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ミスター走馬燈

 語りの後、言葉の後ろからそれを期待している。その素振りを、拒否についての否定を見せている。

 と思う、思えるのならば、与えるのが格式美的な礼儀作法であろうと。


 メイはキンシがじっと期待を目線の先に湛えている。

 その感情の量を自覚しながら、ゆっくりと答えを探すような素振りで回答を唇の先へと移動させようとする。


「お話をきかせてくれて、ありがとうね」


 格式にのっとった、メイはごく簡単な礼の後に間髪を容れぬほどの素早さで相手の期待に応えようとする。


「とても興味ぶかいおはなしだったわ、ようするにキンシちゃんは──」


 つまりの所この魔法少女は、自らがこの都市において「魔法使い」として存在するために重要な要素のうちの一つ。

 己の魔力によって作成される魔法、魔法と皆の中で呼称される仕組みと自らの実力が見合っているのだろうかと。


「なあに? ちょっとしたスランプなのかしら」


 つまりは、自分の作るものに自信が持てなくなってきている。

 なんともありがちで、特に珍しくもなんともない。


 故に、答えは無限に近しい数において四方八方に答えの分岐を伸ばしている。


「そんなに気にするようなことでもない。と、思うんだけどなあ」


 何本もの梢がそれらしい面を下げてメイの言葉を待ち望んでいる。

 そのなかから、しかし彼女は最初から決まりっ来ているかのような速度で選択をし終えていた。


「だって、もしもなにか大切なものがこわれたとしても、またなおせばいいだけの話じゃないのかしら?」


 なにも迷う必要はない、メイは自分でも意外に思えていしまえるほどに素直な感情を相手に伝えらえていた。


「こわれても何度もなおせる、なんどもなんども。そうしていれば、また別のあたらしいかたちが、見えるときもあるでしょう?」


 これはあくまでも自分の、個人的な意見でしかないという事を頭の中で自覚していながら。

 しかし、それと同時にメイは自らの思考をがこの世界で何よりも正しいものではないのだろうかと。

 小さく、故に確信的な独りよがりの気配を感じていた。


「なるほど、ですね」


 メイが答えを全て言い終えている。


 幼い魔女のぷっくりと小さな唇が動きを止めている。

 静止を見守りつつ、一拍ほどの空白の中で今度はキンシの方が口を開いている。


「その考察も、ある意味においては真理に近しい正しさを有しているのでしょうね」


 眼鏡の奥の瞳は依然としてキラキラとしていて。

 少女は他人と繰り広げられる言葉のやり取りに、個人ではとても得られないであろう興奮に震えているのが簡単に見て取れていた。


「ご意見はとてもありがたく、それ故に僕は貴女に反論をしたい」


 興奮の余り再び語調が怪しくなってきているが。

 しかしごくごく短い確認であったため、メイは考える必要もなくすぐに同意を。


 コクリと小さく首を下に傾げている、キンシは彼女の動作を見るや否やの内に次の行動を起こしていた。


「貴女の言うところは、決して間違っていない。そう思う上で、それでも僕は不安を抱いてしまうんです」


「それは、どうしてなのかしら?」


 自分の言葉、考え如きではこの思いは打ち消すことはできまいと。

 意味を後頭部のあたりに漂わせながら、メイは聞く姿勢を分かりやすく作ってみせている。


「断絶したものをもう一度繋げる。繋げ直す、それが当たり前のように実行される保証なんて、いったい何処にあるというのでしょうか?」


 メイは首をかしげたままに、もう一度少女の考えについて思考を巡らせようとしている。


「必ず大丈夫、今までがずっと平気だったからって、これからも、明日からその先の未来まで事実が継続されるとは限らない」


「ふう……ん?」


 キンシはどうやら、どうしても自らの心情に変化を見つけられないでいるようであった。


「はさみで切った糸をもう一度結ぶときに、切る前の状態にもう二度と戻せないように。人の体が回復をする時に、傷をふさごうとした時点で肉の形は以前とは違うものであって」


