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オムライスパラダイス

 意味としては、何ら違和感と思わしき部分は無いように思われる。

 だがエンヒは、キンシと言う名前の魔法少女に対して何か、どこか形容しがたい感覚を抱かずにはいられないのも、また否定しようのない事実でもあった。


「そう……」


 とはいうものの、流石に出会ってからそう大して時間が経ってもいない相手に対し、真っ向から否定的意見をはたしてぶつけても良いものなのか。


 いいや、それは良くないことである。むしろ、どちらかと言えば悪いことである。

 エンヒの白い頭蓋骨の丸みの内側、いたって良識的な常識の一部が理路整然たる意見を通用しようとする。


 若い魔女が口を閉じて沈黙に身を任せている。

 眼前の彼女の様子を見て、沈黙の合間に言葉を発していたのはキンシの方であった。


「納得をしていませんね」


 自身の左手首からエンヒの指が離れていく、キンシはその動きを視線の下に認めながら疑問を言葉に変えていた。

 それは疑問文であって、それ以上の意味も理由もキンシは、自らをそう名乗る魔法少女は特別考えていたわけではなかったのだろう。


 しかし疑問は確かに追及の指を伸ばし、見えざる指先の爪の欠片はエンヒに影響を及ぼしていた。


「そう……ね、疑問を抱かなかったって言えば、それはそれでウソつきになるわね」


 エンヒはまず最初にと、少女がジッと向けてきている疑問点に関しての解答を簡単に答えることにしていた。


「だけどもしも、わたしが気になっている事を今この場、この机の上でナナキさん……貴女に問いかけるべきではない。と、いうのも間違いなく、心からのわたしの本心なのよ」


 魔法少女は疑問と、そして好奇心を抱いている。

 それだけ、その事だけしか考えていない。エンヒは指の間に少女の熱の残滓を滑らせつつ、やがては温度が虚空の内に溶けて消えるのに任せていた。


「だって、それってつまり貴方たちの……誰にも触られたくないヒミツの場所に手を突っ込むこと。それと、同じようなことなんでしょ?」


 エンヒはそれだけの事実を、可能な限り包み隠すことをせずに、なけなしの素直な心持ちで相手に伝えている。


「わたしは、そこまでの勇気を持つことが出来ない」


 エンヒという名の魔女。

 書類上、記録された紙の表面、文字の連続体においては、彼女もまた単なる魔術師でしかない。


 彼女が濃密な色の化粧品に彩られた唇を、その命が終わりを迎えるときに形成させられるような無言を取り繕っている。


 若い魔女の様子を見て、ちょうど机を挟んで真向かい辺りに腰を落ちつかせていた。

 メイの脳内でひとりの男性の姿が思い出されていた。


 それはメイと言う名前を与えられた、椿色の瞳をした魔女にとってかけがえのない思い出のうちの一つ。

 重要な意味合いの記憶で、蓄積された情報はやがて眼球の奥で再上映を連続させていた。


 膨れ上がるイメージは熱と錯覚するほどの圧力で体を焦がす。

 メイは思わず場所もはばかることもせずにそのまま、その場で目を固くつむっていた。


 瞼の薄い膜によって眼球に暗闇が訪れる、それは皮膚の内側に流れる血流と同じ温度を持っている。


 温かさの中で、それでもメイはイメージの回転を止めることが出来ないでいた。


 何度も、何度も。

 架空の光景は強い存在感を放ちながら過去の出来事をメイに、椿の魔女に矛先を突き付けてくる。


 その場所は部屋で、それは彼女が生まれた場所。

 そこには男性がいた、二人だけいた。一人は大人で、もう一人は子供だった。


 そして、子供は大人を……──。


「そう言うことなら、それはそれでいいのかもしれませんね」


 口の中に嘔吐をもよおす体液の味が蘇っていた。


 メイが誤魔化しようも無いほどに、確実に味を舌の上に撫で繰り回していた。

 彼女の左側で、魔法少女がなんともあっけらかんとした声音を発していたのは。


 はて、どのタイミングだったのだろう。

 椿の魔女がどのくらい思い出を回したのか。


 そんなこと、他人である魔法少女に知る術など無く、また必要性はそれ以上の無用でしかなかった。


「そんなにおもしろいお話でもないですし、そうですね。ので、もっと別の事でも話しましょうか」


 魔女の戸惑いなど知ったことかと。

 果たしてキンシが本当にそのような事を考えていたのか、確かめる術は何であれこの机の上には不必要であった。


「お喋りをしましょう、もっと楽しいお喋りでもしましょう」


 キンシが提案をしている。

 していながら、少女は再び水晶、もしくは水道水と同じ色とでも言うべきか。


 とにかく、とても人間のそれとは思えないような素材で作られていそうな。

 そんな左腕を上着の長袖で、すっぽりと静かに隠していた。


 魔法少女が舞台の上から降りるように、左の腕を元通りの元の位置に戻している。

 様子を眺めながら、彼女の提案についてコメントを出したのはオーギという名の若い魔法使いあった。


「面白いお喋り、ていってもなあ」


 オーギは自身にとって職場の後輩にあたる少女の提案を、とりあえずは口の中で繰り返しつつ。

 表情全体で彼女の要求、そのアバウト具合に形容しがたい、少しばかり面倒くさそうな表情を浮かべていた。


