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出かけないけど着替えておこう

 魔法使いが魔女を誘惑している。


「ねえ? メイさん。どうして魔女の人たちが、その認知度を低くするに行ったのでしょうか」


 魔法少女は魔女の名前を口にしながら、あくまでも彼女自身の意志によって好奇心を誘発する流れを生み出そうとしている。


「気になりませんか? 気になりますよね」


「……キンシちゃん」


 じっとりとした声音で話しかけられている。

 メイはあえて魔法少女、キンシと言う名前らしき人物の方を向くことをしないままで。


 ここは一つ、少女の要求を一口飲みこむ。

 決断を、決意を小さく結びつけていた。


「とりあえず、まずは顔から離れてくれないかしら?」


 キンシはいつしかメイの耳元、聴覚器官が備わっている部分に頬を寄せる姿勢となっていた。


「これは失礼」


 相手に至極当然の指摘をされ、キンシはたった今思いついたかのように体をサッと離している。


 キンシの手元には空の土鍋があり、少女はすでに食事行為を無事に遂行し終えていた。


「つい興奮してしまいました、うかつでした」


 反省と思わしき心がけなどまるで抱いていないと言う風に。

 キンシという名の魔法少女の、あっけらかんとした表情。

 そこには周辺の人間へ、然るべき指摘を静かにためらわせる、なんとも不快な猜疑心を掻き立てられるような。

 

 そんな感じの、形容しがたい色合いが絶妙に織り込まれている。


 不愉快さは小石程度の存在感で、味のしない唾液と共に喉の奥へ流し込めばそれだけで終わる。

 ただそれだけの事、だがそこで素直に許容できない人間もまたちょうど同じ時間、同じ空間にて少女と食事を共にしていた。


「他人任せにするのはよろしくないぜ」


 そろそろキンシが口元の微笑みを解除しようとしている。

 頃合いを左側の視点で確認しながら、おもむろに口を開いているのはオーギという名の若い魔法使いであった。


「メイ坊だけの問題じゃない、なあ? キー坊よ」


 オーギは、彼もまた早々に食事を終えようとしていて。

 彼はチョコレートを溶かしたかのような色合いの毛髪の下、同様の色彩をした瞳で空になった土鍋に理由なく視線だけを落としている。


「テメエも灰笛(はいふえ)の魔法使いを名乗るってんなら、テメエ自身の好奇心に言い訳なんてツマンネーもんをくっつけてんじゃねえよ」


 それは叱責で、先輩から後輩への在るべきアドバイスなのだろう。


 要するに先輩魔法使いは後輩に、質問の仕方を変更することを求めているのだ。


 それぐらいの事ならば、何となく察することが出来る。

 だからこそ、メイはオーギという名の魔法使いが一体全体、何をそんなに目くじらを立てる必要があるのか。


 理解が及ばず、不足がやがて新たなる疑問の種へと実体を得つつある。


 だが今は、別の事柄に関心を向けている場合ではない。


「では言い方を変えましょう」


 メイが、椿色の瞳をした魔女が思考の上で見えざる路線変更をしている。

 それと同様に、キンシもまた言葉ごと会話の展開に次なる流れを開拓せんとした。


「いえ、実を言えば僕自身もあまり、その辺の話題に関して詳しいわけではないのでしてね」


 まるで言い訳をするように、少女がスラスラと言葉を続けている。


 話下手なのか、そうでないのか。


「そうよね──」


 机の上で注目を集めている。

 エンヒという名の、まだ二十代もろくに終えていなさそうな女性は、開きかけた口を一旦閉じる。


 幾つかの違和感に身を揉まれて、ついに声を発せられなくなっただとか。

 そのような、繊細なる童話的な心理的傾向を起こしたという訳ではなく。


 彼女は、自らを魔女と呼称する彼女はただ単に、口の中に含んでいたざるうどんの欠片を一旦喉の奥に押し込もうとしていた。

 

 静かなる咀嚼が数回、やがて普遍的なマナーの領域をクリアできる程度に口内の整頓がつけられた。


「えっと、あなた達はあくまでも魔法使いで、それもかなり若年の方たちだものね」


 やがて口を開く頃合い。

 エンヒは自身の周辺に存在をしている人間たちの正体について、結局は納得の至る判断をつけられないままに。


 しかして自らの認識を後回しに、それよりもと質問事項についての言葉を選択し始めていた。


「若い……か」


 若い魔女の言葉を耳に受け止め、最初に反応を示したのは手拭きで口を拭っていたオーギであった。


「経験と知識の不足はどうしても否めない、なんとも歯痒い話やけどな」


 濡れた白い布で付着した汚れを洗浄する。

 拭き清められた顔面で、若い魔法使いは己に向けた苦々しさに茶褐色の瞳を微かに歪ませる。


「とはいうものの、実際の詳しい事情を知らへんってのも目の背けようが無い事実やからな」


 なんとも真面目くさった表情で語る。

 

 エンヒはそんな魔法使いの顔を見て、慌てて自分の言い方に訂正を加える必要性を抱き始めていた。


「そんな、何もそこまで真剣に考えるようなことでもないのよ?」


 これは、どういうことなのだろうかと。

 

