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チート能力を頒布しよう

 入力ボタンの数に怯えている場合ではない。

 ルーフはまず最初に恐怖心とよく似たものを抱いた。


 このまま目的地を無機物に伝えきれられないまま。

 エミルと言う名前の野郎と二人きり、エレベーターの数限りある狭苦しい空間に二人っきり。

 

 流石に永遠とは言わずとも、すくなくとも十分、あるいはそれ以上。

 これ以上の時間を彼と共に過ごすなどと、そんなことを喜べるのはせいぜい男に好意と思わしき感情を抱く。

 抱けてしまえるような、そんな勇敢なる勇者ぐらいなものであって。


 当然のことながら、ルーフにその条件が該当するはずもなかった。


「ちょっと見せろ………、見せてください」


 かなり完成度の低い敬語を繰り出しながら、ルーフはそれなりに慣れた手つきで車椅子を繰り、エミルの右指が示している先へ。

 

 キラキラと自発的に発行をしているボタン、機械の数々を目の前にルーフは腕を、脳細胞を活動させようとしている。


 要求はただ一つ、このエレベーターから脱出をしたい、ただそれだけの事であった。


「おや、君がやってくれるのかい?」


 監視対象である少年が勝手に動いている。

 エミルはその事に関しては特になにを言おうともせずに、ただ少年が現時点で思うがままの自由だけを与えていた。


 エミルにしてみても、なにも少年に一切の自由を奪うつもりなどさらさら無く。

 ある程度の行動ならば許容範囲でしかない。


 それを深読みし、要約するとすれば、仮にルーフがそこから別の展開へと発展させてみたとして、エミルには結果を凌駕でき得る確信を持てるほどの手段、方法を有していること。


 ルーフは自らの肌に触れるエミルの視線。眼球から発せられているとしても、決して視界に視認することは叶わない感覚の流れを直に味わい。


 男が自分に対して観察、監視を続行していること。

 その事を頭の中、出来るだけ中心の辺りへと寄せ合いながら。


 グツグツと幾つかの要素が架空の鍋底で煮込まれている。

 ルーフは煮えたぎる数々から、この状況に相応しいと思わしき情報だけを取り上げようと試みていた。


「見た感じだと、やたらめったらなデタラメのように見えるかもしれない………」


 ブツブツと唇は独り言を呟いている。


 眺めに伸びすぎている前髪を、ウネウネとした海藻のように毛先をくねらせている、赤みの強い毛髪をルーフは指で無造作にかき上げている。


「………」


 そうすることによって、それまで丁度が良い具合に隠されていた少年の額が、右目が、先の事件による負傷がまだ色濃く残っている。

 彼の肉体の一部が、空間の中に冷たく晒されていた。


 空気の温度に触れている、本来ならば健康なる皮膚と粘膜によって守られるべき内層が、何の庇護も無しに未知数の危険におかれる。


 温度差が感覚として異物感を、だが痛覚の速さはありとあらゆる反応を凌駕している。


「そこの傷は、まだ痛むのかな?」


 監査対象が痛みにこらえきれず、図らずして顔をしかめている。


 表情をつかさどる筋肉の動き。

 それを眼球に確認したエミルは、もののついでと言った雰囲気の中で、さりげなさを強く演出した声色で少年に質問をしていた。


「………」


 くすんだ金髪の下、海と同じ青さのある瞳がじっと見下ろしてきている。


 ルーフは前髪をたくし上げて、毛髪の塊がそのまま上向きになっているのを治そうともしないまま。

 解放感だけを与えられた顔面を、エミルの目線の中心へと方向を変えている。


 唇は若干乾き気味で、白い薄皮がわずかに浮かんでいる。

 固さを肉の表面に浮上させていながら、ルーフはそれを拭って清めることをしない。


 ルーフにしてみてもそんな事は些末な問題でしかないと、他でもない彼自身がその事を自覚しきってしまっている。


 ルーフは、そういった名前を与えられている少年は瞬きだけを一つ。

 

 顔の筋肉、肉の集合体が皮膚の下で生き物として、さも当たり前のような面を下げて動きを続けている。


 だがその中で、限られた肉体の範囲内においても、右側に生じている違和感はどうしようもない程に強烈な存在感を放っていた。


「それにしても、何度見てもすごいな」


 あからさまに目を逸らされた。

 しかしエミルはルーフの行動に関しては特に何かを思う様子も無く、彼の関心はそれ以上に別の事柄へと集中をしようとしている。


「あー……いや、他人の顔にこの感想はいささか失礼が過ぎる、かな」


 エミルがすかさず言葉の形に訂正を加えている。


 しかし彼はその目線を外そうとはしていない。


 そこにはルーフと言う名前の少年の顔が映り込んでいる。

 

「別に、そんな気にするようなことでもないっすよ………」


 エミルが若干の狼狽を起こしている。

 その様子を横目に、ルーフは男が注目を捧げている要素の一つ。


 自身の額、そこに刻まれている大きな痣、と思わしき肉の膨らみへと指を這わせている。


「このデコに関しては、確かに俺も小さかった頃に悩みの一つや二つ………」


 ルーフ自身にしてみれば、もうすでに何度も追及が為された問題でしかない。

 そのはずであった。


「………ん?」


 のだが、しかし、ルーフはそこで自身の許容範囲を超えるレベルの違和感に、今更ながら発覚に至らせていた。


「あれ、あれ………? なんかものすごくでかい瘡蓋(かさぶた)のようなものが?」

 