「そんな……このメンバーで和気あいあいとしゃべくれる話題があるとも思えねえけど」


 彼の指摘は、それこそ何よりももっともな意見ではあった。


 オーギが疑問として抱いている、内容としてはエンヒにしてみても大部分を同意せざるを得なかった。


半可通(はんかつう)な付き合い程度の話題を用意しろと言われたら、それこそさっきまでの事が羨ましくなるレベルで下らない議題を用意することになるけれど」


 ひとしきり否定的意見を述べた所で、エンヒはしかしそこで行動を止めることをしなかった。


「ああ、でも……そうね、こういう時こそ魔女流の会話術でも使ってみましょうか」


 それまでの不安げな表情から一転して、エンヒは口紅に彩色された唇の端へ穏やかそうな微笑みを滲ませている。


 一体何をしようと言うのだろう、若い大人の魔女からの提案にキンシが好奇心を敏感に働かせていた。


「魔女流の会話術とは? 聞いたことがありません、それは一体どの様な、如何様なものなのでありますか?」


 少女が再び若い大人の魔女に質問を投げかけている。

 だがそれは前回のそれとは大きく異なり、少女の瞳には未知の事柄に対するキラキラとした、単純な光だけしか表されていなかった。


 先ほどまでの、それこそ本当に地下空洞の水晶のような冷たさがあった、そんな声音とは無関係と言った様子でキンシは期待だけに胸を膨らませている。


 メイは魔法少女の態度の変貌具合に、本能的に一定の距離感を作りたくなる欲求に駆られながら。

 だが、拒絶感以上にメイ自身もまたエンヒの提案に関心を強く惹きつけられている、ということも逆らいようのない本心でもあった。


「私もきになるわね」


 とにかく話題は自分にとって肯定的とされる方向に修正されつつある。

 メイはその実感を肌、自身の皮膚を覆う粉雪のように繊細な羽毛の先端に自覚していながら。


 訪れた仮初の安心感を今は祝おうと、まだ完全なる終わりを迎えていなかった食事にケリを着けることにしていた。


 幼い体の、小鳥のような姿をした魔女が器の中身をすくい上げようとしている。


 エンヒは後輩にあたる彼女の椿色の瞳に少し視線を向けて、特に勿体ぶるまでもなく方法だけを最初に説明した。


「何も難しいことはないわ、話題に困ったら天気の話か、星占いの話、血液型の話をするか。それか──」


 三つほど、片手で易々と数えきれる提案の四つ目に、エンヒは暗色の瞳に誰かの姿を思い浮かべた。


「それか、自分の失恋話でもしてみるか。多分、これぐらいである程度の相手は受け流すことが出来るわね」


 四本目の指が上に向けられている。

 エンヒの指は顔面の装飾具合と双極を為すかのように、本物の指先には何一つとして人工的な加工が施されていなかった。


 生まれて、大人になるまで育ち、今日にいたるまでの疲労と摩耗が地層のように折り重なる。


 エンヒはメイと同じように羽毛に包まれた、ただそれは幼子のような柔らかさがある訳ではなく、羽根の硬さは大人らしくしっかりとしている。


 ツバクラ・エンヒという名の女性が指の向こう側で微笑みを浮かべた。

 それをメイか、あるいはキンシのどちらかが動きを認めた。


 その瞬間にはすでに、エンヒは自分の記憶に言葉というドレスを着飾らせていた。


「実を言うとね、わたしあの人と……。えっと、あのエミルっていう名前の男の人と昔お付き合いしていたのよ」


 それこそ本当に今日の天気について話すかのように。

 現在の灰笛(はいふえ)は雨天で、運が良ければ所によって晴れ間が見えたり見えなかったり。

 といった感じの、右から左へ滑り落ちる天気予報のようでしかなかった。


「付き合っていたというよりは、うん……そうねえ、二股かけられていたって言った方が──」


 もうすでに指は元の位置に戻っていて、エンヒは体の前で左指と右指を組み合わせつつ、ささやかな思い出話でこの場をやり過ごそうとしている。


 決定的な一撃で現状を打破する、その意味においてはエンヒの供述は多大なる意味を有していたのだろう。


 しかしながら、衝撃は彼女が予想していた以上に影響をもたらしていたらしい。


「これは、なんとも……」


 沈黙をしてしまっていたのは女性陣で、黙りこくってしまった彼女らの代わりにリアクションを起こしていたのはオーギただ一人であった。


「奴さん、人畜無害そうな面を下げて結構鬼畜なことやっとたんかいな」


 オーギが表面上は抵抗を見せていながら、実際には胸の内にエンタメめいた注目を発生させている。


 なんと言ってもこれは、魔術師サイドにしてみればなかなかのゴシップ、スキャンダルも狙えてしまえるのではないか?


 若い魔法使いが無粋なる期待をして。

 その隣でメイが遅ればせながら理解を追いつかせていた。


 さて、魔法使いと魔女がそれぞれに心情的適応を速やかに済ませている。


 そこと机をおなじ、空間を同様とした場所において。


「……」


 魔法少女が考えるように唇を閉じている、瞳の奥では予想を次々と展開させている。


「………」


 少女の様子を見つめているのは、彼女の真正面に存在をしている青年の姿であった。

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