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悪いたくらみをしよう

 王様じみた愚かなる少年が、とても素敵で愉快な昼食を堪能(たんのう)しようとしていた。


 それと同じような時間、似た空の色合い、おおよそにおいて類する空気が流れて満たされている。

 そこでもまた一人の、愚かしい人間がランチタイムをふけろうとしていた。


「ここ、こ、これは……これはとてもドキドキするしちゅえーしょんではありませんか」


 かなり浮ついた様子で、声色までも上ずった様子のままに現状を報告する。

 それは少女の声をしていて、名前をキンシと言う。

 

 灰笛(はいふえ)という名を持つ地方都市に暮らす。

 キンシはいわゆる所の魔法使いであり。彼女は今しがたこの都市に暮らす魔法使いの役目、労働力の義務として怪物を殺害してきたばかりであった。


 この都市、世界にはいくつかの怪物が呼吸を繰り返している。

 彼らに関わることは、率直に言ってしまえば命の危険性があること。

 安易と安直さをもって不用意に触れれば、肉の一欠けら、骨の破片一つ、歯の一個、皮膚の一枚か二枚ぐらいは犠牲にしなくてはならない。


 と、言うのはこの世界のおおよそな地域に、広く伝搬と流布をしている約束事であって。

 そしてそれらの言い伝えは、悲しきことにおおよそ現実に恋人同士の皮膚のような密着をあられもなく露わにしている。


 ともかく怪物に関しては特に、傍観と放置を繰り返す後に待っているのは間違いなく碌でもない未来と、仕合わせがサイアクな結末であると。


 そう思うこそ、この世界に生息する人間は対策を考える。


 考えたいくつかの事、それがすなわちキンシのような魔法使いで。


 ナナキ・キンシと自らを名乗る。

 この魔法使いの少女は、今日もまた大体は健全かつ安全な魔法少女として日々を過ごす。


 今この瞬間もまた、キンシは仕事に一つの終わりを迎えんとしている。


 そんな最中。


「いやあ、どうしましょう、どうしましょう」


 さて、少女は何をしているかと言うと。


「ああ、やっぱりダメです。胸のドキドキが止まりそうにありません」

 

