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挟持なんて無いのでしょう

 狙撃手が自分だけの視界、怪物を殺すというただ一つの目的のために、己の意識に関してを突き詰めんとしている。


 弓から放たれた矢は、ある意味においては弾丸と等しく攻撃への回転する意識を有している。


「/// hgg777/」


 視点は再び怪物を中心としたものに変わる。


 怪物とは言うと、ちょうど最後の一撃を繰り出さんとしていた頃合い。

 その途中、道中で空中を滑空していた時。


 怪物として見ても、一体何が自分の身に起きたかどうか、完全なる理解が為されていたとは言い難い。


 なんと言ってもその体は直線状を進んでいるにすぎなかった。

 跳んでいる途中、本来ならば足を一歩前にする程度の事柄でしかない。


 もちろん、怪物にしてみればその動作ですら命を懸けた、必死なモノであったことには変わりないのだが。

 だが、やはりそれらの要素を踏まえたとしても、怪物は自分の頭部に深々と矢が刺さっていること。

 

 狙撃手によって放たれた一撃が、自らにとって頭部の役割を担っている部分に、深々と一撃を食らわされたこと。


 怪物はそれに気づくことが出来なかった。

 そこに存在していたのはビンタではたかれたような衝撃と、骨が砕かれ、肉が抉られる微かな音色。


 矢によって与えられた波は薄く、平坦なものでしかない。

 痛みはほんと与えれないままに、確実な結果だけが怪物の体へ現象に対する答えを導き出している。


「//// //// /////////」


 やがて痛みが訪れ、穿(うが)たれた崩壊の穴から赤々と新鮮な血液が溢れ、床の上に漏れ出してくる。


 怪物は床の上に倒れようとしている。

 

 その体に発生していた推進力と、矢によるそれが互いを相殺し合い。怪物は空中から巨大な手によって軽く横薙ぎにされたかのように、その体を右の方向へと少しずらしながら。

 やがては博物館の床の上へ、その肉体を預ける格好となっていた。


「……?」


 おそらく怪物にしてみても、一体何が起こったのか完全に理解していたとは言えそうにない。

 

