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わたしはわたしを信じないようにしよう

 例えばもしも彼女らが、キンシかメイの内のどちらかがその現象について何かしらの、的確な表現方法を知っていたとして。

 しかし、それが一体全体なんの意味があるというのだろうかと。


 彼女らはほとんど無言に近しい静けさの中で、言葉を介することもないままに互いに共通の意識をおもい浮かべている。


 そんな諦めの念を思い浮かべたくなる。

 それほどに彼女らの目の前に出現している現象は不可解で、意味不明そのものとしか言えそうにない。


「あれは、いったい何なの?」


 メイは指を下げて、しかしその視線は現象の方にすっかり固定されてしまっている。


「えっと、あれはですね……。ええと、その……何でしたっけ?」


 苺のような瞳を真ん丸とさせているメイ。

 キンシは彼女の疑問に快く答えようとして、しかし言葉が上手く検索できないでいる。


「質問に答えます。あれは小規模、低レベルの「傷」と同様と思わしき現象であると考えられる」


 ふらふらと頼りなく視線を迷わせているキンシの代わりと言った感じに、トゥーイが横から解説と思わしき音声を発している。


「小規模の「傷」……。ってことは、この町の空にうかんでいるアレと同じもの、ってこと?」


 メイは青年の説明から、頭の中で情報とイメージを素早く結びつけている。


 それはキンシも同様の事で、彼女らは再び脳内に共通の意識を浮かび上がらせる。


「そうですね、メイさん。ちょうどあれは、空に浮かんでいる紫色の女王様と一緒、という事になります」


 青年からの補助を受けて調子がのってきたのか、キンシはいかにもな言い回しをしつつ説明の補足をしている。


 女王様、その言い回しにまだ不慣れではあるものの。しかしメイはさして困難を有することもなく、浮上しかけていたイメージをほぼ確実に引き揚げていた。


 彼と彼女らが言うところによる。「傷」だとか「女王様」などはつまり、この灰笛(はいふえ)という名で呼ばれている都市の象徴とも呼べるであろうもののこと。

 

 位置的にはちょうど中心部に当たるのだろうか。

 先刻キンシらが召喚に従って訪れた城によく似ている建物。その場所からちょうど真上を向いた辺り。都市の上空、分厚くて灰色の雨雲に触れるか触れないか。


 その程度の高度に、光り輝くそれは存在をしている。


「それの呼称は幾つか現存しています。単語をいくつかピックアップする」


 メイがいつか見た窓の外の風景を思い出している。


 その横で、トゥーイが誰に向ける訳でもなく説明を行っている。


 「傷」とはつまり、ざっくばらんな言い方をするとすれば次元の歪みとされるもののこと。

 出現する条件は現代の技術力においても、完全なる解明と把握は為されていない。


 この世界に空気と同じ普遍性をもって存在している、一言で魔力と呼称される自然的な要因。

 果たしてそれをエネルギーと認識するか、それとももっと概念的なものとして捉えるか。そもそもがそこから議論が現在も絶え間なく繰り広げられている。


 とにかく、その現象は魔力と名前を与えられている力の変動によって引き起こされる。ほぼ突発的とも言える現象とされる。


「思えば、あれってつまり地震だとか……そういうものと一緒ってことになるのかしら?」


 雨にしとどと沈み込んでいる灰笛(はいふえ)の人々。その天高くにまるで、いかにも神様然とした風体でキラキラと光輝いている。

 メイは「傷」のことを頭の中で画像として展開させながら、その後ろに考えを一つ摘み上げている。


「考え方としては、まあ間違ってはいないな」


 メイの疑問に答えたのはオーギで、彼は僅かな間に視線をどこか遠くの方へと捧げている。


「誰にも予測できなくて、おれたち人間はただただ起きたことを、その運命を甘んじて受け入れるしかない」


 メイがオーギの方を、若い魔法使いが発した声の色合いの変化に気づこうとする。

 それよりも早くに、メイが目を向けた頃にはすでに彼は己の意思で視界の位置をもとの場所に戻していた。


「だが、あれのおかげで周辺の土地では魔力鉱物がガッポガッポ。結局は、おれたち魔法使いの飯の種になっちまっているってことやな」


 少しだけ詩的な雰囲気が漂っていた周囲に、オーギは金銭などの俗っぽい空気を若干無理矢理ねじ込ませている。


「なによりも、あっこからは「水」がどっぷりと溢れてくるから、魔法使いにしてみれば崇め奉りたくなるんだろ」

 