 大人の女性と、まだ成人には至れていない年齢の魔法使いが繰り広げているやり取り。

 メイは椿の花弁とよく似た瞳を、左右それぞれしっかりと見開きながら。


 彼と彼女のあいだに落とし込まれている差異、違和感、目に見えない高低の色彩を見極めようとする。


「魔女という呼びかたは……──」


 やがて椿の魔女は、視覚に、眼球に得られた情報を総合した予測を舌の上に、甘酸っぱい飴玉のようにコロコロと転がしていた。


「もう、この世界では時代おくれということなのかしら」


 思いつきが、果たして椿の魔女自身の思考によって生み出されたものなのか。

 それとも、あるいは彼女が内に秘めている別の情報体、ほとんど無意識に近しい水面の下でひっそりと息を潜めている。


 別の記憶、情報の集合体から引用されたコピーペーストにすぎなかったのだろうか。


 いずれにしても、出典がなんであれ、その音声は間違いなくメイ本人の肺、声帯、舌をうごめかせて生み出された振動の塊には違いなかった。


「そう、その言い方が正しいわね」


 そうであったとしても、メイはいまいち己の発した音声に実感を持てないでいた。

 おそらくは小規模なる放心の状態に陥っていたであろう。椿の魔女が自意識を失いかけていた、そこにエンヒの滑らかな声音が折り重なるように来訪していた。


「そう、そうなのよ。いまどきはもう、魔女だなんて呼びかたをする人なんていないのよ」


 エンヒは小さい朱塗りの器へ薬味ネギを追加しながら。

 ささやかなる動作の中で、言葉の先端をここではない何処か遠くへと向けている。


「大体はみんな、魔術師になるのかしらね」


 呼びかたの問題。


 この、灰笛(はいふえ)と言う名前の地方都市に限らず。

 鉄国というなの土地、彼らが暮らしている文化圏において、「魔女」と言う名称はすでに存在を認可されていないのだという。


「認められていないって、どういう意味なのかしら」


 図らずしてメイは不満じみた口ぶりを使ってしまっている。


 これは意図の範囲外であると、メイと言う名前の魔女はそう思い込もうとしていた。

 だがすぐに、彼女は静かなる自動的なラインの上で認識を改めることになる。


「それじゃあ、まるで、魔女が時代おくれみたいじゃない……」


 自分は不満を抱いているのだ。


 生まれた思考を自らの手で殺害をするかのように。

 メイはその薄桃色のプックリと柔らかく湿った唇の表面に、新しく与えられた通念の在り方への疑問を紡いでいる。


「時代おくれ、ね……」


 一応は自身の後輩にあたるのだろう。

 それが例え、このメイと言う外見上はごくごく普通の、まだ十にも満たぬ幼い子供のような外見をしている。


 エンヒは彼女にどの様な言葉を遣えばよいものか。


 考え、思考を巡らせた果てに行き着くところは、結局はなにも変化のない通常の光景でしかないように思えて仕方がない。


「ちょっとさみしいけれど、でも……魔女はもうすでに時代おくれなのよ」


 ならばと、エンヒは何も遠慮をすることなく、しかして決して相手に対する礼節を欠かないように。

 強く意識を働かせる必要性。

 ただそれだけを抱くことにしていた。


「魔導関係者の名称を全て、ありとあらゆる境界なく皆「魔術師」と呼ぶようになったのは。そうねえ……それがちょうど、わたしが魔女になること決めた位の事だったから」


 そろそろざるの上の麺を全て消費しかけている。

 エンヒは残り少ない白色の筋を、余すことなく柔らかく咀嚼しながら記憶の内にある情報を改めて整理している。


 机の向こう側で若い魔女が事実を述べている。

 メイは彼女の挙動をしっかりと確認しながら、そこに虚偽の雰囲気が少なくとも表面上には表れていない事を確かめている。


「それだと、私……が生まれる、より、ずっと前、のことになるのね」


 何かあまり舌によろしくない物を噛みしめるように。

 メイは言葉を慎重に選ぶ、その口ぶりはあまりも頼りなさげなものであった。


「そう言うことになりますと、ですよ」


 エンヒという名の魔女が、そろそろ食事を終えようとしていて。

 そして、メイと言う名前の椿の魔女が事実に打ちのめされている。


 彼女と彼女、間に流れる空気のラインに針を通すようにして。

 

「大体がみんな、そのほとんどが魔術師さんということになるのでしょうね」


 声を発していた、キンシはひらめきに実感を持たせるかのように指を唇に寄せていた。


「ちょっと極端すぎる話かもしれへんけどな」


 魔法少女が左指で下唇を軽く揉んでいる。

 小さな挙動を左側に、オーギは概ね彼女に同意を魅せる流れで意見を述べている。


「でも、今の所この灰笛(はいふえ)で……魔法か魔術でも何でもええけど。とにかく、魔力を使った何かを、それで飯の種を得ようとするなら。魔術師としての登録が必要になる」


 若い魔法使いは右の片手にコップを傾け。

 ガラスの器に膨らみを見せる、結露の幾つかに己のブラウンな瞳を投影させていた。


「書類の上では、もしもちゃんとしたトコロでやるとして。そういう意味で考えるなら、もしかしたら魔法使いって名称もちょっとばかし怪しいものになるんやろうな」


 オーギがやがてガラス材の向こう側に、個別とは呼べそうにない複数の概念を見透かそうとしている。


 だが、やがて若き魔法使いは見えかけていた大勢、大衆、群衆と思わしき何かに降参をするように。


「まあ、でも……名前の問題やから。そない気にせんでもええと思うけどな」


 コップを机の上に、透き通る円い底が硬く小さく、微かな衝突音を奏でていた。

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