 そしてその事実は、その様子を傍観していた人間らにしても同様と言えていた。


「え……、っと。いま、何が?」


 エンヒが小さく、しかし息を潜めている訳ではなく、ただ思ったままの言葉を素直な気持ちで呟いていた。


 彼女からの視点。そこでは怪物が叫び、跳び、こちら側へと真っ直ぐ進んでいるように見えていた。


 少なくともそう見えていた。

 つい先ほど、ほんの数秒前まではそれらの現象がキチンと、ごく自然流れで継続されていたはずであった。


 だがエンヒが次に目を開いた、その時にはすでにトゥーイは弓の弦から指を離していて。


 そして最終的には、怪物の側頭部と思わしき部分に矢が深々と、まるで串刺しにしたかのように貫通をしている。


 結果だけが、怪物が矢に刺されて倒れている。最後の姿だけが視界に確認できていた。


「ないすしょっと」


 エンヒが驚くこともできないままに、状況に理解が追い付かせられない空白の中で呆然としている。


 彼女の前方で魔法少女が、キンシが小さく青年に向けた賞賛を口にしているのが聞こえてくる。


「相も変わらず、とんでもない命中率でございまして」


 言葉の雰囲気はしかし、どうにも心からの賞賛とは言い切れそうにない。


 皮肉にも聞こえるし、あるいはもっと別の、あまり明るさの無い感情のようにも聞こえる。


「ここまでくれば、後はお片付けだけです」


 背後で何も言えないでいるエンヒの気配を感じ取りつつ。

 キンシはまだ作戦の目的は達せられていないと、感慨に浸るわけでも無くすぐさま次の行動を起こしていた。


「来てください、「いのり」」


 キンシが唇で名前を呼んでいる。


 それは少女にとっての武器の名前らしいと。

 エンヒが声の後ろで理解を追いつかせようとしている。その端から、すでに少女の手には武器が握りしめられていた。


 少女にとっての武器に該当する、

 あまり長さの無い槍のように見えるそれは、床の上に転がっていたはずであった。


 なのにどうして今、まるで当たり前と言った風に少女の手の中に握られている。

 それは一重に、彼女が武器を召喚するのと同義の魔法を使用したことに他ならない。


 この灰笛(はいふえ)という名前の地方都市で、魔法使いなるものを名乗る上において、必要不可欠とも言える魔法的動作の一つ。


 キンシはそれを難なく使用していながら。

 その目線は怪物にのみ、床の上で瀕死になりかけている肉の塊へ、己の有する集中力の大部分を捧げている。


「このまま貴方の死を待つこともできます。それは可能です、しかし僕はそれを望まない」


 槍の穂先を下に向けている。

 キンシは左手の方に武器を携えながら、怪物へ。その生命に終わりを迎えようとしている、一つの生き物の肉へと語りかけていた。


「それでは意思が、意識が……、心が足りない。貴方はきっと満たされないでしょう、しかしこれは僕の勝手な想像にすぎない」


 一体少女が何についての事を話しているのか。


 エンヒは息を潜めるように、そっと彼女の方に近付きながら。

 その小さな唇が語っている内容を、言葉の中で判別しようと試みている。


「なので、僕は僕の心で、貴方を自分の手で殺すことにしました」


 そう言いながら、キンシは左手の中で武器を、その先端を真っ直ぐ怪物の方へと固定させている。


 先端は鋭くとがり、輝きはすでに怪物の皮膚へと触れようとしている。


 あと少しでも、本の呼吸の一つ程度の震えで槍は怪物の肉に触れて、刃物は残された血管をズタズタに引き裂き。

 残されるのは大量の崩壊から溢れる血液を残すのみ。


 だがキンシは最後の一撃をまだ実行しようとしない。

 爪の一枚程度の空間の中で、少女は唇をもう一度動かしている。


 言葉は短い謝罪文のようだった。


 エンヒは少女のすぐ近くで、彼女の言葉が音となって空気を振動させているのを認識して。


 そしてすぐに、魔法少女の武器が怪物の肉へ触れ、抉り、鋭く光る先端がその喉元に秘された脈を切断した。


 微かな音を視覚器官に認められた、それは怪物の死を意味するメロディーであった。


「さあ、エンヒさん」


 左の手に武器を握りしめている。

 まだ怪物は完全にその命を止めてはいない。


 びくびく、ヒクヒクとした震えがキンシの腕に伝わってくる。


 だがキンシは武器を絶対に離さず、震動をしっかりと確認しながら近くにいるエンヒへと指示を出している。


「いまなら鮮度もたっぷりと残されている。お願いします、今の内に」


 死にかけの肉が動かないように槍は体を串刺しにしながら、待ち針のようにそれを固定している。


「ええ、そう……ね」


 一連の動作にすっかり意識を奪われていたらしい。

 エンヒは魔法少女に言われる格好となりながら、あらかじめ指定されたいた行動を発信機へと伝えている。


 小さな通信機器に命令文が発信される。

 

 短く機械的な返答の後、キンシらが立っている辺りの床、そこを覆っている保護魔術式がひらめくように変化を起こしている。


 毛細血管のように薄く細やかな鎖がジャラジャラとせわしなく波打つ。

 

 水面の(あや)のように小さな広がりを円形に見せている。

 それらは怪物の肉を中心として、やがてはその肉体をすっぽりと覆い尽くそうとしている。


 金属の質感を感じさせる、それらはちょうど鎖帷子(くさりかたびら)と同じように一枚の形状を構成する。


 金属で編みこまれた布は怪物へと覆い被さる。

 最後には小龍包(しょうろんぽう)のように中身をほぼ完全に密封する形と成り果てていた。


「個体の捕獲が成功しました」


 この場にいる人間の全員と共通しているように、エンヒもまた一連の動作を最初から最後まで観察していた。


 自身の眼球で事柄の終わりを見終えた、博物館員の女性は一拍の後に発信機へ結果を。

 成功を意味する報告を、ハッキリと明確な発音で、特に感情を込めようともしないまま報告をしていた。



 事の終わり。戦闘の終わり。

 命がいまも無事に継続され、心臓は動きを止めず、呼吸はまだ連続性を継続している。


「いやあ、いやいやはやはや、いやはや。無事に、何事もなく終わって良かった良かった」


 キンシは武器を、武器として使っていたばかりのペンをそのまま懐に仕舞い込みながら。

 作戦が無事に終了したことについての感想を、努めて明るい様子で言葉に変換しようとしている。


「皆さん無事ですか? 怪我はしてませんか、頭は痛くありませんか、お腹が痛かったら今すぐにお手洗いへ直行しましょう」


 だがどうにも上手い具合に出来ていないように見える。


 まるで、今まで文章作成など一度も経験してこなかった輩から捻り出された小論文のように。

 キンシは言葉を発しようとするほどに、その毛穴から脂が多めの汗を滲みだしている。


「変にもりあげようとしなくてもいいのよ? キンシちゃん」


 どうにもこうにも、怪物に捕食されかけていた時の方がよっぽど落ち着きはらっているように見える。


「ちゃんとぶじにお仕事がおわったのだから、もっときちんと、ちゃんと喜びましょうよ」


 メイはキンシを落ち着かせながら。

 しかしその表情は少女以上に陰りをありありと、実態が見えそうになる程に滲出させつつあった。


「そう言う割には、随分とどんよりしとんな」


 自分の動揺を落ち着かせるので手一杯、精一杯となっている。

 キンシのすぐ近くで、魔女の異変に先に気付いたオーギが彼女の様子を窺っている。


「ううん、その……別になんでもないんだけれど……」


 先輩魔法使いが探るような視線を向けてきている。


 だがメイは疑問に答えようとはせずに、なんともあからさまに含みがある言い方でお茶を濁そうとしている。


「要求をします。様子に関する視線をわたしは集中のもとに手の中へと望んだ」


 オーギがなおも魔女への追及を深めようとして、その動作に釣られてキンシの方もいい加減違和感に気付き始めようと。


 したところで、彼らから少し離れた方向からトゥーイの機械的音声が伸びてくる。


「えっと? どうしましたか、トゥーさん」


 疑問に関する好奇心を完全に抑制することもできないままに。


 しかしキンシは、それでも今この時にやるべきことを優先できる程度には、社会性を発揮することが出来ていた。


「確認することを推奨します。これはとても危険でわたしは恐怖的感情を想起せずにはいられない」


 人々を呼び寄せながら、トゥーイはその手に弓を携えたままに懸念を音声に変換している。

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