 「水」と言うのもまたこの土地、鉄国(てつこく)(彼らが暮らしている国のこと)における魔力を言語化した際の呼び名の事である。


 この世界において、魔法などの魔力的要因が関連する技を使用するものは、その大体が「水」と言われる概念を意識していることが多い。

  

 分かりやすくコンピューターゲーム的な表現をしてみるとすれば、MP(マジックポイント)が一番近しい表現方法になる。


 単純な計算にしてみればポイントが、つまりは「水」沢山あればあるほど色々な意味において有利とされる。


「その……「水」がいっぱいだと便利? なのよね」


「ああ、そんな感じや」


 要因を一つずつ片付けているメイの気配を背後に、オーギは彼女に聞こえない程度の溜め息を吐きだしている。


「でもまあ、多ければ多いほど確実に良くなるっていう考えも、短絡的すぎると思うけどな」

 

 実際的な話ゆえに言葉にはリアリティが香り立っている。

 彼にしてみれば金銭的な要因も含まれいるため、心の底から穏やかという訳にもいかないのだろう。


 だが。


「ナグさん……?」


 メイは先輩魔法使いの顔を斜め後ろの辺りから見上げながら、しかしなぜか彼の雰囲気に違和感を覚えていた。


「確かにあれのおかげでこの町は発展してきたと言っても過言やあらへん。あの空の女王様と、この灰笛(はいふえ)は切っても切れへん間柄なんだわ」


 オーギはあくまでも平静を装い、この土地における一般的な常識だけを言葉にしている。


「でもな、おれはどうしても……あれを──」


 だがその表情は、表面上はきちんと平静さを整えていながらも憂いを帯びており。どこか、何か形容しがたい影の雰囲気が見えるようで。


「と、こんな無駄話をしとる場合やあらへんって」


 だが、オーギは相手に解明を導き出させるよりも、それ以上に目の前の用事の方を優先させようとしていた。


「とはいえ、今回の案件がさっきまでの話とまったく無関係じゃねえってことは、もういちいち説明しなくてもええよな?」


 うっかり自身の思考を開示しかけてしまい、オーギはらしくなく狼狽の色を瞳の中に浮かべている。


「ええ、だいたいわかったわ」


 メイはこの若い魔法使いに更なる追及をしたい欲求に駆られたが。

 しかしいまそのような行動を選択することは相応しくないだろうと、彼の視線から発せられる気配の中で諦めに近しい結論を出している。


「えっと、つまりあのちいさく光っていて、所々からなにか柔らかそうなのがこぼれている。あれは──」


「超絶ミニマム! ハイパー小さい! お空の「傷」七百分の一スケールってことになります」


 キンシがメイよりも先んじで、どこか張り切った様子で今までの説明行為をざっくりと雑に要約している。 


「そういうこった」


 まるで授業中に挙手をする学生のような表情で瞳をキラキラと輝かせている。

 キンシのそんな様子をオーギは特に感想もないままに眺めつつ。後輩の意見と繋げる格好で案件についての解説を再開させていた。


「こういう場所……。例えば人がたくさん集まっていたり、あるいは人の意識が深く関連している物が大量に集まっているようなところには、よくああいうのが出てくるんだ」


 色々と、細々とした言葉を重ねている内に、いつしか彼らは当たり前の様な動作で「それ」がある場所へ。


 魔法使いらが言うところの、ごくごく小規模な「傷」が発生しているとされる地点の最寄へと辿り着いていた。


「小難しいことは俺も全部説明できへんけど、……まあ、人間がいっぱいいれば「水」も増えて流れも速くなる。それで空間が摩耗して、穴が空いちまうって感じだと思ってくれや」


