人間的、文明的、文化に基づいた贈り物になりますよね」


 そこに理屈などは存在していない、あったとしても果たして口頭で説明することが出来るかどうか。

 もしもそれを実行するとすれば、その時点ですでに一つの、確固たる個性的な才能に値するだろう。


 なんて事をルーフが考えている。

 少年が諦めを一つ結び付けている。しかしてそれを他所に、ハリの方は口を動かすごとに思考の迷宮へと意識を沈没させんとしていた。


「名前の価値、そんなこと考えたこともない。何故なら、それはボク自身がそこに価値観を見出せていなかったから。だが、それは個人的な見解による限られた判断基準でしかない……」


 一度生まれた渦は止まりようも無く、さながら海上に生まれた熱帯低気圧の回転よろしく。

 若い男が眼鏡の奥で、緑玉の色をした眼球に混乱の渦へと落とし込もうとしている。


 だが流石に相手は大人、成人年齢に至れるほどには肉体、及び精神的にも成長の時間を与えられただけはあって。

 ハリはそこで完全に自己の世界に閉じこもるという、なんとも魔法使い的な選択をすることをしようとはしなかった。


「うん、色々考えて見た結果のお話をしてみます。よろしいでしょうか?」


 確認作業をするように、ハリはずり落ちかけていた眼鏡を、人差し指と親指を「V」の形にして位置を整し。

 準備を終えるためにと、発現の許可を話題の中心点たる当人へと求めている。


 ルーフは、自分が唇を動かして「yes」を伝えたか。

 あるいは無言のままで、ジェスチャーのみで「承知」を表現したのか。


 果たしてどちらだったのだろうか。

 判別することが出来ない程度には、ルーフは自分の動きがあまりにも自然で、それは意識と言う限られた水面に浮上をするにはあまりにも間隔が広すぎていた。


「ありがとうございます」


 いずれにしても、認可の意を受け取ったことには変わりない。

 ハリは求めるところの答えを、まるで託すかのようにして言葉の上に乗せている。


「王様、あなたが王の名前を与えられた事には、重要な意味を持っているのですよ」


 ルーフはハリの方を見やる。

 てっきり目線が衝突を起こすものだと思い込んでいたが、しかしルーフの予想に反してハリはその眼球を机の上の膳へと降ろしている。


 人差し指、左側に生えている先端は膳の上、空になって軽くなった器。

 ルーフともう一人、エミルがこの食卓にたどり着いていた。その時点ではすでに完全なる空の状態となっていた、黒色の表面を持つそれはおそらく味噌汁でも注がれていたのであろう。


 すっかり元の熱を失ってしまった、後に残されているのはそこに溜まっていた絞りかすの粒たち。

 それらを下方に認めながら、ハリの指先は器の細い縁へ静かに触れて、撫でる。


 やがてハリは自身が知り得ている事実を求めるところの相手へと、音声を使用しながら伝達をしていた。


「名前を与えられた、意味は特筆するほどに難しく考える必要はございません。ただ、あなたは魔術の類稀なる才能、情報、希望の力を有している。とでも言えば、それっぽくなるのでしょうか」


 言葉は一応ながら、脳内に置いて審議が為されたものには違いないのだろう。

 だがルーフは相手の、眼鏡の奥に迷いがまだ色濃く残っている、その様子からハリが完全なる答えを持ち合せていないという。


 結論にたどり着いている、だがルーフは会話の体を継続することにしていた。


「俺がどうしてそんなに、まるで禁断の墓場で乾燥死体ごと千年眠る宝物じみた、馬鹿みたいに疲れる扱いをされなきゃならないんだ?」


 この疑問は、正直なところルーフにとってはさしたる重要性を含んでいる訳ではなかった。

 自分がどう思われているかは、その位のことなら年頃の青少年的に気にならなくはないが。

 しかしながら、それがいきなり複数の組織の力関係などという、なんとも把握しづらい話になってくるとは。


 ルーフはいよいよ理解が出来そうになかった。

 意味不明と不理解ばかりが口の中、消化器官を酸よりも激しく焦がそうとしているのが分かる。


 これが心理的な、ナイーブから由来する無垢な反応であるのか。

 そう思い込もうとした所で、もしかするとただ単に空腹によって引き起こされた胃酸過多による不快感でしかないのかもしれない。


「理由に関する答えは、他の誰よりもあなたがよく知っているはずです」


 エミルはまだ帰ってこないのだろうか。

 そう言えばだいぶ空腹感に体を圧迫されている。


 ルーフが発覚を作り上げている、そのすぐ近くでハリは少年に向けて目線を探らせていた。


「答えは全て肉体の中、大体の問題は体によって作られているんですよ」


 ハリが納得を深めるようにして、頷きを数回ほど。


 相手が何を言っているのか、ルーフはそれに関しては特に確認をする必要性も無かった。

 少年の右指が、いつの間にか再び顔の表面へと触れている。


 瞬間にルーフは額にでも触ってみようかと考えていた。

 だが途中で思いとどまる、それはほとんど無意識化によって下された選択であって。


 代わりに触れていたのは、行動の結果はルーフの右側の視界に訪れた暗闇が証拠を彼自身に伝えていた。


「右の目玉が、眼球が化け物みたいになったのが、そんなにすごい事なんだろうか」


 右側の指先は眼球に直接触れようとしていたのかもしれない。

 だが流石に敏感で繊細、清潔さが求められる柔らかさに不浄なる肌の雑菌を持ちこませるわけにはいかぬと。


 ルーフの肉体に組みこまれた防衛本能は、瞼の上下を閉じることによって異物の侵入を見事に防いでいた。


「この世界の人間が彼方……。つまりは、ひと口に怪物と称される生命体に変貌する。と言う事例は、すでに幾つかは記録が残されています」


 少年が自分の眼球を、瞼ごしに浅く穏やかに揉みこんでいる。

 傍から見れば眼精疲労のマッサージに見えなくもない。


 指が皮膚の下の球を微かに圧迫している。

 爪が中身に食い込まれるのではないか、考えたことを実行に移すよりも先にハリが情報に関する内容を口にしていた。


「脳によって生み出される観念の数々、それらは想像力と言えばあまりにも聞こえが良すぎるでしょうか。何にしても、魔力は時として人間の体を丸ごと変えうることが出来る」


 一拍おいて。「まずその事を念頭に置いて、その観点から王様、あなたの場合は……とても特別なんですよ」


 人差し指は器の縁から離れた。

 捉えどころを失った先端は、そのまま何もないように「見える」空間を音も無いままで滑らせている。


「普通は、「普通」は人は一度怪物に成り果てれば、もう二度と元の形に戻ることはありません」


 それは意見ではない。

 記録と実例を複数参考にして、知識として獲得した内容。


 それ以上の価値は無く、意味合いは言語として表現されている音の全てに限定されていた。


「元の形って………」


 内容の信憑性を疑うよりも先に、ルーフの唇は事実に対する驚愕に反射的な動きを見せずにはいられないでいる。


「それってつまり、人間でいられなくなるって事なんか?」


 言われたことをそのまま受け取るとすれば、つまりはこう言うことになるのだろうか。

 それではあまりにも単純明快すぎる。


 ルーフは思考を否定せずにはいられないでいる。

 

 だって、何故なら、どうして?


「そんな、人間が怪物になる訳がないだろうが」


 否定文はしかして、つまりはルーフと言う名前の人間が期待を意味している。

 それを理解できれば、後に許されている裏切りなど簡単なものでしかなかった。

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