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名前なんてどうでもいい

「助けて」


 最初は羽虫の翅音のようにか細く。


「助けてくれ」


 ほんの短い言葉の内に、ルーフの内部でネトネトとした後悔が一気に流れ纏わりつき、糸を引いて模様を描いた。


 キンシはにっこりと笑う。


「貴方の願い、承りました」

 

 武器を持っていない方の手、左手をそっと胸の前にそえる。


「手でも足でも爪でも、髪の毛でさえ。すべてを利用して貴方の妹さまを救ってみせましょう」


 キンシは一旦武器を持ちかえて、右手をルーフに差し出してくる。


 どうやら握手がしたいようだ。

 こんな時にそんな悠長な……。と思ったがこんなことでいちいち反発する方がより時間を食い荒らしそうなので、適当にぞんざいに握手に応じておいた。


 ルーフとキンシの手が触れ合い握り合う。

 厚手の手袋に覆われたキンシの手の平は、以外にも小さく細々と繊細な手触りがあった。


 キンシは微笑みを口元に湛えたまま、自らの名を改めてルーフに告げる。


「僕の名前はキンシです、貴方の名前は?」


 そんな事を今聞いてどうする。

 ルーフは相手の行動を疑ったが、しかしあえてそれを言葉にしなかった。


 反論する時間も惜しい、仕方なしに相手に合わせて、ぎこちなく自己紹介をする。


「俺の名前は、ルーフだ」


 キンシはルーフの手をぱっと離し、傍にいる青年の方に笑いかける。


「ほら、トゥーさんも自己紹介して」

 

 やり取りを無音で眺めていた青年は、相変わらずその瞳に何の感情を浮かべるでもなく、淡々と命令に従う。


「waa-…。wa、私の名前は、シーベットライトトゥールライン、です」


 突然繰り出された長大語にルーフはまるで意味不明のあまり思わず、


「はあ?」


 と声を荒げてしまった。


「な、何? 何だって? しーべっと……、んん?」


 個人名にしては異様に響きが異常すぎるその単語に、ルーフの脳内で新たな混乱が生まれつつあった。


 その様子をキンシはいかにも楽しそうに見つめ、すぐさま補足をしてくる。


「フルネームで呼ぶのはめんどいので、略してトゥーイって呼んで欲しいそうですよ。ねっ、トゥーイさん」


「はい」


 キンシの言葉にトゥーイはうなずいた。


 ルーフは頭痛を通り越して吐き気まで覚えかけていた。


「何だコイツら………」

 

 あくまでも緩やかに誘導された形とはいえ、自ら協力を申し込んでおきながらもルーフは今になって深刻な不安を確実に抱いていた。


「さあ! さあさあさあ!」


 そんな彼の不安定な心情など全く意に介することなく、キンシは改めて気合を込めて強く地面を踏みしめた。


「改めましてお仕事再開ですよ!」


 叫びながらゴーグルの位置を調整し、業務的な確認事項を連ねる。


「有害彼方は現在もなお活動中! これ以上の被害を防ぐためにも早急な対応が求められる! 市街地においての魔法使用の責任転嫁用言質もとりました!」


「んん?」

 

 最後にしれっと何か聞き捨てならぬことを言われた気がするが、そんなことなど取るに足りないことであると宣言するかのように、キンシは武器を力強く怪物に指し示した。


 キンシは手の中の武器、銀色の刃を持つ槍を握りしめる。


 左手で槍を握りしめ、刃の先端で空気を撫でる。

 ひゅうん、空気が銀色の、万年筆のペン先に類似した形状の刃に小さく、短く切り裂かれる。


 槍を体の前に、包帯がピッチリと巻かれた左手の下側に右手を添え、左側の下側にて握り拳をそろえる。

 両方の手で持ち手を握る。

 そして何かしらの通過儀礼のように、槍の穂先をまっすぐ上に、刃に刻印された文字を怪物がいる方角に固定させる。


 穂先は真っ直ぐ彼方という名の怪物の肉体、口腔部の上にある巨大なガラス玉に似た器官に向けられている。


 まぶたを閉じて、キンシは魔法使いらしく、いかにも魔法使いらしく、実に魔法使いらしく……

 呪文を唱える。


「ばらのしずく 子猫のひげ キラキラヤカンに赤いてぶくろ

 プレゼントは蝶々結び ヌードルは美味しい

 みなさん、さようなら おやすみなさい」


 歌うように呪文を唱えている。

 言葉を声に出す。そうすることでキンシの魔力に意味の重さが足されていった。


 朝露のように輝く銀色。

 刃をまっすぐ怪物に固定させて、キンシは高らかに宣言。


「マイさん救出……」


「メイ! マイじゃなくてメイ!」


「あっ間違えた、メイさんを彼方さんから奪い取りますよ」


 先行きはかなり不安!!!

 かくして日中の午後、飲食店内に出現した異常なる異形のものに、三人の人影が挑みかかることになったのだった。

 

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