 オーギが親指でそれを、感慨も何も無いままにぞんざいに指し示している。


「なんだか、くつしたの穴みたいね……」


 自称そのものは本来、人間の意思の及ばぬほどの超常を有しているはずなのに。

 メイはオーギの雑な対応に、ついつい引っぱられる形でそれっぽいことを口に出している。


「おお! さすがメイさん。的確かつ明確に分かりやすい比喩表現です」


 曖昧な感情の中で首をかしげているメイに、キンシが特に含蓄があるわけでもない感想を彼女に伝えている。


「その通り、このような小規模の現象が発生する条件として、まず一つに人間が、脳を介して構築された個々の意識が集まる所などは事例が沢山ありますね。ほら……、この前の地下鉄の時も──」


 全てを言い終えるまでもなく、オーギを除いた三人が先日起きたばかりの事件を思い出していて。


「この前……?」


「あ、その……っ、それは何でもなくてですね」


 オーギが瞼をしんねりと細めて、あからさまに疑い深く探るような視線を向けてきている。

 睨みに近しい鋭さのある視線をジロリと向けられて、キンシは苦し紛れに話題を別方向へと反らしている。


「それで、その……もう一つの例は、ですね。それに関してはオーギさんが言っていたことも深く関係しているって感じです」


 動揺は分かりやすく言語能力に影響をもたらしている。


 キンシはおどおどと音声をどもらせながら、なんとか先輩魔法使いの意識を別方向に移動させようと試みている。


「すなわち人間の意思によって作られた物体が、より多くの人間に認知されて、意識されることによってそこに含まれている「水」はさらに味に深みを持たせるんです」


「味が深まる、ね」


 少し変化球な言い方をするのは少女の手癖として。つまりは魔力は人が多くかかわるほどに力を増すという事を、メイは情報の一つとして受け入れている。


「そういう意味では、むしろ現象そのものが人間と言う生き物が、無意識と言うひとつの方法において生み出した作品という事にもなるんでして」


「なるほどねえ」


 キンシの説明にメイはうなずき、新たに得られた納得を見えない歯茎でじっくりと咀嚼している。


「教えてくれてありがとうキンシちゃん、おかげでよくわかったわ」


 説明の礼として、メイは少女ににっこりと素直な感謝を伝えた。


 説明に関してはこれで終わり、現象に対する考察は十分になされた。

 そのはずだった。


 だが、自分の言葉が他人に受け入れられるという状態はキンシに、魔法少女にとっても予想外の影響をもたらしたらしい。 


「そうですか、そうですか?」


 感謝を伝えられたことがよほど嬉しかったのか。キンシは喜ぶと言うよりもむしろ、どことなく恐れ戦いていると言った風に体をよじらせている。


「いえいえそんな、僕如きの言葉でそんな」


 不安定に体を揺らしている。


「おいおい、落ちつ──」


 オーギが軽い溜め息を吐きかけた。

 しかし彼は己でも驚くべき程の感知能力で、後輩の足元に僅かな段差があることに気付いてしまっていた。


 しかし気付いたときにはもうすでに遅かった。


「あ」


「え?」


 キンシの頭部が下に落ちるのを、メイは最初現実として受け入れることが出来ないでいた。


「キンシちゃん!」


「先生」


 メイと、そしてトゥーイがほぼ同時、同様の挙動にて体を跳ねあがらせている。

 

 その時の魔女と青年はおそらく、いや、ほぼ完全に近しく思考を共通させていたに違いない。

 なんで、嗚呼なんで。

 せめて彼女がもう少し違う場所に、せめて小規模の「傷」から離れた所にいたのならば。

 

 せめて、この魔法少女の愚鈍さをしっかりと考慮してさえいれば。


 姿も形も心も、何もかもか異なる男と女がこの瞬間、コピーペーストよろしくの後悔を抱いている。

 

 だが彼らの願いは、もしもは、タラレバは現実の前には虚しく。


「んぎゃああっ?」

 

 少女はとても可憐とは呼べそうにない悲鳴の中で、鉱石と「水」の柔らかな輝きに満ち溢れているそこへ。


 灰笛(はいふえ)の空に輝く「傷」と呼ばれる超常現象。を、小さく、ミニマムに、七百分の一ほどに縮小したそれへ、どっぷりと頭を突っ込ませていた。

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