「ああ……なるほどね」


 なにを伝えようとしているのか、メイは少女の右目に目線を固定しながら言葉を頭の中で整理している。


「糸ね……。たしかに一度ちぎれちゃったら、それをもとの形に戻すのはむずかしいわね」


 メイは頭の中で縫い針の輝きと、糸の折り重なりを想起させている。


「でもそんなのはたとえ話なんでしょう? ほんとうの意味で、あなたが魔法使いでいられなくなる理由と、それとは関係はないんじゃないの?」


 イメージは簡単に結び付けられたとして、しかしそれはあくまでも映像の中の仮説でしかない。


 それがどうして現実の問題たりえるのか。メイは少女に理由を求めるよりも先に、純粋な疑問を相手にためらいなくぶつけようとしている。


「そうなんですよね。これはあくまでもただのイメージでしかなくて。だから、こんなに真面目くさって考える必要も、本当はどこにも存在していないんですよね」


 キンシはもうすでに魔女に反論をしようとはしておらず。

 まるで雨に濡れる雑草のように、言葉をあるがままに体に受け入れていた。


「キンシちゃん」


 受動的な様子は、しかしメイにしてみればまるで少女が別の何者かの言いなりになっているかのような。

 どこか奴隷じみた雰囲気が、なぜか頭の中で瞬間的にひらめいていた。


「おーい」


 このままだと言葉に、他でもない自身の体からつくられたはずの要素に、ゆっくりと確実に首を絞められるのではないだろうか。


 ひんやりと冷たく柔らかな考察の気配に彼女らが囚われつつある。


「………」


 形容しがたい気持ち悪さのあるやり取りを横目に、トゥーイの耳がピクリとオーギの声を察知していた。


「おーい」


 関係者入口の扉の前に要るオーギが、少しだけ遠くに望める後輩たちの一団に向けて声を張り上げている。


「話終わったで、はよ現場に行こうや」


 軽やかに駆けよってくる、オーギの顔には取引が上手く進んだことを予想させる晴れやかさがあった。


「どうした? なんか顔が暗いな」


 個人的な悩みを散々打ちあけた後に、しかし結局は外的な要因の前ではそんなことも些細な事でしかなかった。


 おそらくキンシは、うやむやにも隠せられない程に呆けた面をしていたに違いない。


 オーギは後輩の様子について気掛かりを覚えながら、しかし今はあえて違和感についての追及をしようとはしなかった。


「なんや知らんけど、いよいよ仕事を始めんで暗い顔しとったらあかんで」


 後輩たちを先導する格好で、オーギはスタスタと軽い足取りで現場にむかわんとしている。


「あ、オーギ先輩、待ってください」


 先輩魔法使いの後姿を追いかけようとしている。


 動き出したキンシの横顔には、すでに先ほどまでの陰りは気配も残されておらず。そこにあるのはただの、日々の忙しさに身を費やす人間の姿だけであった。



 そこにたどり着けば何かわかるのではないかと。


 期待していなかったと言えば嘘になるし、実際願いはあっさりと成就していたという事になる。


「うわわ……、作品がこんなにもたくさん……」


 現場は、やはりキンシが危惧したように博物館内部の、展示物が多数収容されている区間であった。


 そこでは企画展示が開催されている。

 かつての時代に繰り広げられた貿易時代の渡来品が企画テーマらしい。全体的に落ち着いた内装の中で、ガラスケースの内部に資料が揃えられている。


「あああ……貴重な資料があちらにも、こちらにも……」


「キンシちゃん、落ちついて」


 メイは興奮している魔法少女をなだめようとしていながら。

 どうやら彼女の動揺は単に緊張と不安によるものではなく、むしろ目の前に展開されている作品群の方に心を奪われているらしいと察せられている。


「騒がしくすんなや、みっともないで」


 わたわたと落ち着きのない後輩の様子を後ろに、オーギは溜め息を吐きながら少女を諌めようとする。


「ほれ、見えてきたで」


 キンシがいくら動揺を胸の内に荒れ狂わせようとも、それ自体は目的にはなんら意味を為さない。


 彼らはそれぞれに様々で、個性の異なる感情を抱きながら。

 やがてついに、指定された空間へと足を踏み入れていた。


「さて、ここが今日の現場やで」


 オーギがピタリと足を止める。


 そこは博物館の展示区画の奥まった所。ちょうど進行方向にそって足を進めるとして、突き当りを右に曲がった後にしばらく歩を進めた程の所。


 正面入り口からはほぼ完全に望むことはできそうにない、館内の少し奥まった地点。


 そこに、そこのあたりに、「事」と思わしき現象は起きていた。


「あれが……?」


 オーギの背中越しに、メイの視線は少し前の時点から気配を感じ取っていた。


「あれっぽいですね」


 キンシが左右両側の丸みを帯びた三角形の聴覚器官を、ぴんと伸ばして一つの方角に定めている。


「間違いありませんか? トゥーさん」


 必要性などほとんど無い確認でありながら、しかしキンシは手癖じみた感覚でトゥーイに質問をしている。


「その意見は推奨されます」


 トゥーイは特に迷うこともなく、滑らかな動作で少女の質問に解答をしている。


「確定します。反応は指定された時点と僅差の誤差でありながら、しかし概ね当該に適している」


 トゥーイは無表情の鼻先を、この場にいる人間が意識を捧げている所と同様の方角に固定している。

 彼の鼻腔は空気の中に混じるにおいの気配を嗅ぎ取り、眼球は視認できない(しるべ)に従って現象にたどり着く。


「あれがその、問題の現象ということなの?」


 メイは初めて見るものに驚きを隠そうともしていない。


 彼女の指が、鋭く伸びている白い爪が指し示す。

 

 そこには小さな輝きが存在をしていた。

 

 大きさはさして規模があるわけではない。目に見える範囲としては、大体A4サイズのノートブックほど。

 

 視界に確認できた最初の瞬間は、てっきり博物館に穴が開いているものかと。

 物理的な損害のイメージを当てはめようとして。


 しかしすぐにその認識は簡単に否定されることになる。


「光が、光っている穴が空中に浮かんでいる……?」


 メイは、そしてキンシは、ポカンと唇を開けたまま開かれた口内の虚空より、その現象についての情報を言葉に。

 言語に変換することによって、あり得ないはずの「それ」をどうにか納得に近付けようと。


 無意味で空虚な努力に身をやつそうとしている。


「不思議ですね」


 しかし努力は虚しく、いつまで待てども実りを結ぶ気配すらも見せようとしなかった。

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