 ルーフが本来の目的をしばし忘れるほどに、自らの体に発生している異物感に意識を収集せずにはいられないでいる。


「ああほら、鏡ならちょうど借りたままのやつが……」


 視覚情報を強く求めている少年を見て、エミルが気を利かせて懐から一枚の手鏡を。


 それはちょうど手の平に収められる程度の大きさで、さながら成人女性が顔に施したメークアップの具合を確認するのに適していそうな。


 少なくとも物品、そしてそれを所持している事実からは強く女性的な意識を感じさせる。


 だがこの場面においては、男も少年も違和感についての追及をすることをしない。


 何故ならそれ以上の問題が、他でもないルーフの体の上に現れているからであって。


「ううわ………っ? ヤッベ、何だこれ」


 ルーフは手鏡を左手に、右の指で自分の顔面にヒタヒタと触れている。


 指の先、指紋の膨らみの数々。皮膚の下に走る感覚がそれに、額の上にある硬い、ツヤツヤとしたそれらに触覚をもたらしている。


「石? 石だよなこれ。体から石が生えている………青いやつが」


 謎に倒置法を使いたがるのは、果たして本当にルーフの心からの意思であったのだろうか。


 しかし言葉の形など、この場合には問題として必要最低限の基準すらも満たせていない。


 ルーフは鏡の中を見ている。

 そこには人間の顔が映っている、ルーフはそう信じようとしていた。


 だが願望は現実に遠く及ばず、鏡面にはとてつもなく人間離れした物体がこの世界へ存在を証明し続けている。


 ルーフはそっと、それこそ治りかけの巨大な瘡蓋を扱うような手つきで。

 彼は自らの額に、そこに刻まれている硬質な物体に触れている。


「一種の呪いのようなものなんだろうな」


 体から宝石を生やしている少年は、鏡の中に映り込んでいる視覚的情報にすっかり気を取られてしまっている。


 その様子を眺めながら、エミルは注目の的となっている現象についての解説を少年に伝えようとしている。


「生きながら膚断(はだだち)が為される。魔法使いや魔術師に時として症例が報告される、そのうちの一つと考えられる」


 何か、何かしらの専門的な事柄を口頭で説明をしようとしている。


 この場面においては、してくれていると言った方が正しいのだろうか。

 ルーフはどうにかして俯瞰(ふかん)を作りだそうと、強く欲し求めていた。


 だが眼球はどうしようもなく現実だけを見続けている。


 まさか目玉の位置を変えられるはずもなく、だからこうして鏡を使って自分の顔を見ている。

 現状に何を疑問に思う必要があるというのか、それは他でもない自分自身の選んだ行動による結果以外の何ものでもない。


 ルーフは自覚をしようとしている。

 だがどうしても、上手い具合に己へ理由のある納得を与えることが出来ないでいた。


「体の一部の構成、魔力の構築が変化をしているのかもしれないな。けれど、それにしても……」


 やがて鏡の中の目線が別の所へ、額の中心に刻まれている透明さとは別の場所へと移動しようとしている。


 止まらない動きのすぐ近くで、エミルはどこか感慨深そうに説明の最後へ感想を添えていた。


「そこまで綺麗なのもなかなか見られない。青色がそんなにもハッキリと、まるで本物の……天然の瑠璃、ラピスラズリみたいだよな」


 わざわざ丁寧かつ的確な言葉を選んでいる。

 その表現には何の抽象も含まれていなかった。


 むしろ中傷めいた色合いさえ見せようとしている。

 エミルは目で見たそのままの表現だけをしているに過ぎない。


「青色、………ものすごく青色だ」


 男が皮肉を言っている。


 しかしルーフは他人の言葉に一切関心を持てないでいる。

 少年はまだ鏡の中を、そこには彼の顔、右の眼球が顔面の一部として眼下に収められている。


 それは、果たして本当に人間の目と呼べるのだろうか。

 呼称するに値しているのだろうか。


 ルーフは疑問を抱いていた。


 右目は視線に合わせて動きを変えている。

 だがそれはとても人間のそれとは呼べそうにない。


 卵の白身と同じ色を持つべき其処は、その場所は白色を完全に失っている。


 瑠璃。テンポを遅らせて、エミルの言葉がルーフの脳内に落とし込まれていた。


 まったくもって、その通りであると。

 ルーフは眼球を眺めながら青色を、目を凝らすごとに動く色の変化を子細に観察しようとした。


 濃厚な青色、異国の晴天に広がるそれはあくまでも眼球としての丸みを保持している。


 持ち主であるルーフが、少年が左指にある鏡の位置をずらせば、枠の中で視覚器官と思わしき昨日も反応を示している。


 右に動けば、左に動けば、光がきらめいている。


 青色の眼球、その中心、虹彩と瞳孔が伸縮を行うべきそれら。


 その場所には金色が支配を行っている。

 黄金のいくつかの細やかな輪が重なり合い、密着したかと思えば静かに離れ、またくっ付くを繰り返している。


 まるで青色のインクのツボに、液体化した黄金を一滴垂らした。

 波紋の瞬間を切り取り、少年の右の眼窩の内へと何者かが固定をしたかのような。


 ルーフは鏡を降ろし、反射の無い光景を少しのあいだぼんやりと眺めている。


「あー……っと」


 彼の右目が、金色の輪っかの幾つかがユラリユラリと揺れている。

 色の動きをそのまま同様と把握した、エミルが申し訳程度に感想を一つ呟いていた。


「うん、結構、結構クールだと思うぜ? それはそれで、なかなかに」


「………倒置法で慰められても、あまり嬉しくないっすよ」


 ルーフは鏡を借りた相手に返しながら、静かに返答をする。


 そしてすぐに、気を取り直して集中の矛先を元の位置へと戻そうとしていた。

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