 彼女は椅子の上でもじもじと身をせわしなく動かしているのであった。


「しっかりせんかい、何をそんなに緊張することがあるんかいな」


 頬を紅に染め、不必要なまでに身を小さく緊張させている。

 そんなキンシの右隣で呆れたように声をあげたのは、一人の若い魔法使いでった。


「もうちょっとシャキッと、キチッとせんかい、みっともない……」


「そんなこと言ったって、ねえ? オーギさん」


 咎めるようにして、ジロリと横目で自分の方を静かに睨みつけている。

 キンシは先輩魔法使い、オーギという名の若い男性に言い訳をするようにして口を動かしていた。


「ぼぼ、ぼ、僕……こうやって大人の女の人と一緒にご飯を食べるってのが、初めてで……」


 少女がどうにかして自身を正当化するようにしている。


 だがオーギはそれを認めようとはせずに、ピシャリと少女の意見を否定する。


「初めても何も、へったくれもあらへんわ。ここはお客の御前で、まだおれらの仕事は終わっとらへん。ナメくさった態度をするんなら、報告書に書く事項が増えるだけだわ」


 突き放すようにして後輩の態度を改めようとしている。

 しかし先輩の意図するところ以上に、キンシの方は上手く心を落ち着かせられないでいる。


 その様子を見て、魔法使いたちからみて机を一つ挟んだ所に座る女性が困惑したような声を発した。


「いやいや、何もそこまで堅苦しくしなくても……いいと思うのだけれど?」


 彼女は大人の姿をしていて、位置的にはオーギと真向いの辺り。

 木製の深い茶色をした机の上に白く柔らかそうな指を置き、彼女は木材のつややかな冷たさに触れている。


「こちらとしても、変に緊張感を持たせるのはあれだし……それに──」


 大人の女性は机の向こう側に座る少女。

 外見的には十代の半分も終えていなさそうな、少女の方を見やりながら自身の意見を述べている。


「それに、今は仕事と言うよりは、わたし個人のレクリエーションみたいなもの……なんだし」


「それは重々承知しておりますがね、ツバクラさん」


 客人の前における無礼は、むしろ自身の方にあったのかもしれないと。

 オーギは女性の名前と思わしき単語を口にしながら、それでも主張すべき意見を諦めることしない。


「うちの事務所の最もたるモットーは、シメまで丁寧さを失ってはいけない。ってのがありますんで」


 オーギはなんとも気難しい職人のような意見を、おそらくは無意識に近しい所で相手の間に置こうとしている。


「そんなもの、わざわざ見ていないところでまもる必要もないと思うのだけれど」


 だが、先輩魔法使いの意見に涼やかな声音で否定をする。


「エンヒさんも困っているし。それに、いまはランチタイムよ」


 声はどこから聞こえてくるのか。

 音は確かな存在感がありながら、丸い鈴を転がしたかのような可愛らしさのあるそれは、触れれば溶けて消えてしまいそうな頼りなさを同時に内包している。


「メイさん」


 キンシは右側に視線を落とす。


 その女性の声はキンシから見て、オーギよりも密接した所に体を置いている。


「お食事のとちゅうは、食べることにだけ集中しないとね」


 若い男性の魔法使いと、魔法少女のあいだに挟まれるようにしている。


 メイと名前を呼ばれたのは、見た目としては小鳥のような姿をしている。


「お叱りの言葉なら、お腹をいっぱいにしてから好きなだけ。そうしましょ?」


 メイはオーギに笑いかけて、彼が躊躇うかのようにそれ以上何も言えないでいる。

 その事を確認してから、メイという名の魔女は視線を静かに周囲へ巡らせた。


「じつを言うと、私も他のだれかとごはんを食べるってのが初めてなのよね」


 そうやって視線を、目線を滑らかに動かしている。


 メイと言う名前の魔女は春日(かすか)(体に鳥類の特徴を宿した人間の種類のこと)の幼子らしく、その体は粉雪のように繊細そうで、なんともフワフワと温かそうな羽毛に包まれている。


「あら、またお客さんがきたわ」


 メイは椿の花弁のような形をした、側頭部の両側に備わっている聴覚器官で来店者の気配を察した。


「すごい、人気のお店なのかしら」


「そうなんでしょうね」


 メイがそう呟いている。

 それに返事をするように、キンシもまた自らの頭部に備わっている三角形の、海苔で包んだ握り飯のような器官で音を拾い集めている。


「人気以上に、年期もかなり有りそうやけどな」


 左側で魔女と魔法少女が、女子的にやり取りを交わしている。


 それを横目に認めながら、オーギはそこでようやく一つの事を諦めたように体の力を抜いていた。


「博物館の近くに、こんなうどん屋があったとはな。全然知らんかったわ」


 オーギが感慨深そうにしている。


 若い魔法使いがそう述べているように。

 魔法少女ら一行は今、灰笛(はいふえ)市内における玉稲(たまいね)区という所にある一見のうどん店に体を一旦落ち着かせているのであった。


「大通りに面している、昔からの商店街の内にあるお店でね」


 魔法使いたちは初めての来店者であると見て、エンヒは惜しむこともなく保持している情報を唇の先に公開させている。


「近場にあるから余裕がある時とか、個人的に食べたくなった時によく来たりするのよ」


 エンヒは机の上に両側の手首を置き、左右の指を互いに組み合わせては解くを数回だけ繰り返している。


「でも……そうね、そういえばわたしもここには久しぶりに来たような、そんな気がするわ」


 短い間だけ組み合わせた指を開放して、内側の皮膚に留まっていた熱の量が空気へと溶かされていく。


 冷たさが肌の上に戻ってくる。

 エンヒは感覚を、そこに記憶の質量を味わうかのようにして、口元になんとも穏やかそうな微笑みをたたえている。


「前に来たとき……。いいえ、初めてここで食事をした時。まだまだ未熟者のティーエイジャーで、世の中のことを何も知らなかった時。あの時はまさか自分が、魔法使いと一緒に食事を摂ることを自発的に望むとは思いもよらなかったわね」


 エンヒが口にした内容は、つまりはこれから食事を共にしようとする人物に対する、静かな驚きの念についてのこと。


 ただそれだけのこと。


 しかしメイは、そして彼女左側に座る魔法少女は、右端にいる若い魔法使いが抑えきれぬ反応を示していること。


 それが単なる反応とは別を為す、あまり喜ばしくない区分の感情に基づくものである。


 その事を察しようと、確信を得ようとした、それよりも先に口を動かしていたのはエンヒただ一人であった。


「それもこれも、どれだけ自分が下らない価値観に身を委ねていたのか。それに気づけたのは、結局年を取って大人になってから。後の時間にしか、現在の答えは無いのよね」


 自身の周りで密やかに、確かな数のある動きがあった。

 エンヒはその事を眼球に認めながら、しかしてそれぞれに関しては子細な追及を意図的にしないようにしている。


「まだお若いのに、ずいぶんと達観した視点をおもちなのね」


 あくまでも平然とした様子で、エンヒがコップに注がれた冷や水で喉を潤している。


 大人の女性の様子を見て、メイがとても感慨深そうに感想をこぼす。


 それを耳にして、エンヒは手に持ったコップを震わせるほどに笑みを浮かばせている。


「いやね、あなたみたいなコに若いなんて言われたら、ビックリしちゃうわよ」


 相手が思ったままの驚きを伝えている。

 だがメイにしてみれば、とんだ凡ミスをしてしまったものだと、ささやかな羞恥に羽毛をふっくら膨らませずにはいられないでいた。


「やだ、私ったら……ついいつものクセで」


 晴れ間の水面のように穏やかで滑らかな感激も、後に起きたハプニングの一石にいとも簡単と崩されてしまっている。


 小さな、椿の花弁と同じ色を持つ瞳の魔女。

 彼女の姿を見て、エンヒはもう一度遠くを見るような視線を作りだしている。


「でも、確かにここまでの諦めを作れるようになったのは、それなりに理由と思わしきアクションがあったことを認めないといけないわね」


 エンヒはそう言いながら、後ろにキッチリぴっちりと「ℓ(リットル)」のような形をしたバレッタでまとめている。


 つややかで香りのよい毛髪に手を伸ばそうと。


 しかけた所で、大人の女性は思いとどまるように指先を元の場所へと戻していた。

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