落下する魔法使いにご注意ください
看板はたてられない
懐かしい、それが剣に対するルーフの一番強い印象であった。
こんな武器今まで見たこともない、今初めて見たはずなのに、ルーフの内側には経験したことのない感覚が生まれようとしていた。
俺は、この武器のことを知らないと同時に知っている。
意味が解らない、少年はそこはかとない頭痛に襲われようとしていた。
「確定しています。あなたが知覚していることを」
混乱のあまり奥歯をギリギリと食い縛っているルーフに構うことなく、青年はさらに己の剣をルーフの顔面近くに寄せていく。
「私は確定している、知っていることを。a-a-, ──………あなたが」
ぎりぎりのその先まで、薄く砥がれた刃が少年の頬を圧迫し仮面で覆い隠せられていない皮ふの内側、赤く透き通る体液を暴かんばかりになる、
と思ったその時。
「ううわああーっ?」
二人の男性の間にある決着が落ちるより先に、一人の人間が彼らのもとに投げ込まれた。
「ぎゃああ?」
突如として隕石の如き勢いで落下してきた物体に、それまで低い姿勢を保ち続けていたルーフは周囲を確認する暇もなく飛びのいた。
がらんごろんと、いくつかの机や椅子が少年の体と接触して転倒する。
剣を持っている青年は飛び込んできた物体に全く動じることなく、ささっと剣の切っ先を地面に向け、右目を眠そうに細めながらさらりと回避の姿勢を作った。
彼らのそれなりに見事な回避術によってぽっかりと生まれた空間、物体は無事にそこへ落下した。
99パーセント黒い毛髪が、惨めにころころと数回床の上で回転し、やがて仰向けの姿勢でだらりと落ち着いた。
「ううう……、いたたた……」
ほとんど黒髪の、子供の魔法使いが苦しげに呻いた。
「大丈夫ですか? 先生」
ルーフとそう大して変わらぬ年齢に見えるその若者のことを、青年は「先生」と呼称した。
魔法使いは苦しげな息遣いをしつつも、割とすぐに体を起こした。右手に持っていたはずの槍状の武器は今は元の小ささ、普通のスケルトンキーの大きさに戻ってしまっている。
「僕は大丈夫だけれど」
そういう魔法使いの顔面には赤い筋が数本流れている。
「大丈夫って、デコから血ぃ出てんぞ」
「彼方さんに吹っ飛ばされた勢いで、武器への意識が途切れてしまいました」
「ああほら、鼻の穴からも血が……」
「駄目ですね僕ったら、まだまだ修行が足りませんね」
「聞けよオイ」
魔法使いはルーフのことなどまるで興味がないとでも言うように、彼のことなど見向きもせずにあちらこちらから出血している顔面を、剣を持ったまま突っ立っている青年の方へと向ける。
次はもう白くなってきましたけれど。




